いざ、お泊り旅行へ③
旅館で、至れり尽くせりの時間を味わう2人。
食事もお風呂も終わって、ついに2人は……?
夕食は、文句なしに素晴らしかった。
時間通りに仲居さんが食卓のセッティングを始め、座卓はみるみるうちに豪華な料理でいっぱいに。
食事の支度を担っている俺としては、任せっ放しでいいのかと何度も腰が浮き掛けた。
「わー、本当にすごいねー!」
華やぐ食卓を前に梅ちゃんは感激し、あちらこちらからスマホで写真を撮っていた。
そのうちに待ちきれなくなって、俺の隣に正座する。
「いただきまーす!」
小鉢に盛られた前菜、茶碗蒸し、刺身などなど……。
梅ちゃんと並んで食べ始めた料理はどれも美味しく、感動した。
いつも品数を増やそうと四苦八苦する自分を思い、こんなにいろいろ用意してくれた料理人を拝み倒したい気分だった。
ふと隣を見れば、梅ちゃんもニコニコしながらせっせとご飯を食べている。
彼女とこうして並んで食事をするなど、もうずいぶんなかったことだ。
並んで座るのはカップル座りだというのを、後で梅ちゃんが教えてくれた。
「あー、もう無理」
「お腹破裂しちゃうー」
食後、いつもと大して変わらない様子で、梅ちゃんは満足そうにお腹を擦っている。
しっかり食べ尽くした食卓は、今は綺麗に片付けられている。
「ねえ、先にお風呂入って来たら?」
「わたし、まだお腹苦しくて無理なの」
梅ちゃんがそう言うので、俺は先に客室露天風呂に入ることにした。
バルコニーの一角にある風呂の解放感は半端なく、ついつい長風呂をしてしまった。
少しのぼせながら梅ちゃんが浴室に消えるのを見送った直後、俺のスマホにメッセージが届いた。
相手は、千明さんだった。
『そっちはどう?』
『うまくやってる?』
『もうはっちゃけた? それともこれから?』
何でいちいち報告せにゃならんのだ。
おかげさまで楽しんでいますと、俺は当たり障りのないメッセージを返す。
『ところで、コレ見てみ』
次のメッセージには、画像が付いて来た。
かなりアダルト感の漂う、黒い下着。
「な、何じゃこれ……」
顎に手を当てて俺が絶句してると、すぐに次のメッセージが送られてくる。
『ハルくんに餞別渡したから、梅子にもあげたのよ』
『旅行中に履きなさいって』
「!!!」
な、何だとぅーーーーー!!
基本的にはパステルカラーが多い梅ちゃんの下着。
履き心地がいいからって、綿のやつを履いてる時すらあるってのに。
これはどう見ても、背伸びし過ぎだろうが……!
カコッと音が鳴って、千明さんからの追加メッセージが届く。
『追伸:サイドのリボンを引くと、簡単に脱がせられるよ♥』
ちょ……もう無理。
俺はいろんな意味で耐えられなくなって、スマホを伏せた。
そこへタイミングよく、梅ちゃんが戻って来る。
「見て見て」
「こんなカワイイ浴衣が用意してあったよ」
薄ピンクの花柄に黄色の帯という浴衣をまとい、梅ちゃんはくるんと回ってみせた。
よせよせと自分を戒めるも、ついつい視線は彼女の腰より下に集中してしまう。
さっき送られてきた画像の、あのセクシーな下着。
紐でサイドを縛っただけのあの危うい代物が、彼女のそこにあるというのか……?
「どうかした?」
「顔が赤いけど、まだのぼせてるの?」
梅ちゃんが俺の隣に座り込む。
いけない、この距離は危ない。
いや、危ないって何だ?
そもそも、彼女は俺の奥さんなんだ。
今さら、何を我慢しなくちゃならない?
「梅ちゃん」
俺は彼女の名前を呼び、抱き締めた。
頭は妙に冴えている。
俺に抱き締められた梅ちゃんは、手の中のヒヨコのようにじっとしていた。
こうなることを、きっとどこかで予想していたんだろう。
そのまま俺がキスをしても、抵抗しなかった。
「ハル……」
梅ちゃんの髪はまだ濡れていて、体も熱い。
腕で包み込んだ彼女に少し潤んだような目で見上げられ、張り詰めていた糸が切れた。
襖の向こうにあった、並べて敷かれた布団。
今はそのひとつの上で、俺は梅ちゃんを見下ろしている。
帯をほどかれ、生身が露わになった梅ちゃんが、布団に横たわっている。
入浴の後、梅ちゃんはブラは付けない。
そこにあるのは、こんなになってからはほとんど直に目にしたことのない胸の膨らみ。
そっと触れると、ほどよい弾力が手を押し返してくる。
緩くカーブを描いて脚に続く腰は、細くてしなやかな印象だった。
食事をして少し膨れたお腹の中央に、小さなおへそがある。
そしてその真下には、例の黒い下着だ。
実際に見るそれは、画像の物よりずっと艶めかしく感じられた。
きっとそれは、梅ちゃんが身に着けているからに他なかっただろう。
サイドの紐を引けば、さらにその先を見ることが出来る。
しかし、そんなに性急にコトを進めてもいいものか迷った。
何より今この時間をもっとじっくり楽しみたい気持ちがあって、俺はそんな自分に従う。
彼女が怖がらないように、ゆっくりと体を寄せる。
唇にキスをして、首筋、胸へとその場所を移していく。
梅ちゃんは何も言わない。
ただ時おり、呼吸を思い出したかのように、はあっと息を吐く。
そこに混じって吐き出される声が、また俺を興奮させる。
家とは違うシャンプーの匂いが、絶え間なく鼻腔を刺激する。
彼女の体温に温められて、あらゆる香りが立ち昇ってくる。
「ハル……どうしたの?」
ふっと顔を上げて止まった俺を、梅ちゃんが見上げる。
髪は乱れ、汗ばんでいる。
「いや、何だろ」
「何か、焦げ臭いような」
焦げ臭い? と、梅ちゃんは眉根を寄せた。
俺たちは煙草は吸わないし、そもそも、ここは全室禁煙のはずだ。
「……ごめん、気のせいだったみたい」
しまった、少し場が白けたんじゃないか?
俺のバカバカ、ちょっと気になる臭いくらい、無視すればよかったのに。
いや、心配することはない。
まだまだリカバリーは出来るはずだ……。
もう一度梅ちゃんにキスをすると、俺はとうとう、例の紐に手を掛けた……。
「お客様!!」
「お休みのところ申し訳ありません!」
切羽詰まった声が、ドアのノックと共に部屋の外から聞こえた。
まだ浴衣を着たままの俺は、起き上がってドア越しに応対した。
「大変申し訳ありません」
「実は、ボイラー室の方で火災がありまして……」
「ええっ!?」
「おそらくこちらまで被害はないと思いますが、念のためにお荷物を持って避難していただけますか?」
「あ、は、はい!!」
俺にそう告げると、仲居さんは足早に他の部屋に向かって行った。
それからはもうてんやわんやという感じで、俺はすぐさま梅ちゃんの帯を締め、荷物をまとめて部屋を出た。
時刻は既に12時過ぎ。
俺たちは新しい年を迎えていた。
*
「何だそりゃ、あは、あははははははっ」
お土産の饅頭を頬張りながら、千明さんは爆笑した。
頭の中に、火事を眺めて呆然とする俺の姿が浮かんだらしい。
実際にはそんな感じではなかったけど、確かに、呆然とはした。
「火事で始まるなんて、今年は何だか縁起が悪い気がするよ……」
「そう?」
「けっこうドタバタしたけど、なかなかない体験だったじゃない?」
梅ちゃんは笑うと、自分の買った饅頭をひょいっと掴んだ。
それを口に入れてにまっと笑った彼女を見ると、何だか本当にそんな気がしてくるのだった。