第37話 見逃さないということ
朝の光は、やわらかかった。
離縁裁判所の窓から差し込むそれは、どこか穏やかで。
これまでと同じ場所なのに、少しだけ違って見える。
リシェルは、机に向かっていた。
新しい案件の書類が、目の前にある。
内容は、まだ確認していない。
だが。
焦りはなかった。
急ぐ必要はないと、理解している。
ペンを持つ。
紙を開く。
そして。
ゆっくりと、読む。
「——関係の調整申請」
初期段階。
まだ、壊れていない。
だが。
——違和感はある。
リシェルは、静かに息を吐く。
そして。
ほんのわずかに、口元が動く。
以前の自分なら。
結果を見ていた。
問題が起きてから、動いていた。
だが。
今は違う。
——壊れる前を見る。
それが、できる。
「顔が変わったな」
ユリウスの声。
リシェルは、少しだけ顔を上げる。
「……そうでしょうか」
「前よりも、余裕がある」
短く言う。
リシェルは、少しだけ考え。
「……理解したことがあります」
と答える。
ユリウスは、何も言わない。
ただ、続きを待つ。
「関係は」
一拍。
「壊れるものではなく、変わるものです」
その言葉。
静かだが。
確かだった。
「そして」
リシェルは続ける。
「それを見逃さなければ」
一瞬、間を置く。
「選択ができます」
ユリウスは、わずかに頷く。
「いい結論だ」
それだけ。
だが。
十分だった。
その時。
「へえ」
軽い声。
マルタが、後ろから覗き込む。
「ちゃんと辿り着いたじゃん」
リシェルは、わずかに視線を向ける。
「……途中でした」
正確に言う。
マルタは笑う。
「そのくらいでいいのよ」
一拍。
「人間なんて、途中のままで動くもんだから」
その言葉。
リシェルは、静かに受け取る。
確かに。
すべてを理解することはできない。
だが。
それでも。
選ぶことはできる。
その時。
足音がする。
振り向く。
レオンだった。
いつものように、無駄のない動き。
だが。
少しだけ、視線が違う。
「次の案件か」
短く言う。
「ええ」
リシェルは答える。
レオンは、書類を一瞥する。
「初期段階だな」
「はい」
「なら」
一拍。
「結果はまだ決まっていない」
その言葉。
リシェルは、静かに頷く。
「はい」
そして。
少しだけ、言葉を続ける。
「だからこそ」
一拍。
「選べます」
レオンは、わずかに目を細める。
数秒。
沈黙。
そして。
「……そうだな」
小さく言う。
完全な同意ではない。
だが。
否定でもない。
それで十分だった。
リシェルは、書類に視線を戻す。
そして。
ペンを取る。
今度は、迷わない。
結果を急がない。
理解だけに留まらない。
——選ぶ。
そのために。
言葉を紡ぐ。
新しい関係。
まだ壊れていないもの。
そこに。
自分は、どう関わるのか。
その問いに。
もう、逃げることはない。
リシェルは、静かに書き始める。
そして。
心の中で、確かに思う。
——今度は、見逃さない。
その言葉が。
この物語の、終わりであり。
同時に。
始まりでもあった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、「婚約破棄」から始まり、
「壊れた関係の理由」を追い続けてきました。
そして主人公は、
正しさでもなく、結果だけでもない、
「理解した上で選ぶ」という答えに辿り着きました。
完璧ではありません。
すべてを救えるわけでもありません。
それでも、見逃さない。
選び続ける。
その一歩が、この物語の結論です。
もしこの物語を楽しんでいただけたら、
ブックマークや評価をいただけるととても嬉しいです。
本当にありがとうございました。




