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第十三話Part4⑪



 「ぶはぁっ!!」

 サフィールMは大きく息を吐き、起き上がった。すぐに周囲を見回し、ルビアMの姿を探す。左右を見て、すぐに見つけた―――そして驚愕した。全身がやせ細り、皮膚は蝋の如く白く色あせて、力を失い倒れこんでいる。息もしていないのではないかと疑うほど、彼女に動きは無かった。すぐに助け起こそうと寄り添う。

 「緋李ちゃん! 緋李ちゃ―――」

 肩をゆすろうとした時、両隣りに倒れる姿があった。エメルディM、そしてクリスタMだ。どちらも腹を貫かれ、あるいは手足がねじ曲がり、息も絶え絶えだった。念動力か、よほどの怪力で打ちのめされたか…それでもどうにか生きている。神の世界に乗り込んだ四人が、生きてここに集まっていた。

 「アキラ……」

 かすれた声でルビアMに呼ばれ、サフィールMは振り向いた。

 「緋李ちゃん…やっぱり、これって…」

 「ええ…あなたを迎えに行った時、私も…」

 死した者を連れ戻すには、自分も同じ世界に飛び込む必要があるということか。もしそうならば、ルビアMは一度死にかけた。そして死にかけた体を、無理やり動かしているに等しい状態だ。否、それだけではないはずだ。完全に死んだはずのサフィールMの方が、死にかけただけのルビアよりも明らかに健康であった。サフィールMはルビアMの頬に手をあて、やさしく撫でた。胸に湧いた不穏な推測を吐き出す。

 「…命を分けてくれた、とかってやつ?」

 「そんなのではないわよ…あなた自身の、戻りたいという強い願い…だと、思う。気にしたらだめよ」

 ルビアMに諭され、それ以上の追求は無用と、サフィールMは思い直した。愛する者が言うのなら、それが全てなのだ。頬に触れた手に自らの手を重ね、ルビアMは言う。

 「アキラ、帰ってきたのはここで駄弁るためではないでしょう」

 「………」

 「緑川さんもステラさんも、あなたを守ってくれた。それを無駄にしないで」

 サフィールMは振り向く。神、ディセイヴィアが呆然と立っていた。起こってはいけないことに対処できず、最早怒りも焦燥も忘れてしまった顔だ。

 そしてサフィールM…否、サフィール(・・・・・)は己の装束を改めて見降ろした。大型化したはずの両肩のプロテクターや右腕のガントレットは縮み、脛に新しく生まれたレガースも消え去っていた。つまるところ、元のプリマ・サフィールに戻っていたのである。

 否。一か所だけ、『マリアージュ・リング』の名残があった。胸のジュエルは進化前より一回り大きく、それを囲む銀の指輪も残っていた。破壊したはずのジュエルも婚姻の銀輪(マリアージュ・リング)も、神は奪い去ることができなかったのだ。

 「オレ達は回復に専念してる。だから行ってこいヨ、アキラ!」

 パミリオがひょっと顔を出すと、ペルテとシプルゥも顔を見せてうなずいた。エメルディMとクリスタMも、最早体をわずかも動かせぬ身ながら、サフィールに向けて微笑んで見せた。あとは任せたと、全てを託して。

 「…うん、行ってくる。みんな見てて」

 仲間達の声を背に受け、サフィールは立ち上がった。蘇生したばかりだからか、体に力が入らない。だがそれを言い訳に休む暇は無かった。彼女はディセイヴィアの前へと、ゆっくり歩を進める。その姿が幻覚ではないとついに理解し、ディセイヴィアがつぶやいた。

 「…だから、お前達にジュエルを持たせられんのだ」

 これまでにない程に、彼の声は力を失っていた。そして怒りと困惑に、彼は声を荒げた。

 「命の(ことわり)を覆す行い…お前達は自覚なく願い、自然の摂理を粉々に破壊し、お前達が望むようにこの世界を変異させる。それがこの世界で生きる命を淘汰するのだと、何故判らんのだ!」

 「知るかァそんなこと!!」

 だが、サフィールの返答はそれだけで終わった。よみがえったばかりと思えぬ怒声で、神の理屈は蹴散らされてしまった。どこまでも強欲で、誰にでも誠実な彼女の怒りに、正論など無意味なのだ。

 サフィールの顔に疲れは見えども、その瞳に恐れは微塵も無かった。彼女は一度胸のジュエルに手を当て、パートナーの精霊に作戦を伝える。

 《アキラ、それは… …わかったプル。ボクに任せるプル》

 (頼んだ。あたしの相棒!)

 「…これが最後だ。本当に最後だ、神様」

 「よせ。まだ取り返しはつく、素直に命を差し出せ」

 「何回も言ってる。あたしはあたしの恋を、普通の恋にするためにここに来た」

 サフィールが拳を握る。元の大きさに戻ってしまったガントレットが、しかし進化後と変わらぬ力強さを見せた。サフィールは駆け出し、拳を振りかぶると、渾身の力で突き出した。

 「あなたを一発、ぶん殴ってぇっ!!」

 裂帛の気合と共に拳は放たれる。だが、当然両者の間を隔てる次元の壁に阻まれ、ディセイヴィアには届かなかった。それが判っているからこそ、ディセイヴィアは何もしなかった。その顔には哀れみ、そして悲しみが現れていた。

 「愚かな」

 彼がそう言う間にも、サフィールは拳を引き、再び突き出した。だが、やはり壁がその拳を止める。ディセイヴィアは、ただただ悲し気にそれを見ているだけだった。

 「愚かな…どれだけ強く願っても、お前達では未来をつむげぬ。言っただろう。お前達が滅べば、その想いとやらも終わると」

 サフィールは神の言葉を無視し、左右の拳を連続で振るい始めた。当然どちらの拳も壁には影響を及ぼさない。見る者が見れば、虚空を打ち続ける姿は滑稽にすら映っただろう。無駄だと笑うであろう。だがサフィールはやめなかった。

 「……んぬぁああっ!!」

 拳が風を切り、またも虚空を打った。

 「例えその想いが叶ったとして、何も残せず、ただお前達が享楽にふけった時が過ぎるだけ」

 「……」

 「後に残るのはお前を異端と笑う者達と、その子供達だけだ」

 それがお前たちの世界の現実だ、と神は言う。余りにも虚しい願いだと、時にはその虚しさが後の世にも語り継がれるだろうと。あるいは、誰にも忘れられるだろうと。拳を叩きつけ続けるサフィールを前に、神はその無為さを説き始めた。もはや彼自身が何かしてやる必要も無く、サフィールは自滅に向かうであろうと踏んでのことだった。

 「まして私どころか、天使達にも劣る力しか持たぬお前に、何ができる」

 「……」

 「無駄なことはもうよせ。これ以上拳を振るって何になる」


 「言いたいことはそれだけかァッ!!」


 怒りの叫びと共に突き出した拳は、またも壁で押しとどめられ―――衝撃波の青い波紋を広げた。神と人を隔てる空間に、ただの拳が物理的な影響を及ぼしたことは、少なからずディセイヴィアを驚嘆させたようだ。

 「無駄とか何も残せないとか、そんなんで恋ができるかァ!!」

 「だがどれも事実だ」

 「けどあなたはあたし達の恋を止められなかった! 忘れたのか!!」

 指摘に、神は顔をひきつらせた。その間にもサフィールは言い募る。

 「運命に自分の手が届かなかったことを、あなたは見て見ぬふりをして、あたしを消せば終わる話だと思ってる」

 「何…」

 「ずっと逃げ出そうとしてるんだ、あなたは!!」

 壁を連続で打つサフィールの拳は、当たるたびに波紋を広げていた。叩きつける拳は徐々に神の側へと近づきつつあった。『ピュリファイア・スパークル』の時にも似ていたが、何の技でもないただの拳がそれを起こしていることに、神は今になって気づき、戦慄した。

 両者を隔てる壁、次元の壁が打ち砕かれる恐怖。彼の脳裏によぎったのは、間違いなく恐怖であった。

 「あたし達の恋はここにある。あなたが何を言おうと、全身全霊全てを懸けて恋をしてる! あたし達の恋から…っ!」

 サフィールは、大きく拳を振りかぶった。彼女自身の拳もまた傷ついていた。虚空を打ちながらも、その空間に押しとどめられることで、力がそのまま拳に帰ってきたのだ。だが振りかぶった拳は、またも壁を撃ち、波紋を広げ―――

 「目をッ! 逸らすなァッ!!」

 バキリ、と小さな音が鳴った。これまでひっかき傷すらも付かなかったサフィールのガントレットが、ついにひび割れた音であった。更に右の拳その物からも血が流れていた。骨が砕け、握りしめた掌が爪で裂けている。だがそれは、ガントレットが…あるいは右の拳が、空間にこれまで以上の衝撃を加えた瞬間でもあった。ディセイヴィアの額から、一筋の汗が流れた。

 次元の壁にひびが入っていた。分厚いガラス板のごとく、割れ始めているのだ。サフィールが打ち続けたことで、次元の壁が砕け散ろうとしていた。

 「ぅおぉぉあああああああああっっ!!」

 サフィールはそれを見逃さず、右の拳をひび割れに幾度も叩きつけた。ひびは広がり、次元の壁は破片となって飛び散り、虚空に消えていく。同時にサフィールのガントレットも徐々に砕け、破片が足元にこぼれていった。それを止めようとするディセイヴィアの声は、今までの諭すようなそれではなく、明らかに怯え震えていた。

 「よせ、サフィール」

 「でぃやああ、ああああああーーっ!!」

 「よせ!!」

 砕けた拳を何度目か振りかぶった瞬間、咄嗟にディセイヴィアは念動力を使い、サフィールの動きを封じた。先刻命を奪った時と同様、全身の皮膚を裂き骨を砕き始める。さらにのけ反った頭上に光球を複数浮かべ、無数の閃光で今度こそ心臓とジュエルを貫こうとした。

 「こんな…ものっ、ぉぉっ!!」

 だがその直後、サフィールは拘束を破った。加えてその勢いで大きくのけ反ったことで、閃光に腹や足を貫かれたものの、心臓とジュエルには一発も当てられずに回避した。愕然として、ディセイヴィアは硬直した。

 (馬鹿な。馬鹿な、神の力を振りほどくなど)

 「痛っったぁぁ…こんのぉっ!!」

 サフィールは再び拳を振るい、ひび割れを殴りつけた。ディセイヴィアは今度は光球を出そうとしたが、今度はその瞬間に衝撃波が彼の体を揺るがした。痛みこそ無かったものの、それはサフィールの拳打の衝撃だった。ついにサフィールの拳の威力は、両者を隔てる壁を越えてきたのだ。その間にも、拳打の連続で壁が砕けていく。

 ディセイヴィアの脳裏に、このまま瞬間移動でもしてサフィールの後ろに回り込み、手刀で首を落とすなり光線で貫通するなりしてしまえばよいのでは、という考えがひらめいた。だがそれを止めたのは、同じく脳裏によぎる一抹の不安だった。

 ―――神の拘束を振りほどき、拳打の威力を届けた者に、そんな小細工が通じるのか?

 どうしても通じるとは思えなかった。背後に回った瞬間、ジュエルを封じ込めた柱を破壊されたら。そもそも手刀も光線も通じなかったら。この時、彼は完全に恐怖に呑まれていたのである。何をしても通じぬと怯え、全く手を出せなくなっていた。それは天使たちが『マリアージュ・リング』を発動したブライドに覚えたものと、同じ感情であった。―――絶望に、彼は手を止めてしまった。

 その瞬間が命運を分けた。

 「―――アキラ」

 背後で、ルビアMが愛する者の名をささやいた。サフィールの耳はその声を確かに捉えていた。砕けた拳の痛みが限界に達した瞬間、ルビアMの声を最後の力に変え、サフィールは拳を突き出した。

 「くだけろぉぉぁああああっ!!」

 絶叫と共に振るった、神と人を隔てる壁をついに打ち砕いた。澄んだ音が響き、透き通った無数の破片が飛び散り、全てが虚空に消えた。右の拳はガントレットのパーツをわずかに纏っただけの、殆ど素手の状態だ。呆然としたディセイヴィアの胸に、朧に青く輝くサフィールの拳が力なく触れた。同時にジュエルの輝きも見えた。この瞬間にディセイヴィアは悟った…サフィールはずっと、輝く拳で空間を打っていたのである。少しずつ空間を破壊し、ついに今、神の胸に到達したのだ。

 青い輝きは決して強くは無かったが、その光が何かを彼はよく知っていた。神の力を退け、幾度も『エターナルジュエル』の機能制限を解除した光。サフィールはそれを、神に直接打ち込んだのである。

 静かな時間が数秒過ぎた。サフィールの背後で、三人のブライドが見守っていた。彼女たちの耳に、サフィールの声が届いた。


 「…ピュリファイア・フラッシュ」


 撃ち込まれた閃光がディセイヴィアの胸を貫き、その背後にある巨大な宝石の柱も撃った。

 『ピュリファイア・フラッシュ』は、時に距離を問わず飛び火する。エメルディとヘリオールのジュエルを同時に浄化し、ルビアを浄化した時はガルナのジュエルに伝わったことがあった。今この瞬間、飛び火した浄化の光は、宝石の柱に閉じ込められた無数のジュエル、そのすべてにも届いた。

 力尽きたサフィールは、腕を下ろすと膝をついて座り込んだ。その目の前で、神はゆっくりと後ろに下がっていく。足元はおぼつかず、震える息を吐きだし、ディセイヴィアは虚ろな目で空を見上げていた。傷一つ無い彼が、座り込んだサフィールを前にして、何もできずにいる。

 「ああ、あ」

 「へへ」

 呻く神を前に、砕けた右腕を押さえながら、サフィールは笑った。

 「神様を、ぶん殴ってやった…」

 その一言が契機となった。宝石の柱の中から黒い炎が飛び出し、巨大な顔を形作ると、叫び声をあげて消滅した。直後にディセイヴィアの体が白く輝き、彼の体を中心として、巨大な光の柱が立ち上った。

 「う、おお…お、おおああああああっ!!」

 神の力を退ける光を、神に直接打ち込めば、何が起こるか―――天上へと立ち上り、周囲を白く染めて虚空へと消える光の柱は、ディセイヴィア自身の神としての力であった。たとえ掠めただけであっても、浄化の光は神の力を退ける…神の呪いを退けたいという最初の願いが生んだ光は、ついに神そのものを退けた。

 「ぅぁああああ゛あ゛あ゛ーーーーーっ!!」

 断末魔の叫び、そしてディセイヴィアの姿が白い柱に包まれる。やがて声も姿も光の中へと消えていった。

 その向こう側で巨大な柱がひび割れ、崩れ、神殿を揺るがせながら破片が落下した。轟音がとどろく中、千億の歳月(としつき)を千億度重ねるより長い時を閉ざされた『エターナルジュエル』が、無数の色のきらめきを放ちながらあふれ出た。呪いの炎はとうに失せて、ジュエルは光を浴び、本来の色に輝いていた。

 (きれい…)

 恋の結晶は、今こそ自由を取り戻したのである。その煌めきの美しさは、どれだけの言葉をもってしても現わせるものではなかった。ただ美しいと、サフィールは思った。

 サフィールの意識はそこで途切れた。満ち足りた笑みを浮かべ、彼女は仰向けに倒れた。



 温かな光に包まれて目を開くと、自身を見下ろすルビアMと目が合った。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、優しく手を握ってくれている…頭の下には温かな彼女の膝があった。そう気づくと、サフィールは愛する人の名を呼んだ。

 「緋李ちゃん」

 「アキラ。目が覚めたのね」

 ゆっくり起き上がったサフィールの体を、ルビアMが支えた。二人は空を見上げた―――解き放たれたジュエルが空に舞い上がっていく。数え切れぬほどの色に輝くそれを、隣に座るエメルディMとクリスタMも見上げていた。すごい、とクリスタMがつぶやいた。

 ふとサフィールは自分の右手を見た。右手、更に全身からいつのまにか痛みが失せ、骨もつながり傷が癒えていた…のみならず、ガントレットも元に戻っていた。クリスタMとエメルディMの全身の傷も完治し、ルビアMに至っては死にかけたはずが元気そうに体を起こしている。

 「これは…緋李ちゃん、どういうこと?」

 不思議そうに見つめ返すサフィールに、ルビアMは微笑むと、視線で促した。

 「失礼のないようにね」

 「?」

 首をかしげつつ、サフィールは振り向いてルビアMの視線の先を見た。

 波打つ黄金色の豊かな髪。白く緩やかなローブ。穏やかな笑顔。―――背後に座っていた女神リリアウラと、目が合った。何が起こったのか一瞬理解できず、サフィールは目をしばたたき、やっと理解して驚きの声を上げた。

 「めっ…女神さま!?」

 そんなサフィールを見て、女神はくすりと笑う。彼女がここにいるということは、ここにいる全員の負傷や疲労を治癒してもらったということだろう。

 「こうして顔を合わせるのは初めてですね、サフィール」

 「あの…箱? から出られたんだ」

 「ええ、あなた達がディセイヴィアの力を消し去ってくれたおかげで。ディセイヴィアの所業も他の神に知れて、他の神からも許されました。それに…」

 リリアウラは空を舞うジュエルを見上げた。慈しみに満ちた視線は、以前アキラが夢で見た通りの女神の眼差しだった。原始の生命が愛を誓ったその時、二人の運命を守るべく精霊を遣わしたのは彼女だ。その理由が地上の生命への愛であることを、女神の眼差しは雄弁に語っていた。その一方、ブライド達の行いを理解できなかったことへの悔恨もあるのだろう。慈しみとともに、女神の両目には罪悪感が浮かんでいた。

 「…サフィール。皆さん。ジュエルを解放してくれたこと、心より感謝いたします」

 リリアウラは四人と向き合うと、手を床につき頭を下げた。慌ててサフィールらはそれを止めようとするが。

 「いやいやいや、あたしは自分のためにやったのであって、だからそんなかしこまらないでよ!」

 「いいえ。私が至らぬせいで起こしてしまった事です…それに、そのせいであなたたちを散々に苦しめてしまいました」

 女神は再び四人に頭を下げた。

 「本当に、何とお詫びすればよいか…」

 「………うぅん…」

 サフィール達は顔を見合わせ、どうしたものかと首をひねる。しばし四人で視線を交わし…そしてうなずき合うと、サフィールは女神の手を取った。

 「女神さま、顔を上げて」

 「……」

 「あたしたちは覚悟を決めて戦った。確かに苦しかったけど、でもそれは自分のため。謝る必要はどこにも無いよ」

 「ですが」

 言い募ろうとする女神の目を、サフィールは真正面から見た。

 「それでもっていうなら、これから先、たくさんの恋を守ってほしい。あたしたちはそれでいい。ね」

 「そうね。それが女神様の仕事でしょうし」

 振り向いたサフィールにルビアMが、そしてエメルディMとクリスタMがうなずいた。それを見てなお女神は困惑しているが、更にそこにジュエルから精霊が飛び出した。

 「以前のワガハイたちの相方は、自分達にも非があると言っていたモフ」

 「そんな…それは私が、彼女たちの意を汲まなかったからで…」

 「ちゃんと説明すればよかった、女神様にあやまらなくちゃ、って。言ってたぷきゅ」

 結局、どちらも非を認めているわけである。リリアウラはそれ以上何も言えなくなり、黙り込んでしまった。

 「おあいこで良いんじゃないかしら?」

 「ステラもそう思う。だからさ、もうおしまいでいいんだよ」

 女神と精霊達はしばし顔を見合わせ、困ったように笑った。つられて四人のブライドも笑顔を浮かべた。エメルディMとクリスタM、ふたりの一言で、結局全員が納得したのであった。女神を囲み、それぞれのパートナーの精霊を膝に乗せ、ブライド達はやっと訪れた休息に、心の底からくつろいでいた。一つの大きな仕事を成し遂げ、満ち足りた表情で、サフィールは天に舞う無数のジュエルを眺めた。その胸に一つ、不安がよぎった。

 「…リリアウラ様」

 「どうかしましたか、サフィール?」

 サフィールの横顔に浮かぶ不安を、女神は鋭敏に察知したようだ。隣に座るルビアMがその様子を見守る。

 「あたしは、あたしの願いを叶えたくて、ここに来た…神様をぶん殴って、考えを変えさせてやろうって。あたし達の恋が普通になるような世の中にさせてやろう、って」

 そしてやり遂げた。だが結果はと言えば、ジュエルが解放されただけだ。女神が傷を治してくれた以外、サフィールに特に変化はなかった。

 リリアウラはサフィールと同じく、天のジュエルを見上げている。だが対照的に、彼女は優しく微笑んでいた。

 「あたしの願いは、叶うのかな」

 「…あのジュエル、どこに行くかわかりますか?」

 リリアウラの唐突な問いに、全員が眼を見開いた。言われてみれば、ジュエルは天に舞いながら少しずつ姿を消していた。単に解放されただけではなさそうだが、ならばどこへ行くというのか。答えを求め、全員の視線がリリアウラに集中した。

 「帰るのです。元の持ち主の手に」

 「帰る…」

 「ええ。時間も次元も全てを越えて、帰ります。そして―――ジュエルを取り戻した彼女たちが、あの闘いの後に愛を説ければ」

 ディセイヴィアにジュエルを奪われ、精霊ともども封じられたことで、その夢は潰えてしまった。その後は他の星に渡ることも叶わず、精霊が惑星の生物と接触する機会も奪われたことで、恐らく戦争の途中か終わった後でブライド達は滅びてしまったのだろう。そしてブライドになり得たはず者達が、その可能性を開花させることは無かった。

 だが当初考えていた通り、ブライド達が軍隊を説得し、敵対していた星へと渡って、戦争をやめるように説得してくれれば、と女神は言う。

 「世界は愛を取り戻せるのです…あるべき姿にもどり、愛に満たされた世界になります」

 「あるべき姿? じゃあ、今の世界は間違った未来だというの?」

 ルビアMに問われ、リリアウラはうなずいた。

 「ディセイヴィアがジュエルと精霊を封じてしまった結果、自らの恋で苦しむ者が生まれてしまったのです」

 「あたし達にはそっちの方が当たり前なんだけど…」

 「ですが、皆さんはごく自然に恋をして、仲間達の恋にもおめでとうと言えたでしょう?」

 「…うん」

 サフィールの返事を聞くと、リリアウラは優しく諭すように全員に言う。

 「生まれた恋は自然な心。そしてそれを祝福するのも。それだけのことなのです、本来なら」

 両親からすら恋を異常と呼ばれたサフィールは、女神の言葉を驚くほど素直に受け入れていた。

 「ブライドと出会った者達は、命を紡げない恋もまた恋だと気づきました。ごく自然な恋であると。あの星間戦争で、軍隊もそれを咎めなかったほどです」

 「でもディセイヴィアのせいで、命を残せる恋だけが残り、他が異様に映るようになった。それが今の世界というわけなのね」

 ルビアMが引き継いだ言葉に、リリアウラはうなずく。ブライド達の目が驚きに見開かれた。まさに目からうろこであった。

 ジュエルを失った世界では、いつしか繁殖の本能と恋愛感情が一緒くたにされ、それ以外の恋を異常とみなす世界になってしまった。恋の在り方が捻じ曲げられてしまったのだ。しかしその世界で、彼女たちはかろうじて、ごく自然に恋する心とそれを継いだのだ。それなら、自分たちがためらいもなく同性に恋したのも、それを迷いなく祝福できたのも納得であった。

 そしてジュエルが持ち主たちの手に戻れば、他の星に、他の世界に伝えられなかった愛を、今度こそ彼女たちが伝えに行く。

 「じゃあ、あたしの願いは…」

 「叶います…叶えます。あなた達の恋が普通の恋となる世界を。サフィール、ルビア。約束します」

 「―――うん!」

 全員がそろってうなずく。と、そこでクリスタMが一つの事に気付いた。自身の、次いでエメルディMとルビアMのジュエルを見て、その顔が青ざめた。

 「ジュエルが戻っていくって…じゃあ、ステラたちのは? 『マリアージュ・サクリファイス』で捨てられたひと達のは?」

 その発言で全員が気づいた。サフィール以外のジュエルは、元の持ち主から託された物…逆に言えば託されたとはいえ、彼女たちのジュエルも持ち主の許へと帰っていくということだ。しかもジュエルが生まれた当時、自分達と出会うことなど知る由も無い。途端に不安になるが、リリアウラは笑ってそれを宥めた。

 「それは大丈夫です」

 「ホントに?」

 「はい。ジュエルを託されたということは、あなたたちも、捨てられてしまった人たちも、新たにジュエルを生みだせるはず。精霊とも出会えたのですし」

 「精霊さんたちも、その…前のおともだちのところに行くの?」

 続けてクリスタMが問うと、リリアウラの顔が曇った。

 「………実は、そこをどうしようかと迷っているのです」



―――〔続く〕―――

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