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第九話「Cry out for a hero」⑥

変身ヒロイン百合アクション第九話、完結。



 目が覚めて最初に見えたのは、白い天井とU字型のレールから下がるカーテンだった。学校の保健室かと思ったが、カーテンの隙間からは複数並ぶベッドが見えた。保健室だとしたらかなり広い。身にまとっているのは病衣で、実際のところ入院病棟の大部屋にいるのが判った。何故こんなところにいるのか…記憶を辿ってみるも、自室で誰かに何かを手渡された先日の深夜以降、ここに至るまでの記憶が全く無かった。精神障害の矯正をするなどと称して突然連れ込まれたのかと思った…ネットニュースで軽く見た程度の知識だが、そんな施設があることは知っている…が、それにしては拘束も監視もされている様子はない。

 疑問に思いつつ周囲をうかがいながらゆっくり起き上がると、ちょうど誰かが病室に入ってきたらしい足音が聞こえた。近づく影がカーテン越しに見え、外から差し入れられた手がそっとカーテンを開けた。顔を覗かせたのは、絶世の美少女だった。

 「気が付いたのね。初めまして、私は堂本(どうもと) 緋李(あかり)

 「…はあ。ん? どうもと、あかりさん?」

 「ええ」

 「『どうもとさん』……あ、もしかして」

 目の前の美少女の名前には聞き覚えがあった。春先に親友が出会ったという、都心の学校に通う少女の名前だ。話半分に聞いていたが、なるほどこれは確かに美少女だ。改めて目の前にいる彼女を見て、頭にまた一つ疑問が浮かんだ。その堂本 緋李が、何故自分の目の前にいるのだろう?

 「ていうか、何でウチ病院にいるの?」

 「気を失ったの。憶えてるかしら、旧地下街のこと」

 「……全然」

 旧地下街。そんなことを突然言われても何のことか判らず、頭の中が混乱する。何があったかも記憶にない、そもそもそんな場所のことなど知らなかった。

 ふと、緋李が視線を移した。ベッドの枕元に、濃い青色の何かがある。深い海を思わせる色のそれは、縦横高さ一センチ程度の宝石だった。無性に惹かれてそれを手に取った瞬間…頭の中に、前日の深夜からここまでの記憶がよみがえった。

 突如部屋から連れ出され、どことも知れない場所で黒い炎に包まれていた時間。突如空きビルの裏側に放り出されてから、地下の通路を通り、閉鎖された旧地下街へ。そして、親友を―――パニックになりかけたところで、緋李に両肩を掴まれた。

 「落ち着いて! あなたの友達…葵さんは無事だから。別の病室で安静にしてる。だから郡上さん、大丈夫よ」

 「う…うん……ん? ウチの名前、言ったっけ?」

 「葵さんから聞いたわ。親友と喧嘩してしまったって」

 「…あんたも、アキラの『友達』?」

 緋李は否定も肯定もせず、曖昧に笑った。

 「パム、お願い」

 「まかしとけ!」

 緋李が赤いジュエルを差し出すと、その中から赤毛の仔猫が突然飛び出してきた。しかも喋っている。パムと呼ばれた仔猫が群青色の宝石に触れると、宝石の中から光りの玉が飛び出し、小波の膝の上で少しずつ姿を形作っていった。丸い胴体とぷっくりした頬が見て取れる顔、少しだけ長く後方に伸びた耳。ウサギ…それもネザーランドドワーフという種類に似ている。体毛の色は宝石と同じく群青色。つぶらな瞳は少し寂し気だった。ウサギは小波の顔を見上げると、小波にしがみついてきた。

 「うみゅ~…」

 「…この子は」

 「あなたのパートナーの精霊。この宝石『エターナルジュエル』の中に閉じ込められていた子よ」

 「せいれい…?」

 そして緋李の次の発言に、小波は衝撃を受けた。

 「あなたも『デュエルブライド』になったの。私達と同じ」

 「デュエル、ブライド…? もしかして、アキラも」

 「ええ、詳しいことは後で話すわ。でもその前に、葵さんに会って…二人でちゃんと話しあって」

 緋李が差し出した手を握ることを、小波はためらった。アキラに会うことは先日からずっと避けていたことだ。きちんと自分の話を聞いてもらえるか、アキラの話を聞いてやれるのか自信が無かった。だが小波の手にウサギ型の精霊が手を重ね、励ましを込めた視線で見つめてくる。一緒にいてあげるから頑張れ、とその目は如実に言う。無口なのか、言葉が話せないのかは判らなかったが、言葉に表さなくとも小波には伝わった。

 (…そっか。パートナー、なのか)

 その誠実な瞳を見た瞬間、小波は決意してジュエルをポケットに入れた。

 「判った。アキラのいる部屋に連れてって」

 胸にウサギの精霊を抱き、緋李の手を取って立ち上がると部屋を出て、隣の大部屋に入った。一番奥のベッドに病衣を着たアキラが横たわり、疲れ切った顔で天井を見上げていた。その視線が小波と緋李を捉え、一瞬だけ見開かれた。頭には包帯を巻き、枕元に青い色をした仔犬が座っている。緋李は小波の両肩に手を置き、軽く押した。

 「きちんと自分の気持ちを伝えて…葵さんの言葉も聞いてあげて」

 そう言ってアキラの隣に座る。うなずいた小波はアキラのベッドに歩み寄り、横に置いてあったパイプ椅子に座った。アキラは緋李に支えられて体を起こしたが、うつむいて目の前の小波から目を逸らし、仔犬が何かを促すように見上げても黙っていた。その体にまとった病衣の襟元からは細い紐、そしてその先に下がる明るい青の宝石…『エターナルジュエル』が覗く。小波はそれを見て、病衣のポケットから自身の群青色のジュエルを取り出して見せた。そのジュエルとウサギ型精霊を見て、アキラの表情が暗くなる。だが、小波はそれにかまわずアキラを問い詰めた。

 「アキラ、ずっと『デュエルブライド』ってのやってたんだね?」

 アキラはためらいつつうなずいた。

 「いつから?」

 「…四月、から。憶えてるかな、高い物拾っちゃって、交番に行く、って言った日」

 「あの日か…で、それから? 他にもその、デュエルブライドってのがいたんでしょ。その人たちとはどんな風に会ったの?」

 小波に問い詰められ、アキラはしどろもどろになりながら説明した。緋李との出会いに始まり、ひまり、菫、晴、伊予のジュエルの浄化。晴とのコンビで桃と芽衣とステラのジュエルを、ステラと組んで雪のジュエルを浄化したこと。そして楓から乞われ、緋李のジュエルを浄化したこと。その途中途中、恐らく神…ステラと雪の育ての父から干渉があったらしいこと。その他、様々なこと。今まで起こったブライド、ジュエルに絡む出来事を、時間をかけて話した。小波とウサギ型精霊は根気よく話を聞いていた。

 小波は聞き終わると、アキラのジュエルを見た。

 「その宝石の力で、みんな助けてきたんだ…ウチが見た、あの青い髪にヘンな服のカッコで」

 「うん」

 「…ウチも、あんなカッコにさせられたんだよね。それで…」

 アキラの額に巻かれた包帯を見る。傷そのものはあまり大きく無いようだ。

 「…みんなの精霊さん達で集まって、半分くらい治してくれた。それからここのお医者さんにも治療したもらったよ。堂本さんに聞いたんだけど、普通ならあたしの頭が粉々になってもおかしくなかったって」

 「そっか」

 「このくらいで済んだのは、小波が呪いに耐え続けて、全力を出さずにいてくれたからだろうってさ、堂本さんが」

 アキラは少しだけ緋李に目を向けると、力なく感謝の笑みを浮かべた。小波も同じような表情でそれに答える。そして再び自身のジュエルを見つめ、アキラに問う。

 「…これって結局、何なのかな」

 「何、って?」

 小波の空いた方の手が膝の上に座ったウサギ型精霊の頭を撫でた。

 「中にこの子やそっちの子みたいな精霊がいる。変身して、マンガみたいにバトルして、神様の呪いを解く。…じゃあ、これ自体(・・・・)は何なんだろうって」

 「言われてみると、あたしたちの誰も知らないや… …ただ、一つだけ、あたしのジュエルが生まれた理由だけははっきりしてる」

 アキラは自身のジュエルを握りしめた。一度閉ざされてから再び開かれたその目は、ジュエルの事は可能な限り伝えようという、悲壮なまでの決意に満ちている。アキラの言う『はっきりしていること』を聞こうと、小波は一度姿勢を正した。アキラはそんな小波の目を真正面から見つめながら告げる。

 「これは、あたしの『恋』をこの子…プルの力で形にしたものなんだって」

 「恋…」

 ある意味で、これは一番荒唐無稽な言葉だった。だが、アキラの表情は真剣だ。親友の真剣な言葉を一言一句聞き漏らさぬよう、小波もまた真剣に聞く。

 「ほかのみんなのは、神様から授けられた…ううん、無理やり契約させられたものだけど。あたしのだけは違う、らしい」

 「見た目同じ感じだけど…」

 「本当のことはまだ判らない。でもいつか判ると思う」

 「そっか。ウチも初めて見る物だし、正体は追々判るか」

 小波は鷹揚に構えることにした。どうせ普通の人間には正体が掴めないものなので、ここで追及しても仕方ないと思考を切り替える。そしてそれを見たアキラは一呼吸おいて、体にかかった掛布団を掴む。その手にプルが優しく手を重ね、伏せられた目を覗き込んだ。先ほど小波を励ましたウサギ精霊と同じ表情だ。アキラは意を決し、再び小波の目を見た。

 「その、それでね。あたしのその、恋の相手っていうのがね」

 「うん」

 「…………―――この、堂本さん、なんだ」

 小波は半分呆然としたが、しかしもう半分はすんなりと受け入れながら聞いていた。アキラがジュエルと出会い、ブライドとして活動を始めた…つまり『恋を形にした』時期と、緋李に出会ったという時期の一致。そして、緋李のジュエルの浄化に際してのアキラの決意の強さを、小波は知っている。隣に座る緋李がアキラを見る視線からは、緋李がアキラをどう見ているか…小波にはそれもすぐわかった。

 全て受け入れた途端、小波の頭の中は暗いトンネルから抜け出たように明瞭になった。アキラが親友である自分に打ち明けてくれたことで、苛立ちももどかしさも、すべてが氷解した。

 「…そっか」

 「うん。 …それだけ? 気持ち悪いとか、思わない?」

 不安げに問うアキラに、小波はいつものような明るい顔で答えた。

 「うーん、まあ特殊なセーヘキだとは思うけど。でも堂本さん、ウチを助けてくれたんじゃん。それにめっちゃキレイだし」

 「…そっか。あたしのお願い、聞いてくれたんだ」

 振り向いたアキラと視線が合うと、緋李はうなずいた。

 「……アキラ。ステキな恋したね」

 一点の曇りも無い、そしてとても自然な笑顔で、小波はそう言った。その笑顔をアキラは呆然と見つめ…数秒見つめてから、両目から涙をこぼした。何度かまばたきをして頬や目元に触れ、アキラは自分が泣いていることに気付き、涙を拭った。だが涙はとめどなく溢れ、アキラ自身も喉を詰まらせてしゃくり上げ始める。いくら拭っても追いつかない大粒の涙が掛布団の上にこぼれ始めた。

 「ふっ…ぅっ…ぅ……」

 「なに、何泣いてんのさ…こっちまでもらい泣きしちゃうじゃん」

 そういう小波の目も潤んでいる。

 「だって、だって…ずっと嫌われるって、思ってたから…気持ち悪がられるって、バカにされるって…」

 「んなわけないじゃん、もう親友やって一年になるんだよ。もっと早く話してよ……」

 「うっく…ゴメン、あたし、小波の事…小波の事、信じてなかったよね。小波ならそう言ってくれるって、判ってたのに、友達なのに…ごめんね。ごめんね……」

 涙を流しながら謝り続けるアキラと、その肩を抱き寄せて一緒に泣きながら赦す小波。二人はいつしか言葉を失い、泣き声だけが病室を満たしていた。

 その会話を前に、緋李は少しだけ羨望を表情に浮かべる。と、病室に小波の両親がやって来た。芽衣が今回の事は公言しないようにと願いつつ呼んだとのことだった。アキラと緋李に一礼すると、揃って病室に入った。娘の無事な姿に泣いて抱き合う郡上親子を、アキラと緋李はずっと見つめていた。



 それから数日経って、小波はブライドの仲間達と顔を合わせた。以前喧嘩になりかかったことは、お互いに詫びて水に流した。その過程で小波は自分のパートナー精霊の事を紹介した…名前は「ウミミ」という。

 「ウチが寂しい時とかしんどい時とか、慰めたり励ましたりしてくれるみたいなんだ」

 と、小波は紹介した。菫のパートナーのパオレと同じく言葉は話せないが、小波や他の精霊達と明確な意思疎通ができるらしい。一方やや警戒心が強く、撫でさせてもらおうと手を伸ばした伊予が拒否されて本気で落ち込んだ。それを除けば、小波は元来の明るさからブライド達とすぐ友達になった。ちなみに芽衣のマンションについては、『本物の金持ちは金のかけどころを正しく理解してるんだなあ』と、アキラ達と同じく大層驚いていた。

 そして今はアキラ、緋李、小波、ひまり、伊予、桃の六人でショッピングモールに遊びに来ていた。伊予の行きつけの格安ロリータ服販売店にて、小波とひまりを除く四人が服を選んでいる最中だった。提案したのは伊予で、要するに小波との親睦会のようなものだ。

 楓も行きたがっていたが、リハビリのために始めた通院でやむなく諦めた。晴と芽衣は先輩面で混ざるのが気まずいと辞退、ステラと雪はアキラの祖母の家で過ごしている。菫は今回の件をアキラから聞いて着想を得たらしく、『尊み…尊みの捗り…人類の尊厳デュヒッ』と不気味につぶやいて、ブライドの記録とは別の漫画を描き始めた。何の漫画かは誰も知らない。

 当の小波はといえば、試着室に閉じ込められていた。逃さぬようひまりの見張り付きで。

 「あの~…ウチはこれから何をさせられるんでせうか」

 「小波さんに一番似合う服を選んだ人がチャンピオン選手権です」

 「何のチャンプ!? ただの着せ替え遊びだよねこれ」

 にっこり笑って宣言するひまりに、全教科追試を突然言い渡されたかの如く愕然とする小波。

 「わたしも選びたかったんですけど、じゃんけんで負けてしまって見張り役を仰せつかりました」

 「いやいやいや…何でこんなイイお洋服のお店なのさ。凡人のウチには合わないよぉ、あんたらこんな公開処刑みたいなことして…」

 「そうでもねーぞ」

 一番最初に選択を終えた伊予が、試着室のカーテン越しに言う。

 「だってお前も可愛いもん」

 「かわっ……いや無い! そんなん無い!」

 「ハハハ、言ってやったぜ。やっとあの日の借りを返せる」

 「ちくしょう顔の良い女どもめ…褒め殺しの圧力をかけやがって…」

 伊予が言う『あの日』とは、この店でアキラに連れられた小波と出会い、真正面からべた褒めされた日のことだ。相当根に持っていたのか、カーテン越しに聞こえた声は大変満足そうだった。伊予が提案した一番の理由はこれかと小波はやっと気づいたが、後の祭りだ。

 次いで聞こえたのは桃の声だった。ノリノリで選んできたコーディネイトを伊予に自慢している。読者モデルはやめてしまったものの、それと関係なく誰かの服を選ぶのは楽しいらしい。

 「見てよアタシのコーデ、これ絶っ対こなちゃんに合うから!」

 「さすが元モデル、いい服選ぶじゃん。でも私の方がこの手の服には慣れてるんだぜ」

 親友同士の二人が何か争って火花を散らしているようだが、桃がどんな服を選んできたのかは怖くて訊けなかった。続けてアキラと緋李が来た。

 「すまんのう小波どの。拙者も着せ替え遊びを楽しみたいでござる」

 「一言でも謝るなら今すぐ全員のクビ刎ねて切腹しろ」

 「ぶふーーー」

 似非サムライ口調のアキラとある意味で最適な突っ込みを返した小波のやり取りに、どういうわけか緋李が笑い出してしまった。

 「切腹…女子高生が切腹……ふっ…ふふふ…」

 「堂本さんの笑いのツボが理解できない!」

 「んで。結局ウチは逃れられんのかい」

 全員が見守る中で、小波のための洋服選びが始まった。店員も他の客も、試着室の独占に何故か文句を言わずに見守っている…恐らく、この光景を誰もかれもが楽しんでいるのだろう。この完全なる包囲網、小波にとってはある種の地獄だ。

 「服選び終わったら次アクセな」

 「え、まだ続くの!?」

 「だいじょーぶ、百均で選ぶから! お安くていいの揃ってるから安心してね!」

 どうも主催の伊予と桃が何かに目覚めたようで、親睦会の範囲を若干逸脱しかけているが…アキラと緋李は敢えて放っておくことにした。

 「楽しそうだからいいわよね」

 「うん」

 隣に立つ緋李と、周囲に見られないようにそっと手をつないでその光景を眺める。小波が自分と緋李の恋を受け入れてくれたこと、そしてブライド達と友達になってくれたことが、うれしくてたまらないアキラだった。



―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第九話「Cry out for a hero」END〉―――

笑いのツボがおかしい美人さんは萌えポイントの一つだと思います。ハラキリ!

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