第十五話
「これはチャンスなんだ」
玲香の耳に入るのは、熱意のこもった喜一の声。しかし、どうにも気が乗らなかった。
「前回の怪人との戦いが評価されて、ヒーロー協会から声がかかるなんて滅多にないことだから」
「……あ、あの戦いのどこに評価できる要素があったんですか?」
喜一が言っているのは、フラワー・レッドの知名度にあやかって自分を売り出した警らのことだった。はっきり言って乗り気じゃなかったあの仕事も、思い出すと心が温かくなる。
あれのおかげで憧れのヒーローと仲良くなれたのだから。
しかし、後半に現れた怪人にはめちゃくちゃだった。自分はボロボロにやられたし、フラワー・レッドは頼りにならなかった。それを日向は一撃で倒してしまったのだ。
格好良かったなぁと、彼女の戦いを思い出す。
「君は弱いながらもそれを意にも介さずに戦い続けただろ? その姿が評価されたんだ!」
「……よ、弱いながらもですか」
この人は悪気なくこういうことを言ってくる。そして善人面をするから救えない。
日向が彼と話すときどこか距離があったのを覚えている。今なら納得できてしまいそうだ。
「そ、それを言うならクラッシャー……日向さんのほうがすごかったじゃないですか」
「あぁ、あれは駄目だよ。時代に置いていかれた老害。扱いにくいし、周りにも気を遣わせる」
その言い方に、玲香は右目をピクリと動かす。
「本当、いつまでヒーロー気取りなのか──」
喜一の言葉を遮るように、机を大きく叩いた。喫茶店でお茶している人たちの視線が一点に集まる。
机の上にあるコップの水が、抗議するかのように揺れる。
玲香は小さく息をついて、喜一を睨む。
「分かりました」
いつものどもるような口調は消えていた。驚いている喜一へゆっくりと告げた。
「その話、受けますから」
※※※※※※※※※※
玲香が連れてこられた場所は、ヒーロー協会の支部であった。簡素な部屋でパイプ椅子に座らされている。長机には数人の黒スーツの男たちが三人座っていた。
「いやぁ、話を受けていただいてうれしいですよ」
まるで面接官のように、真ん中の男が喋り始める。
「私もヒーロー潰しには思うところはありましたので」
嘘ではない。しかし、玲香の思っているのは逆の感情だった。
彼女から見たら、ヒーロー潰しの覚醒者こそヒーローのように映っていた。今ある象徴化して民衆を扇動する装置となりかけているヒーロー界隈を叩き直してくれている。
もちろん、そんなことは口を裂けても言えない。
「そうですか。我々としても、覚醒者をこれ以上のさばらせるのは遺憾ともしがたいのですよ。だから、あなたに異界の力をさらに取り込んでいただきたい」
「……なぜ私なんですか?」
「言ったら悪いですが、最近は怪人の出現頻度も脅威率も下がってきています。その中で我々は生き残るために──」
彼の話は途中で興味がなくなった。今の形骸化したヒーローたちの言い訳を連ねるだけだったからだ。
昔のヒーローたちがこぞって引退して表舞台から去った理由もなんとなく察した。
力があっても、少数の正義では多数の悪意には勝てないのだ。
「お気持ちはお察しします」
「わかっていただきましたか!」
男の気持ち悪い言葉に、玲香は愛想笑いだけを返した。
ふとそこで自分の手が震えているのに気がついた。抱えるようにして、その震えをごまかす。
今から自分は手術を受けて、さらなる力を手に入れるのだ。喜ばしいことではないか。少なくとも、今の腐りきったやつらをぶちのめすことはできる。
「どうしましたか?」
ヒーロー協会の人間は、そんな玲香の心の変化には気が付かない。なんとか「大丈夫」とだけ返した。
「怖いのは分かります。しかし、百パーセント安全に配慮しているので大丈夫ですよ」
「……はい、分かりました」
返事をして、そこで気がつく。自分も彼らを粛清しようとするために、彼らと同じに堕ち始めていることを。
しかし、動き出した歯車は止めることはできない。覚悟を決めたと同時に、玲香はその臆病なプライドを捨て去った。
「それでは少々眠っていただきますか?」
ドアを開けて入ってきたのは、白衣を着た男性であった。麻酔らしきものが用意されている。
その姿を見て、玲香の心臓は再び大きく高鳴った。
落ち着けと言い聞かせるように、深呼吸をする。
「お任せします」
「えぇ、安心してください。安全は保証します。次に目を覚ましたときは、きっと別世界ですよ」
その言葉の裏には悪意が見え隠れしている。玲香は息を大きく吸って、それすらも飲み込むと心の中で誓う。
緊張して震える腕に麻酔を打たれた。意識が朦朧とする。
世界から隔絶される気配を受けながら視界が暗くなる。




