13:飛び出し少女と迎え(ロバート)
工房に残されたロバートたちは唖然としていた。
リロがいきなり飛び出していってしまったからだ。
それに……。
「今、あの子、魔法使ったわよね?」
母、カミラが目を丸くしながら、父のサムとロバートに問いかける。
ロバートは頷いた。
「使った。落ちてきた道具箱を粉砕して、父さんを助けた」
「いやあ、危ないところだったね。リロのおかげで助かったよ。でも、どうして、外に出て行ってしまったんだ?」
おっとりしたサムにカミラが目をつり上げる。
「重い道具箱は下に置いたほうがいいって、何度も言ったわよね? しかも、戸棚の扉を開けっぱなしにして。リロがいなかったら、大けがをしていたのよ? とにかく、今はリロを追いかけないと。あの子、まだカドの町を全部知らないでしょ?」
「俺、リロを迎えに行ってくる!」
駆け出すロバートの後ろで、両親が「人間なのに魔法を使えるなんて」、「だから、ハシノ村にいられなかったのか?」などと話をしていた。
気になるが、今はリロが先だ。
近所の人に尋ねながらリロを追いかけると、彼女はすぐに見つかった。
雪豹のフードを被った、特徴的なリロの姿を覚えている人が多かったのと、人間の子であるリロの足では、そこまで遠くに行けなかったというのが理由だ。
その上、ロバートは鼻がきくので、ある程度近づいたらリロの匂いが判別できる。
リロは町はずれにある、誰も使っていない小屋の屋根の下で壁にもたれ、膝を抱えて座っていた。
朽ちかけた木造の小屋は、元は狩猟小屋だったものだ。
だが、今では誰も使っておらず、建物はボロくなる一方だった。地面には雑草がたくさん生え、荒れ果てている。
「リロ……」
ロバートに名前を呼ばれたリロは、びくりと肩をふるわせた。まるで初対面のときのように、おどおどしている。
「どうしたの? 急に家を飛び出していくから、びっくりしたじゃん。まだ買い物に行く道しか教えていないんだから、勝手に一人でうろうろしたら迷子になるよ?」
「……」
草をかき分け、ロバートは、黙り込むリロに近づく。縮こまって震えるだけで、リロに逃げる様子はない。
リロの正面で足を止め、しゃがみ込み、彼女と目線を合わせた。
「うちに帰ろう、リロ」
「……おにい、ちゃん」
上目遣いのリロは、ロバートの本音を探るような目を向けてくる。
「ありがとう。リロのおかげで、父さんは助かったよ」
リロはまた、びくりと肩をふるわせた。
「わ、わたし……」
ロバートは妹の言葉の続きを待った。だが……。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 魔法なんか、使って、ごめんなさい……!」
「えっ……」
「ばけもので、厄介もので、ごめんなさい……! きらいに、ならないで……」
くしゃくしゃに顔を歪ませたリロの目から、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「……捨てないで……」
「リロ……」
ロバートはリロが森にいた理由を理解した。
そっと手を伸ばして、小さな妹を抱きしめる。
「大丈夫、リロを捨てたりしないよ。俺も、父さんも、母さんも」
「……ばけものなのに? まほうを、使うのに?」
「リロは化け物なんかじゃないよ」
こんなに可愛い化け物がいるはずがない。
「それに、魔法なら俺だって使える……簡単なものだけだけど」
「……本当?」
「うん、獣人は皆、魔法が使えるんだ。俺が使えるのは、自分の体を強くする魔法だけだから、見た目にはわかりづらいかな……。でも、父さんや母さんは、たくさんの魔法を使ってアクセサリーを作ってる」
彼らが魔法を使っているところは、目にしたことがない。だから、わからなかった。
「まほう、わたしだけじゃない……?」
「そうだよ。リロのその服だって、母さんが身を守る魔法をかけてる。リロが何かにぶつかっても、怪我しないように」
「……そうだったんだ……おかあさん……」
リロが大事に上着の袖を掴む。
「ここでは、魔法を使えることは普通なんだ。リロは人間で魔法を使えるから、ちょっと珍しいけどね」
人間は、普通、魔法を一切使えない。
この世界で、唯一、魔法を使うことができない種族だった。
「にんげんで、魔法を使える人、わたしのほかにいる?」
「わかんない。俺は、リロしか人間を見たことないし」
「……そっか」
ロバートは立ち上がり、リロに手を差し伸べる。
「家へ帰ろう。父さんや母さんも、リロを心配してるよ」
「……追い出されない?」
「そんなこと、するわけない」
リロは、じっとロバートを見つめ、やがて、そっと手を差し出した。
彼女を立ち上がらせ、元来た道を戻る。
昼前だからか、あちこちの家から昼食の香りが漂っていた。




