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第十二話「Carousel of pain」④

変身ヒロイン百合アクション第十二話、続きです。



 六月最後の日、祖母のスマートフォンに学校帰りのアキラと緋李からの着信があった。祖母が電話に出ると、慌ただしいアキラの声が聞こえた。

 『お祖母ちゃん、いた! 雪の言ってた子達!』

 『今からそちらに連れていきます』

 果たして、アキラと緋李は黒絵と黒羽を祖母の家に運び込んだのだった。雪の進言からLINUのメッセージで連絡を受けたブライドのメンバー十四名のうち、晴と芽衣が祖母の家に訪れていた。玄関で雪とステラ、晴と芽衣がアキラ達を出迎える。

 四人はアキラと緋李が抱えている大墨姉妹の顔を覗き込んだ。二人ともいつものゴスロリ服でもなければ日傘もなく、ボロボロのパジャマを着て日よけのためらしき毛布を持っている。しかしそれだけでは防げなかったのか、手や顔が紫外線にさらされて火傷のようにただれ、髪はバサバサに荒れていた。黒絵の方はそれに加え、顔に殴られたらしい痣があった。

 「ひどい…」

 雪が息をのむ。二人とも命に別状はないようだが、多少曇っているものの屋外に放置したままでは紫外線にさらされ続け、本当に死んでしまったかもしれない。二人を受け取った晴と芽衣は急いで二階の客室に姉妹を運び込んだ。

 「芽衣さんに頼んでかかりつけのお医者さんも呼んでもらってるから。雪、大丈夫だからね」

 「うん…」

 「友達なんでしょ。君がしっかり見ててあげなきゃ」

 アキラに諭され、雪は泣きそうになるのを我慢してうなずいた。それを見た緋李が屋内の様子を伺い、他の三人に顔を寄せた。その懐からパミリオが顔を出す。

 「一応調べたけどヨ、あいつらジュエルは持ってなかった。そこは安心していいゼ」

 「でも、二人ともユキの友達プル…あの姉妹の所にも現れるかも知れないプル」

 同じくアキラの肩に乗ったプルが続ける。その話は紫織とリオの件を聞いた時に雪とステラも憶えていた。紫織はある日突然ジュエルと出会い、リオは桃に会う以前から持たされていたという。どこからジュエルが出てくるのか判らないのだ。雪とステラは顔を見合わせ、揃ってうなずく。

 「うん」

 「それから…あの子達、お父さんに虐待されてるって言ってたよね」

 「父親が連れ戻しに来る可能性があるわ。絶対に渡しては駄目」

 「わかってる」

 明らかに暴力による顔の痣を思い出したのか、アキラと緋李の目元が険しくなった。

 電話越しとはいえ、雪とステラは『父親』の発言を耳にしていた。ある意味では神以上に、絶対に許しては行けない存在だ。ただ児童相談所に連絡はしたものの、数日経っても動きは無い…これは業務の怠慢などではなく、報告される件数に対して相談所の職員の数が少なすぎて対応が難しいとのことだった。

 そこへ上階から晴が下りてきた。

 「ステラ、雪、二人とも来て。双子が呼んでるわ。アキラ達も一応来て頂戴」

 「いま行く!」

 ステラ姉妹に続き、アキラと緋李も階段を上がった。ちょうど客室から芽衣の父の会社の掛かりつけの医師と看護師が出てきた所で、彼らに礼を言うと雪たちは客室のふすまを開けた。清潔な布団の上には治療が施された大墨姉妹が横たわっていた。二人とも目を覚まし、真っ先に雪を見た。その表情には喫茶店やモールで見られたような落ち着いた雰囲気は無く、すっかり憔悴しきっている。部屋は日光が差し込まないようカーテンが閉ざされ、冷房が効いていた。

 「クロエ、クロハ!」

 雪は姉妹に縋りついて両腕で抱きしめた。二人の細い体が動き体温があることに、これ以上ない程安堵する。

 「ごめんね、助けてあげられなくてごめんね。ごめんね、ごめんなさい…」

 「いいえ。雪さん達が気づいてくれなかったら、わたくし達は二人ともここにいませんでしたわ。あなた達のおかげでしてよ」

 「そうじゃぞ、雪どの。気に病むことはないのであるぞ」

 大墨姉妹の手が雪の背中を撫でた。黒絵も黒羽も体中に包帯を巻き湿布を貼って、その姿は痛々しい。成人男性の膂力で痛めつけられた上、アルビノゆえに肌が紫外線に弱く、目も光に対して非常に敏感だ。いつものような紫外線対策もできずに出歩いた末のこの姿に、雪は本当に黒絵たちの命の危険を感じたほどであった。

 「申し訳ないのですけれど、もう少しだけこちらに置いていただけるかしら。せめて動けるまでは」

 「動けるまでなんて言わないで、せめてきちんと治るまでいてちょうだい」

 祖母の進言に黒絵と黒羽は顔を見合わせてうなずいた。

 「では、そうさせていただきますわ。御厄介になります」

 その答えを聞き、雪はやっと安心したのか大墨姉妹から体を放した。その頭をステラが優しく撫でた。話が一段落したところで、脇にいた芽衣が大墨姉妹に尋ねた。

 「虐待されていると雪さん達に伺いましたけど、その理由って心当たりあります?」

 「メイ…!」

 「答えてもらえる範囲で構いません。けど、訊かないとあなた達を助けられませんから」

 雪が咎めるのも構わずに芽衣は尋ねる。芽衣がこのように尋ねたのは、彼女も雪と同じく、姉妹の容姿が暴行まで加える決定的な理由とどうしても思えなかったからだ。芽衣も録音された姉妹の父の罵声を聞いているが、父親は一度も姉妹の容姿に触れなかった…つまり虐待の理由は別の事だ。大墨姉妹にとっては予想外な質問だったのか、二人そろって黙り込んだ。

 姉妹は顔を見合わせ…そしてふとアキラと緋李を見た。アキラ達は突然目が合ったことにわずかに驚く。大墨姉妹はすぐに目を逸らしたが、アキラは何かに気付かれていたような気がした。黒羽がすべてを了承した顔で先にうなずき、黒絵はこの場にいる全員を見渡した。

 「一番の理由は、恐らく―――わたくしと黒羽が愛し合っているからですわ」

 その答えに雪、そしてアキラと緋李を除く全員が呆気にとられる。家族なら当たり前ではないかと殆どは肩透かしを食ったような顔だが、事前に聞かされていた雪に加え、アキラと緋李も姉妹の発言の本当の意味を理解した。そして先刻目が合った瞬間、自身と緋李の関係に姉妹が気づいたのだとアキラは判った。一方、理解できない側にいた晴が続けて問う。

 「それって、姉妹なんだし…仲が良いっていうだけじゃないの? ステラと雪みたいに」

 「違いますわよ。わたくしと黒羽は恋人同士ですの」

 その答えに、今度こそ全員が驚いた。雪、アキラ、緋李は堂々と口にしてしまったことに。それ以外の面々はその事実自体に。特にアキラの祖母など、姉妹で恋愛するなどという考え自体が無かったようで、殆ど腰を抜かしたような状態だ。黒絵は続けて言う。

 「父はそのことで怒り狂っているのですわ。姉妹同士で恋するなど恥ずかしい、汚らしいと」

 「お母さまはどう思っていらっしゃるの?」

 緋李が二人に尋ねる。姉妹はその途端に暗い顔をした。

 「お母様は…わたくしと黒羽の関係を理解してくださいました。けれど人の目を気になさって、外では普通にしていろと…」

 「そのおふくろ様も昨年亡くなったでの。それで親父どのは家政婦どのを雇ったのであるが、これが心底子供嫌いでの」

 「なのでお父様に加担してますの。普段はわたくし達を物置に閉じ込めて、学校にも行かせずにいますのよ」

 平日でありながらモールのイベントに誘えた理由を雪は理解した。が、同時に新たな疑問が湧き出る。それを尋ねたのはステラだった。

 「…閉じ込めてって、いつもどうやって出てきてるの?」

 「いつもは壁に空けた穴から出て、お父様が帰る前に戻りますの。でもきっとバレていたんですのね、家政婦さんが探しにきましたし」

 「今日はスコップで壁ぶちこわしたぜよ」

 極めてシンプルに答え、エヘンと黒羽が胸を張る。となると、さぞや父も家政婦も怒り狂っていることだろう。厚化粧のせいで仮面にしか見えない家政婦の笑顔を思い出し、雪とステラは恐怖に震えた。黒絵のスマートフォンを拾われたことで祖母の電話番号も知られてしまったかも知れない。緋李が言った通り、二人を連れ戻しに来る可能性は十分にある。

 状況を把握した上で、やはり全員の意見は変わらなかった。大墨姉妹はここで、あるいは芽衣のマンションで匿う。いざとなれば芽衣の父の会社にも助けを乞う…どうやら市民病院の外科医程度の相手なら余裕で渡り合える企業らしい。芽衣は姉妹にその旨を告げた。

 「よろしいんですの?」

 「ええ。僕、社長令嬢ですから。それに個人的にも許せませんし」

 とりあえずの身の振り方は決まった。そして、決まったところで最大の問題が残っていた。

 この社会は大墨姉妹の関係を受け入れられるようにできてはいない。父親を退けたところで、二人が身を隠さずに恋人同士として生きていける場所は、恐らくこの社会には存在しない。同性同士というだけでなく、姉妹であることが知れてしまえば様々な方面から(そし)りを受けてしまうだろう。その場にいるほとんどの者が気付いて黙り込んだとき―――口を開いたのは雪だった。

 「…何がダメなのかな。二人がコイビトで」

 全員が雪に注目した。ステラ以外は常識を知らぬ発言に衝撃を受け、開いた口が塞がらないという顔だ。真っ先に問い質したのは芽衣だった。

 「雪さん、二人は姉妹なんですよ」

 「そうだよ。姉妹でコイビト同士って、メイも聞いたでしょ? ねえ、お姉ちゃんも」

 「うん。ステラも聞いたし、この間遊びに行った時も見たよ。二人が手をつないでるの」

 「全員が聞きましたよ。同性を好きになったっていうのはまだしも、姉妹って」

 「だから、それの何がダメなのかって訊いてるの!!」

 雪の怒りの叫びが室内に響いた。その瞬間に全員が理解した…ただ常識を知らないというのではない。ステラ姉妹は十数年間神の世界にいたこと…祖母だけは真相は聞かされていないが、事情があることは知っている…で、この世界の家族の関係というものを学んだことはただの一秒も無かったのだ。呆れた顔で晴が答える。

 「道徳や倫理の問題よ。兄弟姉妹間での恋愛はタブーなの。それ以上の説明はできないわ」

 「じゃあハルは、二人がお付き合いしない方がいいって思うの?」

 その答えに問い返すステラの視線に晴はたじろいだ。ステラと雪の視線は、大墨姉妹が結ばれることを願う純粋さに満ちている。晴にしても黒絵と黒羽の間にある愛情を無碍にはできないが、それでも血のつながった姉妹の恋を手放しで支持することはどうしてもできなかった。

 大墨姉妹を間にはさみ、ステラ姉妹と晴・芽衣が睨み合い、沈黙する。アキラの祖母はどうしていいか判らずにオロオロしていた。沈黙が続き、空気が険悪になりかけたその時。ややわざとらしく、アキラが声を上げて割り込んだ。

 「―――ねえ!」

 全員がアキラに注目する。アキラは前に出て、大墨姉妹と雪の前にしゃがみこんだ。怪訝な顔の雪と目が合う。

 「な、なに…?」

 「今回の事、あたしは雪に任せるべきだと思う」

 「アキラ…何を言ってるの?」

 晴が異を唱える。芽衣も同意見らしい怪訝な表情で、この中で無表情なのは当事者に任せようと考えている緋李だけだ。アキラは晴にあっけらかんと笑顔で答えた。

 「雪は大墨さん姉妹の友達だからね」

 「それだけで?」

 「うん。雪ならこの子達が結ばれることを一番に考えてくれる。と、あたしは思う」

 その答えに驚き、緋李以外の全員が目を見開いた。同時に自分たちが…それこそ大墨姉妹自身も、黒絵と黒羽が恋人として結ばれることを当然とは考えていなかったことに思い当たった。そしてブライドである晴達は、アキラが自身の恋を普通の恋として叶えるべく、神に訴えようとしているのを知っている。真っ先に大墨姉妹の恋のことを考えたのは、まさにアキラならではの思考であった。呆然とする雪の頭をアキラの手が撫でた。

 「アキラ、ホントにいいの?」

 「もちろん。邪魔する奴の首はあたしが折る」

 「こわいからやめて」

 笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言うアキラを、雪はどうにか制した。初対面の戦闘時に雪自身がアキラの首を絞めた、あるいは切断しようとしたことはこの際引き合いに出さないでおくことにした。アキラは今度はステラ、そして晴と芽衣に真剣な顔で告げる。

 「ステラも雪を支えてあげて。いい?」

 「うん!」

 「晴さんも芽衣さんも、どうか雪に任せて、困ったときに手伝ってやってほしい。あたしも手伝う。絶対に悪いようにはならないから」

 「大丈夫なんでしょうね?」

 晴は疑いの表情で問うが、アキラはそれに更に訊き返した。

 「頭から反対しないでそう訊くってことは、晴さんも姉妹が結ばれた方がいいって、少しは思ってるんじゃない?」

 「それは…」

 まるで屁理屈だったが、アキラの指摘は晴の内心を的確に言い当てていた。答えあぐねる晴にアキラは微笑みかける。

 「…好きな人が目の前にいて、お互いを愛してるんだよ。愛し合えないなんてつらいじゃない」

 「………」

 「……―――そう、ですね」

 数秒の沈黙の後で、根負けしたように芽衣が言うと、晴もため息をついた。

 「仕方ないわね。本当に困ったときだけよ」

 「うん。お祖母ちゃんも、雪達のことをちゃんと見ててあげて。お願い」

 「…はあ。そうね、孫達のお友達ですものね。二人とも、お父様の事が収まるまではここにいるといいわ」

 晴と祖母の言葉に、雪とステラの顔がパッと明るくなった。二人で黒絵と黒羽の手を握る。

 「やった!」

 「クロエもクロハも、もう大丈夫だよ!」

 呆然とする黒絵と黒羽の目の前で、ステラ姉妹は輝くような笑顔を浮かべていた。雪もステラも一点の曇りも疑いも無く、大墨姉妹が結ばれることを願っている…その願いがアキラを、そして晴と芽衣と祖母を動かした。ヤレヤレとため息を吐く晴と芽衣も、その表情はどこか嬉しそうだった。特に意見を示さなかった緋李も同じだ。

 この場にいる全員が、度合いに差はあれども自分たちを祝福してくれている。そのことに黒絵と黒羽は胸を詰まらせ、両目から喜びの涙を流した。

 「…ありがとう…ありがとうございますっ……」

 黒絵が布団の上で握りしめた拳に涙が落ちる。その肩を雪が抱き、背中を優しく撫でた。姉妹が運び込まれた時とは逆の構図だ。祝福し、抱きしめて、背中をなでた。ここにいれば大丈夫だと、雪は小声で黒絵に言い聞かせる。父親を殺す必要は無いのだと。黒絵は小さくそれにうなずき、雪は笑顔を浮かべた。父親の件については時間がかかるだろうが、これで平和に終わると誰もが思った。

 だからこそ、黒絵と黒羽の目にわずかな罪悪感が漂っていたことを、この時誰も知る由が無かったのである。



 アキラと緋李、晴はそれぞれ家に帰り、真夜中。雪は不意に目を覚ました。いつもの悪夢を見たわけではなく、しかし無性に嫌な予感が胸をよぎる。天候のためかあまり暑くないにも関わらず、汗が止まらない。先に目を覚ましたスノアがジュエルを持って机から降り、雪の枕元に立った。雪はステラとつないでいた手をそっと放す。ステラは布団に顔をうずめ、すやすや眠っていた。その向こうには、雪のことがどうにも放っておけないと言い出し、宿泊を進言した芽衣が眠っている。

 起き上がって時計を見ると、真夜中の十二時近く。外では大雨が降っている。

 「雪ちゃん。起きただすか」

 「うん…何か、イヤな感じがする」

 「わちきもイヤな予感がするだす…ジュエルがほら、熱くなってるだす」

 スノアから手渡されたジュエルは強烈な熱を帯びていた…強大な危険が近付いている。雪は窓の外を見て、ふすまを開けて廊下を、そして対面の大墨姉妹が眠っている客室を見た。一見すると異常は何もない。だがジュエルが発熱しているということは、何らかの危機が確かに近づいているということだ。雪はステラと芽衣の肩をゆすり、二人を起こした。

 「んぅ…どしたのユキぃ…」

 「ふたりとも起きるだす。危険が近付いてるだす」

 スノアに言われて起き上がると、ステラは机の上の、芽衣は枕元のジュエルを握った。途端、その強烈な熱にすぐさま目を覚ました。メイのジュエルからラムリンが姿を現し、ふすまの隙間を覗き込んだ。

 「妙でございますな。大墨様ご姉妹の気配が感じられませんでございます。お出かけでしょうか?」

 「あんな怪我をしているのに、この悪天候の夜中をですか? しかもこの時間に?」

 「見てみたほうがいいぷきゅ」

 三人とそれぞれのパートナー精霊は静かに部屋から出て、客室のふすまを開けた。途端に強風と無数の生暖かい雫が降りかかる。窓が開き、布団の上に大墨姉妹の姿はなかった。

 「クロエ、クロハ…どこにいるの…?」

 隠れていると思って雪は布団をまくり上げ、押し入れを開けてみたが、誰もいない。部屋を出て階下を覗いても明かりは無く、足音も聞こえない。居間で祖母が眠っているだけだろう。こんな天候にもかかわらず窓が開け放たれているのだから、屋内にいるのは…というより、玄関から出ていったと考えるのはむしろ不自然だ。ならばわざわざ窓から、しかも雪達に何も言わずに出ていった理由は何か。

 そう考えた途端、雪は悪寒に立ちすくんだ。ただ一つだけ心当たりがあった。だが、そんなことをする必要は無いと、言った時に理解してくれたはずなのだ。

 (まさか…まさか……―――)

 「クロエ、クロハ!!」

 雪は思わず駆けだした。だがその腕を芽衣が掴んで止める。

 「待ってください、どうしたんですか雪さん」

 「はなして! メイ、はなして!!」

 「ユキ、どうしたの? どういうこと?」

 芽衣の手から逃れようともがく雪の肩をステラがつかみ、押しとどめる。だが雪は冷静さを失っている。階下で眠る祖母を起こしかねないほどの声でわめき、今にも家から飛び出さんばかりだった。

 「二人を追いかけなきゃ、追いかけ」

 「雪さん!」

 そんな雪を芽衣が引き寄せ、抱きしめた。雪は突然のことに呆然とした直後、自身の行いを顧みて少しずつ目を泳がせていく。

 「僕達に黙っていた…言えなかったことがあるんですね」

 「……うん」

 「教えてください。彼女たちは何をしようとしてるんですか」

 芽衣の優しい声に雪は落ち着きを取り戻した。だがその両目からは不安と恐怖が抜けない。ぐっと目を閉じ涙を拭って、雪は芽衣の目を見ながら答えた。

 「…クロエとクロハは……お父さんを殺そうとしているの」

 「殺そうと、ですか…?」

 雪の言葉に芽衣もステラも驚きを隠せなかった。だが思い当たる理由はある。二人を蔑み売女と罵った父親に対し、純粋に愛し合う黒絵と黒羽が憎悪を抱かないわけが無いのだ。雪の胸に抱かれたスノア、そしてラムリンとシプルゥも神妙な顔をしている。

 「わちきもたしかに聞いただす…でも本気かどうか判らなかっただす」

 「…どう言っていいか、わかんないけど…クロエとクロハ、お父さんを殺す前に、止めなくちゃいけない。あたしは止めたい」

 涙にぬれた目で雪は告げる。しゃくりあげて再び涙を流しながら、しかし雪の声には強い決意がみなぎっていた。

 「血がつながってるからコイビトになっちゃいけないなんて、そんなの駄目なんだ。そんなことあってたまるもんか」

 「雪さん…」

 「黒絵たちが愛し合うのに、ジャマなものなんて本当は何もない(・・・・)。だからっ、だれか殺す必要なんてどこにもない!」

 禁忌に真っ向から立ち向かうその言葉は、この世界の常識も道徳も倫理も知らず、しかし黒絵と黒羽の恋の美しさに純粋に魅せられた雪だからこその、心の底からの叫びだった。雪の強すぎる感受性は、人類の世界に対してあまりに純粋すぎる。そしてそれこそが禁忌とされている恋の、本当の美しさを見抜いた。ふと芽衣が横を見ると、ステラもうなずいていた。

 「ステラも雪と同じ気持ち。誰かを殺さないとあの子達が結ばれないなんて、絶対におかしい」

 そしてスノアとシプルゥも同じ意見らしく、ステラの言葉にうなずいた。

 芽衣は逡巡していた。姉妹に人殺しなどさせるべきではない。だがそれで二人が愛のために踏み出せるのなら、本当は止めるべきではないのかもしれない…と。しかし雪とステラの想いこそが、本当の意味で大墨姉妹の恋を叶えるための支えとなるのではないか。

 芽衣もまた、黒絵と黒羽には結ばれてほしいと思っている。ならば為すべきことは一つだ。

 「判りました。大墨さん姉妹を止めに行きましょう」

 「メイ…!」

 雪の顔がわずかに明るくなる。その頬に芽衣は手を添え、涙を拭ってやった。

 「ここにいて良かった。貴女を放っておいたら感情に任せて、何してるかわかりませんから」

 「…ごめん」

 「いいえ。ですから、今は僕らが手をつないでてあげます。どこかに走り出してしまわないように」

 そう言って芽衣は再び雪を抱きしめた。途端、雪の顔が真っ赤になる。キザなセリフだと聞き流すこともできたはずの言葉が、そしてその優しい声音と暖かな腕が、心身を包み込んでいくのを雪は感じた。細い腕の中で胸の鼓動が高鳴る。伝わってしまっただろうか、とわずかに不安になったが、芽衣は特に何の反応も見せなかった。芽衣は雪から体を放し、正面から目を見つめた。

 「じゃあ窓を閉めて、それから着替えて。雨具も忘れずに」

 「…うん」

 「僕は晴さんに連絡します。ステラさんは念のため変身の準備をしててください。もしも大墨さん達の手元にジュエルが現れた時のために」

 「わかった」

 ステラの返答と共に三人は客室の窓を閉め、服を着替えるとこっそり家を出た。芽衣と雪が傘を差しつつ晴に電話をかけ、ステラは雨合羽を着て暴風雨が吹きすさぶ真夜中の住宅街を進む。上空では精霊達が少し高めの視点から街中を見まわしていた。ジュエルの気配は探知しており、ある程度の方向は探り当てているようで、地上の三人を誘導していく。

 その間、雪はずっと自分の胸を押さえていた。芽衣の腕に抱きしめられ、優しい瞳で見つめられた時の心臓の高鳴りが、まだ続いていた。こんな時なのに、と鼓動を沈めようとしたものの、収まる様子はなかった。

 その時に気付いた。ステラが晴と話している時の顔を見てから、数日間ずっと気になっていたことの答えが、今見つかったのかもしれない。

 (―――これが恋なのかな)

 求めた答えかは判らない。だが大墨姉妹がずっとこの気持ちを抱いているのなら、やはり恋とは素敵な心なのだと、雪は改めて思うのだった。



 芽衣が晴への連絡を終え、住宅地から都心の方へ出ようかという所で、雪が立ち止まった。数メートル先に小さな二人組の姿があった。傘もささずにぼろぼろのパジャマ姿で歩く、真珠色の髪の少女二人組。間違いなく大墨姉妹だった。

 「クロエ、クロハ!」

 雪に呼ばれて大墨姉妹が立ち止まり、振り返った。荒れた髪が白い肌に張り付き、濡れた包帯が解けかかっている。二人の目は揺るがぬ決意を秘めながらも暗くよどんでいた。一歩踏み出した雪が二人に呼びかけ、風雨に負けない声で叫ぶ。

 「二人とも待って!」

 「雪さん…邪魔をなさらないでと言ったでしょう」

 「そうじゃぞ。我らを阻むのなら、雪どのとて加減はせんぞや」

 「…やっぱり、お父さん達を殺しにいくんだね」

 そう言われて黒絵と黒羽は悲し気に微笑んだ。雪の予想は的中していたのだ。だが不思議なのは、二人とも明らかに凶器など持ち合わせていないことだ。仮に二人の家で調達するにしても、父や家政婦が二人の進入を阻むだろう。そもそも何の算段も無しに負傷した体で人を殺すなど無謀だと、二人にも判る筈だ。その途端、二人に何が起こったか雪は察した。

 「ねえ、ダメ、やっぱりダメだよ! 人殺しなんてしなくたって、二人の恋はかなうはずなんだ!」

 「いいえ」

 黒絵の返事は冷たかった。

 「あの男を殺した時こそ、わたくし達が本当に愛し合う日々の第一歩ですの。もしわたくし達を祝福してくれているのなら、なおさらお止めにならないで頂戴な」

 「それにな、雪どの。我らには味方もおってくれるけんのぉ」

 「味方…」

 二人の手がパジャマのポケットから何かを取り出した。指先でつまめる程度のサイズで、色は黒絵が持っている方は黒地に白のマーブル模様、黒羽が持つ方は完全な黒一色。雨の中でもその小さな物体は鮮明に見えた。同時に雪の、そして後ろにいるステラと芽衣のジュエルが強烈な熱を発する。―――雪が勘付いた通り、二人の手にあるのは雪達がよく知る宝石だった。

 「神様が授けてくださったの、この黒い宝石。うふふふ」

 「ディヴァインジュエル…!」

 芽衣とステラにもそれは見えた。大墨姉妹の手にあるのはディヴァインジュエル…正しくは神に呪われた『エターナルジュエル』だ。宝石自体が黒色のために判りづらいが、表面には呪いの証である黒い炎がちらちらと揺れている。

 「神様がわたくし達の願いを叶えてくださったのよ。本当についさっき。うふふ、神様はちゃんと見てくださってるのね」

 「よかったのうねえさま。この宝石で我ら、あのクソ野郎どもをぶち殺せるぞな!」

 「ええ! 黒羽、神様にお願いするのよ!」

 二人はジュエルを天に掲げた。直後に天から降り注いだ二本の光線が、二人の掌のジュエルを直撃した。

 「二人ともやめて! ダメ、ダメ!!」


 『―――エンゲージ』


 止めようとする雪に、ジュエルから噴き出した黒い炎が襲い掛かる。芽衣が雪を引き留めたことで炎には触れずに済んだが、炎はアスファルトや周辺の民家の塀を溶かし、大墨姉妹を包み込んだ。炎は二人の身にまとわりついて、『デュエルブライド』の装束と化す。ジャケット、プロテクター、キュロットスカートと腰の後ろのリボンなどは他のブライドと同じ。足元は二人そろって厚底のブーツで、頭部には小さなシルクハットの飾り。手には黒い傘を持っている。真珠色の髪とやや赤みがかっていた瞳が、鉱石を思わせる艶めいた黒に染まった。瓜二つの二人の見た目の違いは、せいぜい黒絵が変身した方の髪に一筋白い部分があるくらいだ。二人の装束と髪が荒れ狂う風でなびく。

 雨で濡れた二人の頬は、涙で濡れているようにも見えた。

 「クロエ…クロハ……」

 呆然と見ている雪の目の前で、黒絵と黒羽が変身した二人のブライドは傘を広げた。

 「ではごきげんよう、雪さん」

 「追ってくるでねえぞ、皆々様。…じゃあの」

 傘を差して高く跳んだ二人は、追いかけようとした雪の手を逃れて暴風に乗り、都心の方へと飛んでいった。

 大墨姉妹は父を殺すと宣言し、明確に自らの意思でジュエルと契約した。神の呪いで強化されているにもかかわらず、二人の言動には今までのブライドのような凶暴化や自我の封じ込めは全く見られない。すなわち精神への影響を退けるほどに強い意思と覚悟を抱いている…父を殺害し、その責を負ったまま結ばれる覚悟を。

 雪は二人の意志の強さに恐怖すらした。ただジュエルの呪いを解くだけでは止められず、いずれまた殺害計画を実行するために動き出すことだろう。―――二人を止められるのか。血なまぐさい決意から救えるのか。絶望に全身の力が抜け、アスファルトの上に膝を突く。水たまりが撥ねて脚を濡らし、雨が雪の全身に降りかかった。

 「ユキ!」

 絶望しかかった雪の肩をステラが掴み、顔を上向かせた。姉の目に宿るのは姉妹を救い、愛を実らせるという決意。そして妹を思いやる愛情だった。

 「お姉ちゃん…」

 「ユキ、しっかりして。クロエとクロハの呪いはステラ達が解く。でも本当に二人を助けられるのは、ユキだけなんだよ」

 「あたしだけ?」

 「そう」

 呆然とする雪を、ステラは諭すように見つめる。

 「二人の恋がステキだって、いちばん最初に気づいたユキだけ」

 「……」

 「だからユキがしっかりしないとダメなの。ユキに替わって(・・・・・・・)、お姉ちゃん達が呪いを解くためにも」

 雪はステラの言葉を聞き、胸のうちで反芻する。二人の恋の美しさに気付いた自分でなければ、救えない…雪は思い出す。市役所の窓から見えた、微笑み合う黒絵と黒羽。子供だからと無下にせず相談に答えてくれた二人。手をつないで熱帯魚展を眺め、一緒に買ったキーホルダーを見せあう二人。会ってから間もないが、愛し合う二人は本当に美しい。二人の心の中は先ほど自身が芽衣に抱きしめられた時のような、温かさと優しさに、そして二人だけの激しい愛情に満ちているはずだ。

 黒絵と黒羽の恋が、美しいままで在るために。血に穢れた生涯を歩ませぬために。

 「お願い、お姉ちゃん」

 「うん。まかせて!」

 雪の懇願にステラが答えたとき、ちょうど晴がやってきた。事情は芽衣からある程度聞いているようで、姉妹のことは何も尋ねなかったが、ステラと同じく大墨姉妹を止める決意に満ちた顔をしている。嫉妬していたはずの相手が、雪にはどこまでも頼もしく見えた。

 「ハルもおねがい、お姉ちゃんと一緒にクロエとクロハを助けて!」

 「判ってる、芽衣と一緒に待ってて。芽衣、雪をお願い」

 「承りました。晴さんにステラさん、頑張って」

 晴とステラは並んで服のポケットからジュエルを取り出した。上空にいたシプルゥもステラのジュエルに飛び込む。


 『―――エンゲージ!』

 「プリマ・エメルディ!」

 「プリマ・クリスタ!」


 緑と純白の閃光とともに二人の姿が一瞬だけ消失し、プリマ・エメルディとプリマ・クリスタが出現した。エメルディとクリスタはうなずき合い、高く跳んで近場のビルの屋上に立ち、そこからまた近くのビルへと跳んでいった。風雨と夜の闇もあってすぐに姿が見えなくなる。二人を見送りながら芽衣は雪の手を取り、立ち上がらせた。

 「僕達も追いかけましょう」

 「…うん!」

 エメルディとクリスタ、そして大墨姉妹を追い、雪と芽衣も走り出した。



―――〔続く〕―――

雪の叫びはこのエピソードの本題である『恋を知った人』が詰まった一言であり、ある意味では本作の裏テーマでもあります。

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