96:帝国の後宮内部へ
王宮へは、割とすぐに到着した。
飛行船の駅からさほど離れていなかったためだ。
巨大な建物の入り口には、これまた大きな鉄の門がそびえており、前には衛兵がたくさんいて、城に出入りする人々に目を光らせている。
門の両側には石柱が立っており、その横から高い石の壁が王宮全体を囲んでいた。
壁の上には防犯用らしい小さな球体の魔法具が等間隔に設置されている。
「ここ、どうやって入るの?」
「こっち」
エリゼはたくさんいる衛兵たちのうち、敢えて一人のドワーフ族に声を掛けた。
衛兵は獣人族が多いが、彼らだと、匂いでリロの正体に気付かれてしまうかもしれないからだ。
獣人族は大雑把な気質なので、学校などではわざわざ他人の匂いに反応しない。
しかし、彼らは職業上、他人の匂いを嗅いで判断基準の一つにする可能性が高い。
(獣人の衛兵から距離はあるけど、気付かれないか冷や冷やするなあ……)
そのとき、衛兵の一人、猿の獣人族がちらりとリロの方を見た。
(……っ! バレたかな?)
心臓がバクバクと大きな音を立てる。
しかし、彼はすぐ視線を外した。疑われてはいないようだ。
(あ、大丈夫そう?)
前に読んだ本によれば、猿の獣人の中には嗅覚の鋭い者と、そうでない者がいるという。
彼はそうでない者のほうの猿獣人だったのかもしれない。
リロの不安をよそに、ドワーフ族の衛兵はあっさり二人を通してくれた。
「こちらへ」
門の際に取り付けられた魔法具から、地面に水色の魔法陣が映し出されて光っている。
認証用の魔法具のようだ。
エリゼは迷わずその上に乗った。
すると、魔法具が光って、エリゼの周囲に半透明に光る壁が出現する。壁の中の模様が、くるくると回転し、そこから光が放たれてエリゼを照らした。
しばらくすると壁が消え、彼の足元にある魔法陣だけが残る。
その様子を見ていたドワーフ族の衛兵は、真面目な面持ちで頷いた。
「正式に……エリゼ様のようですね」
続いて、ドワーフ族のの衛兵はリロを指し示しながらエリゼに質問する。
「お連れ様とはどういうご関係でしょう?」
リロは一人で冷や冷やしていた。あまり、突っ込んで質問されたくない。
「同じアヴァレラ魔法学校の生徒だ。叔母に会わせたい」
「なるほど、アヴァレラ魔法学校の生徒さんでしたら、安心ですね。お名前と生徒手帳を」
「リロ・リオパールです。生徒手帳は、これです」
ポケットから生徒手帳を取り出す。
これは入学後に配布された魔法具で、身分証明として使用できるものだ。
生徒手帳なので、種族の記載まではされていない。理由は、「見ればわかる」からだそう。
実際、各種族の特徴は大体見ればわかるし、わからなければ聞けばいいだけだ。
人間族はリロ以外、アヴァレラ魔法学校に入った前例がないので、わざわざ記す必要もなかった。「今年、人間族が入学している」という情報は、既に広まっているかもしれないが、まさかエリゼと一緒に後宮までやってくるなどとは思わないだろう。
少なくとも、今はそれほど警戒されていないようだった。
(大丈夫そう……)
生徒手帳の効果は絶大だ。
身分の確認が済むと、衛兵は近くの壁に取り付けられた受話器型の通信用魔法具で、エリゼの叔母の侍女に連絡を取る。
そうして、「勝手にせよとのことです」と、エリゼに告げた。
エリゼ自身が言っていたように、妖精族はいろいろと……ゆるゆるだ。
「セキュリティー、甘すぎないかな?」
リロが心配すると、エリゼが首を横に振った。
「何かあっても、妖精族には『攻撃魔法で対抗できる』という自信があるから」
「そっか……」
確かに、妖精族は魔法が得意で、エリゼを始めとして魔法学校の中でも優秀な子が多い。
攻撃系の魔法は、エリゼも使っていた。
「行くぞ」
「うん」
彼のあとを追って王宮から後宮へと移動する。
門を通ってまず目に入るのは、綺麗に整えられた巨大な前庭だ。
中央を通る広い石畳の道が、まっすぐ建物まで続いている。その両脇は緑の芝生に覆われていた。
「綺麗な庭。噴水があるよ」
「……観光気分だな」
「そんなことないけど、面白いとは思う。もう入ることはないだろうし。ほらあそこ、庭木がまん丸に整えられてる。あっちはウサギの形の石像が……」
「前見て歩けよ。転んでも置いていくからな」
「あ、エリゼ、歩くの早い。待ってよ」
王宮の前庭はとにかく広いし、衛兵や役人たちが廊下をせわしなく行き交ってる。
時折、貴族っぽい人たちが木陰で会話している姿も見えた。服装がキラキラしているので、なんとなくわかる。
「人生でお城の中に入ることがあるなんて、思いもしなかったよ。関係者以外には縁のない場所だもの」
「……こんな場所には、極力関わらないほうがいいと思うぞ」
「そうだね」
「今回はミネットを迎えに行くから仕方がないが……」
「あ、なんか珍しい鳥!」
「聞けよ!」
二人で話しながら前庭を通り過ぎ、開け放たれた建物の入り口に到着する。
門の前で認証されたからか、ここでは改めてチェックされなかった。
王宮に足を踏み入れると、まず巨大なホールに目を奪われる。天井はとても高く、真っ白で高い石柱がそれを支えている。
床も真っ白で、こちらは艶々の石のタイルだ。
歩くたびに、靴に触れた部分に白い光の輪が現れる。そういう仕掛けの装飾みたいだ。
壁には魔法具の四角い照明がたくさん取り付けられていて、とても明るい。
真正面には広くて長い階段がある。
「今回は後宮へ向かうから、あれは登らない」
「そっか……」
上の階を見てみたい気持ちもあったが、今はミネットに会うのが先だ。
エリゼが指し示す、細い廊下へ向かう。
「この道は、まっすぐ後宮へ繋がっている」
「わかりやすいね」
壁には歴代の皇帝らしき肖像画が取り付けられていた。
それぞれの皇帝は、あまり似ていない。
ある人は獣人族っぽくて、ある人は鳥人族っぽい。そして今の皇帝はエルフ族寄りの見た目だ。
「いろんな皇帝がいるね」
「そのときによって、母親になる種族が異なるからな」
基本は皇后の第一子が皇帝となる。
ただ、異種族間での子どもはできにくい。だから、たくさんの側室がいる。
側室の役目は帝国内での種族の均衡を保つことだけではなく、より子どもをもうけやすくするための手段でもあった。
時には、皇后以外の側室が、次の皇帝を産むこともあった。
そういう場合は、揉めごとが起こりやすいそうだ。
廊下を通り過ぎると、中庭が現れた。
前庭より小さめだけれど、こちらも綺麗に整えられており、中央の大きな花壇の周囲に設置されている石造りのベンチでは、王宮で働く人々が休憩していた。
どの人も、カッチリした制服を着ている。
「あの人たちは……」
「事務官とかだな」
彼らは行政機関で事務を担当する人たちだった。
「後宮はまだ先?」
「ああ、今いるのがちょうど王宮の真ん中辺りだから、もう少し先まで行く必要がある」
「広いね」
中庭の前にある渡り廊下を通り過ぎ、キラキラした照明用の、クリスタルのような魔法アイテムが照らす細い廊下を抜けると、再び中庭が現れた。
先ほどの中庭とは違う場所だ。
手前の門をくぐると、エリゼが言った。
「ここが後宮だ」
彼の声に、リロはハッとして周囲を見回す。
「綺麗……」
そこには今まで通った王宮内とは別の、独特の華やかさがあった。
色とりどりの大きな花の咲く木々、足元にはたくさんの花壇、そして、中心にひときわ大きな建物がそびえ、その奥にも様々な趣向を凝らした大きな建物がいくつか建っている。
「ミネットはどこかな」
「ドワーフ族の皇后のところだろう。奥の建物のうちの一つだ」
それぞれの建物は互いに結構な距離があり、周りが森に覆われていたり、池に囲まれていたりする。
(あ……滝……)
遠目に、おそらく薔薇の花に覆われた白い人工の滝も見えた。
とにかく、全てが大がかりで圧倒される。
全部の空間を合わせると、後宮は魔法学校の敷地くらいありそうだ。
(将来、ミネットはここに住むのかぁ……)
ちょっと興味深い世界だ。
「こっちだ」
土地勘のあるエリゼに導かれるがまま、リロはてくてく歩いて行く。
特に見とがめられることはなかった。
歩いて行くと、洞窟風の石造りの屋敷がある方向から一人の女の子が飛び出してきた。
その姿はリロのよく知る人物だ。
「ミネット!?」
リロは大きな声で呼びかけ、そちらへ走った。





