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夏祭りと告白②

夏祭りの当日、屋台でトウモロコシを焼き、瀕死状態のハル。

彼を訪ねた梅子はいつもと違う浴衣姿で、ハルに衝撃の告白をする……。

蒸し暑さを感じるも、夜風が気持ちのいい晩だった。

毎年恒例の夏祭りが、今年も賑やかにスタートした。


商店街は歩行者天国となり、道の両側に各店こだわりの屋台が並ぶ。

鮮魚店の勝次さんは、宣言通り今年はサバサンドを売ることにしたようだ。

若い人を中心に、売れ行きはよさそうだった。


かき氷を売る店、水風船のヨーヨーや、綿あめ。

通りには夏祭りらしい、楽しい空気が流れている……。


そんな空気を味わう暇もないのが、その一角でトウモロコシを焼いている俺である。

リンゴ飴を手にした子どもが数人、さっきから店の前に突っ立って俺を見ている。


「あの、何?」

「ねえ、それ本物なの?」


苦笑いをして尋ねると、1人が俺を指さす。


「バッカじゃねー?」

「あんなの、マスクに決まってんじゃん」

「オオカミがトウモロコシ焼くなんて、意味分からな過ぎだろ?」


友達に言われ、そうだよなーとみんな顔を見合わせて笑っている。

最近の子どもは、本当に容赦がない。

やがて嘘っぱちのオオカミに飽きた子どもたちは、別の屋台に走って行った。


やおまさのトウモロコシは、本当によく売れる。

焼いても焼いても、まったく終わりが見えない。


店を始める前に、正治さんがニコニコしてやって来た。

大きな段ボール3箱を、台車で運ばせて。

そこにトウモロコシがぎっちりと詰め込まれていることは、疑いようもない事実だった。


「大変だろうけど、いっちょ頼むわ」


俺に頭を下げると、正治さんは痛む腰を擦りながら帰って行った。

こうなりゃ、もう焼いて焼いて焼きまくるしかないのだ。

オオカミの根性を、見るがいい!


「あっつぅー」


そんな俺の根性も、段ボール半箱分のトウモロコシを焼くころには折れかけていた。

夏の焼き場は、本当に暑い。

俺なんかはプラス毛皮1枚なので、なおのこと暑い。


頭に巻いたタオルは、とうに汗でぐっしょりとしている。

トウモロコシをひっくり返す時には、腕の毛がチリチリと焼けた。

正治さんが毎年これをやっていたと思うと、頭が下がりまくって仕方がない。


熱中症でぶっ倒れてはいけないと、水分補給はこまめにしている。

もう何本も水のボトルを空けているけど、汗をかくせいで不思議とトイレに行きたくはない。


「ハルくん、ちょっと休憩しろや」


どれくらい経った頃だろうか、勝次さんが交代を申し出てくれた。

自分の屋台は、しばらくは息子に任せておけるらしい。


「助かったぁ~」


俺は安堵すると、屋台店主の休憩所になっているテントに座り込んだ。

スマホを確認すると、10分ほど前に梅ちゃんからメッセージが届いていた。


『もう出掛けるよ』

『今もお店にいるの?』


おそらく、梅ちゃんはもうじきここへやって来る。

俺は、すぐに返信をした。


『今、休憩中』

『休憩用のテントにいるよ』


きっと彼女は、ワクワクした顔をしてやって来るだろう。

それに付き合えるだけの気力が自分に残っているか、俺には分からなかった。


「あっ、いたいたー」

「お待たせー」


手を振り振りやって来た梅ちゃんは、いつもとはずいぶん違った。

たくさん食べたいからと、いつもは緩めの短パンで出掛けることが多い。

そんな彼女が、今日は浴衣を着ている。


「どうしたの、それ……」

「どう、似合う?」


紺色に朝顔のあしらわれた浴衣は、実際とてもよく似合っていた。

こうやって綺麗な格好をして大人しくしていると、うちの奥さんもなかなかのものだ。


「うん、似合ってるよ」

「でも、浴衣なんてどうしたの?」

「梅ちゃん、着付けなんて出来ないだろ?」


下駄をカラカラと言わせて、梅ちゃんは俺の隣に腰掛ける。


「モッコさんが着せてくれたんだよ」

「モッコさん……なるほどねー」


お店を経営しているモッコさんは、和服姿で出勤することもある。

着付けの技術があったとしても、何の不思議もない。


「これ、お店のイベントで着てる浴衣なんだって」

「へぇー」

「でも何で急に浴衣なんて」


今の質問は、ちょっと野暮ったく聞こえた。

素直に可愛い、似合うよだけでいいじゃないか。

いかんいかん、疲れてつい余計なことを口走ってしまった。


「わたしも最初は迷ったんだよね」

「でもさ、来年は浴衣なんて着る暇ないわよーってモッコさんが言うから」

「なるほどなーと思って着せてもらっちゃった」


「これからお腹も大きくなるし、タイミングよかったわねーとも言ってたよ」

「へぇー」


梅ちゃんがニコニコして話すのを聞きながら、俺はまた水を飲んだ。

ん? 待てよ?

何か、引っ掛かることがあったような。


「梅ちゃん、何で来年は着る暇ないんだよ」

「お腹がどうとかって、それも何?」

「何って、それは……」


梅ちゃんは、急に真顔になって俺の顔をじっと見た。

その視線が妙に耐えがたくて、俺はまた水を口に含んだ。


「それは、赤ちゃんが出来たから」

「ブーーーーーーーーーーーーーッ!!」


口の中の水は飲み下されることなく、盛大に噴き出された。

そこから慌てて息を吸ったもんだから、むせにむせる。


「ゲホゴホッ、ゲホッ!!」

「何だそれ、聞いてないぞ!」


「あ、そうだっけ?」

「だってハル、ここ数日お祭の準備でずっと忙しそうだったから……」

「何か、言うタイミング失っちゃって」


あははーと、梅ちゃんは他人事のように笑っている。


「着付けのことがあるから、モッコさんには言ったんだよね」

「だから、今もあんまりお腹は締め付けてないよ?」


「いや、それはそれでいいんだけど」

「そういう大事なことは、普通一番に俺に言うでしょうが!」

「旦那である、俺にー!」


「そうだよねぇ」

「ごめんね」


相変わらずののほほん顔で、梅ちゃんは笑っている。

これじゃ、ひとりで大慌てしてるのがバカバカしくなってくるじゃないか。


「ねえ、ほんとなの?」

「その、妊娠したっての……」


俺は彼女の肩を抱き、食い入るようにその顔を見つめる。

梅ちゃんは、にんまりと笑った。


「本当だよ」

「ちゃんと、病院でも確認してもらったし」

「ハル、来年の春にはお父さんになるんだよ」


子どもが出来なかったとしても、それはそれでいいと思っていた。

梅ちゃんと2人で仲良くやっていけるなら、それでいいんだって。


それでも、次に春がやって来る頃には家族が増える。

そのことを知って、びっくりするほどに俺の胸は締め付けられた。


「う、うううぅ」

「嬉しい……」


気付けば、俺は涙をぼたぼたと流して泣いてしまっていた。

梅ちゃんも目の端に涙を溜めて、やっぱりにっこりと笑っていた。


人目もはばからずに抱き合う俺たちに、周囲の注目が集まる。

やがて交代を知らせに来た勝次さんに懐妊のことが知られ、その話はあっという間に広まった。

勝次さんも、梶原のおばさん並みにお喋りなのだ。

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