第27話 守るもの
犬山正子は息を整えた。
胸が痛む。
腕が痺れている。
さっきの一撃は重かった。
ただの力ではない。
圧力。
目の前の男が発しているものだ。
虎岩信太はゆっくり歩いてくる。
急がない。
逃げる相手ではないと
分かっている歩き方だった。
正子は構える。
だが、
自分でも分かっていた。
弱い。
動きが鈍い。
反応が遅い。
体の問題ではない。
能力が働いていない。
正子の力は、
誰かを守る時に
強くなる。
だが、
ここには誰もいない。
守る対象がいない。
信太が止まる。
数歩の距離。
「迷ってるな」
低い声だった。
怒っているわけではない。
ただ、
見抜いている声。
正子は少しだけ笑った。
「はい」
正直に答える。
「迷っています」
信太は少し目を細めた。
「戦場では死ぬぞ」
正子は肩をすくめた。
「もう死んでいるのかもしれません」
信太は答えなかった。
沈黙。
水面は揺れない。
空は静かだ。
ここは、
不思議なほど静かな場所だった。
正子はゆっくり息を吐く。
考える。
どう戦う。
警察官としての戦い方は
決まっている。
守る。
守る対象を中心に動く。
しかし、
ここには誰もいない。
信太が言う。
「来ないのか」
正子は小さく首を振った。
「少し考えています」
信太は腕を下ろした。
攻撃しない。
待っている。
それが少し意外だった。
正子は聞いた。
「どうして待つんですか」
信太は答える。
「弱い相手を殴っても意味がない」
正子は少し笑った。
「優しいですね」
信太は即座に言った。
「違う」
短い声。
「強くなければ価値がない」
その言葉は
信太自身に向けられているようだった。
正子は黙る。
その言葉を聞いて、
少しだけ理解した。
この人は、
戦うために強いのではない。
強くなければ存在できない。
そう思っている。
正子は小さく息を吐いた。
「分かりました」
信太が眉を動かす。
「何が」
正子は構え直した。
さっきとは少し違う構え。
重心が変わる。
信太はそれに気づいた。
「……?」
正子は言った。
「あなたを守ります」
信太は一瞬、動きを止めた。
「……何?」
正子は真面目な顔で続ける。
「あなたが、自分を壊さないように」
信太の目がわずかに揺れる。
理解できない。
当然だ。
だが、
その瞬間。
正子の体の奥で
何かが変わった。
守る対象。
それが生まれた。
正子の能力。
守護反応。
体が軽くなる。
視界が広がる。
信太が動いた。
拳。
速い。
だが、
今度は見える。
正子は踏み込む。
腕で受ける。
衝撃。
しかし、
体は崩れない。
そのまま
カウンター。
信太の腹に拳が入る。
ドン。
信太の体が
わずかに下がる。
初めてだった。
信太が距離を取る。
目を見開いている。
「……!」
正子も少し驚いた。
「やっぱり」
自分の手を見る。
力が戻っている。
信太はゆっくり息を吐いた。
そして、
少し笑った。
「面白い」
目が変わる。
戦士の目。
信太が構える。
今度は、
さっきより低い姿勢。
本気の構え。
「いい」
信太は言う。
「来い」
円壇の空気が変わる。
圧が強くなる。
だが、
正子はもう下がらなかった。
守るものがある。
それだけで、
足は止まらない。
正子は踏み込んだ。
そして、
二人の拳が
同時に動いた。
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