第六話「Bless the child」④
変身ヒロイン百合アクション第六話、完結です。
黒い炎の尾を引く白い光が、夕焼けのオレンジ色の光の中、並ぶビルの上を跳びはねている。アキラは自転車を全力で漕ぎながらそれを追いかけていた。途中で人にぶつかりそうになるが、器用にハンドルを操作してすり抜けていく。芽衣からの連絡で晴もそれを追っているはずだった。
と、上空を見上げるともう一つの光のラインが見えた。赤い光、恐らくルビア―――緋李だ。だが何のために追うのか。助けてくれるためなら良いのだが、とアキラは期待したが、嫌な予感が拭えなかった。空中で赤い光が白い光に追いすがり、ぶつかり合いながら跳んでいく方向を変えた。都心とは全く異なる方向に向かう光を追っていくと、街を抜け広い住宅地も抜けて、見えてきたのは一面に並ぶ造成地だった。そこにあるコンクリートの建築物に二つの光が飛び込む。
アキラは建築物の前で自転車を停めた。一見すると建築工事中の建物のようだが、周囲には草がまばらに生え、資材が放置されたままで工事車両は一台も無かった。建築物の形を見て思い浮かべたのは新幹線の駅だ。
(……そうか。いつかお父さんが言ってたっけ、これ途中で建てるのやめちゃったんだ)
何十年か前にこの造成地のあたりに新幹線の線路を通す計画が立ち上がったのだが、駅舎が大方完成したところで周辺の宅地開発計画が一度頓挫し、線路の用地買収も進まず、その流れで駅の工事もこの段階で止まってしまったのだ。事業が凍結して五年か六年になると父は言っていた。日没直前の暗い光に照らされたそれは、コンクリートの骸骨を思わせる不気味さを漂わせていた。幸い駅玄関のドアや窓などのガラスがはめ込まれていない程度で、建物自体は頑丈そうだった。アキラは自転車を下り、LINUで晴に場所を伝え、遺棄されたコンクリートむき出しの駅舎に踏み込んだ。
《アキラ、上から音がするプル!》
「うん。ステラ達がいる」
プルに頼んで宝石を光らせてもらって暗い建物内を照らすと、そのタイミングで階上から金属がコンクリートを叩く音が聞こえた。間違いなくルビア、そしてステラがいる。改札口を跳び越えて階段を駆け上がり、ホームに出た。線路を挟んで反対側のホームで、仰向けに倒れこみながらも這って逃げようとするステラに、ルビアが両端に二股の刃を備えた金属のロッドを持って迫る。その武器がステラの胸に突き出されようとしたその時、アキラは飛び出した。
「エンゲージ! 『プリマ・サフィール』ッ!!」
一跳びで新幹線の幅広い線路を飛び越え、突き出された武器をガントレットで弾き、着地するとステラを背にして構えた。対峙したルビアの目は冷たく鋭く光り、残酷な輝きを放っている。その様相の違いに驚愕しながら、サフィールはそれを表に出さずに正面から見つめ合った。
「堂本さん、何してるの!?」
「どきなさい。その子のジュエルは私がもらい受ける」
ルビアがロッドの刃先を向けた。真正面から殺気が叩きつけられる。
「この子のジュエルはあたし達が浄化する。あなたには渡さない」
「ならあなたを倒してからいただくわ。丁度もらおうと思っていたし、あなたのジュエルもね」
あくまでも譲らないサフィールに対し、ルビアは冷たく宣戦布告した。
サフィールが知る限り、ルビアは巻き込まれただけのアキラを助けてくれた優しい人でもあった。こんな冷徹な目を持つ人ではなかった。真意が読めない…サフィールは構えを解かずに尋ねた。
「何故? 堂本さん、神様に願いを叶えてもらいに行く気?」
「ある意味ではそう。そのためにはあなたたちのジュエルが必要なの」
答えたルビアがロッドを軽く振り上げた、その瞬間だった。本能的にサフィールが両腕で防御の姿勢を取ると、数メートル離れていたはずのルビアが一瞬にして目の前に現れ、甲高い金属音と同時にサフィールのガントレットがロッドの突きを防いだ。白い火花が一瞬だけ二人の顔を照らす。ルビアの動きが見えたわけではなく、突風のごとく叩きつける殺意から顔をかばうようにしたら、ただ偶然防げただけのことだ。
ペルドッサのような跳躍力を応用した移動の速さとは異なる、純然たる足の速さから来る恐るべきスピードだ。加速によって増すであろうロッドの突きの破壊力は、直撃すればサフィールの頑丈さでも耐えきれないかもしれない。サフィールの額を一筋の汗が流れた。
両者はしばらく動かずに正面からにらみ合った。迂闊に動けばルビアのスピードがそれを上回り、今度こそロッドの一撃を受けるだろう。今のサフィールにそれを回避する自信は無かった。
先に動いたルビアがロッドを持ち直し、居合い抜きのように腰に構え、振り抜こうとする。一瞬遅れたサフィールはそれを防御しようとするが、間に合わずに直撃する―――そう感じた瞬間、銀色に光る矢がロッドを直撃した。一本の矢でありながら超人の腕力で振られるロッドを止めたそれは、間違いなくエメルディの矢だった。
「晴さん!」
「アキラ、大丈夫!?」
エメルディがホームを飛び越えてサフィールの隣に着地し、背後のステラに駆け寄った。恐怖に息を荒げていたステラをかばうようにかがみこむ。
二対一の状況に分が悪いと思ったのか、ルビアはロッドを下ろすと数歩後ろに下がった。
「ここは退いた方が賢明ね。…約束は守るわ、必ずあなたのジュエルをもらいに来る」
「堂本さん…」
ルビアはサフィールが呼ぶのを無視し、高く跳んで窓の四角い枠から出て行った。無言でそれを見送るサフィールの背に、エメルディが声をかける。
「アキラ、今のは…今のブライド、あなたは知ってるのね。私達の知らない人だわ」
「ごめん…あとで話すから。今はステラの方を」
そう言ってサフィールがステラに駆け寄ろうとした次の瞬間。ステラの周囲に渦巻く黒い炎が再び爆発した。サフィールとエメルディを吹き飛ばし、渦巻く炎がステラの体を持ち上げる。見開かれたその両目からは、恐怖の涙がとめどなく流れていた。暗いコンクリートの壁にステラの絶叫がこだまする。
「いや! いや! やだ、いやだ、いやだ!! やめて!! ステラを壊さないで!! 壊さないで!!」
ステラに駆け寄ろうとするサフィールとエメルディを、吹き荒れる黒い炎が阻む。血を吐くような叫びをあげるたびに炎は勢いを増していった。
「―――とうさま!!」
父親を呼ぶその声は、助けを求める叫びか、それとも…
叫びと共にさらに爆発が起こった。そして爆風に耐えてサフィールとエメルディが身構えた瞬間、ステラの姿は消えていた。二人は周囲を見回してステラの姿を探すが、直後にサフィールの腹を重い一撃が直撃する。
「ぐふぅぅっ!!」
突如目の前に現れたステラの、体格からは考え難い強烈な拳の一打だった。地面を滑るように何メートルか後退して踏みとどまったサフィールの顔面に、続けてステラの跳び膝蹴りが直撃した。今度こそサフィールの体は吹っ飛び、屋根を支えるコンクリートの柱に頭から激突した。
一瞬のことで防御どころか視認すら間に合わなかった。全身から黒い炎を発するステラは、自身の脚が耐えられそうも無い程の速度で走り、そして跳んでアキラを叩きのめしたのだ。サフィールに追い打ちをかけようとするステラへ、エメルディは直撃しないように矢を放って止めようとする。だがステラは矢もエメルディの方も見ずに手に持った何かで矢を叩き落し、残像を残して一瞬でエメルディの真横に現れた。
「速い…!!」
「……ぐぅぅあっ…!」
歯を食いしばってうなるステラの拳がエメルディの顎を強烈に打ち上げた。のけぞった首を小さな手がつかみ、持ち上げて頭からホームにたたきつける。コンクリートが砕け散り、ホームが虫歯のように欠けて破片が線路に降り注いだ。叩きつけたエメルディの顔面に、更にステラは拳を一度撃ち込んだ。苦痛のうめき声がエメルディの唇から漏れる。もう一度拳を振り上げた時、背後から近づいていたサフィールがステラを羽交い絞めにして持ち上げた。
「ステラ、だめだ! そんな宝石の言うこと―――いでっ!!」
背後のサフィールのこめかみを拳で打つと、ステラは拘束する腕を無理やりほどいて脱出し、身をひねってサフィールの首筋に上段回し蹴りを叩き込んだ。サフィールの体が再び吹き飛ぶ。
起き上がったエメルディの首に突然何かが絡みついた。ロープかと思ったが、その根元がステラの手に握られている。新体操で使われるようなリボンで、手で握る棒の部分にはナックルガードが付いていた。細腕からは考えられない強い腕力でエメルディを引き寄せ、振り回すとコンクリートの柱の角に背中から激突させる。
「ごはぁっ…!!」
ブライドの頑丈さ故に耐えることはできたが、常人なら間違いなく脊椎を粉砕されていたことだろう。ステラは再びエメルディを引き寄せ、今度は膝で腹を蹴り上げ、拳で側頭部を撃って線路に叩き落した。飛び降り、弓を持たない右手を小さな足で容赦なく踏みつける。ゴキリと硬い音がした。
「ぐっ!」
「晴さん!!」
ホームを走ってきたサフィールがステラに飛びかかり、体ごとぶつかって隣の線路まで吹き飛ばすと、受け身を取って着地し晴を助け起こした。
「晴さん、手…!」
「人差し指と親指は無事。弓は引けるわ」
そう言うもののエメルディは痛みに顔をしかめている。折れたのか中指から小指はおかしな方向に曲がり、傍から見てもまともに動かせそうにはなかった。浄化は自分がするしかないか…サフィールがそう考えている間にステラが立ち上がり、手に持ったリボンを振り下ろす。一見細い布製であるそれが、金属製の線路をたやすく切断し、その下のコンクリートを深くえぐった。割れ目の隙間から下の階が見える。
最初にサフィールを叩きのめしたときの足の速さと腕力、細い布でしかないはずのリボンの異常な破壊力を見て二人は悟った。黒い炎はステラの全身体能力を、ブライドとしても常軌を逸したレベルまで強化している。
ステラの視線がサフィールとエメルディをとらえる。その瞬間に二人は後方に大きく跳躍した。ほぼ同時に水平に振るわれたリボンが、二人が座っていた線路を、そしてその下のコンクリートを、さらにホームの一部をも大きくえぐり爆散させる。空間を両断するように、リボンが黒い炎の尾を引いた。
直後、ステラが高速で跳躍。空中にいるサフィールの顔面に向け、リボンの柄を握りこんだ手で拳打を叩き込もうとする。しかしその動きに少しずつ慣れてきていたサフィールは、左腕でその拳を捌いた。
「ってぇ…!」
捌いてなお痛みを伴うしびれが腕に走り、逸らした拳がかすめたこめかみが小さく裂けて血が流れた。だが直撃しなかったことに気を取られたのか、ステラの動きが一瞬だけ止まる。先に着地したエメルディがそこにとびかかり、空中でステラを抱え込むと、着地してすぐにホームの柱にたたきつけた。普通なら激痛で叫ぶか息が詰まる所であろうが、身体能力が上昇しているステラには大した痛みは無かったようだ。
エメルディに強い腕力で押さえ込まれ、ステラの胸の無色透明なジュエルがあらわになる。
「アキラ!」
「任せて!」
エメルディが押さえ込んでいる間にサフィールの方も準備を整えていた。胸のジュエルと右腕のガントレットが青い光を放つ。ガントレットを装備した右の拳を突き出し、サフィールは浄化の光をステラのジュエルに打ち込む。
「ピュリファイア・フラッァァシュ!!」
直撃した拳から光が放たれ、ジュエルを貫いた。そして黒い炎がその周辺に飛び散り……再びジュエルへと吸収された。
「―――え」
《ぐぅぅぅア゛ア゛ア゛―――ッ!!!》
ステラの目がどす黒く染まり、不気味な咆哮を上げた。直後にリボンが超人の動体視力でも視認できない速度で振り抜かれ、二人の肩や胸を直撃する。鉄筋どころか大砲の弾が直撃したかのような威力に、サフィールとエメルディは吹き飛んだ。リボンの一打の強烈な破壊力でジャケットは裂け、両肩のプロテクターが粉々に砕け散り、激突した柱やホームもまた砕けた。ジャケットの裂け目の下には大量の血を吹き出す裂傷が覗く。二人は駅舎の端まで吹き飛ばされ、壁に激突した。エメルディはコンクリートにめり込み、サフィールは倒れた柱の下敷きになっている。
ホームに降り立ったステラの足元で、黒い炎がコンクリートを焼いて溶かし、ヒビが入り砕けていく。温度を伴っていなかったはずの炎が熱を持ち始めたのだ。ゆっくりと歩み寄るステラの体には、ジュエルから溢れた黒い炎が直に纏いついている。まるで彼女を離すまいとしているかのようだった。エメルディは左手一本で体を支えようとしたが、力を入れると胸の裂傷、さらには肩の骨にまでヒビが入ったのか、激痛で上手く力が入らない。それでも何とか立ち上がり、柱の下でうめくサフィールを呼んだ。
「アキラ…アキラ、生きてる?」
「…お……おっけー。全身超痛いけど、生きてる…」
サフィールの方は骨までは負傷していないのか、両腕に力を込めて柱をどけて立ち上がった。腕力はエメルディの方が秀でているが、頑丈さはサフィールの方が勝っているようだ。だが、その表情には焦燥が浮かんでいる。
「まいった…ピュリファイア・フラッシュで浄化できないなんて」
「…一度打ち込んでもすぐに吸収されて元通りに…いえ、今のステラを見る限り強化される。どうする?」
話し合う間にもステラが近付いてくる。
一度では、あるいは一人分では効かないのなら―――
《…二人でほぼ同時に打ち込むしか無いプル。一発目からほんの少しだけズラして、炎が戻る直前に二発目を撃ち込むプル》
「二人でか。晴さん、弓引けそう?」
「何とかね。タイミングさえ作ってくれれば」
《ワガハイがお支えし申すモフ。おハルさん、少しだけ辛抱してくだされ》
エメルディは大弓を突き立て、痛む右手に銀色の矢を出現させた。ペルテがエメルディの左腕…肩の骨にヒビが入り、上手く動かすことができない左腕にしがみつき、全力で治癒をしつつ痛みを抑え込む。
「じゃあ晴さん、タイミングはプルからペルテ経由で伝える。あとはよろしく」
「まかせて」
《アキラ、ピュリファイア・フラッシュの使用回数は一度の変身で二回か三回が良いところプル。最悪であと一回プル》
「失敗は許されないわけだ。…よし、いくか!」
サフィールが駆けだすと、同時にステラも走りだした。正面から激突する直前、ステラが前方に跳んでサフィールの額に強烈な膝蹴りを当てる。硬く鈍い音が響いてサフィールの額から血が流れるが、痛みにのけぞることも無く真正面から受け止め、カブトムシが角で相手を持ち上げるように額で押し返した。ステラは空中でバランスを崩し、着地してすぐに数歩後ろに下がる。そのタイミングを見逃さず、サフィールはつかみかかった。その顔面に鋼鉄の鞭と化したリボンが叩きつけられ、右の瞼の上が裂けて流れ出た血が目に入る。咄嗟に目を閉じるが、当然遠近感を失って掴みかかる手は空を切り、避けようとした蹴りが腹に直撃する。真上から振り下ろされたリボンを避けて右側に跳び、その瞬間にプルがジュエルの内側から治癒の応用でサフィールの右の目に力を送ると、血は瞬時に消えた。だが裂けた傷まではすぐには治せない。
先日のペルドッサのように、自我を一瞬でも取り戻してくれたら…とサフィールは思ったが、その小さな体にまとわりつく黒い炎、すなわち神の呪いが自我まで押さえ込んでいるのか、ステラが目を覚ます様子が無かった。先ほど立てた作戦の通り、二人分の『ピュリファイア・フラッシュ』を撃ち込んで黒い炎が吸い込まれる前に無理やり追い出すしかなさそうだ。
横っ飛びで移動したサフィールに追いすがりながら、ステラは野球のバットを振るようにリボンをサフィールの左の脇腹にたたきつけた。恐るべき腕力とリボンの異常な強度による破壊力で、サフィールの頑丈な体で受けたにもかかわらず肋骨が簡単に砕ける感覚と激痛に、サフィールは血が出るほどに歯をかみしめて耐える。
「んぎぃぃぃッ… でぇやァアアッ!!」
耐えながら、サフィールは渾身の蹴りを放つ。渾身とはいえ激痛のせいでその動きは鈍り、ステラは身をひるがえして避けた。サフィールは蹴り足を引き戻して踏みとどまり、続けて左のアッパーカットを繰り出す。ステラは真下から迫る拳をのけ反って避けた。畳みかけるような右のストレートに対し、ステラがボクシングでいうクロスカウンターの形で出した右の拳が、サフィールの顔面を強烈に打った。サフィールは鼻血を吹き出しながら、今度こそのけ反って数歩後ろに下がった。すさまじい威力に意識が失せかかる。
「アキラ!!」
背後で弓を構えたエメルディの叫びで、サフィールはどうにか意識を保った。直後に真正面から唐竹割の要領でリボンを振り下ろすステラが視界に飛び込む。その瞬間をサフィールは見逃さなかった。
「今だッ!!」
脇腹の激痛に意識を持っていかれないように敢えて叫び、サフィールは前に踏み出す。直撃するはずだったリボンが空を切りサフィールがいた地点のアスファルトを粉砕する。叩きつけられたリボンを右手で、そしてジャケットを左手で掴み、強固なリボンを引きちぎると同時にステラを高々と持ち上げた。その瞬間に背後のエメルディのジュエル、そして弓につがえた矢がエメラルド色の輝きを放った。
「晴さん、お願い!」
「―――ピュリファイアっ……!!」
輝く矢が放たれ、持ち上げられたステラの胸のジュエルに迫る。そのほんのわずか後に、今度はサフィールのジュエルとガントレットが輝いた。
エメルディの矢がジュエルを直撃すると、ステラの体から一瞬だけ黒い炎が吹き出た。それが戻ろうとする間の数千分の一秒だけずれたタイミングで、サフィールの拳がジュエルを直撃した。
「フラァァァァッシュ!!」
サフィールの叫びと共に、二人分の浄化の光がジュエルを貫いた。増強された清めの光に追い出された黒い炎が、ステラの真上に噴出して異形の形相を形作る。巨大な顔はしぶとくステラのジュエルに戻ろうとするが、青と緑の閃光に阻まれて成し遂げられず、今までの浄化の時以上のすさまじい絶叫を上げながら霧散した。ステラの全身から力が抜けて、だらりと両手足が下がる。サフィールはステラの体を抱き留め、エメルディの元まで戻ると、コンクリートの上に横たえた。
《…うん、ジュエルが綺麗になった。もう大丈夫プル》
「よかった…これでまだ呪われてたら泣くわよ、肩の骨とかヒビ入ってるし……あ、思い出したら痛くなってきた」
「やめてあたしアバラ砕けてるんだから思い出させるのやめて」
《何故アバラが砕けて普通に会話できているのだモフ…》
ペルテに呆れられつつ、自分たちこそ痛みに意識を失わないよう耐えながら適当に話を続け、二人はステラが目覚めるのを待った。変身を解かないのは、生身に戻った時に痛みに耐えられる自信が無いからだ。
ふと壁にくりぬかれた窓の穴から外を見ると、すっかり日が沈んで夜になっていた。空は灰色の雲が覆われ、ゴロゴロと雷の音が聞こえる。雨については屋根があるからいい物の、三人の内二人が大怪我を負い一人が気を失った状態で、都心から離れたこの場所から街に戻るのは困難を極めるだろう。ここに泊まって精霊達に傷の治癒を頼む方が安全かも知れないが、もしこの現場の管理者が来たら大変なことになる。たちの悪い輩がここに集まらないとも限らない。気づかない間に詰んだ状況になってしまっているのでは…とサフィールは内心で焦りを感じた。
ふとステラの顔を見ると、その髪をエメルディが優しく撫でていた。
「アキラ、この子『とうさま』って言ってたわね」
「うん。お父さんだよね。お父さんに助けを求めたのかな」
「…だと良いんだけど」
サフィールと違い、エメルディの声には不安が潜んでいた。その声音でサフィールも気づいた…『とうさま』がステラを虐待していたであろう人物という可能性があることに。―――その『とうさま』とは、誰なのか。一抹の不安が二人の胸の内をよぎる。
その一方、二人の体を苛む痛みは限界に達しようとしていた。それぞれが精霊達に治癒を頼んでこそいるものの、その負傷の大きさから遅々として進まず、むしろ痛みを長引かせる結果となっている。動くこともままならずステラの覚醒を待つ二人の額から汗が流れ落ちる。
《アキラ、ハル、やっぱり病院に行った方がいいプル》
「でも…動けないし。このケガ、お母さん達にワケを説明しろって、言われたら…ちょっとごまかすの、無理だし…」
サフィールの息も絶え絶えになってきた。エメルディも苦しそうだ。
「それに、ステラが起きて、最初に見るのが病院の…『大人』だったら…」
彼女がまた、恐怖に怯えてしまいかねない。ここから動くことはほとんどできないが、余計な人間を間に挟むことだけはどうしてもできなかった。傷が治らず痛みも引かないなら、少し苦痛を抑えるだけでいい。二人とも精霊達に敢えてそれを頼んだ。
そうこうしているうちに、ステラの睫毛が小さく震えた。ゆっくりと瞼を開き、ステラは自身の隣にいる二人を交互に見つめた。
「アキラ……ハル……」
「ステラ!」
「大丈夫、ケガはしていない? 頭は痛くない?」
心配して覗き込む二人の方こそ怪我をしている…そう言おうとしたのだが、直後にステラの体がビクリと震えた。頭の中が煮え立つように熱くなり、心臓が大きく跳ねる。呼吸が荒くなり、見開いた眼が虚空を見上げた。その頭の中では失せていたはずの記憶がよみがえり、無数の情報が精神を苛んでいく。それに気づいたサフィールとエメルディはステラの肩や額に手を置き、不安そうにのぞき込んだ。
「ステラ、どうしたの? 大丈夫!?」
「うん……だ、大丈夫。大丈夫だから、二人とも、おちついて…」
そう言うステラの呼吸は収まらない。ともすれば再び気を失いそうに見えた。しかし、ステラは強靭な意思でそれをこらえ……そして、ゆっくりと話し出す。
「思い出したよ。ステラの、本当のおうち」
「家? ステラの家、思い出せたの?」
アキラの問いにこくりとうなずくと、小さな手が上がり、天井を指した。サフィールとエメルディはつられて見上げる。そこには暗い天井か、何かの拍子に崩落した天井から覗く黒い夜空しか無い筈なのだが。
サフィールはここに来る直前のステラの様子、そして読んでいた絵本の場面を思い出した。主人公のお姫様が、集めた宝石を持って天国へと導かれた場面。
「ステラの、 ―――神様の、おうち。空の、上にある」
「―――天国」
サフィールのつぶやきに、ステラは再びうなずいて、手を下ろした。
「ずっとそこにいたの。そして神様に育てられた…いつか生まれるジュエルを、壊すために」
生まれるジュエル。契約のために少女の元に届いたものではなく、恋心から生まれた、この世界で唯一の宝石である『エターナルジュエル』…つまりサフィールの胸に輝く青いジュエルのことだろう。
窓の外では雨が降り始め、すぐに風も吹いて豪雨となった。天井の穴から雨水が降り注ぎ、雷鳴がとどろいて、迸る稲妻が黒い空を照らす。荒れ狂う黒い空は、神がブライド達…特にサフィールのジュエルに向けているであろう殺意を現しているかのようだった。
―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第六話「Bless the child」END〉―――
日々これ満身創痍な主人公、協力者が増えたにも関わらずまたしても満身創痍。完結する頃までに無事でいられるのかどうか。
面白いと思っていただけたらポイント、感想、ブクマ等よろしくお願いいたします。




