負け犬の奸計
オルドとセドリスの決闘が行われた『リザーウドの林』は、一種独特の雰囲気に満ち、誰もが驚きを持って相対する両者を見つめていた。
いや、正確にはセドリスと、その対決者であるオルド――の使い魔を、である。
スケルトンにしか見えないオルドの使い魔に剣を突き付けられ、未だ敗北宣言はなされていないが最早雌雄は決している。
攻撃手段である杖さえも破壊されてしまったセドリスには、降参する選択肢しか残されてはいなかった。
「……嘘だろう? あの無能がセドリスに勝っちまいやがった」
「やっぱ魔神の曾孫ってのは伊達じゃないってことか?」
「え、まぐれじゃねぇーのか? セドリスの魔法、何か調子悪かったみたいだし」
すでに勝負はついたものとして外野は無責任にざわつき始める。この現状では仕方ないが、それでもセドリスに苛立ったように杖を握る拳を震わせた。
「こんなはずはねぇ。こんなことはありえねぇっ! 俺があんな無能野郎に負けるわけがねぇっ! こりゃあインチキだっ!」
そして響き渡ったのは、敗北宣言ではなく負け犬の遠吠えともとれる謂れのないオルドへの非難だった。
いや、そのぎらついた目を見れば、セドリスは紛れもなくオルドの勝利をインチキだと決めつけているのだろう。
まぁ実際に何もしていないオルドとしても、この勝利はほとんどインチキのようなものだと自覚しているのだが。
「インチキ? それはどういうことかね、セドリス君」
勝負が決まったと思っていた矢先に、突然劣勢だった方が喚き出したのだ。立会人のロビソーは驚いたように首を傾げた。
あるいはこれが単なる一般生徒の叫びであれば負け惜しみだと流したのだろうが、他ならない魔法科首席のセドリスの言葉だ。
彼の外面のよさしか知らないロビソーは、セドリスの言い分を聞いてみようと思ったのかもしれない。
「はい、先生。彼は僕が知る限り一切の魔法が使えない問題児です。そんな彼が使い魔を使役しているだなんてありえません」
「魔法が使えない? ふむ、そうなのかね?」
セドリスの言葉の確認をとるように、ロビソーは居並ぶギャラリーたちを見渡した。無論、みんなセドリスの味方だ。当然のように首を縦に振る。
いや、たとえ中立の立場だったとしても首を縦に振っただろう。なんせオルドが魔法を使うことができないことなど、学園のほとんどの者が知っている。
知らないのは非常勤講師であり、あまり生徒と関わらないロビソーぐらいだ。
「……そうなのか?」
「……えっと、はい」
だから最終確認をとるようにロビソーに見つめられ、オルドも頷くほかなかった。オルドが魔法を使えないのはその通りなのだから。
「第一、おかしいではないですか。彼の使役しているのは、明らかに通常のスケルトンではない。あんなに強くて速いスケルトン、いませんよ」
「ふむ、おまけに喋っているしのう」
勢いづいてさらに言い募るセドリスに、ロビソーも違和感を強めたのか不信そうにオルドとルベアを交互に眺める。
「オルド君。一旦、そのスケルトンをセドリス君から遠ざけなさい」
「え、あ……はい」
いくら追い詰めていても、セドリスが「参った」と言っていない限り勝負はついていない。オルドとしても納得いかなかったが、立会人に言われては仕方ない。ルベアへ下がるように目で訴える。
「……」
ルベアは何か言いたそうに肩を落とし、首を傾げる。しかし結局は何も言わず、剣を引いて自身も軽やかにセドリスから離れた。そして、オルドの傍らへと移動する。
「先生。彼はおそらく、僕に何度も決闘で敗れるのが嫌で誰かが使役している魔物を借り受けたのでしょう。彼の親族には有名な冒険者が多数いますから」
「ほう。うーん、オルド君。疑うわけではないがそのスケルトンが君の使い魔であるという証拠はないのかね?」
セドリスの言葉を受け、「疑うわけではない」と言いながらも随分と疑わし気な目を向けてくるロビソー。これにはオルドも困ってしまう。
なんせ彼らの言うように、ルベアはオルドの使い魔ではない。証拠なんてあるはずがないのだ。
「しょ、証拠ですか? どうすればこのスケルトンが、俺の使い魔だって信じてくれるんでしょうか?」
「うーむ。そうだのう……」
とは言え、ロビソーの方にしてもオルドが何をすればルベアが使い魔であることの証明になるのか考えていなかったようだ。悩まし気に首を傾げる。
「先生、いい方法があります」
そこに神妙な面持ちでセドリスがロビソーへと手を挙げた。
「なにかね、セドリス君」
「彼に使い魔の自壊を命令してもらうんです。他者から借り受けた使い魔は、基本的に借主の言う通りに従います。しかし、使い魔と言えども防衛本能がありますから自壊だけは従いません。その命令を出せるのは、真の主だけなんです」
「なる、ほど……」
「そう、彼があのスケルトンを本当に使役していると言うのであれば、自壊させてもらいましょう」
それはとんでもなく無茶苦茶な提案だった。
使い魔にしているスケルトンを使い魔だと証明するために自壊させる――本末転倒もいいところだ。
常識的に考えて、せっかく使い魔にした魔物をそんなことのために失うなんて、どんな魔法使いだって御免だろう。
「ふむ……それは良い案かもしれんのう」
「は?」
だが、驚いたことにロビソーはセドリスの提案を肯定してしまった。これにはオルドも絶句してしまう。
「オルド君、君には申し訳ないが、そのスケルトンに自壊命令を出してもらえんか? なーに、幸い低級モンスターだ。また新しく使役すればいい」
「いや、ちょっと待ってくださいよっ!」
「なにかね? それで自分の無実が証明できるのならば、スケルトンの一体や二体は安いものだと思うが」
「……いやです」
「はぁ? 何故?」
魔法が一切使えないオルドには信じられないが、もしや魔法使いと言うのは使い魔なんて所詮は替えの利く存在としか思っていないのかもしれない。
スケルトンなんて低級は、大した理由もなく処分してしまっても困らないと考えているのかもしれない。
冗談ではない。
たとえオルドに魔法の才能があってスケルトンを百体同時に使役できようと――。
たとえ「処分しろ」と言われいるのがルベアでなく、本当にスケルトンだったとしても――。
そんな身勝手、オルドにはとても許容できない。
「このスケルトンは俺の大切な使い魔です。いつか、何らかの理由で処分する時が来るのかもしれません。ですがそれは、少なくとも今日ではありません。こんな理由で、俺は俺の使い魔に自壊命令なんて出せません」
「こんな理由? 決闘において反則負けを喫するかもしれない。それが、こんな理由だと言い切るのかね?」
「はい」
理解できないとばかりに目を丸くしたロビソーに、オルドは胸を張って頷いた。
決闘で不正をして負けると言うのは、大変不名誉な事なのだろう。おそらく大抵の魔法使いであれば、使い魔を失ってでも避けたいことなのかもしれない。
だがやはり、オルドにとってはそんな事はどうでもよかった。使い魔を失うぐらいであれば、喜んで卑怯者の汚名を背負おうではないか。
こればっかりは、エネシールの名にも泥を被ってもらう。
「やっぱり汚い手使ったんだろうっ!」
「反則だ、反則っ! オルドの反則負けだっ!」
「誰から借りた、そのスケルトンっ」
オルドが使い魔に自壊命令を出さないのを見るや、一斉に周囲から罵声が飛んでくる。
この状況に、ロビソーから顔の見えない位置でセドリスは勝ち誇った表情を浮かべ、ロビソーにしても難しい顔つきでオルドを見てくる。
「困ったのう。このままでは観客は納得いかんし、君が他者から使い魔を借りていると言う疑いも晴れん。そうなれば、君を反則負けとせねばならん。それでもいいかのう?」
「……はい。たとえ反則負けになろうと、俺は俺の使い魔を大事にしたい」
最後の確認と言った体で聞いてきたロビソーに、オルドは真剣な表情で頷いた。
どうせ決闘には負け慣れているのだ。今さら負け方が変わったぐらいでとやかく言うまい。
それに、今回の決闘はルベアを生かすのが目標だったのだ。その目標は果たせたと言えよう。実質オルドの勝利だ――オルドは自身をそうやって納得させた。
ロビソーは納得がいかないとばかりに何度か首を振って、しばらく。肩を竦めて諦めたように息を吐き出す。
そして決闘の終了を告げるため、右腕を真っ直ぐに挙げた。
「はぁ、致し方あるまい。では勝者――」
「少し、いいだろうか?」
ロビソーの勝利者宣言は、沈黙を守っていたスケルトンことルベアによって遮られることとなった。




