ハッピーウェディング②
誓いの言葉で、牧師は梅子とハルの名前を呼んだ。
そのことが気に掛かった梅子が、どうしてなのかハルに尋ねると……。
牧師のお爺さんがコホンとひとつ咳払いをして、ドラマなんかでよく見る誓いのシーンが始まった。
わたしはどうしていいか分からないままにも、とりあえず前を向く。
「弥生ハルさん」
「あなたは弥生梅子さんを妻とし、神のお導きにより夫婦となろうとしています」
「汝、健やかなる時も病める時も……」
あれれ?
今、牧師さんはわたしたちの名前を言わなかった?
リハーサルなんだから、ここは千明ちゃんと矢島さんの名前じゃないのかな。
「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
ハルは真っすぐに前を向いて、何の淀みもなく答えている。
「弥生梅子さん」
「あなたは弥生ハルさんを夫とし、神のお導きにより……」
次はわたしの番だ。
違和感が拭えなくて、わたしはハルにそっと聞いた。
「……ねえ、これって千明ちゃんとこのリハーサルなんだよね?」
「わたしたちの名前でいいの?」
そこで初めて、ハルはわたしを見た。
その顔は、妙ににんまりとしている。
「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
牧師さんは、わたしに聞いている。
わたしはどう答えたものか分からなくなって、助けを乞うようにハルを見た。
「さ、梅ちゃん」
「聞かれてるよ?」
「え?」
「だから、俺を夫として、真心を尽くすのかって」
「え? だってこれって……」
「千明さんのリハっていうのは、実は嘘なんだよねぇー」
「これは、俺たちの結婚式なの」
「えぇぇぇ~~!?」
ハルは満足そうに笑うと、またさっと前を向く。
牧師さんも微笑みながら、わたしが答えるのを待っている。
「どうする?」
「俺の……オオカミの妻になるのは怖い?」
ハルの言葉に触発されたみたいに、わたしの頭の中を様々なシーンが駆け巡った。
ハルと一緒に過ごしてきた時間、数えきれない思い出が走馬灯のように流れていく。
自分がお母さんの子どもじゃなかったと知ったあの日。
雨の日の公園。
笹川さんのことでケンカした夜。
明け方の丘でキスしたこと。
わたしをくれと、笹川家で土下座してくれたこと。
赤ちゃんが出来たって聞いて、泣いて喜んでくれたこと……。
いつもわたしを怒ってばかりで、でもうんと優しくて。
温かくていい匂いがして、いつもわたしを包んでくれる。
わたし、そんなハルの……。
「どうする?」
「今ならまだ止められるよ?」
「や、止めない!」
「わたし、誓いますっ!」
涙と鼻水で、わたしの顔はぐしゃぐしゃだ。
そんなわたしを見て、そうこなくっちゃねとハルは目を細める。
それから指輪の交換。
いつの間に用意したのか、指輪はちゃんと2つある。
「びっくりした?」
「こっそり用意するの、大変だったんだぞ」
わたしにはめる指輪を手に、ハルは言う。
「びっくりしたに決まってるじゃない」
「はは、だったら成功だな」
そう言うハルは、優しい顔をしていた。
「俺さ、ずっと考えてたんだよ」
「梅ちゃん、昔っからいろんなこと我慢してきただろ?」
「俺が、こんな感じだからさ」
「だから、結婚式くらいはちゃんとやりたかった」
「梅ちゃんのウエディングドレスも見たかったし」
そんなこと言われると、またうるうるしてしまう。
涙をこぼさないように注意して、今度はわたしがハルに指輪をはめた。
「前にさ、ちょっと考えたことあったろ?」
「え?」
「母さんたちが、何で俺と梅ちゃんを兄妹として育てなかったのか」
「その理由、今なら分かるような気がするよ」
「それって、この日のためだったのかもな」
「ばあちゃんたちは、分かってたのかもしれない」
「俺と梅ちゃんが、こうなるってこと」
「そうなってほしいと、思ってたのかもしれないけど」
霞むように見えていた景色が、急にクリアになる。
ハルがわたしのベールを上げて、そっと唇にキスをした。
今までで一番、素敵なキス。
「梅ちゃん」
「これからもよろしくね」
ハルは、まるで少年のようにはにかみながら笑った。
わたしも負けじと、自分の中で一番の笑顔で応じる。
牧師さんの方に向き直ると、彼は厳粛な顔をしていた。
そして、一言。
「おめでとございまーす」
「だいせいこー!」
そのたどたどしい日本語を合図に、背後からわっと歓声が上がった。
「おめでとーー!!」
驚いて振り返ると、どこに隠れていたのか見慣れたみんなが拍手をしてくれていた。
千明ちゃんと矢島さん、モッコさん、タローくん。
梶原のおばさんに、商店街のみなさんもいた。
「梅子ちゃん、めちゃくちゃ綺麗だぞー!」
いつかわたしが喝を入れた鮮魚店の勝次さんは、なぜか大泣きしながら笑っていた。
「ほんと、すっかり騙されちゃった……」
少し恥ずかしいのと嬉しいので胸が一杯になって、祝福してくれるみんなを見回した。
その一番後ろ、さっきハルが座っていた辺りに、わたしは懐かしい顔を見付ける。
お母さんとおばあちゃん。
2人とも穏やかに微笑んで、みんなに混じって拍手をしている。
つい瞬きをしてわたしの目からまた涙がこぼれた時には、もう2人の姿は見えなかった。