第八話「Destiny」①
変身ヒロイン百合アクション、第八話です。
真ヒロイン回。
照明を落とした自宅のアパートの寝室で、堂本 緋李は今まで強奪したジュエルを机の上に並べていた。アンベリア、スピルナス、ヘリオール、エメルディ、モルガナス、ペルドッサ…そこに自身の赤いジュエルも合わせると、地上にもたらされたうちの半分近くのジュエルが手元にある。そして自分のジュエル以外はすべてがサフィールの手で浄化されていた。浄化されたブライドは変身できなかったため、楽に奪うことができたのは幸運ではあったが、ジュエルの浄化は彼女にとって大事ではない。必要なのは数が揃うことだ。
現在地上にあるジュエルの数は十五。彼女も晴と同じく、契約時にジュエルから情報を聞き出していたのだ。その中には『マリアージュ・サクリファイス』の儀式も含まれるが、それがサフィールの誕生によって破綻を迎えること…あるいはそれ以上に何かが起こることを彼女は予感していた。恐らく、今それは実現に向かっている。
儀式が破綻したことが知られる前に、『標的』の元に辿り着かねばならない…そして自分が為そうとしていることは、他の誰にも悟られてはならない。他のブライドにも、『標的』にも。そして誰よりも。
(サフィール…… 葵さんにだけは、絶対に)
彼女の名を知ったのは、初めて会ったその日だった。自転車に乗った彼女が目の前で盛大に転倒しつつ、かすりもしなかった自分のことを心配するその目を、その仕草を、学生服に付けられたネームプレートの名前を、片時たりとも忘れることは無かった。
為さねばならない、彼女のために。そしてブライド達のために。それを為すのは、自分ひとりだけでなくてはいけない。少女たちを、アキラを護るために。
目を閉じて、彼女たちの大切なジュエルを奪ってしまったことへの罪悪感を押しつぶそうとした、その時だった。机に並べたジュエルが突然明滅し始めた。特に光が強いのは、モルガナスのピンクのジュエルだった。しばらく様子を見ていると、六個のジュエルから突然光の玉が飛び出し、動物…それもぬいぐるみの様な姿の、可愛らしい動物たちの姿に変わった。皆大きさが二十センチか三十センチ程度の、まさに動くぬいぐるみだ。
その中の一匹、ピンクのコアラがぷりぷり怒りながらわめき立てた。
「こらぁー!!」
「…喋った? ぬいぐるみが?」
「ぬいぐるみじゃないっピ! ジュエルの精霊だっピ!」
夕方前の時間、文化センターのホールにいた時は全員に見えぬようステージの袖、控室にいて精霊の姿は見ていなかった。もっと前、エメルディの浄化前に立体駐車場でサフィールが精霊と話していた時も、遠くから見ていたために精霊の姿は見えなかった。会話までしたのは今この瞬間が初めてだ。ピンクのコアラ以外には、黄色のレッサーパンダ、薄紫のカモノハシ、オレンジ色のハリネズミ、緑のシロクマ(緑なのに白いクマとは…という疑問はとりあえず放置した)、そして黄緑色のラッコ。どの個体も抗議の視線を送ったり怒ったりしているが、見た目が見た目だけに全く迫力がない。
「あたちたちをどうする気だっピ!」
「別にどうもしないけど」
「ウソつくなっピ! さっさとみんなのところに返すっピ!」
「まあまあ…ちょっと落ち着くモフ」
怒るコアラをのんびりした顔のシロクマがなだめた。ふわふわの動物がふわふわの動物を撫でるという天国のような光景だが、今の緋李にはその光景を愛でるような心の余裕は無かった。
シロクマは緋李を見上げると、まるですべてを見透かしているかのように尋ねた。
「ルビアどの。ひとつ訊きたいことがあるモフ」
「何かしら」
「おぬしの目はただのジュエル強盗のそれではないモフ。……おぬし、一体何をする気モフ?」
ジュエル・デュエル・ブライド:
第八話「Destiny」
文化センターを出た後、アキラ達一行が全員集まった芽衣の部屋は、重い空気に満たされていた。ソファなり床なりに座り込みながら、芽衣が入れた紅茶に誰も口を付けず、ある者はうなだれ、ある者はじっと天井を仰いだまま動かず、ある者は落ち着けずにせわしなく視線を動かしている。無事に残っているジュエルはアキラ、ステラ、ユキの物のみ。残り六人のジュエルは全てルビアに奪われている…すなわちパートナーである精霊達も誘拐されたのだ。平気でいられるわけがなかった。その重い空気の中で、ステラにしがみついてユキ―――名前を白峰 雪は、一人怯えていた。父親である神に操られていたとはいえ、自身がこうなった原因の一つであることを、雪は自覚している。
「……は―――…」
誰ともなくため息をつき、何もしないままに時間だけが過ぎていった。この中ではとりわけ菫が苛立ちをあらわにしていた。菫にとってパオレは、自身の右腕をほんの少しだけ動かし、リハビリを進めるきっかけをくれた生涯の恩人だ。失って平気でいられるわけが無かった。焦燥感もあらわに、菫は手袋に包まれた右手で髪をかきむしっていた。慰めるように、ひまりがその肩に手を置く。菫もそれに気づき一度は冷静になって手を下ろしたが、当然それだけで収まることは無かった。座っていたソファの座面を叩いて立ち上がり、壁際に座っていたアキラに掴みかかった。
「ねえ葵。何で取り返してくれなかったのよ。何でパオレを取り返せなかったのよ!!」
菫は震える声で問い詰めながら、肩を掴んだ手で力なくアキラの体を揺さぶる。
「あんたその場にいて、なんでルビアを逃がしたのよ…なんで…」
「……………ごめん」
消え入りそうな声のアキラの謝罪に、弱々しいため息を吐きながら菫は手を離した。今ここでアキラを責めても仕方ないのは、ここにいる全員が理解していた。
菫が座り込むと、その場が再び沈黙に包まれた。その空気に耐えられなかったのか、雪がいつの間にか泣き出していた。その髪をステラが優しく撫でてなだめている。状況を見ていた芽衣がテーブル横の椅子から立ち上がり、全員を見回しながら言った。
「一旦解散しましょう、ずっとこうしてたら余計に空気が悪くなります。それにアキラさん、雪さんをお祖母様のお宅に連れて行かないと」
「…うん。ステラ、雪、行こっか」
アキラに続いて促されたステラと雪も立ち上がり、玄関に向かった。と、そこで桃が立ち上がった。
「一緒に行っていい、アキラちゃん?」
「いいけど…」
「よし! じゃ行こう!」
桃はアキラの手を取って廊下に出た。ステラと雪もあわただしくついていく。晴達はため息をついてそれを見送った。ついさっきまで落ち込んでいた桃が突然明るく振舞ったことに、残された晴達は違和感を通り越して不可解さすら覚えていた。
「…あれ、本当に落ち込んでたの?」
だれにともなく問う晴に、伊予が答える。
「あいつにとってアキラはヒーローなんだよ。落ち込んでるなら元気にしてやりたいってことだろ」
「なるほどです。僕も晴さんが落ち込んでたらそうします」
「……メンタル強いわよね、桜嶋は。私そういうの無理」
床に座り、テーブルに突っ伏した菫がつぶやく。菫はパオレがいないとこんなにも落ち込んでしまうことを、自分自身でも意外に思っていた。どれだけ依存しているのか、そして大切に思っているのかが今になってやっと身に染みる。
その様子を見ていたひまりが、不意に手を上げた。
「あの…みなさん、ちょっと気になったんですけど」
「どした、ひまり? 気になったって何がだ」
伊予がひまりに発言を促すが、手を上げた当人はどこかそれをためらっているような節がある。言ってもいい物かと言外に迷いを見せていたら、芽衣がどうぞ、と続けるように言う。遠慮しながら、ひまりは続けた。
「わたし達、ルビア…さんにジュエルとパートナーは奪われましたけど、私達自身が大けがさせられたとか、そういうことは無いですよね…」
「…ひまりと伊予はモールで襲われたって聞いたけど? 大胆にも人の多い場所で」
「お洋服を伊予さんと見ていたんですけど、その瞬間はラックにかかってる服で周りから見えなかったと思います。…明らかにわたし達を狙って、目立たないように奪われました。伊予さんのお友達の方も、口封じみたいにすぐ気絶させられて」
晴の言う通りにかなり大胆な行動だ。近くに伊予もいるからまとめて奪いに来たといったところか。ただ、それを加味してもひまりにはどうにも引っ掛かることがあった。
「晴がやってたのとも違う気がするんだよな。私達のジュエルはもう浄化してて、『マリアージュ・サクリファイス』から脱落してるんだし」
「そうなんですよね…ただ、その…」
「どうしたんだよ。ひまり、言ってみろって」
迷っているひまりを、伊予が促す。
「…もし、もしですけど。呪われてるとか脱落してるとか、あるいは願い事とか、そういうのに関係なく、ジュエルそのものが必要なんだとしたら、って思って」
その言葉の意味に気づき、ひまりと同じく呪われていた時のことを鮮明に記憶している菫が顔を上げた。
「…私達は願い事のために、アキラを殺してまでジュエルを奪おうとした」
「晴さんが伊予さんのジュエルを狙ったのは儀式から脱落させるため。でもルビアさんはどちらでもなく…それに何度かアキラさんと会っているということは、わたし達が脱落してるのを知っていたんじゃないでしょうか」
「ちょっと待て、つまり知った上で奪ったってことか? なんのために!」
「…さっきひまりさんが言った、『どうしても必要なこと』が判ればいいんですけどね」
声を荒げる伊予に対し、芽衣は冷静に言った。
「一つ言えるのは、僕たちがせいぜい軽い怪我しかしてないこと。彼女に僕達を害する意思は無いと思います」
「…そうね。精霊達まで連れていかれたのは痛いけど、向こうは精霊のことを知らないのかもしれないわ」
晴が芽衣の言葉を受けて言う。
一度考え直してみる必要があるかもしれない、と全員が考えた。ジュエルの状態に関係なく収集自体が目的なら、集めたジュエルで何かをしようとしている可能性がある。しかしそこまで考えが至った所で、全員が抱いた疑問を確認するように、伊予がひまり達を見回しながら言う。
「…仮に何かのためだとして。誰かその目的に見当つくか?」
残念ながら、その答えは誰も持ち合わせていなかった。だがここで晴が記憶をたどり、その場にいなかったひまり、菫、伊予の三人が知らないブライドのことを思い出した。
「…もう一人。そうだわ、彼女なら」
「もう一人? 私達が知らない奴がいるのか?」
彼女がルビアを先輩と呼んでいたことは、この場にいる中では晴と芽衣がよく憶えている。
「ええ、プリマ・ガルナというブライドです。どうもルビアと知り合いらしいんですよ」
「ルビアの考えを知ってるなら、多分一番可能性が高いのはその人ね…」
とはいえ、知り合いでも何でもない相手だ。探すには手掛かりが無さ過ぎる。偶然でも起こらない限り、会うことはないだろうと全員が諦めていた。
晴達がルビアの意図について頭を悩ませている頃、アキラは自転車を押しながらステラ、雪、そして桃を連れて祖母の家に向かっていた。雪を祖母に会わせるためでもあるが、こうやって出てきたのは仲間達が落ち込んでいる中にいるのがつらかっただめでもある。そして当のアキラ自身は、まだ悄然として黙りこくっていた。その様子を見ながら、ステラの手を握っている雪が誰にともなく尋ねた。
「…その、おばあちゃんっていう人、怖いひとじゃない?」
「すごく良い人だよ。だから大丈夫」
「うん…」
ステラの答えを聞きながらも、雪はまだ不安が拭えないらしい。周りにいた大人が揃いも揃って姉妹を虐待していたため、ある程度以上の年齢の相手は誰一人信じられなくなっているのだろう。
「アタシも良い人だとは思うけど、こればっかりは会ってみないとわからないか…」
「るーはまだ会ったことが無いぷきゅ」
「おばあちゃんに精霊さん見えるのかな?」
「ブライド以外には精霊は見えないはずだす…」
「あのトラ猫さんには見えていそうな気がするプル」
プルもあのトラ猫のことは少し気になるらしい。桃も何度か顔を合わせたが、普通の野良猫とは思えない謎の存在感を持った猫だ。根拠こそ無いが、高度な知性の一つや二つ持っていそうな気がしてしまう。桃はそんな話をしつつ、アキラの隣を歩きながら横顔を覗き込んだ。だが、明るさを取り戻す様子は無かった。
「……」
「…アキラちゃん」
アキラは芽衣のマンションを出てから黙ったきりで、後ろで会話しているステラと雪、精霊達の声にも反応しない。ずっと考え事に没頭しているようだ。そのアキラを元気づけるために一緒に出てきたはいいが、かける言葉は残念ながら思いつかない。ステラもそれは気になっているらしく、雪と話しながらもたまにアキラの方を見てくる。
桃が見た限り、アキラは今までいくつかの事を隠し続けてきた。ブライドの仲間達にはルビア自身やルビアとの関係のことを。ブライドでない親友には『マリアージュ・サクリファイス』に絡む諸々やブライドの仲間達のことを。
(…アキラちゃんは多分、この秘密に押しつぶされそうになっている)
たった1カ月程度の間の事だが、今となっては事態がだいぶ大きくなっているのに加えて、ルビアの事が露呈したのをきっかけとして心労が頂点に達している。幸いというべきか、桃達にはそこまで秘密を抱えるほどの相手がいない…友人がいないとか少ないというわけではなく、アキラのように深く追求されてはいないという意味で。だがアキラの親友は、アキラの動向をだいぶ気にしているらしい。自分たちに噛みつかんばかりに怒り出したアキラの親友の姿と、その怒りの叫びが忘れられない。
隠し事とジュエルをめぐる戦いの事で、アキラの心は破裂しそうになっているはずだ。
「…ここだよ」
やっとアキラの口から言葉が出たのは、祖母の家にたどり着いた時だった。雪は祖母の家を見上げつつ、まだ不安が抜けないのかステラにしがみついていた。アキラが自転車を玄関の横に停め、呼び鈴を押して中から祖母の返事があったのを確認すると、戸を開けて中に入った。
「ただいまー」
「お邪魔します…」
「おじゃましまーす」
次々と上がる三人を前に、雪は同じく玄関に上がった物の、ためらって動けないでいた。そこに祖母がやってきて四人を迎える。
「あら、アキちゃんに桃ちゃんも。ええと、そちらは…」
目が合うと、雪はビクリと体を震わせて後ずさった。その手をステラがそっと握り、大丈夫と言うようににこりと笑う。そこに祖母が歩み寄り、かがみこんで雪と目を合わせた。その優しく温かいまなざしに、雪の緊張が解ける。空いた方の手が祖母に握られるも、雪は一切抵抗しなかった。
「初めまして、アキちゃんのお祖母ちゃんよ。あなたはステラちゃんの妹さんね、一目見てすぐに分かったわ」
「…雪、です。白峰 雪」
「雪ちゃんというのね。…私はステラちゃんのおばあちゃんでもあるから…そうね、あなたのおばあちゃんにもなるのね」
どうやら祖母には、アキラが相談しようとしていたことがすぐ分かったようだ。祖母とアキラの視線が一瞬だけ合い、これでいいのかと確認するように祖母が首を傾げ、アキラがうなずいた。話が早い以上に、ただ目を合わせるだけで雪と心を通わせたことに、先日祖母と知り合ったばかりの桃は驚かされていた。
「おばあちゃま? あたしと、お姉ちゃんの?」
「そうよ。これからよろしくね」
「………おばあちゃまは、あたしのこと、無視しない? ちゃんと見ててくれる?」
しばしためらってから問われたことに、疑問に思うことなく祖母は答えた。
「ええ」
「悪いことしたらメッてしてくれる? 何かできたらほめてくれる? つらいときはギュッてしてくれる? ―――愛してくれるの?」
早口でまくしたてるような質問の、最後の一つだけが弱々しかった。それで祖母は雪の今までのことを察したのだろう。雪の肩に手を置き、そっと抱きしめた。雪の目から涙がこぼれる。
「もちろんよ。雪ちゃん、あなたがここに来てくれてうれしいわ」
「………… ―――!」
嬉しさに胸が詰まり、雪は祖母にしがみついて、大声で泣き出した。その背を祖母の手が、そして髪をステラの手が優しく撫でている。様子を見ていた桃とアキラも安心し、笑顔を見合わせた。神の世界で道具の様に扱い続けた過去は、恐らくステラと雪の心からは消せないだろうが、これから愛情に満ちた日々を送れるに違いない。
祖母とステラが雪を連れて二階に上がったところでアキラは帰ろうとしたが、桃がその手を握って止める。
―――〔続く〕―――
大した出番の無かった正ヒロインがやっとメインになりました。長かった…




