11:新しい家族とカドの町2
少しずつ新しい暮らしに馴染んできた頃、兄のロバートが、朝からカドの町を案内してくれることになった。
リロは大好きな雪豹のフードをかぶり、兄の手を握って外へ出る。
涼しい朝の空気の中を、ふたりは町の中心へと向かった。
「この町はあまり大きくないからね。時間をかければ、リロでも主要な場所はだいたい覚えられるよ」
リオパール家は町の中心より少し森寄りにあり、工房が立ち並ぶ一角に建っていた。
「うちのアクセサリー工房のほかにも、武器や防具の工房、作業道具や日用品を扱う店、靴や鞄、皮や布、糸、紙、家具、それに楽器の工房なんかもあるんだ」
「そんなにたくさん、あるんだね」
リロが目を丸くすると、ロバートは得意げに頷いた。
「そうだね。ま、うちの場合、大抵は父さんと母さんが作っちゃうけど。二人とも、優秀な職人なんだよ、なんといっても魔法島の学校、アヴァレラを卒業しているんだから」
「魔法島って、なに?」
不思議そうに首をかしげるリロに、ロバートは少し得意げな顔をして言った。
「上を見てごらん?」
言われるままに、リロは澄んだ空を仰ぐ。すると――雲の合間、遥か高くに、淡く揺れる影が浮かんでいた。
あの日、森に捨てられてた日に見た影と同じだった。
「……あれが、魔法島」
ロバートがやさしく教えてくれる。
「ハシノ村からは見えなかった?」
「うん。森があって……それに、高い岩山があったから。向こうがわは見えなかったの」
「そっか。あの森の奥は、ちょうど岩山が続いてるもんな。角度的に、重なってて見えなかったのかもしれないね」
「島……浮いてるの?」
リロは目を丸くして、空に揺れる影をじっと見つめた。
「そういう島なんだよ。下から、飛行船に乗っていくんだ」
「ひこーせん……って、なぁに?」
立て続けの質問に、ロバートは小さく微笑む。
「うーん、そうだな。リロには、まだ難しいかもな。大きな空飛ぶ船なんだけど、帝国の中心部にある特別な駅からしか乗れないんだ。カドの町からは少し遠いんだけど……いつか、行く機会があるといいなと思ってる」
少し胸を張り、ロバートが告げた。
「俺も、父さんや母さんと同じ学校に行くつもりだから。魔法島の学校、アヴァレラに」
リロは瞳を輝かせながら、まっすぐロバートを見上げた。
「うん……! わたしも、いってみたい!」
空の上に島があるなんて、信じられない。
(あれ……、でも、魔法島って……魔法って……)
リロの胸に、ざわめきが広がった。
ハシノ村での記憶が、脳裏をよぎる。
あの村でリロが魔法を使ってから、村人たちは、まるで別人のように変わってしまった。
怖い顔で怒鳴って、石を投げてきた。
(魔法は、だめなもの……なんだよね?)
どうして、ロバートは、普通に魔法島の話をしているのだろう。わからない。
「リロ、行くよ」
考え込むリロの手を、ロバートがふいに引いた。
「あっ、うん……!」
リロは、小さな足で、慌てて兄のあとを追いかける。
(魔法のこと、聞きたい……けど……)
ロバートに、なんと尋ねていいかわからない。
もし、リロが魔法を使えることをリオパール家の皆が知れば、また追い出されるかもしれない。
大好きな新しい家族が豹変する様子は、絶対に見たくなかった。
(……まほうは、秘密にする)
大好きなロバートたちと離れずに済むよう、リロは固く決意した。




