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オオカミ大家のハルくんは今日も仕事が忙しい!  作者: エタミケイ


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特別じゃないけど寒い夜

雪が降ると予報の出たある晩。

一緒に寝るようになっていた梅子とハルは、その日もいつも通りの夜を過ごすはずだったが……。

「あー、寒!」


冬場の洗濯は辛い。

俺は洗濯物が飛ばされないようにしっかり物干し竿に固定すると、冷たくなった両手を擦り合わせる。

毛皮があったって、寒いものは寒い。


高級旅館で初めての夜を迎えるはずが、火事でそれもおじゃんになってしまった。

あれから何もないままに、俺たちは2月を迎えていた。


もちろん、仲が悪いってわけじゃない。

いい雰囲気になればキスだってする。

だけどなぜか、その先にはなかなかいかない。


梅ちゃんにその気がないのか。

はたまた、20年以上を幼馴染として過ごしてきたツケなのか。

その理由は分からないけど、一向に何もないままだった。


そのうちにそういう状況にも慣れ、焦ったりする気持ちも今はない。

おいおい、初めての前に早くもレスか?

自分の中からそんな声もするけど、気にはしない。


俺は梅ちゃんが好きで、梅ちゃんも俺が好きで。

それが確かなら、今はそれでいい。


「今夜から雪だってー」

「どうりで寒いわけだね」


その晩、食堂のTVで天気予報を見ていた梅ちゃんが、俺を見て言った。


「こんな日なのに、みんな出掛けてすごいね」


金曜日のこの日、タローくんは飲み会でオールの予定。

モッコさんは出勤で、千明さんも編集さんと食事に行った。

寒い寒いとうちに籠っているのは、俺と梅ちゃんくらいのものだった。


「冷えるなら、風呂熱めにしとくか」

「賛成ー!」


こうして、ななし荘で2人きりの夜が始まる。

とはいえ、こういうことはよくあるので、特にそれがどうとかいう段階でもなくなってきていた。


先に風呂から上がった梅ちゃんは、寒い寒いと俺の部屋に駆け込んで来る。

年明け頃からか、彼女は俺のベッドで寝るようになっていた。


「お湯が熱いうちに、早く入っておいでよ」


梅ちゃんにそう言われ、俺はやりかけの家計簿ソフトを閉じて風呂場に向かった。


*


やはり俺も、寒い寒いと部屋に駆け込む。

頭の毛は、まだしっとりと濡れている。


「乾かしてあげる」


ドライヤーを片手にした梅ちゃんに誘われ、俺はベッドに腰掛けて毛を乾かしてもらう。

子どもの頃はよく、俺がこうして彼女の髪を乾かしたものだった。


「昔は、俺がよくやったよな」

「え? 何?」


ブオオオーッというドライヤーの音に、俺の声はかき消された。

何でもないと言った俺に、彼女はふうんと応じた。


それからは、まったくいつも通りだった。

俺はやりかけの家計簿を再開し、彼女はベッドでゴロゴロして雑誌を読んでいる。

まったく、いつも通りの夜だった。


トイレに行った俺が戻って来た時、梅ちゃんは既にベッドに潜り込んでいた。

寒いのか、首まですっぽりと布団を被っている。


「おー、降ってきたわ」


部屋のカーテンをめくって外を見ると、大きなボタン雪がちらちらと舞い始めていた。

きっちりと閉めた窓越しにも、外の冷気が伝わってくる。


梅ちゃんは、何の返事もしなかった。

壁の方を向いて、もう寝てしまっているのだろうか。


起きてたって、寒いばかりだ。

俺はそう思い、寝ようと思った。


2人で寝るようになって、ずいぶん経つ。

初めこそドキドキしっぱなしで眠れなかったけど、今はほどよくリラックス出来ている。

特にこんな寒い晩は、お互いの体温が心地いい……。


俺は、ベッドの片方、自分がこれから体を滑り込ませる辺りの布団をめくった。

何気なく、梅ちゃんの隣に体を横たえる。


「ん?」


何か、何か変だ。

いつもと違う。

いや、そもそも、布団をめくった時から何かおかしくなかったか?


違和感を感じ、俺は体を起こす。

そしてもう一度、布団をめくってみた。


「……寒いよ」


そう言った梅ちゃんは、布団の中で裸だった。

めくった布団の先には、ただ下着を履いただけの彼女の体がある。

大晦日に垣間見た、あの柔らかく温かな体。


「……何で?」

「何でってことはないんじゃない?」


梅ちゃんは、俺に背を向けたままだ。

その声は、落ち着いている。


「別に……特別な日じゃなくたっていいでしょ?」

「ハルは、ダメなの?」


「ダメかって?」

「ダメなわけない……」


そう答えたものの、あまりの予期せぬ展開に俺はフリーズしかかっていた。

オスってやつは、ラッキーであれアクシデントには弱いらしい。


梅ちゃんは、ころんとこちらに寝返りを打つ。

そこを隠すように押し当てられた手で、胸にははっきりとした谷間が出来ている。


「する?」


少し困ったような顔で、梅ちゃんは聞いた。

それに対する答えは、ひとつしかなかった。


梅ちゃんの匂い、胸の柔らかさ、少し冷たく感じる唇。

初めてじゃないけど、まるでそうであるかのような感覚が押し寄せてくる。


油断していると、息を吐くのも忘れそうだ。

それは彼女も同じで、時々苦しそうに息を漏らしては、俺の下で体をもぞもぞと動かしている。


「暑い、脱ぐ」


寒いはずの夜。

寝間着のTシャツを脱ぎ捨てた時、ベッドサイドに置いてある写真立てが目に入った。


子どもの時の俺と梅ちゃん、母さんとばあちゃんの4人で撮った家族写真。

少し迷った後で、俺はそれをゆっくりと伏せた。


*


いつもより明るい光の中で、目が覚める。

外ではきっと、雪がいくらか積もっているに違いない。

これは、そういう明るさだ。


ベッドの中で腹這いに体を起こすと、目に入った置き時計はもうすぐ9時を指そうとしている。

梅ちゃん以外が不在とはいえ、ちょっと寝坊し過ぎたかな。


「んん……ハル……」


隣で寝ている梅ちゃんが、もぞもぞと動いて何か言った。

今はそれこそ、一糸まとわぬ姿ってやつで。


「何?」


初めての夜が明けて迎える、初めての朝。

何だか少し、くすぐったい気がするのはなぜだろう。

見慣れた梅ちゃんの顔も、今までになく愛おしい。


「ハル……」

「うん?」

「……お腹減った」


まったく、ムードの欠片もない。

これでこそ梅ちゃん! って気もするけど。


呆れた俺の傍らで、彼女はむくっと体を起こす。

すぐ目の前には、剥き出しになった柔らかな膨らみ。

俺の両手は、まだその感触と温度を覚えている。


「あれ、倒れてるよ」


梅ちゃんが言うのは、ベッドサイドの写真立てのことだ。

半身を起こした彼女の体を見ながら、俺は言った。


「俺が昨日伏せたの」

「どうして?」


「どうしてって……」

「何か恥ずかしいじゃん……母さんとばあちゃんの前でってのは」

「そう?」


梅ちゃんは不思議そうな顔をして、再び写真立てを起こした。

そして、その前で恭しく両手を合わせる。


「お母さん、おばあちゃん」

「わたしとハルは、無事に一線を越えることが出来ました」

「止めてよ、そういう報告は……」


俺が口を尖らせると、梅ちゃんはいたずらっぽく笑った。

布団に潜り直すと、俺にぴったりと体を寄せる。


「ねえ、お腹空いた」

「またかよ」

「何が食べたいの?」


「チーズインハンバーグ」

「何でそういうチョイスするかな」

「えー、ダメなの?」


「……夜でもいい?」

「オッケー!」


布団の中でじゃれ合いながらの、そんな会話も楽しかった。

雪が積もって寒くて、それでいて温かな朝だった。

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