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第十三話Part4②



 黒絵の説明を受け、菫と楓はリビングに座った。仕事を終えた二人に、紫織とパップが水出し紅茶を満たしたコップを手渡した。

 「おおお、おつかれさまれす」

 「ごしゅじんごしゅじんごしゅじん、おちつきなされ。不審者と思われるぞな」

 「別に思わないわよ、友達なんだし。…雁井、あんた家に帰らなくていいの? お姉さんいるんだっけ、心配してるんじゃない?」

 「い、いえ、家族に説明はしておられるますきに」

 紫織の家は少し離れた場所にあるが、家族には事情を説明し、今は小波のマンションで寝泊まりしていた。特に姉はブライドに変身させられた紫織を、そして妹を救ったサフィールの姿を目撃しており、恩返しにと積極的に協力を勧めたほどだ。逆に父母は止めようとしたが、紫織の硬い決意を聞いて諦め、せめて二日に一度は電話してほしいと頼まれていた。そしてこの流れの中で、郡上家と雁井家は保護者同士も交流するにいたったのである。ある意味ではこれもアキラが結んだ縁と言えた。

 「ならいいけど」

 そう言って、菫は中央のテーブルで話し合うアキラとダシルヴァに視線を向けた。アキラが状況から自分なりにまとめた考えを説明し、ダシルヴァが小馬鹿にしたような視線でそれにうなずき返している所だった。

 「―――ステラと雪が生活できてたということは、神様の世界…天国として、天国に生身の人間はいられるし、この地上に人間を送り出すこともできる。雪が最初に降りてきた目的はステラの回収だから、逆に天国に戻ることもできる」

 「まあねェ、君のそこまで推察に間違いは無い」

 「で、それらの条件が揃ってて、あたし達が天国に行けない理由っていうのは?」

 アキラに問われ、ダシルヴァは手持ちのホワイトボードの中心部に二重線を引き、その上に『天国』、下に『地上』、二重線の間に『境界線』と書いた。

 「まず、二つの世界の間には境界線がある。この境界線と言うのは本当に『境界線』でな」

 「本当に、っていうのは?」

 「我々自身を含め、天国の物質は地上に『干渉』ができない。存在はできても触れられない。だから我々はクリスタルに精神と能力を封じ込め、地上に降りてから『受肉』する必要があった。君がバカでも感覚的には判るだろう、バカなりに」

 アキラ達に向ける視線こそ偉そうだが、天使の長女は学究肌であるが故か、説明を求められればためらいなく回答した。

 「逆に地上の物体は天国に存在できない。突入した途端にここ…『境界線』によって消滅する。そこの小娘二人に対しては、我らが主が許可したからこそ存在できたのだ。これは上位の世界だから、としか言いようがない」

 ダシルヴァは、キッチンで紅茶を飲んでいるステラ姉妹を指した。二人の隣に控える晴と芽衣が、なるほどうなずく。同様にアキラも納得していた。

 「なるほど、そこを境目に世界そのものが変わってしまうんだ。ロゼルさんの言う『能動的に天国にいく方法が無い』っていうのは…」

 「そういうことだ。君の推察は間違っていないが、このように条件が無ければ成立せんのだ。当たり前だろう、許可が無ければ物理的に立ち入りできん」

 その上で、とダシルヴァはホワイトボードを隣に座ったアグレアに投げ渡した。

 「君のアイデアは無謀というか、バカだなァ、と私は思うね」

 「まあ頭のいい人にはそう思われるよね」

 「…何、葵。あんた何言ったの?」

 怪訝に思った菫はテーブルの横に座り込み、身を乗り出した。それに答えたのはアキラの隣に座っている緋李で、彼女は天井を指しつつ答えた。

 「『通用口』を通って天国に行く。というのが、アキラの考えよ」

 「………できるの、それ?」

 「ダシルヴァが言うに、天国に行ったらみんなが消えちゃうプル」

 「境界線については先ほど説明した通り。加えてあれは天国から地上への一方通行だからな、地上から逆流する形での通行はできない。なにより」

 ダシルヴァが窓の外の空を見上げると、それにつられてブライド達も空を見た。『通用口』は相変わらず空に浮かび、開門の時を待っている。―――そう、空にあるのだ。

 「空でも飛べん限り、あの高度には届かん。雲の高さだ。ブライド程度のジャンプ力では無理だなァ。つまり初っ端から君のアイデアは作戦として成り立っておらんのだ。私がべらべら喋っているの理由はそれだ。まァ好きなだけ跳んで、高高度ダイビング自殺でもしたまえよ」

 ダシルヴァはブライド達をどこまでも馬鹿にしつつ、目の前に置かれた紅茶を一口飲んでご満悦の笑みを浮かべた。こちらは四女のロゼルと同じく、芽衣の紅茶に心打たれたようだ。

 一方、回答を聞いた菫はげんなりした顔でアキラを見ていた。まず届く方法が無い時点で成り立たないアイデアを出すこいつはバカなのか、と言外にその目は語っている。が、アキラはといえばそれを気にも留めずに紅茶を飲んでいた。

 「まあ、普通に考えれば無謀っていうか、バカだよねえ」

 「いくらブライドでも空は飛べないじゃない…それとも何、飛びたいっていうお願い事を叶えるのが前提の話?」

 「ううん。…ねえダシルヴァさん、開門したら天使もどきがたくさん降りて来るんだよね?」

 「神造天使と言いたまえ馬鹿者。今は試験的に小型の『通用口』を街中に作り、こちらに出しているしね。きちんと金属の肉体を持って出てきてくれるだろう。私の設計に間違いは無いからなァ」

 アキラはその回答を聞き、緋李と顔を見合わせてにんまり笑った。つまり、今のダシルヴァの回答にこそ解決の糸口があるのだ。これに関してはアキラと緋李以外のブライドにも全く思いつかないらしく、全員が首を傾げている所であった。特にダシルヴァは眉をひそめている。

 だがその時、アキラと最も付き合いの長い小波がその考えを理解したのか、突然叫んだ。

 「あ、あっ! あった、届く方法あった!!」

 横にいた紫織がその突然の声に驚き、手に持っていたクッキーを取り落としてしまった。床に落ちる前にパップがキャッチし、紫織の口にごりごり押し込む。黒絵の隣でミニ昆布とスルメを食していた黒羽、ひまりと並んで座っていた伊予が同じく思い至ったのか、やはり立ち上がった。

 「こ、小波どの。その考えたるやもしかして…」

 「私も多分、それ判ったぜ。ちょっと答え合わせしよう」

 三人が集まり、小声で話し合ってから小波がアキラの耳元でささやくと、アキラは晴れやかな笑顔とサムズアップで返した。どういうことかとひまり、桃、リオが詰め寄りアキラに説明を求めた。が、アキラは回答を拒んだ。三人はやむなく小波達に尋ね、伊予が推測であることを前置きして答えた。ひまり達は思わず疑いの顔でアキラを振り返る。続けて他のブライドにも小波達の推測が伝えられた。一見無謀なそのアイデアを聞いた全員が、一度はアキラを疑いの視線で見て、奇矯なアイデアを理解するにつれて引きつり気味の笑いを浮かべた。だがその中で、リオだけは期待を押さえられず、本当の笑顔を浮かべていた。

 「グレートだワ…!」

 「…リオさん、本気でそう思ってる?」

 「当たり前じゃナイ! これこそ天国への殴り込み(カチコミ)だワ! うちのグランマもビックリ!」

 「ブラジリアンハーフがなしてそんなバイオレンスなフレーズを知ってるポ」

 さすがに南米の自由な血が流れる人は違う、と隣に座る恋人に桃は若干引いてしまった。相方のシーヤンも呆れ気味である。

 だがリオのその言葉を聞いて、ブライド全員が思い直し始めていた。アキラはこの地上で唯一人、神の呪いを解く力を生み出した人間だ。さらに『マリアージュ・リング』を発動したブライドは天使に匹敵する運動能力を持っている。何よりアキラの意思の強さが、そんな常識的な困難などねじ伏せてしまうのではないか。ブライド達は皆そう思っていた。

 天使四姉妹はアキラの発想に思い至らなかったようだが、ひまりから次女以下の天使達が聞き出し、こちらも驚愕の表情でアキラを見た。真っ先に文句を言うであろうダシルヴァにだけは伝えられず、彼女は不満そうに妹達を見たが、何も言わなかった。

 「…バカかお前…オレでもやろうと思わねェぞ」

 「ボクもそんなバカなと思ったプル」

 いつのまにかプルがテーブルに座り、なかば呆れた顔を浮かべていた。アグレアが横からプルを撫でつつ気遣う。

 「…苦労しているんだな」

 「お気遣い痛み入るプル…」

 「パートナーにそんなことを言われたあたしは大変ショックだった! 緋李ちゃん慰めて」

 「よしよし。私は絶対反対しないから、安心していいのよ」

 「ごめんプル。まあでも、ある意味一番理想的な方法プルね」

 納得したプルの頭をなで、アキラは全員を見渡し、頭を下げた。

 「…正直、皆にめちゃくちゃ苦労かけるやり方だけど。どうか地上の方はみんなに対処してほしいんだ。無理だって思ったら逃げていい。できる人だけで何とかしてほしい」

 「それ聞いて、ウチらが逃げると思ってんの?」

 頭を下げかけたアキラの肩に、小波が手を置いた。

 「まかせてよ。その間にアンタら、神様をぶん殴っておいで!」

 「…うん! 地上のリーダーは芽衣さんにお願いしていい?」

 「お任せください」

 アキラと小波は握手を交わした。天使四姉妹のうち次女と三女も、どうにかなってしまうのでは…と結局何も言わなかった。疑問符を浮かべているのはダシルヴァだけであった。そのダシルヴァがふと思い出したように、振り向いて後ろにいるゴルディエの方を向く。

 「…ところで気になっていたのだがな、ゴルディエ」

 「あン?」

 「何故にお前達はこいつらの味方をしているのだ。重篤な裏切りというほどではないが、こいつらの活動に手を貸してやってるようじゃないか」

 ダシルヴァが言うのは、いつの間にか妹達がブライド達と親しくなっていることだ。そもそもサフィールを殺害しに来たはずの天使たちが、殺害対象と一緒に和んでいること自体が異常事態であった。ちなみにそのゴルディエは、わざわざアキラの祖母に淹れてもらった玄米茶を魔法瓶に入れて持ち込み、アグレアと分け合って飲んでいた。ダシルヴァはゴルディエの胸倉を掴み、引き寄せた。一方のゴルディエは平然としている。

 「味方じゃねェよ、別に。それにダシルヴァ姉ェだって、親切に説明してやってたじゃねェか」

 「我らが主に危険の無い範囲内でな。私が聞きたいのはそういうことじゃない、理由だ。理由を言え」

 「だから、味方とか敵とかの話じゃねェんだよ」

 ゴルディエは姉の手を掴み、服から離させた。天使であった頃の膂力は既に無く、すべての挙動がただの人類と同等で、自身の事ながらゴルディエは物悲しさを感じた。

 「運命だよ。その中でアグレアもロゼルも、自分が正しいと思ったことをやってるだけなんだ」

 「何を言っているのだ…運命だと? そんな不確かなものを根拠に」

 「そこの精霊はオレ達の主の手を逃れて脱走し、サフィールと契約した」

 ゴルディエが指した先には、アキラのパートナー精霊のプルがいた。自分の話と気づいてプルは首をかしげる。プルはここにいる精霊たちの中で、当初から正式に契約した唯一の精霊である。その意味をダシルヴァは推し量ろうとするが、理解できずに眉を顰めるだけであった。

 「契約したってことは、ジュエルが(・・・・・)生まれた(・・・・)ってことだ」

 「……」

 「ジュエルを生むものが何か、お姉ェも知ってんだろ」

 それを聞き、ダシルヴァはアキラと緋李の顔を見て、今度こそ意味を理解した。

 命を未来に残すことができない、生物として発生し得ない感情―――天使たちがそう教えられた、アキラと緋李の恋。神はそれを止められなかったのだ。運命と言う不確定要素の存在を立証するには最適な、神でも手が届かないものがあることの証明であった。

 ダシルヴァは反論しようとしてできず、口ごもってそっぽを向いた。銀色の髪が流れる背が、わずかに小さく見えた。科学者でもある彼女にとって、不確定要素を証明することは耐えがたいことであるに違いない。

 「…私は認めん」

 「諦めろ、ダシルヴァ姉様」

 その肩にアグレアが手を置いた。

 「私もゴルディエ姉様と同意見だ。最初から我々天使の手には余る事態だった。…私とロゼルにできたのは、姉様を無事にここまで運ぶことくらいだったのさ」

 「……」

 だが、ダシルヴァは答えることなく黙り込んでいた。

 そして末の妹であるロゼルが、既に本心からブライド達の味方になりつつあることを、数日前に当人から聞かされていた。変わる時が来たという末の妹の言葉を受け入れられず、怒りのままに彼女を殴り倒してしまってから、数日間二人は口を利いていない。

 世界を治めているはずの神が、最早絶対の存在ではない事。それは神の許で過ごした期間が長い天使ほど、受け入れがたいことであった。



 会合を終え、アキラ達はそれぞれに帰路に就いた。殆どのメンバーが自宅に帰る中、ひまりと伊予は大墨姉妹と共に服を一着作る約束をしたらしく、四人そろって姉妹の部屋に集まっていた。連れ立つひまりと伊予を見て「あらイイ雰囲気」と桃が目を輝かせたことに、果たしてひまり達が気づいたかどうか。以前から時折二人でいる様子が見られたが、ダシルヴァのジュエルを浄化した日以来、急速に近づいているようだった。

 アキラと緋李は昼食をどこで買うか話しながら、祖母の部屋の前を通りかかる。と、そのドアを開けて誰かが出てきた。祖母かと思ったが、アキラ達の前を歩いていたステラと雪の体が緊張で硬直したことから、祖母以外の『大人』であることが判った。その人物を見た緋李が驚きの声を上げた。

 「母さん!?」

 「あら緋李。会議は終わったの?」

 そこにいたのは緋李の母だった。思わずアキラ達の後ろに隠れたステラと雪も、こっそりと顔を出して緋李の母を覗き込んだ。なるほど、彼女の面差しはどことなく緋李と似ていた。続いて出てきたのは、今度こそアキラの祖母だった。

 「緋李ちゃん。ちょうど今、お母さまがいらしてたわ」

 「あ、はい…」

 「ちょうど良かった。緋李、と…あなたがアキラさんね。ご一緒にお昼でもどうかしら」

 緋李の母は値踏みするようにアキラを覗きこんだ。昼食の中でアキラを評価するつもりであろうか。回答にためらっていると、背後からステラと雪が視線を送ってきた。

 「アキラ、どうするの?」

 雪がアキラの服の背中を背中を掴む。隣ではステラが、緋李の母とアキラを交互に見ていた。緋李の母の意図にある程度気づいたようだ。

 「だいじょうぶ、アキラはいい子だから。アカリのママにもすぐわかる」

 「ホントかなぁ…いつかのリーダーの件と言い、何であたしの評価がそんな天井知らずなの」

 「だって、みんなを助けてくれたんだもの」

 それを言われては言い返せず、アキラは黙り込む。緋李の母はそれを見て、楽しそうにほほ笑みながらアキラを、そしてステラ姉妹を見た。アキラの背に触れるステラと雪の手が、わずかに緊張する。緋李の母はその様子に気付き、わずかに距離を開けつつ、かがみこんでステラ姉妹に目を合わせた。緋李の母は、二人が大人を怖がっているものと見抜いたのである。そのまなざしの温和さに、姉妹の緊張がわずかに解ける。

 「なるほど、誠実な方なのね」

 「…アカリのママは、わかる、の?」

 「ええ、あなたたちの目を見れば。アキラさんを心の底から信じている目だわ」

 緊張しながらの質問に回答されたステラは、両目をまばたきして緋李の母を見返した。それはステラにとって、初めての『大人』からの評価…自分たちの人物評が信頼に値するという、評価でもあった。

 そしてそのやり取りを聞き、アキラには緋李の母がどのような人物か、具体的に説明はできないながらもわずかに把握できた。それがアキラに決断を促した。

 「…判りました、ごちそうになります」

 「いいの、アキラ?」

 隣にいる緋李が問うと、アキラは笑ってうなずいた。

 「緋李ちゃんのお母さんともお話ししてみたいしね」

 「あまり面白い話は聞けないわよ」

 「むしろ子供の頃の緋李ちゃんのこととか聞きたい。ガンガン聞きたい」

 「そういうのは二人きりの時にして」

 そんな二人、娘とその恋人のやり取りを見て、緋李の母が楽しそうに笑っていた。照れたのか、緋李は憮然とする。

 「素敵な恋人さんね、緋李。娘が良い恋しててお母さん嬉しい」

 「からかわないでください。ほら、行きましょう」

 「ええ。ではおばあ様、またお会い出来たら。そちらのお嬢さんたちも、怖がらないでくれると嬉しいわ」

 「今度は私も誘ってくださいね」

 祖母とステラ姉妹に別れを告げると、祖母の見送りを受け、アキラ、緋李、緋李の母の三人はアパートを出て、緋李の母が運転する自動車に乗った。不思議な人だった、とその背を見送るステラと雪が顔を見合わせた。



―――〔続く〕―――

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