↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

幕間 会談・二

 婚約解消はできない。当初の目論見のヤンティーネと王太子の婚約もできない。サラをカスペルの第三妃にもできない。

 ヘイルトは悔し紛れに言い放った。


「養女の娘に、そこまでするとはな! まったく、ふざけておる!」


 アンリが静かに眉を上げる。


「……養女? マリーアンジュは私と父母を同じくする実妹だが」

「はっ!」


 ヘイルトは勝ち誇ったように笑う。


「やはり養女ではないか! ホーフダルに嫁入りさせるために、公爵家の娘を王女に仕立て上げただけだろう!」


 シャルルが小さく微笑んだ。


「どうやら、その点も誤解なさっているようですね」


 にこり、と笑みを浮かべたまま説明を始める。


「セラファン王国では、公爵位は王族にのみ与えられます。例えば、こちらのトゥロンヌ公爵は現国王ルイ陛下の実弟。そして私も、第二王子としてアルカンジュ公爵位を賜っております。セラファンにおいて、公爵位とは王族の称号の一つであり、王族以外が授かることはございません」


 シャルルは穏やかな口調を崩さない。


「したがいまして、マリーアンジュ様はフェリクス前国王陛下とエレオノール前王妃陛下の実の娘であり、ルイ陛下、アンリ宰相閣下、ジョゼフ将軍閣下、ルネ北国境伯閣下の実妹でいらっしゃいます」


 そして、何か思い出したように付け加える。


「ああ、念のため申し添えますと、セラファンは建国以来、一夫一婦制でございます。異母兄妹ということもございません」


 にこり。


「全員、同じご両親のお子です」


 ヘイルトは一瞬言葉に詰まる。


「嘘をいうな! セラファンには王子しか生まれんと聞いている!」


 シャルルは一度瞬くと、にこりと笑う。


「いいえ。数百年に一度、王女がお生まれになります。そして、その王女は『愛し子』と呼ばれます。家族に、国民に、そして天使様方に、深く愛され、大切にされる存在です」


「建国から千二百二十四年。マリーアンジュ様は五人目。アンジェリーヌ様は六人目のセラファン王女です」


 さらに笑みを深めるシャルルに、文官たちの血の気が引いていく。それほど大切な存在に、ホーフダルがしたことは……


(……終わった)

(マリーアンジュ様のお言葉も)

(ダーフィット様のお言葉も)

(ドミニクス様のお言葉さえも)

(誰一人、信じようとなさらなかった……)

(だから、あれほど調べろといったのに!)

(この、王族たちは!!)


 カスペルは舌打ちした。


「ちっ。ガキが偉そうに」


 忌々しげにシャルルを睨みつける。


「はっ。愛し子だかなんだか知らねぇが。あんな色なしの、化け物みてぇな目の女なんざ、こっちから願い下げだ」

「殿下!!」


 ホーフダルの外交官が思わず声を上げた。玉座の間が凍りつく。

 だが、シャルルは笑みを崩さなかった。むしろ、ほんの少しだけ、その笑みが深くなる。


「今のお言葉ですが。セラファン王家への侮辱として、正式に記録させていただきますね」


 にこり。


「それと、また一つ、誤解がございますので訂正いたします。セラファン王家は、濃淡の違いこそございますが、皆金髪です。瞳も同様でございます」


 シャルルは自らの瞳を示した。


「私も」


 アンリを見る。


「宰相閣下も」


 ジャンへ視線を向ける。


「ジャンも。そしてマリーアンジュ様も、皆、同じ系統の瞳を持っております」


 静かな声が続く。


「これは、セラファン王家のみに現れる、天使の加護を授かった証です」


 ヘイルトが鼻で笑った。


「天使の加護だと? ふざけるな! そんなもの、あるわけがない!」

「ございますよ」


 シャルルは即座に答えた。


「皆様も、ご覧になったではありませんか」

「……何をだ」

「あの日、処刑場で」


 玉座の間に沈黙が落ちる。


「ジャンは書状を読み上げ、私は、『詳細は後ほど』と申し上げました。……お忘れですか?」


 ヘイルトの顔が強張る。


「……嘘に決まっている!」

「そうですか」


 シャルルは少しだけ残念そうに笑った。


「あくまで、お信じになられないと。仕方ございませんね」


 ほんの僅かに後ろへ視線を向ける。


「お願いします」


 その一言だけだった。

 次の瞬間、シャルルとジャンの背後へ、それぞれ一柱ずつ天使が静かに降り立つ。

 誰一人、その姿が現れた瞬間に気配を感じられなかった。

 ただ、そこにいた。

 二柱は何も語らず、静かに二人へ手を伸ばす。

 光が溢れ、神々しい輝きが玉座の間を満たす。

 その瞬間、空気が変わった。

 まるで、玉座の間そのものが神域へと塗り替えられたかのように、思わず膝をつきそうになるほどの神聖な気配が、静かに場を支配する。

 次の瞬間、シャルルとジャンの背には、それぞれ白銀の翼が二枚、静かに広がっていた。


「ひっ……」


 誰かが息を呑む。


「あ……」

「処刑場の……」


 ホーフダルの文官たちの顔から、一斉に血の気が引いた。


(あの時、一番恐ろしかった天使……)

(あの二人だ)


 誰も声を出せない。

 シャルルは穏やかな笑みのまま一礼した。


「これで、お分かりいただけましたでしょうか」


 光が静かに収まる。

 翼は消え、天使たちも音もなく姿を消した。

 玉座の間には、誰一人として、先ほどまでの威勢を保つ者はいなかった。


「では、そろそろ本題に入らせていただきます」


 アンリが静かに告げると、両国の文官たちは一斉に姿勢を正した。


「本題?」


 ヘイルトは不機嫌そうに眉をひそめる。


「何のことだ」


 アンリは淡々と答えた。


「セラファン王国よりホーフダル王国へ請求いたします、賠償の件でございます」


 その言葉を合図に、ジャンが静かに腕輪へ手を添える。淡い光が走り、何もなかった空間から三通の国書が現れた。

 その光景に、ホーフダル側の者たちは思わず目を見開く。

 先ほどシャルル王子が婚約契約書を取り出した際は、さほど不思議には思わなかった。ミスリル板で保護された、王太子の婚約に関わる重要書類である。厳重に保管されていて当然だと考えていたのだ。

 だが、今度は宰相補佐の公子殿下である。


(王子殿下と同じ収納魔導具……)

(あれほど高位のものを、公子殿下もお持ちなのか……)

(いや、待て。公爵閣下も腕輪をしておられた。マリーアンジュ様も似たようなものを……まさか、王族全員が?)


 文官たちの間に、声にならない動揺が広がる。

 ジャンはそんな彼らの内心など知る由もなく、三通の国書を机の上へ丁寧に並べた。


「まず、こちらがセラファン王国よりホーフダル王国へ宛てた抗議文、および今後の外交方針に関する正式通達でございます」


 一通目を示す。


「続いて、オンラード王国よりの抗議文、および外交方針に関する通達」


 二通目を置く。


「最後に、アルモニ王国よりの抗議文、および外交方針に関する通達でございます。なお、ノールスケン王国、トローファスト王国をはじめとする北方諸国からの抗議につきましては、すでにホーフダル王国へ到達しているものと認識しております」


 ホーフダルの文官たちは、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。

 アルヴェリア大陸最大国家、セラファン王国。そして第二位のオンラード王国。第三位のアルモニ王国。

 その三大国すべてが、ホーフダルへ抗議文と外交方針の変更を通達してきたのである。

 北方諸国の離反だけでも国家存亡に関わるというのに、さらにこの三国まで敵に回した。

 いや、セラファンだけは予想していた。だが、オンラードとアルモニまで動くとは、誰一人想像していなかった。


「ふざけるな!」


 ヘイルトが机を叩く。


「セラファンはともかく! なぜ関係のないオンラードとアルモニまで同調する! 貴様らが圧力をかけたのだな! この卑怯者が!」


(陛下、おやめください!)

(もう黙ってください……!)

(相手は国内貴族ではないのですよ!)


 ホーフダルの文官たちは心の中で悲鳴を上げる。そんな彼らとは対照的に、シャルルは穏やかに微笑んだ。


(出た……)

(ああ……また増える……)


「いいえ。当然のことでございます」


 にこり、と笑みを浮かべる。


「オンラード王国は、セラファン前王妃エレオノール様のご生国です。フェルナンド前国王陛下はエレオノール様の父君。現国王フェリペ陛下は、実弟でいらっしゃいます」


「従いまして。フェリペ陛下にとって、マリーアンジュ様は姪。アンジェリーヌ王女殿下は姪孫にあたられます」


 静かな声が続く。


「フェルナンド前国王陛下は、マリーアンジュ様をことのほか可愛がっておられました。フェリペ陛下も同様です」


 一拍置く。


「そして、アルモニ王国。こちらにはエレオノール様の妹君がお嫁ぎになっております。現国王エティエンヌ陛下は、マリーアンジュ様の従兄。アンジェリーヌ王女殿下は従姪にあたられます」


 シャルルは三通の国書へ視線を落とした。


「両王家とも、この度の件を深く悲しまれ、正式な抗議文と外交方針に関する国書を、セラファンへ託されました」


 玉座の間は静まり返る。ーフダルの文官たちは項垂れる。


(……終わった)

(これは外交ではない)

(親族の娘を殺され、孫を処刑されかけた一族の怒りだ)

(どうすれば……)


「ふざけるな!」


 ヘイルトは机を叩いた。


「親戚など関係ない!」


 シャルルは一度だけ瞬きをした。


「……そうですか」


 穏やかに頷く。


「少々、驚きました」


 ヘイルトが眉をひそめる。


「何?」

「親族とは、そのようなものではないと思っておりましたので。では、お尋ねいたします。もし、ヤンティーネ様が何者かに傷つけられたといたしましょう」


 玉座の間が静まり返る。


「ヘイルト陛下はもちろん、お怒りになられるでしょう。クサンドラ王妃殿下も、カスペル殿下も同様かと存じます。では、ヤンティーネ様の伯父様、叔父様、従兄弟の皆様は『親戚だから関係ない』と仰って、何もなさらないのでしょうか」


 沈黙。


「本当に、そのようにお考えですか。私どもは、そのようには考えておりません。血縁者が傷つけられれば、悲しみ、怒り、手を差し伸べる。それは王族であっても、一般のご家庭であっても、変わらないものかと存じます」


(その通りだ……)  

(陛下たちは怒り狂う)

(ご親族方も)

(きっと何倍、いや何十倍もの報復をするだろう)

(このように冷静に話すこともない)

(格が違いすぎる……)

(まだ十代の王子だというのに)

(誰一人、感情で話していない)


 感情を顕にしまくる王族たちに、文官たちは苦虫を噛み潰した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。