ウヴェーリの村
朝靄のなか、借りた靴が雪を踏みしめる音が鳴る。
中は動物の毛で保温効果があり、外側は藁でできている、防寒に最適な靴だ。もっと雪が深くなると、日本で言うところのかんじきのようなものを使って、雪でもはまらずに歩いて行けるような道具もあるそうだ。しかし、いまの雪の状況ならば、この程度で大丈夫だろうと、クリメントが貸してくれた。
結希の前方で、先導して歩く白銀の背が揺れる。寒さも感じさせず無言で歩くキールの後に従う。
「き、キール……」
「あと少しだ」
そういったきりまた黙ってしまう。結希もなにも言えなくなり、ただキールの後ろ姿を見ながら歩くことしかできない。結希はなぜ今この状況になっているのか、先ほどのキールとの会話を思い出していた。
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「アンタは、ウヴェーリが本当に怖くはないのか?」
少し離れたキッチンに、朝食の準備を行うクリメントの姿が見える。しかし、こちらを気にしているようすはなく、作業に集中している。キールの声も潜めたものであるため、聞こえはしないのだろう。
突然の問いに、暖炉の前で、膝の上に再び眠ってしまったアンナの頭を撫でながら、結希は目を瞬かせる。
「怖くは、ないよ」
キールを見ている分には、怖いという感情は全くといっていいほどない。正直にそう告げると、キールは息をつき、おもむろに窓の外を見た。雪はもうだいぶ前に止み、今では空から日がさしている。雪に反射され、家のなかまで白くあかるい。キールの横顔が白く照らされている。
「そう、か……。アンタなら――」
言いかけて、口をつぐむ。何なのだろうか、様子のおかしなキールに声をかけようとすると、キールの方から先に口を開いた。
「ウヴェーリの村を、見るか?」
「……ウヴェーリの村?」
全く予想だにしていなかった問いかけに、呆然としていると、ああ、とキールは頷いた。
「ウヴェーリだけがすむ隠れ里が、この北の森にはあるんだ」
「ウヴェーリだけの村……」
隠された村、だというのならなぜ……。
「どうして、人間の私にそんな大切なこと……」
「なんで、だろうな。……アンタなら、アンタなら人間側からだけでなく、オレ達の立場からも見てくれるんじゃないか、そう思ったからだと思う」
キールが真直ぐに結希を見る。それは決意を固めた者の目だった。結希も決めなければならない。しかし、ただのちっぽけな一人の人間である自分にいったい何ができるというのだろう。俯き黙り込む結希の考えを見透かすように、キールはそっけなく答える。
「別に、なにを期待しているわけじゃない。なにかをしてもらおうとも思っていない。ただアンタには、ウヴェーリという者たちがこの世界に生きているということを、知っていてほしい。そう感じた」
いま思う素直な言葉なのだろう。それは強く結希に響いた。まるでそれは消えゆく種を覚えていてほしいとも言われているようで少し怖かったけれど、断ることなんてできなかった。
「――わかった」
ウヴェーリという者たちを目に焼きつけよう、キールについて行くことに決めた。
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「着いたぞ」
脚をとめたキール。その声で、意識が浮上する。目の前には、こじんまりとした小さな獣の集落があった。大小様々な洞窟がそこかしこにある。その中でウヴェーリ達は暮らしているのだろう。洞窟内でちろちろと小さな炎の灯りが見えた。世界を拒絶するように閉鎖的な空間。息を殺した気配だけが伝わってくる。炎の灯りのほかに、小さな二つの光がそこかしこで見られる。それは、洞窟内からの複数の視線だった。
「ここで、待ってろ」
「え、き、キール!」
それだけ言い残して、キールは一際大きな洞窟内へ入っていく。結希はその背を見ながら、所在なげにあたりを見回した。本当に、洞窟以外はなにもない。
ただ、遠くの方から、川のせせらぎの音だけが聞こえる。一分ほどすると、あの洞窟内の二つの光が消え、だれかの視線も感じなくなった。そのことにほっとしつつも、いまだ帰ってこないキールを待つ。随分と手間取っているようだ。いきなり敵視している人間がくればそういう反応になってもしかたないと思っていると、
「えっ?」
水がはじけた音が聞こえた。




