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第八話「Destiny」②

変身ヒロイン百合アクション第八話、続きです。



 「桃ちゃん…?」

 「… おばーちゃん、ちょっとお茶いただいてもいいですか?」

 「どうぞ。アキちゃん、お茶淹れてあげて」

 「はぁい……?」

 腑に落ちぬまま、アキラは桃に連れられて台所でインスタントコーヒーを淹れる。二人分ともに少し砂糖を多めに入れ、ミルクを溶いた。

 「……どういうこと?」

 「アキラちゃんとお話ししたいなーって」

 「お話プル?」

 二人は居間でちゃぶ台を挟んで向かい合って座った。ふと見ると、ちゃぶ台の横にトラ猫が座っていた。精霊であるプルの存在に気付いた様子は無いが、本当に気づいていないのか今一つ読めず、プルは警戒している。

 インスタントコーヒーの香りが二人の嗅覚を刺激する。桃が一口飲み、つられたようにアキラも飲むと、カップを置いたところで桃が切り出した。

 「ひとつ確認しときたいことがあるの。事前に約束する、絶対に誰にも言わない」

 「それはいいけど。確認って? 真面目な話?」

 「真面目な話。アキラちゃんの今後に関わる大事なこと」

 アキラがもう一口コーヒーを飲んだところで、桃が尋ねる。

 「アキラちゃんの好きな人ってさ、ルビアじゃない?」

 「ぶふーーーーー」

 咳き込んだアキラの口から噴出したコーヒーが、ブラウンの霧となって畳に散らばった。桃が慌てて濡れ雑巾で吹いて消臭剤も吹き付けて匂いも消し、トラ猫が立ち上がって、むせたアキラの背をポムポム叩いて落ち着かせた。器用な猫だ。

 突然言い当てられて驚いた以上に、恋の相手の事など一言も言ってもいないのに何故桃が知っているのか…ストーキングでもされたかとアキラは疑って桃を見たが、当の桃はあっけらかんと微笑んでいる。

 「コーヒーが鼻の奥に逆流した…鼻息がコーヒー臭する」

 「宿題中の目覚ましには使えそうプル」

 「ごめん、今のはホントごめん。…で、それでさ」

 文句を言いつつ口元を拭いたアキラの顔を、桃が正面からのぞき込んだ。

 「やっぱりそうだったんだ?」

 「何でわかったのさ…」

 「顔。ルビアを見てるアキラちゃんの顔、アキラちゃんを見てる時のアタシと同じだった」

 ぐむ、とアキラは口をつぐんだ。どうやら思った以上に表情に出ていたらしい。それでもはっきり気付いたのは桃だけだったのだから、これは桃が良く見ているのだろう。同時に桃は自分がアキラに恋していたことを明言したようなものなのだが、そこに気付く余裕は残念ながら今のアキラには無い。桃は目を逸らすアキラの顔をじっと見て、アキラの答えの続きを待った。もじもじと指先を動かし、アキラは目を泳がせながら桃に訊き返した。

 「……何故それを訊くの?」

 「今のアキラちゃん、秘密を隠すことで頭の中がいっぱいだって思ったから。ルビアのこともだし、友達の子…コナミちゃんだっけ、あの子にはブライドのことも…あと、好きな人のことも言えないんじゃない?」

 アキラがうなずくと、やはりと桃は納得した顔でコーヒーをもう一口飲んだ。今しがた推測した通り、アキラは周囲の人間…特に、桃も数日前に百円ショップで出会った親友には、今起こっていることは何も伝えていないようだ。

 「やっぱり、皆にも言わなきゃ駄目なのかな…」

 「いつかは言わなきゃいけないと思うよ。でも言えないのは仕方無い。心の中の大事な物を護るためだもの」

 「護るため?」

 「アキラちゃんにとって、ルビアは他の誰にも触れてほしくない大切な人、好きな気持ちは大切な気持ち。でしょ?」

 数秒ためらい、アキラはこくりとうなずいた。知られるのが怖いのでも、秘密を伝えるのは絶対に嫌というほど周りと仲が悪いわけではない。ただ、彼女の…緋李の事、そして彼女への恋は、周りの誰にも触れさせたくない。

 「…でも、きちんと知っててくれるのは嬉しい。一人で抱え込むには大きすぎる」

 「アタシはアキラちゃんの恋を応援するって決めたもん。アタシなんかで役に立つなら、いくらでも助けるよ」

 「ありがとう」

 アキラからの感謝の言葉に、桃はニカッと笑ってみせた。強い人だ、とアキラは思った。ブライドのメンバーの中で、彼女は真っ先に、影響は小さくとも状況を変えようと立ち上がった。パートナーのピッキィが連れ去られたことで、今もきっと苦しんでいるだろうに。

 と、二階から降りてくる三人分の足音が聞こえた。どうやら雪の部屋の支度が済んだらしい。聞こえてくる会話から、しばらくは姉妹で同じ部屋を使うらしいことが分かった。先日ステラが暴走させられた時に割れた窓ガラスは、家の外から見た限りもう交換が済んでいたので、風や雨が吹き込んでくることは無いだろう。祖母、ステラ、雪の三人が居間を覗き込んだ。プルは念のためにジュエルの中に隠れる。

 「お話は終わったところかしら。お祖母ちゃんも混ざりたかったわ」

 「ごめんなさい、ちょっと大事な話だからNGなんですー」

 「そう? なら仕方ないわね」

 そう言いつつ、特に祖母の顔に不満は浮かんでいなかった。ステラと雪はといえば、部屋の壁際に座っているトラ猫を見つけて早速撫でていた。精霊達とも違う感触の柔らかさと温かさに、特に雪は惹かれたようで、半ば興奮しながら顔や腹をせわしなくモフモフしている。猫の方も特に抵抗はしていなかった。

 「おばあちゃま、この子すごいふわふわ!」

 「フニ~」

 「とってもふわふわであったかいでしょう。それにいい子でね、ステラちゃんとはもうお友達なのよ」

 「いいなあ、あたしもこの子と友達になりたい! いいよね、お姉ちゃん!」

 「うん!」

 とても微笑ましい光景に、アキラも桃も頬を緩ませる。その一方で、桃はアキラが浄化済みのブライド達に再契約のことを教えない理由が、文化センターで聞いた時とは少し異なる意味で理解できた気がした。桃自身も含めて、ブライドは本来なら平和に生きる、何の変哲もない少女たちだ。戦う力があるから戦えなどと、彼女たちの意思を無視して駆り立てることは、少なくとも桃にできはしない。そしてジュエルの全てが浄化されたその時こそ、『マリアージュ・サクリファイス』は打ち切られて平和になる筈なのだ。

 アキラはコーヒーを飲み終わると、今度こそ立ち上がった。

 「じゃお祖母ちゃん、今日は帰るよ。また来るね」

 「ええ、また来てちょうだい」

 「アタシも帰ります、お邪魔しました。ステラちゃん雪ちゃん、いい子にしてなよ」

 「わかってるもん! 言われなくたって、あたしはいい子なんだから!」

 「ステラも良い子だよ!」

 五人は和やかに笑った。

 祖母の家を出てから桃とはすぐに分かれ、アキラは自転車を漕いで自宅に向かった。空はすっかり暗くなっているが、既に五月に入って空気はだいぶ暖かくなった。遺棄された駅舎から祖母の家に戻され、雪のジュエルを浄化し、緋李と対峙してガルナに割り込まれ、そして雪をステラと共に祖母の家に届け…と、忙しい一日だった。

 「帰ったらもう寝よっかなあ」

 「…明日学校休むプル?」

 「どうしよう…起きられれば学校行くけど」

 長旅から帰ったような気分でやっと自宅にたどり着き、ドアの横に自転車を停めて家に上がると、弟のカオルが出迎えてくれた。

 「ただいま~…」

 「あ、姉ちゃんやっと帰ってきた! どこまで行ってたの?」

 「ちょっとそこまで…お母さん、ただいまー」

 「アキラ! もう、心配させて…ちょっと、顔真っ青よ!? 大丈夫なの!? ねえ、アキラ」

 台所に顔を出すと、母が夕食を作っている所だった。だが今のアキラは心身が疲労困憊で、空腹より眠気の方が勝っている。アキラの様子を見た母はその手を掴み、顔を寄せて目を覗き込もうとする。だがアキラは、事情を言えない申し訳なさから目を逸らしてしまった。

 「ごめん、ちょっと疲れたから今日はもう寝るね。ご飯は後で食べるから」

 「アキラ…」

 母の手から離れてのろのろと階段を上がって自室に入り、荷物を放り出してベッドに腰かけると、そのまま仰向けに倒れこんだ。今日あったことを問い詰められなかったのはありがたいが、起きたらどうせ何か聞かれるのだろうと半ば投げやりに考える。着替えどころか何か考えるのも面倒な程の疲労だった。

 「疲れた……」

 ブライドになってからおよそ一か月。初めて変身した日以来の強烈な疲労感に襲われ、アキラは半分目を閉じながら天井を見上げた。それから視線をベッドの上に投げ出した右手に移し、軽く握ったり開いたりする。格闘技どころか大した膂力も無いこの手が、いざ変身すれば神の呪いを打ち消している。その事実が一か月前の日常から乖離しすぎて、改めて自分が常人の理解が及ばない世界に首を突っ込んだことをアキラは実感した。

 そして、相手にしたのが同じように変身した同年代の少女たちという事実も、ふと考えてみるととんでもない異常事態である気がしてきた。恋心を固めた宝石で変身し、同じく変身した少女たちに掛けられた呪いを消して回る、という…マンガか子供向けアニメのようなことが、現実に起こっている。それもアニメのようなキラキラした魔法での浄化ではなく、殴り合いや武器で傷つけ合い…正確にはアキラばかり傷つきながら…悪鬼のごとく変貌したブライド達の宝石に拳を撃ち込むという戦いを、わずかな期間で何度も経験した。

 「そりゃ疲れるプル」

 「まあねー…」

 「今は休むプル。ルビアのこともあるんだし。ボクも何だかつかれたプル…」

 プルが顔のそばにぽふんと横たわった。その目がトロンとして、アキラと同じく眠たそうだ。

 「そうだね。おやすみ…」

 アキラは目を閉じ、そのまま気を失うように眠った。



 翌日の昼。ステラと雪はアキラの祖母に連れられて、二人の戸籍を作る手続きを行うために市役所に来ていた。二人とも出生した日付や場所が不明確で、出生届などもあるかどうかわからないので、市役所通いは長いことになるだろう。祖母は詳しい事をアキラ達から聞かされてはいないが、どうやら生まれてすぐに生みの親と別れてしまい、虐待され続けていたらしいことは知らされている。まずその生みの親、あるいは当時の出生証明書を探すところから始めることになった。

 ステラと雪は祖母と並んで座り担当者の話を聞くが、話の内容はよく判らなかった…理解しているのは、時間がかかるが祖母の家族として市に認められ、学校に行ったり病院で安心して治療を受けられるということくらいだった。判らないことは多々あるが、それでも楽しみではあった。

 長い話を終えて市役所の食堂で昼食を取り、三人は帰り道の古い駄菓子屋に寄った。

 「はー…こんなお店もあるんだ」

 「おばあちゃま、ここは何のお店なの?」

 感心して、木造の小さな店内とレジ前に座る店主の老紳士、そして棚に並ぶカラフルなパッケージにステラも雪も目を輝かせる。祖母と同じくらいの年齢だからか、二人は店主に対して物怖じせずに色々な方向からながめていた。

 「お菓子屋さんよ。アキちゃんのママが小さい時からよく来てるの」

 「アキラが生まれる前からあるの、このお店? このおじさんもその時からいるの?」

 「じゃあおじさまは、おばあちゃまより年上…?」

 「どうかしらね、店長さん」

 どうでしょうねえ…と店主はあいまいに、しかしにこやかに答える。年齢を重ね人生経験を積んだ人間だけができる、穏やかな笑顔だった。祖母が言うに、この辺りにはまだ古い住宅や店が残っているらしい。住んでる人も古いのかなあ、などと二人はちょっと失礼なことを考えた。

 二人は揃って30円のチョコスナックを買ってもらい、店の前のベンチに座って食した。雪は初めてのチョコレートの甘味に興奮を隠せず、目を輝かせつつも味わいながらゆっくり食べた。ゴミは店の前にあるゴミ箱にきちんと捨てる。

 「甘い物を食べたら、あとできちんと歯をみがくのよ」

 「「はーい」」

 二人そろって返事をしたその時、店の裏でなにかが倒れこむような音が聞こえた。三人が店の裏手に回ると、店主も気づいたようで裏口から様子を見に来た。そこには一人の少女が倒れていた。黒のブレザーに青のリボンタイと白のスカート、ややあどけないが真面目そうな横顔。ステラ達は知らなかったが、その制服は緋李の高校の学生服である。そして髪色こそ黒いものの、ステラと雪にはその横顔に見覚えがあった。昨日の文化センターに現れた『デュエルブライド』―――プリマ・ガルナだ。

 二人はガルナの少女に駆け寄って助け起こした。衰弱し体中に痣はあるが、致命傷は特に無いようだ。ガルナを店の外壁に寄りかからせた所で祖母がハンカチでその体の汚れをふき取り、店主が水を入れたコップを持ってきてステラに手渡した。ステラはガルナの唇にコップを近づけ、呼びかける。

 「お水のめる?」

 「あ、ああ…はい。ありがとうございます」

 ガルナはコップを手に取り、一気に水を飲むと店主に空のコップを返した。ガルナは自分を囲む祖母と店主を見て、感謝の気持ちを伝えると立ち上がって足早に去ろうとした…が、疲労からか足元がふらつき、倒れ掛かる。ステラと雪がその体を両脇から支えた。ふと彼女の右脚を見ると、爪先がやや内向きで、歩いてもまるで棒のようにまっすぐなままだった。

 「無理しないで、どこかで休んでいって」

 「お気持ちはありがたいのですが…」

 「…脚、怪我したの?」

 「……いえ」

 はぐらかすような言い方で答えつつ、ガルナはステラの誘いをやんわり断ろうとする。しかし、憔悴した彼女を放っておくことはステラにはできなかった。雪も加勢してガルナの少女を引き留めようとする。

 「そんなんで歩いてたらまた倒れるよ! おばあちゃま、この子おうちに連れてっていいよね?」

 「ええ…いいけど。病院に行かなくていい?」

 「あ、そうだった…」

 保護のために勢い込んで連れ帰ろうとして、祖母の指摘で雪は思い直す。赤面した雪を、だが祖母は良い子だとほめるように撫でた。しかし病院までガルナの少女が歩けるのか…そう思った所で店主が助け船を出した。

 「私が車を出しましょうか」

 「助かるわ、店長さん。あなたもそれでいい?」

 祖母に問われ、四人の善意に根負けしたガルナの少女は何も言わずにうなずいた。それを確認した店主が店を閉めて鍵をかけると、車庫にある車のドアを開けて店主が運転席に、祖母が助手席に、雪とガルナが後ろの座席に乗った。ステラも続いて乗ろうとした、その時。

 (―――!!)

 ポケットの中でジュエルが淡い熱を帯びたのに気づき、ステラは服の上から握りしめた。雪も同じ表情をしている。何か危険が迫っている…それを追い払えるのはこの中で一人、変身できるステラだけだ。祖母に怪しまれるのを理解したうえで、ステラは車に乗るのをやめた。

 「ステラちゃん…?」

 「ごめん、おばあちゃん。先に行ってて」

 「どうしたの。何か用事?」

 「うん。雪、その子をお願い」

 「……わかった!」

 雪がうなずいて後部ドアを閉めると、車が発進して病院に向かった。それを見届けたステラはジュエルを握りしめ、車が向かった先と逆方向に駆け出した。平日昼、人通りの少ない住宅街を走り、かなり古い空きアパートの庭に入り、裏手に回った。

 「シプルゥ、いくよ!」

 「ぷきゅ!」


 「―――エンゲージ、『プリマ・クリスタ』!!」


 純白の閃光に包まれたステラの姿が一瞬だけ消失し、直後にクリスタの姿となって現れ、アパートの上空に大きく跳ぶ。その直後、別の方角から飛んできた赤い影と交差し、激突して金属質な音を上げた。二人はもつれあい、屋根を突き破ってアパートの二階、五部屋あるうちの中央の部屋に転がり込んだ。埃が舞い上がる薄暗い部屋でクリスタと向き合っているのは、ルビア…かつて公園で泣いていたステラを助けてくれた二人のうち一人、堂本 緋李だった。

 「ステラ達のジュエルを奪いにきたんだね」

 リボンを構え、クリスタは立ち上がったルビアとにらみ合う。

 「……」

 「…ルビア、どうしてジュエルをみんなから奪うの? どうしてみんなの友達をうばうの。答えて!」

 問い詰めるクリスタに、しかしルビアは冷たい一言で答えた。

 「その必要は無い」

 「ルビア…!」

 直後、ルビアの姿が消失した。普通のブライドであれば目視するのが困難な超高速の突進を、クリスタは決して高くない天井すれすれまで跳躍して回避。宙返りでルビアの真後ろに着地し、斬り付けるようにリボンを水平に振る。絹の柔らかさと鉄筋の頑強さを兼ね備えた一撃だ。ルビアは地を這う獣のごとく、低い姿勢でリボンを避けつつ懐に潜り込んで、クリスタの腹に右の肘を撃ち込む。サフィールやエメルディも体感済みの別次元の速度だ。だがクリスタはそれを数度、解体前の文化センターで見ていた。かつて神の世界で雪と訓練していたときも、ずっとその技を観察し、記憶し、対策を考え身に着けていたのだ。ルビアの速度を完全に見切るのは至難の業だが、それでも対応はできる。肘うちの手ごたえの浅さにルビアは顔をしかめた―――クリスタは後方に跳躍しつつ、リボンを持たない右手でルビアの肘を受けていた。

 クリスタはルビアの右腕を自らの両腕で抱えるようにして無理やり伸ばし、飛びついて首から肩のあたりを両脚で挟むと、全身をひねるようにして回転し引きずり倒した。横からの飛びつき腕十字動きに、超人ゆえの膂力を生かして回転を加えた技…ワニが獲物をしとめる際の、いわゆる「デスロール」にも似た動きでねじ伏せる力業だった。非力に見えたクリスタの体格からは想像がつかない技にルビアが驚愕し、反応が遅れてつんのめるように倒れこんだ。古い畳がめりこみ、再び埃が舞う。

 「お願いだから、こんなことはもうやめて!」

 「黙りなさい」

 ルビアは押さえ込まれた右腕を無理やり引き抜き、すぐさま起き上がってクリスタに襲い掛かる。ロッドを左手から右手に持ち替え、獣のように這いつくばった姿勢から、左手を軸にして回転蹴りをクリスタの首筋に叩き込んだ。クリスタがうめき声を上げて部屋の隅に倒れこむ。ルビアはクリスタの胸のジュエルにロッドを突き刺そうとするが、クリスタは転がって部屋の中央付近に逃れ、素早く立ち上がって構えた。しかしルビアの動きはクリスタの予想以上に素早く、構えた瞬間には既に目の前に現れていた。高速の突進で、クリスタの左肩のプロテクターに不可視の速度でロッドがめり込む。

 「ぐぅぅっ!!」

 その勢いで壁を突き破り、隣の部屋まで二人は踏み込んだ。押されていたクリスタは両足を突いてブレーキをかけ、横に跳んでロッドから逃れた。プロテクターを貫通してロッドの先端の刃が肩に刺さり、深く傷つけている。加えて肩関節に突進による圧力がかかったせいで、捻挫に似た痛みもあった。リボンを右手に持ち替え、左手の指でなぞると細い布が一瞬で渦を巻いてより合わさり、細く強固なレイピアに変わった。

 構えた直後に突き出されたロッドをレイピア状のリボンで防ぐと、ルビアが繰り出す左上段回し蹴りが視界に入った。すぐさま反応して体を大きく逸らしながら真上に突き上げた右足でルビアの蹴り足を真上に弾き、床についた左脚を軸に高速で回転して、下段の蹴りをルビアの内側のふくらはぎに叩き込んだ。転倒は免れたが、ルビアは大きくバランスを崩し、その体が真横に傾く。クリスタはさらに反転、右の後ろ回し蹴りでルビアの肩を狙うが、倒れ掛かったルビアはその動きを利用して側転に切り替えて蹴りを回避。逆に着地したルビアの足払いでクリスタの方が転倒した。素早く跳躍し、ルビアは倒れたクリスタに向けてロッドを突き下ろした。クリスタは咄嗟に両腕の手甲でロッドを防ぎ、手刀で弾き飛ばす。ロッドを弾かれたルビアは、空いた左の拳をクリスタの顔面に叩き込んだ。

 「うぐっ!!」

 クリスタの叫びと共に床の畳が裂け、さらに床そのものが抜けて二人は一階まで落下した。床下はだいぶ腐敗が進んでいたらしく、超人同士の殴り合いで完全に破壊されたようだ。落下し、仰向けになっていたクリスタの体は天井の破片が散らばると共に一階の床に倒れこむ。ルビアは宙返りで着地し、ロッドを拾いなおして部屋の対角に立つと、起き上がろうとするクリスタを見下ろした。

 ―――強い。本人の戦闘技術に加えて一つ一つの挙動の速さ、動作の加速で重さを増した一撃。呪いによって暴走させられたクリスタやパルルス以上の強さだ。これほどの強さのブライドを、負傷した状態で相手にできるのか。クリスタの内心に恐怖すら湧き出していた。更に落下した時にぶつけたのか、傷ついた左肩がさらに痛む。クリスタは痛みと恐怖をこらえ、立ち上がってレイピア状のリボンを構えた。

 ルビアがロッドを構え、今にもクリスタのジュエルを狙って必殺の一撃を出そうとした、その時―――クリスタの胸のジュエルが凄まじい輝きを放った。太陽のようなその光にルビアは目がくらみ、両目を覆って後ずさる。この発光はクリスタ自身にも予想外だったらしく、驚いた顔で自らの胸のジュエルを見下ろした。

 数秒間の発光が止んだところでルビアは目を開け、室内を見回した。そこにクリスタの姿はなく、荒れ果てた空き部屋にはルビアが一人佇むだけだった。流し台の下や二階を覗き込み、外に顔を出して前庭を見渡すが、クリスタの姿はどこにも無い。

 「逃げられた…?」

 気付くとアパートの外からざわめきが聞こえてきた。外を見ると、付近の住宅から出てきた住人たちがアパートの周囲に集まってきた。姿を見られ通報でもされては厄介だ。クリスタを探すよりも身の安全を優先し、ルビアはアパートの裏手に出て、住宅と住宅の隙間を抜けつつ変身を解除して離れた道路に出た。

 ルビアの姿が見えなくなったのを確認しながら、クリスタはまだ息を殺して隠れていた―――ジュエルが発光している最中にクリスタは小さな押し入れに逃げ込み、天井近くに取り付けられた棚に張り付いていたのである。ルビアが室内をしらみつぶしに探していたら確実に見つかっていた。周囲に人が集まってきたのは本当に幸運だった。

 そして、クリスタはジュエルの中の精霊に問いかける。

 (今のピカッてしたの、シプルゥがやってくれたんだね?)

 《ぷきゅ!》

 (ありがと、シプルゥ…)

 クリスタは押し入れから這い出し、アパートの裏手からこっそりと別の道路に出て変身を解除した。落ち着いて自分の手を握ると、震えていることがやっとわかった。恐るべき戦闘能力と苛烈さを持ったルビアへの恐怖だ。もしシプルゥが目くらましにジュエルを光らせなければ、間違いなく奪われていただろう。ロッドを突き刺された肩からは血が流れている。このまま病院に行けば、何があったのかと祖母に疑われる。幸い傷自体は深くなく、また鋭利な刃で刺されたことで却って傷口も荒らされなかったため、手で押さえながらシプルゥの治癒を受けることで徐々にふさがっていった。

 その一方、ルビアを止められなかったことでステラは自身の無力さを感じていた。

 (…ステラでは、ルビアを諦めさせることもできない。やっぱりアキラでなくちゃダメなんだ……)

 たとえわずかなひと時だけでも、ルビアと心を通わせたアキラでなければ。そしてアキラが抱いているらしい、ステラの知らないその気持ち…ルビアの話をするとき、アキラの顔がどこか嬉しそうなことにステラは気付いていた…をぶつけなければ、止められない。―――アキラに任せるしか、方法はない。ステラは思考を切り替え、雪たちが向かった病院へと走った。



―――〔続く〕―――

幼女には甘い駄菓子を。「おばあちゃま」呼びは何故かやたらすんなり決まりました。

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