第十三話Part4⑨
クリスタM達もそれを察し、目の前の天使に向き直った。突き出されたヴァルオラの右手の、鋭く揃った指先に灼熱の閃光が集中する。今までのそれとは明らかに異なる温度で、陽炎でも発生したのか、一瞬ヴァルオラの顔がゆがんで見えた。
直後、ヴァルオラは右手を水平に振り抜いた。
「ステラ!!」
黄金の閃光が周囲を薙ぎ払う同時に、クリスタMは身を低くして走り、エメルディMは上空に跳んで真上から矢を射る。超高熱のレーザーで床が爆散する。ヴァルオラは軽く跳躍して両脚を前に突き出すと、足の裏から熱線を噴射し、その勢いで後方に大きく跳んだ。銀の矢は床を穿って消滅した。後方宙返りで着地すると、二人のブライドに向けてヴァルオラは広げた両手を突き出した。熱線が放射状に広がり、熱と光で一瞬二人の視界を奪う。目を開いた直後、ヴァルオラの姿はクリスタの目の前にあった。
「―――しねぇ!!」
灼熱のバリアをまとったヴァルオラの掌が、クリスタの腹に触れ、至近距離での熱線を放射。爆発を起こしてクリスタの小さな体が吹き飛んだ。
「ぅぐっ!!」
「ステラ!」
その次の瞬間には、駆け出そうとしたエメルディMの目の前に現れていた。ヴァルオラの背後の光景が僅かにゆがんで見える。背後からジェットエンジンのごとく熱線を噴射し、まさに一瞬で接近したのだと気づいた。そしてそのまま、ヴァルオラはエメルディMに激突した。ジェット噴射から瞬時に切り替え、バリアを纏った肩での体当たりだ。その動きは映画で見た拳法の技に似ている。接近戦自体は不得手のようだが、全くできないわけでもないようだ。重い一撃を受け、エメルディMの体勢が崩れた。ダメージよりも隙を狙ったためか、ヴァルオラは再び背中から熱線を噴射し、クリスタMの方へ飛んでいった。
その横顔を見たエメルディMの背に悪寒が走る。彼女は『姉』と初対面であるにもかかわらず、その顔が憎悪にゆがんでいたのだ。天使に鍛えられたと同時に、恐らく『姉』への憎悪も教え込まれたのだろう。会ったことも無い二人の姉を憎むように、ダシルヴァ達とは別の天使に。
(こうまでして、『デュエルブライド』を殺したいか…!)
《おハルさん、矢を投げるモフ!》
(わかった!)
エメルディMは右手に矢を出現させ、ヴァルオラの背に向けて投げた。破壊力は弓で射たときより劣るが、直に手で投げる事に加え、右目のモノクルの機能…相手と距離を測る機能とペルテの補助によって、きわめて正確にコントロールできた。熱線を出そうとしていたヴァルオラの肩すれすれを通過し、一瞬だけその動きを止めさせる。そのままエメルディM自身も矢を追って走った。
「ステラ、使って!」
エメルディMの意図を理解し、クリスタMはリボンを矢に巻きつけ、引き寄せると手で握った。『アクロスカイ・マキシマ』を発動して空中で急停止し、正面からヴァルオラに向けて銀の矢を突き出す。ヴァルオラは咄嗟に熱線からバリアに切り替え、鏃を防ぐ。激突した矢とバリアが消失し、一瞬だけヴァルオラに隙が出来た。クリスタMはそれを見逃さず、ヴァルオラの体にしがみつき、両腕を押さえ込んだ。空中でぶつかり合った両者は落下する。
その直後、組み合った両者の間で熱線が爆裂した。ヴァルオラは背中、足の裏など、手以外からでも熱線を発射できる。この瞬間、密着した状態で腹部から発射したのである。
「あぐぅっ!!」
「ぐあっ!!」
両者の悲鳴が訓練場に響く。攻撃を受けたクリスタMのみならず、至近距離での爆破によりヴァルオラ自身もダメージを受けたようだ。ヴァルオラは背中から床に落下した。一方のクリスタMは、駆けつけたエメルディMに受け止められた。装束の腹部や胸のあたりに穴が開き、皮膚が焼けただれ煙を上げている。同様の傷は熱線を放ったヴァルオラ自身にもあった。内臓にまで傷があるかも知れない。神がいることを考えれば、今すぐにでも精霊に治癒を頼んだ方が良いのだろう…だが同じく傷を負ったヴァルオラは、すでに立ち上がりつつあった。
《ケガ、なおしてるヒマは無いぷきゅ…》
(シプルゥは痛み止めだけおねがい。ケガはあの子を助けてから治す)
《だいじょぶぷきゅ?》
(うん。まだうごける)
だから大丈夫だ、とクリスタMはパートナーに内心で伝える。シプルゥは僅かに治癒を進めつつ、傷の痛みを抑える処置を施した。エメルディMはクリスタMに手を貸し、二人はともに立ち上がった。
一方のヴァルオラは、痛みによる悲鳴や表情の変化こそ無いが、傷を押さえる手や倒れまいと力を入れた脚から、痛みに耐えていることが一目で見て取れた。半ば自爆のような手段だっただけに、下手をすると彼女自身の方がダメージが大きいのではないか…となると、『妹』である彼女を救おうとするクリスタMとしては、長引かせるわけにはいかなかった。
ただ、一つだけ懸念があった。彼女は地上へ降りていない、すなわち『受肉』していない。いわば神の力を退ける技である『ピュリファイア・スパークル』を撃ち込めば、既に肉体まで天使となった彼女は消滅してしまうのではないか…。クリスタMに、妹でもある彼女を殺す覚悟は無い。殺さずに神の手から救う方法だけを、どうにか導きだそうと考えている。その最中、隣にいるエメルディMとペルテからのテレパシーが届いた。
(ペルテ。彼女の肉体を元に戻して、ついでに消滅しないように護ることってできない?)
《つまり『受肉』『浄化』『防護』を並行して行うモフ?》
(ええ。私達はさっき、自動で『受肉』を行う空間を通過してきたはずよ)
本来『受肉』は天使が持つ宝石、『オーラクリスタル』に精神と能力を封じ込めてから行う必要があった。だが、ダシルヴァが設置した『通用口』は自動でそれを行うのだ。精霊達も当然それを見ている。
《そうであるな…うむ、やってみるモフ。必要な処理はワガハイが行う故、シプルゥどのはステラどののリボンから送り出してほしいモフ》
《わかったぷきゅ!》
(じゃあハル、シプルゥ、ペルテ…おねがい!)
クリスタMはリボンをなぞり、再びサーベル状に硬化させた。ペルテは晴の全身の細胞を天使の肉体と比較し、人間から天使へと変換された過程を解析。その逆の処置を行うプログラムを構築した。それをシプルゥに送る。
都合のいい話…とは一概に言えなかった。自分自身が生んだものではないながら、二人の胸にあるのはあらゆる願いを叶える宝石『エターナルジュエル』なのだ。それが二人分揃っているのなら、愛し合う二人が天使にさせられた少女を救おうとして、無茶な願いを実現してしまえるのは、至極自然なことであった。
「いくわよ、ステラ!」
合図とともにエメルディMは矢を放ち、その直後に走り出した。矢とエメルディM自身の攻撃、そのどちらも余裕をもって防ぐことがヴァルオラにはできた―――だが、痛みのために足を動かすことはできなかった。明暗を分けたのは、皮肉にも脱出のために用いた自爆の熱線であった。
矢はバリアに直撃し、消滅した。そしてエメルディMが大きなプロテクターを纏った左の肩で、体当たりを仕掛ける。これも防げるはずだった。だが、エメルディMの胸のジュエルが明滅した。『ハイプレス・インパルス』、エメルディMの筋力を超強化する能力だ。すさまじい膂力でぶち当たった結果、バリアが一方的に消滅した。
「なに…!」
「ステラ、今!」
エメルディMのジュエルが再び明滅する。ほぼ同時に―――否、まったく同時に、サーベル状のリボンを正面に構えたクリスタMが、ヴァルオラの目の前に出現した。
二人は手をつないでいた。エメルディMは矢を放ってすぐ、クリスタMを抱えながら突撃してきたのだ。バリアを解除したタイミングを狙い、可能な限りタイムラグを押さえるための作戦だった。
普通の人間なら、人間一人を抱えてこうも早く走ることはできないだろう。だが、彼女たちは超人『デュエルブライド』であり、更に『マリアージュ・リング』の発動で、天使に匹敵する戦闘能力を有している。この程度の事が、不可能なわけは無かった。
完全に意表をつかれ、ヴァルオラは回避を忘れた。何よりも手を取り合う二人の姿が、それまで見たことも無い程に美しかった。どこの誰に教え込まれたかも知らぬ『姉』二人…ステラと雪への謂れなき憎悪も、この瞬間に吹き飛んでしまった。
「あ……っ!」
「ピュリファイアッ、スパークル!!」
サーベルの先端が、ヴァルオラの胸の『オーラクリスタル』を捉えた。電光が表面のバリアを消失し、神の力を退ける光が撃ち込まれる。光はヴァルオラの肉体に浸透し、全身を白く染め上げていく。その背後に体から追い出された天使の成分が飛び散り、白銀の閃光を伴って爆発、消滅した。
前のめりに倒れるヴァルオラを、二人の腕が支える。
「怪我も治ったようね」
エメルディMが言う通り、自爆でできたヴァルオラの腹の傷は、綺麗に完治していた。顔からも憎悪が消え、安らかに眠っている。肉体の消滅も特に見られない…作戦は大成功であった。ただ、問題はまだ残っている。
「この子、どうしよう…ここに置いてはいけないよ」
「確かに。通用口まで戻って下に送る? 今なら安全だけど」
「でも、下ではみんなが闘ってる…みんなに守ってもらうとしても、やっぱりあぶない」
地上に送るだけなら二人でもできるが、既に神と闘い始めているであろうサフィールM達を放り出すことはできない。といってヴァルオラを守りつつ戦える自信も無い。どうしたものかと二人で考える。その最中、ペルテとシプルゥはクリスタMの腹にしがみついて治癒を始めていた。『マリアージュ・リング』の発動に伴って強化された治癒能力により、クリスタMの傷は見る見るうちに癒えていった。もふもふな精霊を二人も抱えてご満悦らしく、治癒の間もクリスタMは二人の精霊をもふもふしていた。可愛い永久保存したい、とエメルディMは内心思ったが、そんなことをしている余裕はないので我慢した。
そう思ったところでヴァルオラを見ると、彼女が突然起き上がった。バネか金属の音でもしそうな唐突な動きで、突然のことに二人そろって声を上げて驚いた。
「…えっと…だいじょぶ?」
真っ先にクリスタMが彼女を気遣った。その間も精霊二人は腹にしがみついている。
「はい…だいじょうぶ、です…ええと」
ヴァルオラは首をかしげ、クリスタMの顔を覗き込んだ。恐らくプリマ・クリスタことステラ・クラールハイトのことは説明を受けているはずで、記憶の中を探っているのだろう。
「―――ねえさん」
「…うん。ステラ・クラールハイト、『プリマ・クリスタ』だよ」
二人はためらいなく握手した。クリスタMこと長姉ステラの穏やかな笑顔に、ヴァルオラも警戒心を解いたようだ。そしてクリスタMはエメルディMの手を取って紹介した。
「こっちは精霊の、シプルゥとペルテ。それから、ハル。緑川 晴。ステラの恋人、です」
「よろしくぷきゅ」
「よしなにモフ」
「よろしく。…つまり私はお義姉さんということね?」
「…こいびと、ですか?」
精霊をそっとなでつつ、ヴァルオラは二人の関係を理解できないのか、またも首をかしげる。しかし両者の顔を見て、すぐに納得したようだった。
「…すてきです」
返答を聞き、クリスタMとエメルディMは顔を見合わせる。天使から二人のような関係をどう教わっていたのか知らないが、ヴァルオラ自身の感性には全く影響を及ぼしていなかったようだ。
「あのひかりをうけたとき、ふたりのすがたが、とてもきれいにみえました。てんしさまには、ねえさんをにくむように、いっぱいおしえられたのに」
「やっぱり…でも、ヴァルオラには違って見えたんだね?」
「はい。……とても…とっても、きれいでした」
『ピュリファイア・スパークル』を受けた瞬間の二人を思い出したのか、ヴァルオラの頬がわずかに赤くなった。初対面の妹にまで言われ、クリスタMは思わずうれしくなり、ヴァルオラの頭を撫でた。
そしてすぐに真顔に戻る。
「ヴァルオラ、一人で地上に降りられる?」
「どういうことでしょう」
「下の世界、人間の世界ではステラたちの仲間が闘ってる。ここから下におりられるところがあるから、みんなの所でまっててほしい」
「いっしょにきてはくださいませんか?」
悲しげな顔でヴァルオラは縋りつくが、その手を取ってクリスタMは優しく諭した。
「別の友達が、神様…とうさまと闘ってる。ステラ達はその子を助けないといけない」
「ちちうえさまと…」
「その子の恋を、『ただの恋』にするために」
真正面から向けられた視線で、ヴァルオラは姉の心情をすぐに理解したようだ。目を伏せてうなずき、立ち上がった。
「わかりました。ちじょうに、おります」
「警備の天使は全員叩きのめして、廊下に寝せてあるわ。そいつらの寝てる方に行けば辿り着くはず」
「ありがとうございます。ではねえさん、ハルさん。ごぶうんを」
ヴァルオラは一つ礼をすると、訓練場を出て廊下を走り出した。それを二人は穏やかな顔で見送った。傷の治癒は完了し、精霊達はそれぞれのジュエルの中に戻った。
「いい子だわ」
「うん。ユキ、びっくりするよね。下に妹がいたなんて知ったら」
「すごいお世話焼きそう。あの子も良いお姉ちゃんになるわよ、きっと」
「うん」
それだけの言葉を交わし、ヴァルオラが向かったのとは反対方向へと歩いて行った。
この先には神の執務室がある。サフィールMとルビアMが先に辿り着き、すでに闘いを始めているはずだった。友を助けるため、二人は向かう。
大きく距離を取られたサフィールMとルビアMは、広大な広場を走り神へと迫る。一見何もないこの広場だが、二人とも全力で走りながら警戒は怠っていなかった。相手は神、それもブライドの命を奪い取ろうとする神だ。今は二人の降伏を待っているが、ただ待つだけではあるまい―――そう思った途端、プルとパミリオから警告に二人は足を止めた。
《右プル!》
プルの警告で右側に跳んだ途端、二人の横で直径二メートルほどの光球が発生し、床を丸く消し去った。
「どわっ…サンキュ、助かった!」
だが二人が足を進めた途端、今度は頭上から何かが降ってきた。空から降りかかるのは、宝石の如く輝く無数の針だった。前転で転がりつつ回避すると、広場の床石に無数の穴が開き、直径五メートルほどの深い穴になった。一瞬だけ覗き込むも、底が見えぬほどの深さだった。殺傷力の高さもさることながら、僅かな予備動作も見せないのが真に恐ろしい。
「ああいうの、お祖母ちゃんの家の古いマンガで見たことある。『短針銃』ってやつだ」
「短い針で穴だらけにして粉々にしたのね」
さすがに緋李は理解が早い。
その一方で博打のような一撃必殺の技を放ってこないのは、たとえ神であっても神経を研ぎ澄ませ、確実に仕留める必要があるからだった。願い一つで超常的な戦闘能力を手に入れた『デュエルブライド』が二人もいることは、神にとっても警戒すべきことのようだ。
ディセイヴィアは消滅光球を連発し、二人の疾走を阻もうとする。二人は精霊の探知で次々と回避し、ジグザグに走る。その正面に針の雨が出現したが、それぞれの武器で全て吹き飛ばす。
「緋李ちゃん、どうにか近づけない!?」
「やってみる」
ルビアMには『アーマメント・スラスト』という、高速移動中に限り肉体を頑強にする能力がある。だが神は消滅光球を突然出現させる。不用意に動ける状況ではなかった。サフィールMもそれを理解しているはずで、その上での提案ということは、何某かの策はある筈だとルビアMは信じた。
目の前に出現した消滅光球を飛び越えて回避し、直後にルビアMは一気に加速した。その姿がディセイヴィアの視界から消失した。神の目でもすぐには追いきれない速度であった。ディセイヴィアは周囲を探し、斜め上空にいるルビアMを発見した。迎え撃つように宝石の針の雨を発生させる。すると、突然ディセイヴィアの眼前に何かが飛来した。
「どりゃぁっ!!」
投擲されたガントレットが針を全て吹き飛ばした。だがディセイヴィアは針の矢を再び出現させる。ルビアMは空中から急降下し、加速して『アーマメント・スラスト』で全て弾き飛ばすと、ディセイヴィアに向けてロッドを突き出した。
「ハァッ!!」
「無駄だ」
だが先刻のサフィールMの拳と同様、次元の壁に囚われてロッドが停止した。途端、ルビアMは腹の下に気配を感じた。先刻から何度も回避している消滅光球だが、走りながらはともかく空中で、しかも動きを止められたこの瞬間、回避は不可能と思われた。その体を『エスカレーション・ソニック』で加速したサフィールMが横から抱きかかえ、床に転がる。右腕にはいつの間にか回収したガントレットが装備されていた。光球は空間だけを消し去る。
ディセイヴィアへの接近はどうにか成功したが、彼の目の前にある壁を破らなければ、ただの一撃も当てられずに殺されてしまう。
《上から来るゼ!!》
だが、ディセイヴィアは考える時間を与えない。空中に黒く輝く大きな球体が出現し、二人に叩きつけられる。後ろに跳んで回避すると、落下した床の石が消滅した。物質を削り取る技のようだ。
ディセイヴィアはサフィールの降伏を待つと言ったが、要するに実力で敵わぬことを示し、二人を絶望させようという目論見だろう。
「ケチくさいやり方して…!」
「言ったはずだ。私は命を奪うことは望まんと」
「ウソをつくなっ!!」
ジュエルの明滅と共に、超加速したサフィールの右の拳がディセイヴィアへと突き出されるが、やはり壁に阻まれた。ただの打撃では到底打ち破れない、まさに人と神を隔てる次元の壁であった。
「平和を守るためというのなら、何故ジュエルを―――ブライド達の愛を奪った!! 何故あたし達の恋を奪おうとする!!」
「何度も言っている。地上の平和を守るためだ、何故判らぬ」
「愛を奪っておいて平和を騙るな!!」
無理やりにでもサフィールMは拳を押し通そうとする。自身の膂力が右腕にかかり、ぎしぎしと骨が軋みを上げた。腕が痛む。だが、サフィールMは怒りに痛みを忘れた。その眼前に神が指を突き付けた。
「お前が言う愛とやらは、本来なら生物として絶対に生まれえぬ想いだ。お前たち自身が滅びればそれで終わる。何も残さずに潰える」
「だから何だ!」
「その無為な想いのために、お前達の願いは無益に世界をかき乱す。無関係な者を巻き込んでな」
無関係な者という言葉に、サフィールMの動きが一瞬だけ止まった。逡巡がわずかに表情に現れる…だがすぐに思いなおした。狂信と呼ばれたほどの恋だが、ここで諦めてしまっては狂信どころか、それこそ両親から言われたような気の迷いと呼ばれ、そのまま殺されてしまう。そもそもこの想いを普通の恋として叶えたいと訴えるために来たのだ。見知らぬ誰か、自分の恋を恋とも思わぬ誰かのために、遠慮してやる必要など無い。
「お前にそれだけの資格はあるのか。他の者の生き方を狂わせるほどの資格が」
「どうでもいいっ!!」
サフィールMの胸のジュエル、そしてガントレットが鮮烈な青の輝きを放つ。一度拳を引くと、輝く拳に電光を伴って構えた。
「他の人の事なんかどうでもいい。あたし達は、あたし達の恋を叶える!!」
神の力を退ける必殺の拳を、サフィールMは繰り出した。
「ピュリファイアッ!! スパークルッッ!!」
拳はやはりディセイヴィアの眼前で停止したが、その衝撃が波紋となって『壁』に広がった。電光が壁を走り、僅かずつ拳が進み始める。超えられぬはずの次元の壁を超えようとしていることに、ルビアが上げた驚きの声が聞こえた。
「こ…ンのぉぉっ…!」
「これは…」
目の前のディセイヴィアの目に、僅かながら驚愕が浮かんでいる。超えられるか、とサフィールMがわずかに希望を抱いた。
途端、背後に異様な気配を感じた。思わずサフィールMは拳を引いてしまう。振り向いたその眼前に浮かぶのは、透明な宝石でできた巨大な槍だった。先端がサフィールMを狙っている。対応が遅れたサフィールMに、ルビアMが横から飛びつき、もろともに転がって槍を避けた。
「アキラ、落ち着いて。怒ってもあちらに隙を見せてしまうだけよ」
「うん。ごめん」
《冷や汗ものだったプル…》
「プルもごめんね。気を付ける」
二人に謝罪し、再度立ち上がる。今しがたの応酬で判明したのは、『ピュリファイア・スパークル』で壁を打ち破れる可能性があるということだ。ならば二度三度と撃ち込み続ければ、いずれは拳が神に届くはずだ…視線を交わし、サフィールMとルビアMはうなずき合った。だがそれは目の前の神にも知れている。二人の目論見にも気づいているはずだ。
最初に行動を起こしたのは、やはりサフィールMだった。
「でぇやァアアアッ!!」
突然ディセイヴィアの目の前に迫り、再び『ピュリファイア・スパークル』の拳を突き出す。当然ディセイヴィアはそれを迎え撃つべく、光球を目の前に出現させた。だがサフィールMは『エスカレーション・ソニック』を発動、すぐにルビアMの隣まで跳ぶと二手に分かれた。二人の動きを読み、ディセイヴィアは自身の左右に光球を出現させる。それをサフィールMは跳躍で、ルビアMは右側へのステップで回避し、今度は二人が左右からそろって発動した。
「ピュリファイアッ!」
「スパークル!!」
電光を纏った拳とロッドが壁を打ち据え、めり込むようにディセイヴィアに向かって進む。二人で力を合わせているためか、サフィールM一人の時よりも進む速度がわずかに速い。その事実に、ディセイヴィアは危機感を覚えたのか、表情が険しくなった。
《来るプル!》
《二人ともよけろ!》
精霊の警告に従って後ろに跳ぶと、ちょうど二人がいた位置に黒い球体が出現した。先刻床を削り取った球体だ。ディセイヴィアはそれを小さく縮め、周辺にいくつもばらまいた。散弾の如く飛び散ったそれを、二人は超高速で回避しながら前進し、ディセイヴィアの目の前に迫った。今度は拳とロッド、両方で同じ位置を狙って『ピュリファイア・スパークル』を発動した。
「ピュリファイア―――」
「スパァァァクルッ!!」
二人の一撃が重なり、壁を突き破ろうと拳とロッドがさらにめり込んでいく。神に一撃を叩き込むという願いが、超えられぬはずの次元の壁を越えようとしている。迂闊に放置すれば、このまま自身に一撃を叩き込むことすらあり得る―――降伏を待っていたディセイヴィアは、最早捨て置けぬと決断した。
「―――やはり、人類の手には余る力だ」
その瞬間、ディセイヴィアの全身から放たれた殺気に、二人は一瞬恐怖した。ディセイヴィアがつぶやくと、その一瞬の硬直の最中、突然ルビアMが吹き飛んだ。
「ぐぅっ!?」
「緋李ちゃん!!」
うつ伏せに倒れ、押さえ込まれたようにそのまま動けなくなる。強烈な重力か念動力による押さえ込みであろうか。そして真上に長大な宝石の槍が二本出現し、ルビアMの両ひざを貫き、床に磔にした。高速で移動しなければ『アーマメント・スラスト』は発動しない…動けぬ彼女の肉体は、あくまでも天使並みの頑強さを持つだけであった。
「素直に命を差し出せば、苦痛の一片も無く眠らせてやったものを…」
ディセイヴィアの目は使命感、慈悲、そして苦悩に満ち溢れていた。地上の平和を守るための苦渋の末の決断であり、それに抗おうとする二人のブライドへの哀れみに、彼は目を伏せていた。どこまでも優しい表情であった。その優しい表情で、彼はサフィールMの殺害に踏み切ったのである。
「うぁあああっ!!」
「緋李ちゃ…があああっ!!」
ルビアMの膝の下に血だまりが広がる。破壊された膝は力を失い、両足が力なく床の上に落ちた。激痛に悲鳴を上げるルビアMの前で、今度はサフィールMの方が立ったまま動きを止めた。力ずくで両腕を広げられ、頭からつま先までを一直線に伸ばした姿勢にされると、地上から少しずつ浮き上がり、磔にされたかのごとく空中で停止した。全身の皮膚に血管が浮き上がり、裂けて血が飛び散る。ぎしぎしと筋肉や骨がきしむ音が聞こえる。カッと両目を見開き、痛みに耐えて食いしばる歯の間から息が漏れている。小波の家で残留思念と遭遇した時と同様、念動力を応用してサフィールMの全身を破壊しようとしていた。今はディセイヴィア自身が直接行っているため、精霊達による防護すら無視して責めさいなんでいる。さらに両ひざを破壊したルビアMまで押さえ込んでいる…強大にして隙が無い、これが神の力の一端であった。
そしてこの瞬間でさえディセイヴィアは加減しているのが、ルビアMには理解できた。やろうと思えば光球などを使い、一撃で二人を消滅できている筈なのだ。今目の前でサフィールMの命を奪おうとしているのは、ルビアMを絶望させるための行いであろうか。
「最早一瞬たりともジュエルは持たせておけぬ。そのままにしておけば、いずれお前達はこの世界を混沌の底に叩き落す」
「バカな…っ! ただの恋でそんな事するもんか!!」
「するのだ。例え己が意志でなくとも」
サフィールMの首の皮膚が指の形にめり込む。呼吸を封じ、気管や首の骨に強烈な圧力をかけている。ルビアMは這いずって近づこうとするが、両ひざを貫いた槍は砕けず、そもそも強烈な念動力によって指一本動かすことはできなかった。臓器が破裂し、サフィールMの口から大量の血が吐き出された。
「ごぁああああっ!」
「アキラを、放して……放しなさいよ…!!」
サフィールMの頭上に、黄金に輝く光球が出現した。ディセイヴィアの意図を察し、ルビアMは必死に手を伸ばす。掴めるはずも無く、その手はサフィールMの足元にも届かなかった。同じく手を伸ばしたサフィールMも、またルビアMの手を掴むことは無かった。
「緋李、ちゃ…あああああっ…!」
「アキラ、アキラっ…!」
伸ばしきった手を、さらに二人が伸ばそうとした、まさにその時。
「…安らかに眠れ」
球体から発射された閃光が、サフィールMの胸のジュエルと心臓を貫いた。
ジュエルが砕け、輝く破片を散らした。ひゅうと力なく息を吸う音が、ルビアMの喉で鳴った。目の前で愛する者の全身が力を失い、拘束されていた空中から落下し、硬い石の床に倒れるまでを、ルビアMは奇妙な程冷静に見ていた。
「―――あきら」
ルビアMを押さえ込んでいた念動力、そして膝を貫いていた宝石の槍が消えた。ルビアMは両腕で這いずり、サフィールMの元に辿り着いた。だがその手に触れても、答える声も視線も無かった。軽く肩をゆすってもそれは変わらなかった。
―――〔続く〕―――




