第一話
世界は怪人と言われる異界からの侵略者で溢れ返った。同時に発生したのは、覚醒者と呼ばれる異界からの力を受けた人間たちだ。
人類の生存圏をかけて、彼らは戦い続ける。
しかし、十年もすると人類側も歪み始める。
夜咲日向は、黒い甲殻を持つ怪人と相対する。
日向は銀色の長い髪を右側に束ねた青い瞳の少女姿だ。白と青を基調にした軍服を崩したような衣装を身にまとっている。風が吹くたびにスカートの裾が揺れていた。
いわゆる魔法少女のような姿をした彼女の手には、武骨な警棒が握られていた。
怪人が虫のような気味の悪い咆哮を放つ。
同時に日向は助走なしで跳び上がり、空中で身を翻した。体重をすべて乗せるように警棒を怪人の頭に振り下ろす。
軋むような叫び声は耳を塞ぎたくなる。ここでさらなる追い討ちをかけようと腕を振り上げた。
「はーい、日向さんもういいですよぉ?」
言われ、寸前でその手を止めた。肩を落として息をつく。くるりと警棒を手の中で回転させてから、虫のような手足を痙攣させる怪人から飛び退いた。
不思議そうな相手の声が漏れるが、日向は気にせず振り返った。
後ろで待機していたのは、テレビクルーと赤色の魔法少女。金髪の彼女は準備運動するようにストレッチしている。
「それじゃあ怪人も弱っているし、ここから本番行ってみよう!」
プロデューサーらしき男が明るく声をかける。金髪の魔法少女は元気に返事をすると、剣のようなものを取り出して握りしめた。
それを横目に、日向はさがる。
「はい、これ手付金です」
ノリノリのテレビクルーたちの横でアシスタントらしき女性が茶封筒を渡してくる。一瞬取るか迷ったが、結局受け取ることにした。
視界の隅に映るのは、華々しく戦う若き魔法少女と弱った怪人。これを放送で見る人は、彼女は強いと錯覚するだろう。
もはやエンタメと化した歪みに、日向は顔を顰めてから離脱する。
※※※※※※※※※※
日向はコンビニで買ったビールをビニール袋に入れて持っている。
青色のパーカーにデニムのホットパンツを着る彼女の姿は、どこからどう見ても中学生にしか見えない。しかし、残念なことに彼女の本当の姿は三十五のおっさんだ。
といっても、覚醒してから十年間この姿から元に戻れなくなっているが。
彼女は欠伸をしながら、アパートの階段を登っていく。自分の家の前に着くと、ポケットから鍵を探ってドアを開けた。
適当に鍵を放り投げてから、床へ座る。暗い部屋のまま、テレビをつけた。
『今日も魔法少女──フラワー・レッドが怪人を倒してくれました!』
アナウンサーが明るく放送している後ろでは、先ほど日向が戦った怪人が倒されている。魔法少女が大きく剣を掲げて、笑顔を振りまいていた。
日向は欠伸をしながら缶ビールを手に取ると、プルタブを捻って開けた。空気の漏れる音が鳴り、遅れて気泡の潰れる音が聞こえてくる。
ゆっくり口をつけて、体の中にビールを染み渡らせる。小さく息を漏らして、机に頬杖をついた。
「ばからし……」
笑顔で魔法少女のことを解説しているアナウンサーを見て、小さく呟いた。
最初は恐怖の対象とされていた怪人も今や知名度を上げるためのものへと成り下がっている。一般人たちもエンタメとして消費するようになっていた。
いまだに脅威は災害級という名で世界の底で燻っているというのにだ。
テレビ画面は今週のオススメヒーローや魔法少女を特集し始めた。その中に日向は決して載ることはない。
自分は時代に置いていかれた老害ヒーローとして、名前は伏せられているのだ。
缶ビールを一本飲み干した頃、机に無造作においていたスマホが鳴った。空き缶を適当に放ってからゆっくり取ると、着信名を確認する。
かかってきたのは、大学時代から今も付き合いのある友人からだった。
「もしもし?」
『よぉ、相変わらず可愛い声してんな!』
「……茶化しが目的なら切るぞ」
『ちょちょちょ待って! 良い儲け話があるんだって!』
電話を切りかけた指の動きが止まる。改めてスマホを耳に当てた。
『お前、最近金回り良くないだろ?』
「……詳しく」
『それでこそだ!』
話を聞くと、どうやらその友人は新しく覚醒したヒーローをプロデュースすることになったらしい。
華々しいデビューを飾らせるために、少し大きいヤマを見繕ったようだ。
間違いが起きないように日向に護衛を頼みたいとか。
嫌な役回りだなと思いつつも、了承することにした。
電話を切ると再びテレビの音が耳につく。耳障りなアナウンサーの声から逃げるように、テレビの電源を消した。
静かになった部屋で、二つ目のビール缶を開けた。




