第十二話「Carousel of pain」③
変身ヒロイン百合アクション第十二話、続きです。
虐待シーンあり、苦手な方はブラウザバックをお勧めします。
それから雪は時折大墨姉妹と会い、三人で遊びに出かけることが増えた。微妙に素性の知れない姉妹と出歩くことについて、意外にも祖母からは特に心配はされていないらしく、時にはステラも交えて出かけることもあった。ただ、雪にとって二人と出会うことには交流以外にも意味があった…先日の殺人計画のことである。二人が積極的に自分に会いに来るのを利用し、二人が計画を実行しないか、既に実行してはいないかと見張る目的もあった。この殺人計画の事は誰にも話していない。
月末近くのある日、雪とステラと大墨姉妹はショッピングモールのイベントスペースに期間限定で設置された熱帯魚展を見に来ていた。
「ふぅ。外は暑いですわね」
「あまりにもファッキンホット。お日様にハラキリを命じたかばい…」
先にモールに来ていたらしく真夏の日差しを避けて大墨姉妹は日陰にいたが、紫外線は避けられても屋外にいては気温は避けられない。二人は汗だくになっていた。そこにステラと雪が駆けてきた。雪が手を振ると、姉妹も手を振り返す。
「ごめんね、遅くなっちゃった!」
「ユキが帽子選ぶのに時間かかっちゃって…」
「お姉ちゃんだってクツ選ぶの迷ってたじゃない!」
ぷんぷん怒り出す二人。大変可愛らしい光景ではあるが、険悪な雰囲気を残すまいとしたのか、喧嘩しそうになるステラと雪を黒絵がなだめた。
「まあまあ、そんな大遅刻というほどでもございませんわ。お二人とも喧嘩はおよしになって」
「う…ご、ごめん…」
「早よ入らねばみな焼け死ぬぞな」
黒羽に言われ、四人はモールの正面入り口から入った。入り口ロビーの案内板を見て会場を探し、ファンシーショップと同じ階にあるイベントスペースに向かった。広めにとられた会場には、本格的な水族館ほどではないながらも多くの水槽が並び、熱帯魚が泳ぐ光景は涼し気であった。スペースの照明を若干暗めにして、水槽のライティングが映えるようにしている。
「わあ…」
色とりどりの小さな魚が泳ぐ光景に雪とステラは感嘆の声を上げた。祖母と一緒にテレビで見たことはあったが、実物を見るのは初めてだった。画面で見る映像のそれよりもはるかに美しい。
「すごい、宝石が泳いでるみたい。お姉ちゃん、綺麗だね」
「うん…こんなの初めて見た」
「まさしく、熱帯魚は泳ぐ宝石とも呼ばれていますの。ペットとしても人気がありますのよ」
照明を浴びて輝く熱帯魚の姿にすっかり心奪われたステラ姉妹に、背後から黒絵が解説する。
「へえ。おばあちゃまにお願いしてみようかな」
「お世話するなら専門知識とブルジョワなお財布が必要ぞな」
「そうですわよ。それに命を預かるということはとても責任重大なことですの、その場の勢いだけで決めるものではございませんことよ」
「むぅ…」
即座に却下されて雪はわずかに不機嫌になる。雪は気づかなかったが、姉妹の忠告はあくまでも準備ができてからにした方が良いというものであった。隣ではステラも同様に水槽に見入っている。
「ハルも来られたらよかったのに…」
そんなステラのつぶやきに、雪の不機嫌さが増した。黒絵と黒羽が後ろでくすくす笑う。
「お気に召していただいたようで良かったですわ」
「うん。こっちの世界って、こんな綺麗な生き物がいるんだね…」
不機嫌になっていた雪だが、熱帯魚の美しさを見ているとそんな感情が些末な物に思え、苛立ちはすぐに消えていった。神の世界に住み続けていたらついぞ見かけることはなかっただろう。人間の世界に送られてわずか二ヶ月弱、まだまだこの世界では初めて見る物が多い。そしてその真相は知らずとも、二人が熱帯魚の美しさに惹かれていることを大墨姉妹も喜んでいる。
が、黒絵は雪の何気ない一言を聞き逃さなかった。
「こっちの世界…?」
黒絵の小さなつぶやきに、水槽を見ていたステラと雪の表情が硬直した。思わず雪は自身の口元を押さえるが、時すでに遅し。
「…あっ」
「どういうことですの?」
「多次元理論が真実であるというならば真相の解明もやぶさかで無いのであ~る」
「えっえっえっと、あのね、こういう世界もあるんだなって、あのね」
パニックになった雪に代わり、ステラが他のブライドから教わった『神の世界にいたことが露見しそうになった時のための誤魔化し用の説明』をたどたどしく述べる。二人ともこれまでブライドやその関係者以外の人間と関わったことが無く、そんな説明をしたのは今回が初めてであった。どう聞いても明らかな嘘で、当然黒絵も黒羽も疑いの視線で二人を見た。が、黒絵は聞き流すことに決めたようだ。
「ふむ…ま、いいですわ。事情がおありなら詮索しないのがマナーというもの」
(ほっ…)
とりあえず安心したステラ姉妹であった。
ふと雪が見ると、黒絵と黒羽はここでも手をつないでいた。平日と言うことで客は少なく、加えて大墨姉妹は二人ともステラ達と同程度の背丈しかないために目立たない。そのひそやかな光景は、やはり姉妹のそれではなく恋人同士のそれだと、雪にも表情からすぐに分かった。
水槽の幻想的な光に照らされて歩く大墨姉妹の姿を、ショッピングモールという一般市民の憩いの場に見合わぬほど美しいと、雪は素直に思った。恋をすればこんな素敵な人になるのだろうかとも。
話しながら歩いて一際大きな水槽の前を横切ると、ステラ姉妹の視界を巨大な魚がヌッと通り過ぎた。小さな宝石を思わせる他の魚とは違う、全長二メートルはあろうかという丸太に似た姿に二人は揃って驚いた。
「わあ! おっきい!」
「ねえねえ、あれも熱帯魚なの?」
「そうですのよ、あれはピラルクですわ」
「淡水に住む魚では世界最大の種類なんぞ。ちなみにメシにもなるぞな」
「ごはん…」
祖母が焼いてくれるししゃものごとき丸々一匹焼きピラルクを想像し、ステラ姉妹は戦慄した。皿が何枚どころかテーブル一つにも収まらない、そもそもガスコンロに勝る巨体だ。家庭に優しくないお魚だ、と二人は複雑な気持ちになった。そんな二人の想像をすぐに理解し、大墨姉妹は苦笑した。
水槽を見終わり、四人はグッズ販売コーナーでマスコット付きキーチェーンを購入して、ファンシーショップやアパレルストアに立ち寄った。買い物を済ませた四人は子供向けのゲームコーナー横にある休憩スペースで四人掛けのテーブルにつき、購入した物を眺めながら足を休めていた。
「ユキのそれ、何のキーホルダー?」
「ネオンテトラの! お姉ちゃんのは?」
「グッピーのやつ。クロエとクロハのも見せて!」
「いいですわよ」
大墨姉妹が紙袋から取り出したのは、黒絵がエンゼルフィッシュ、しかし黒羽のは一見して何なのか…ステラと雪は不安げな顔で覗き込む。
「……その茶色くて巻き巻きになっているのは…?」
「タニシぞよ。日本国内では田んぼやドブに棲んでおる巻貝。りっぱな水棲生物であ~る」
「ドブ…ぷふっ」
ステラと雪が盛大に噴き出した。何故熱帯魚展の売店に田んぼやドブの生き物のマスコットがあるのか、しかも何故それを買ってしまうのか、それを買ったのが真珠色の髪のゴスロリ少女である点まで、理解できないセンスがおかしくてたまらなかった。
「なんじゃおのれら、タニシを悪く言いよるか。タニシころっとしてて可愛かろ」
「ん、まあ、たしかに…」
「ドブに棲んどるけえ若干クサイけどな」
「ぶふっ」
ひーひーと過呼吸気味になりながら笑い続けるステラと雪を見て、黒羽は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やり申したぞねえさま。バカうけじゃバカうけじゃ」
「あなたそのためにタニシ買ったの?」
「タニシが好きなんはホントでござるよ。でもそれより」
黒羽は笑い終えたステラ姉妹をいたずらっぽい笑顔で見つめた。
「二人が楽しそうで何よりであ~る」
「…もう。黒羽ったら」
黒絵が黒羽を抱き寄せ、髪を優しく撫でた。普段はでぶネコじみた仏頂面の黒羽が、この時ばかりはごきげんな仔猫を思わせる愛らしい笑顔を見せた。雪だけでなく二人の間の恋愛感情を知らされていないステラでも、その光景には何か感じ入るところがあったのか、少し不思議そうな顔で見ていた。
一しきり談笑したところで、ステラと黒羽がジュースを買いに席を立った。雪と黒絵は二人に代金を手渡した。
「タニシかわいいね」
「じゃろ?」
と、自販機の前で会話している。その間に黒絵が雪に話しかけてきた。
「あの計画の事、お姉さんには話していませんの?」
「…うん」
「わたくし達が本気だったら、あなた一人では止められませんのよ」
黒絵はやはり、本気か冗談か判らない言い方をする。二人の真意を掴み損ねている雪は、それにどう答えていいかわからずうつむいている。それを見る黒絵がどこか悲し気な笑顔を浮かべているのは、横目で見て判っていた。
父親を殺すという意思自体は本物なのだ、と雪は悟った。冗談で悲し気な顔をする筈がないと。つかめないのは黒絵たちがそれを伝えた真意だ。止めてほしいのか、それとも先日の喫茶店での会話通りに友達に知っていてほしいというだけのことなのか。
ただ、止めなければならないことだけは判っていた。
「ダメ、人殺しなんて」
「あなたならそうおっしゃると思っていたわ」
「……人殺しなんて、だめだよ」
殺害の意思を固めた大墨姉妹を説き伏せる言葉を、不幸にして雪は持っていなかった。感情論すら口にできず、伝えられない自分がもどかしい。十数年もまともに勉強できなかったことが今になって悔やまれる。
黒絵は雪の言葉を無視して話し続けた。
「どうか邪魔をなさらないでね。そのダメなことを、わたくしたちはきちんと理解した上で行おうとしているの」
「…クロエ」
視線を合わせることなく、黒絵は物悲しげな顔で語る。そうまで言われてしまうと雪には何も言えなかった。
黒絵が話し終えたところで黒羽とステラが戻ってきた。その手には小さなペットボトルのジュースが握られている。―――その黒羽の腕を横から掴む、見たことも無い大きな手があった。ジュースが床に落下し、転がっていく。
硬直した黒羽の、そしてそれを見ている黒絵の表情に、まぎれもない恐怖が浮かんでいた。大きな体に茶色のセーターとデニムのパンツ、エプロンを付けている。顔には張り付いたような笑顔を浮かべ、それに厚化粧を施した…恐らくは女性だろう。年齢は判らないが、大人の女性だ。少なくとも若者とは言い難い。べたついた唇の艶、大墨姉妹のそれとは異なる人工的な白さと化粧では隠し切れない皺が、人間とは思えない不気味さを醸し出していた。大墨姉妹だけでなく、『大人』への恐怖を未だ拭えないステラと雪も立ちすくんだ。
「こんなところにいらしたんですねえ」
大女は抑揚のない低い声で言うと、続けて黒絵の腕も掴んだ。
「お稽古のお時間でございますよ。お嬢様方」
「待ってよ! クロエたちをどこにつれてくの!?」
正気に戻ったステラが問うが、大女は仮面のごとき笑顔で振り向くだけだった。その間に黒絵と黒羽もどうにか恐怖を振り払ったようだ。
「っ…そういうわけですわ。雪さんステラさん、ごきげんよう」
「じゃあの…」
一方的に別れの言葉を告げた大墨姉妹を、大女はずるずる引きずっていく。我に帰った雪はステラと共に追いかけるが、休日程客が多くなく目立つ体格であるにもかかわらず、二人はあっという間に大女を見失ってしまった。
「どうしよう、お姉ちゃん。クロエ達が」
「一回おうちに戻ろ。それからおばあちゃんにスマホ借りて、クロエかクロハに電話しよう」
パニックになった雪をステラが諭す。この辺りはやはり姉ゆえの冷静さ…というより、ステラ自身も先ほどの大女に恐怖していたのもあるので、実際は姉として妹の前で強がっていると言った方が正しいだろう。ただ、それで雪を落ち着かせることができたので、明確に効果のある行為だった。
二人はバスに乗り、祖母の家に戻った。緊迫した顔の二人を見て祖母は驚き、何事かと尋ねようとしたが、その前にステラが祖母に飛びついた。
「おばあちゃん、スマホかして!」
「え、ど、どうしたの?」
「クロエとクロハが知らない女の人に連れていかれたの。でもどこにいるかわからなくて…」
そういうことかと了承し、祖母は黒絵の電話番号にかけた。二人が連れ去られてから三十分ほど経過している。既にどこかに到着していてもおかしくはない。果たして数分の呼び出し音の後、電話には出られないかと思った矢先に通話が始まった。だが答えたのは二人のどちらでもなかった。がたり、がしゃりとスマートフォンが硬いものにぶつかるけたたましい音だ。そして続けて聞こえた声は、やはり黒絵と黒羽のどちらのものでもなかった。
『私に恥をかかせるなと言ったんだがな。何度も何度も』
低い男の声だった。どことなくくぐもっているのは、スマートフォンがポケットか何かに入っているからだろう。だがその声は先ほどの大女と同じく無機質で抑揚に欠け、怒りを隠しようもなくにじませていた。そしてその男の唸る声と、少女の呻く声…恐らく黒絵の声が聞こえた。叱責ではなく、苛立ちと侮蔑をぶつけるだけの行為。神の世界にいたころ、天使たちに浴びせられたそれとよく似ていた。
虐待だ。
自分たちの経験からステラと雪がすぐに事情を察し、怒りの声を上げようとする。だがそれを祖母は制した。スマートフォンの画面を見ると、録音モードになっていた。以前芽衣から教わったことがあり、証拠として残しておくのだと二人は悟った。
『お父様…』
『何がお父様だ』
父…黒絵と黒羽が殺そうとしているという相手だ。何かがめり込む音、そして黒絵の悲鳴が続けて幾度も聞こえた。恐らく蹴りつけている。
『自分たちだけでは飽き足らず、余所の子供まで巻き込む気か。売女が』
その瞬間に一際大きな悲鳴、そしてえずく音が聞こえた。
バイタという言葉の意味はステラも雪も判らない。だがあの美しい少女に親が絶対に投げかけてはいけない、どこまでも穢れた言葉であることが本能的にわかった。そんな言葉を口にする理由はただ一つ、父親とやらは二人を憎悪しているのだ。
『ねえさま! ねえさま!!』
『旦那様、そろそろおやめください。床が汚れてしまいます』
黒羽の叫びに続いて聞こえたのは、姉妹を連れ去った大女の声だった。彼女はこの父親が雇っている家政婦だったのだ。そして姉妹を助ける気が微塵も無いことは、黒絵が蹴られて恐らく嘔吐までしてしまったところで停めたことからも明らかだ。父親は一つ息を吐くと足音が遠ざかり、替わってより重い足音が近づいてきた。そして服が床にこすれる音、床に硬いものを叩きつける音が続き、最後にドアを閉ざし鍵をかける音。閉じ込められたのだ。
『あら、電話代がもったいない』
大女のつぶやきを最後に通話が切られた。
祖母はそこで録音を終えた。証拠を残すためとはいえ、必死に黙っていたステラと雪の手には自分たちで握りしめた深い爪の跡が残っていた。祖母も膝の上で手を握りしめ、沈痛な面持ちで画面を見ていた。雪に至っては凄惨な光景を想像して泣き出している。
「た、たすけなきゃ…クロエとクロハを…」
切羽詰まった顔で雪がつぶやいた。だがその肩に祖母が手を乗せて制する。
「二人ともどこにいるか判らないのよ。何も手がかりが無いのに」
「クロエたち、病院のお医者さんの娘だって言ってた。病院に聞けば家がわかるかもしれない」
「個人情報だから無理よ」
祖母に諭され、雪は口をつぐんだ。友を救えない無力さに、両目から悔し涙の雫がこぼれる。
「じゃあ…じゃあどうすればいいの…」
「ひとまず児童相談所に連絡してみるわ。黒絵ちゃんと黒羽ちゃんは市民病院の外科医の娘さんだと、確かにそう言ったのね?」
「うん……」
雪から聞き出すと、祖母はすぐに児童相談所に電話したが、いくつかの受け答えでやや気落ちしたような返事をしている。児童相談所もそれだけの情報で動けるかどうかはわからないのだろう。録音したと言っても黒絵たちとその父、そして家政婦のものだという証拠になるのかも判らない。不安そうに祖母を見ている雪の肩にステラが手を置いた。
「ユキ、みんなにも助けてもらお。きっと力になってくれる」
「……ん」
ステラの提案に雪はうなずく。ステラ自身も不安げな顔だ。
自分は無力だと、雪は改めて感じた。少しでも落ち着いて解決方法を考えることが彼女にはできない。感情に振り回されて泣いたりわめいたりすることしかできない自分自身を、雪は内心で責めた。
だがステラと祖母がそんな雪を責めないのは、彼女が友達のために涙を流せるようになったと判っているからだ。そして雪は、二人を助けようという意思を確かに持っている。中心にあって事態を動かすものがあるとすれば、紛れもなく雪の友を想う心だ。雪の意思が確たるものになれば、その想いが大墨姉妹を救うために周囲の者達と事態を動かすだろう。無力という本人の実感とは裏腹の、それは雪の成長の証左でもあった。
―――〔続く〕―――
虐待のシーンは幸か不幸かうまく描けているとは言い難いのですが、書くのはやはりつらい…




