表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/95

第八話「Destiny」④

変身ヒロイン百合アクション第八話、続きです。



 翌日の放課後。アキラは授業が全て終わるといち早く席を立ち、クラスメイト達があっけに取られて見送るのを無視して、駆け足で廊下に出た。その後を小波が追いかけ、廊下に出たところで呼び止めた。

 「アキラ待って!」

 振り向くアキラ。だが小波の元へは戻らなかった。

 「…あいつらのトコ?」

 「うん。ごめん小波、行かなきゃ」

 「何でアキラが行かなきゃいけないの!? 他の奴らにやらせればいいじゃん! ―――ウチ嫌だよ、アキラがまた死にそうになるの嫌だよ!!」

 喉が張り裂けんばかりの叫びと涙で濡れた小波の両目が、アキラの目を射貫くように見つめる。小波の切実な訴えに、アキラは一瞬だけ思いとどまりかける。だが、その決意を揺るがすことはできない。

 「嫌だよ。行かないでよ…」

 「駄目、あたしがやらなくちゃいけないことだから。…じゃあ、行くね」

 アキラの決意の言葉を聞き、小波は涙を流しながらうつむいた。それを見ていられず、アキラは目を伏せて顔を逸らし、何も言わずに駆け出す。残された小波はおぼつかない足取りで教室にもどり、自分の席に座り込んだ。アキラは校舎を出て自転車にまたがると、脚に力を入れてこぎ出す。そして、小波に胸の中で謝った。

 (…ごめん、小波。危険なことなのは判ってる。でもこれは、もとはと言えばあたしが始めた戦いだ。…終わったらきちんと全部話すから)

 たとえ親友に引き留められたとしても、緋李への恋心を、そして彼女と出会ったその運命を止めることだけは、絶対にしたくなかった。

 アキラは自宅に戻らず、祖母の家を訪れた。自宅には帰りが遅くなることを伝えてある。ステラと雪は芽衣のマンションにいて、他のブライド達と共に改めて楓と顔を合わせているはずだった。アキラは縁側に座り、膝の上にプルを座らせて夕焼けの空を見上げていた。その隣にはトラ猫が座っている。どうも視線が合っているような気がして、プルは落ち着かなかった。祖母がお盆を置いてトラ猫と反対側の隣に座ると、アキラに玄米茶の入った湯飲みを手渡し、自身もお茶を一口すする。

 「もう五月ねえ。風があったかいわ」

 「うん…」

 祖母が言う通り、先月始めの同じ時刻と比べてだいぶ気温が上がって過ごしやすくなった。街路樹の桜は散り始め、風の中には花よりも土や木の匂いの方が多く混ざるようになった。昼など長袖では少し暑いくらいだ。

 アキラは湯飲みを置くと、祖母の方を向いて切り出した。―――が。

 「…ねえお祖母ちゃん。あたしね」

 「ええ」

 「……あたし」

 ―――これから好きな人と戦いに行くんだよ。言おうとして、その言葉は口から出てこなかった。膝の上で手を握り、うつむいて何とか口に出そうとするが、唇が震えるだけだった。まだ胸の内には緋李と戦うことへの恐怖がある…自身の危険以上に、初恋の人と敵対してしまうことへの恐怖だ。逃げ出したい、説得だけで済ませたい、何なら放り出してしまいたい。そんな後ろ向きな気持ちが胸の中に去来する。強く目を閉じ、無理やりにでも言おうとすると、その頭を祖母がそっと撫でた。ハッと目を見開き、アキラは祖母の顔を見る。

 「心に決めたことがあるのね」

 「…うん。でも、怖い」

 「そうね。今までできなかったことに踏み出すのはとても怖い事よ」

 にこやかに笑う祖母の目から、目が離せない。

 「お母さんならきっと止めてたわね。でも、アキちゃんはやめる気は無いんじゃないかしら?」

 「……うん」

 頭から手を離し、祖母はアキラの手に自身の手をそっと重ねた。年齢のためにしわが多く、肌も少しかさついている。だがそれだけの時間を生き、様々な経験から得た優しさと温かさが籠った手だった。その手が助言するかのように、アキラの若い手を優しく握る。

 「決意は言葉にした方がいいのよ。お祖母ちゃんが聞いててあげるから、言ってごらんなさいな」

 その祖母の言葉がきっかけだった。アキラはもう一度目と口も強く閉じ、一つ深呼吸すると、ついに言葉にした。

 「―――好きな人と、戦いに行く」

 「…まあ」

 さすがに祖母も驚いたようだが、それでもその一言で済まされ、アキラは拍子抜けした。お互いに何度かまばたきして、何度目かで祖母がクスッと穏やかに笑う。

 「あれ、それだけ? お祖母ちゃん、止めたりしないの?」

 「この間のケガのこともあるし、きっと危ない事をしているとは思ってるのよ。でもアキちゃんにとって、大事なことなんでしょう」

 「…うん」

 「ひまりちゃん達とも、その中で出会ったのね」

 アキラはうなずいた。祖母はきっと全てを理解しているわけではない―――筈だ。それでも鷹揚に、アキラの決意を受け止めてくれた。最初に家族に話したら、それこそ止められていただろう。母はアキラの事を大事にしてくれている。それだけに、十数年間ともに過ごした娘を失うことを何より恐れて、引き留めるに違いない。もちろん祖母とてアキラの事を大事にしていないわけではない。あくまでも、アキラの決意を尊重してくれているのだ。

 「このことはみんなに話した?」

 「ううん、これから話に行く。…やっぱりお祖母ちゃんに言ってよかった」

 「そう。頑張るのよ」

 「うん」

 「フニ~」

 そこでトラ猫が鳴いて立ち上がり、丸く短い前足がアキラの膝の上で何かに触れるように空を切った…そして首をかしげた。丁度そこにはプルがいるのだが、まさかと思いプルは不安になる。

 《やっぱり見えてるプル…》

 (まさかそんな。…ねえ)

 「あらあら。何か見えてるのかしらね、猫だし。…もしかして、妖精さんでもいるのかしら」

 覗き込む祖母がいたずらっぽく笑い、アキラの顔を見る。

 「…ドウダロウネ?」

 「フニ~」

 本当に見えていないのか、つくづく心配になった。

 アキラは祖母に礼を言うと、自転車を漕いで今度は芽衣のマンションに向かった。緋李と戦うことを伝えるため、楓も含めた全員を集めてもらっている。その肩にしがみついたプルが苦虫を嚙みつぶしたような、あるいは気難しい仔犬のような顔でつぶやいた。

 「絶対トラ猫さんに見られてたプル…」

 「実はお祖母ちゃん、ブライドだったんじゃ…でもってあのトラ猫は実体化した精霊とか…」

 「まさか…そんな話は聞いたことが無いプル…」

 若干の不安は残るが、あまり気にせず芽衣のマンション前に到着し、電話で開錠を頼んでからマンションに入った。廊下で大企業の重役らしき大人たちとすれ違い、呼び鈴を押してから芽衣の部屋に入ると、ブライドの仲間達全員が待っていた。玄関には楓が使っている杖が立てかけられている。文化センターから帰った時のような重い雰囲気は払拭されて、微妙に緩い空気が漂っている。しかし、時折何かを促すような視線がちらちらとアキラに向けられた。恐らくアキラの決意表明を待っているのだろう。全員の視線が集まる中、アキラは適当に空いたところに座る。が、言い出すタイミングがなかなかつかめず、そわそわしながら視線を泳がせる。

 「…アキラ、何か言いに来たんでしょう」

 「あっ、はい…」

 晴に促されて、アキラはかしこまりつつ切り出した。

 「オホン。…というわけで、そろそろルビアと戦おうと思う」

 その言葉で、それまで微妙に緩い空気が満ちていた室内に緊張が生まれた。恐るべき戦闘能力を持つ最強クラスのブライド相手であり、奪われたパートナーとジュエルが取り戻せる唯一と言ってもいい機会であることに、全員の気が引き締まったようだ。

 ただ、一つ懸念点があった。

 「…でも時間も場所も全く決めてない。何とかして連絡しなくちゃいけないんだけど……」

 「あ、それなら。私が訊いてみます」

 「いい? じゃ、今すぐお願い」

 「わかりました」

 楓が手を上げて連絡役を引き受けたことで、それは解決した。楓が後ろを向いて緋李に電話を掛ける間、伊予がその後ろ姿を見ながらつぶやく。

 「これがルビアの後輩ねえ…しっかりした子じゃんか」

 「あたしもそう思う。脚のことは聞いた?」

 「ええ。…この子もパートナーに会えたら、脚が良くなるかもしれないのよね」

 菫は自分の右手を見ながら言う。その間に芽衣が紅茶を持ってきた。こんなセレブ部屋の主に茶を淹れさせるのは大変気が引けたが、アキラ達はありがたく受け取り、上質の紅茶で喉を潤す。

 ふと菫はアキラの顔を見て、何かに気付いたように身を乗り出してその目を覗き込んできた。何事かとメンバーが見守り、アキラはやや後ずさりしながらも視線をそらさず菫と目を合わせた。しばらく見てから菫は目を離して座りなおす。横で見ていたひまりが尋ねた。

 「どうしたんですか、菫さん?」

 「うん。…葵、あんたまだ悩んでることあるんじゃないの」

 その指摘にアキラはだまりこみ、少しだけうつむいた。あてずっぽうで言っているわけではなかったのかと他のメンバーが感心する中、アキラは顔を上げて菫に訊き返した。

 「……よくわかったね」

 「マンガ描くために毎日人間観察してるからね、表情見れば多少は判るわ。ゲロ吐き残すとあとで具合悪くなるんだから、ここで言ってしまいなさいよ」

 「何てゲヒンな例え方…こんなのが友達でお姉ちゃん本当にいいの?」

 雪が完全に引いているのも無視して(問われたステラはキョトンとしていた)、菫はアキラを促した。アキラは少しだけ逡巡し、話し出す。

 「…友達のこと。昨日の朝の」

 「ああ…あの人には伝えてないんですよね、ブライドのこと」

 ポットを洗って片づけた芽衣がリビングに戻ってきた。その手には自分の分の紅茶と、高級そうな箱に入ったクッキーがある。テーブルの上に置かれたクッキーを、ステラと雪、シプルゥとスノアが興味深げに眺めていた。

 「うん。ずっと隠してたんだけど、それであんなことになっちゃって」

 「どうして言わないの? 友達なのにかくすの?」

 クッキーから目を逸らし、ステラがアキラに尋ねた。その横では雪がハムスターのようにはむはむとクッキーを食べ、芽衣がそれを好まし気に見ている。ステラの純粋な疑問が胸に刺さり、アキラは良心の呵責を感じながらどうにか答えた。

 「うん…ブライドのことを知ったって神様が気付いたら、小波に何をするかわからないもの。あたしだって四六時中小波のそばにいられるわけじゃないし」

 「…そっか。とうさまは儀式のルールを自分で捻じ曲げる人だものね……」

 父親の本性を改めて思い出し、ステラは沈痛な面持ちでうつむいた。

 ちょうどその時、楓が振り向いてアキラを呼んだ。全員が楓の方に向き直る。楓はスマートフォンをスピーカーに切り替え、アキラに向けた。電話の向こうからルビア…緋李の声が聞こえた。

 「…サフィール、そこにいるのね」

 「堂本さん!?」

 「紅林から話は聞いた。今日の夜十時…バスターミナル前の空きビル屋上に来なさい」

 「……わかった」

 アキラが承諾したところで、緋李からの電話は切れた。

 この街の都心から少し外れた所、駅とは別に十数年前に建設された高速・夜間バスの停留所を備えたバスターミナルがあり、数年前にそれを中心とした交通網の拡充のための都市計画が策定されたという。その計画を進めるために周辺の建築物をある程度解体する必要があるのだが、先ほど緋李が言った開発ビルは発案よりもだいぶ前からあったもの…かつての市街地再開発計画における中心的な建築物だ。しかし実は現在どころか建築当時ですら耐震基準を満たしておらず、新たな計画では真っ先に解体が決定した古いビルだった。十三階建てのビル(この階数も不吉と言われた)だが今はテナントが全く入っておらず、付近の住民には心霊スポットとまで呼ばれている。

 「と、まあそんなビルらしいわ」

 「そこまで調べる必要あるだすか?」

 「つい…でも無関係な人を巻き込むのは避けられそうね」

 スノアの突っ込みに苦笑しつつ答えた晴は、ビルの場所とこれまでの経緯について調べていたようだ。全員がその説明を聞き、なるほどここなら多少壊しても…と、ルビアが選んだ理由に納得した。本当は管理者がいるはずなので、無関係な彼女たちは破壊どころか立ち入りが禁止されているのだが。

 「…よし。そうと決まったなら準備しなくちゃ」

 アキラはスックと立ち上がった。家族には友達と勉強会をしている、食事が終わったらまた行って帰りは夜遅くになると説明するつもりだった。立ち上がったアキラを見て、ここまで黙っていた桃がアキラに寄りそう。

 「アキラちゃん、行くの?」

 「うん。ウチで晩ごはん食べて、時間になったら行くよ。荷物は一回ここに置いてく。スマホとか鳴っても取らなくていいからね」

 「そっか」

 アキラの前に立つと、その手をぎゅっと力を入れて握る。

 「がんばれ!」

 「…うん、頑張る。行ってくるね」

 手を振って見送る桃を残して、アキラは玄関から出た。芽衣が玄関近くのリモコンを操作してエントランスを開錠。LINUのメッセージでアキラがマンションを出たのを確認して再び施錠した。ステラと雪はここに泊まることを祖母に連絡済みで、他のメンバーも同様だった。ここで全員がアキラの帰りを、そしてジュエルとパートナーが戻ってくるのを待つと決めていた。ステラ姉妹に限ればルビアに狙われないようにという安全確保の意味もあるのだが、今の時点ではその心配はなさそうだ。

 「…今の桃さん、ヒーローを見送るヒロインみたいでしたね」

 「そお? まあ、アキラちゃんはアタシのヒーローだし!」

 芽衣が感心したような呆れたような口調で言う。桃はそれに笑って答えるだけだった。桃が失恋し、アキラの恋を応援すると決意した事を知っているのは、この中では伊予だけである。自分を振った相手を笑って送り出せるのだから、やはり桃は強い人なのだと、伊予も感じていた。



 その数時間後、午後十時まで残り二十分を切ったころ。小波は高層マンションの自室でベッドで枕を抱えて横になっていた。彼女の自宅のマンションは都心にほど近いところにあり、学校にも割と近い。カーテンの隙間からは夜のビジネス街の照明が差し込んで、暗い部屋をほのかに照らしていた。

 拗ねた子供の様に部屋に籠っているのは、アキラとの放課後のやり取りが原因だった。大切な親友であるアキラが自分の知らない間に校外で友達を作り、しかもそいつらと一緒に何かしているということが、彼女をどこまでも不安にさせた…我ながら友達への執着が強いとは思っている。だが親友の危機は見過ごすことができない一方で、その親友が自ら危機に首を突っ込んで、しかも何をしているか一切言ってくれないことを、小波はどうしても許せなかったのだ。

 (アキラ…ウチのこと、信じてくれてないのかなあ…言ってくれたら絶対助けるのに…)

 いつごろからか、アキラとはどこかすれ違うようになっていた。思い返すに、その発端になったのはアキラがドウモトアカリという他校の生徒に出会ったことだ。それからは徐々に小波よりもアカリに、そして自分以外の友達にばかりかまい始め、挙句に砕けた肋骨を始め無数の傷を負って気を失う目にまであって、それでもまた危険な事態に首を突っ込んでいくようになってしまった。

 他の連中に任せておけばと言っても、自分がやらなくてはいけないと言ってきかず、結局止めることができなかった。

 (嫌だよ…アキラがウチの前からいなくなるなんて…)

 泣き出しそうになって、目と口を閉ざしてこらえようとした、その時。ふとカーテンの隙間から、ビル街の無数の照明とは異なる色の光がカーテンの隙間からほのかに差し込んできた。淡く青い、どこか優しい…それでいて夜の都会の光に負けない強さを持った輝きだ。ふらふらと立ち上がり、カーテンを少しだけ開けて外を見た。その瞬間、目の前を青い姿が通り過ぎた。―――その横顔は。

 「アキラ!?」

 カーテンを全て開くとバルコニーに飛び出し、バスターミナルの方へと跳んでいく青の少女を見送った。子供向けアニメのヒロインを思わせる衣装を着て、髪が海か空のような鮮やかなブルーに染まってこそいたが、横顔は確かに親友のそれだった。そして小波のいる部屋は、高層マンションの七階にある。アキラはその高さまで、乗り物も使わずその身一つでジャンプし、ビルからビルへと跳び移っていったのだ。同じくバルコニーに面したリビングにいるはずの両親はその姿を見ただろうか。

 (何が… 何してるのさ、アキラ…!?)

 今通り過ぎた一瞬で見たアキラの顔には、異様な状況にパニックになったのではない、完全に慣れてしまったかのような平坦な表情が浮かんでいた。

 死にかけるような怪我をして帰ってきたのは知っていたが、それはまだ常識の範囲内のことだと小波は思っていた。だが、自分の知らないところで、親友がマンガかアニメのような恰好で、ビルの上を跳んでいる…そして彼女に怪我をさせたのであろう、化物のような何かを相手にしているのかもしれない―――自身の奇怪な想像に恐怖し、小波は身を震わせた。今のアキラの姿は夢か幻ではないか。確かめるべく、彼女はアキラの家に電話をかけた。



―――〔続く〕―――

親友キャラは次回でメインヒロインを担当する予定。明るいフリして結構めんどくさい子です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ