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捧ぐ僕等のアルカディア  作者: 麦畑ライ
第一章 風吹く大地へ
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1-4 夕食と疑念

GW中につき、今のうちに書いて投稿できる分は進めていきます。

 ──妖精とは、魔力溜まりから自然と生まれる自我の不明瞭な生命もどき。その妖精が複数集まると、周囲の生物等を模倣して自分達の魔力を肉体と魂に作り変え、生命と成る。それこそが精霊、この世界に多く存在する種族のひとつである。


 この世界で親や庇護者から教わる常識の中でも特に基本的なこと、それが妖精と精霊の成り立ちである。


 妖精達に生存本能などない。「よりよく生き残ること」など考えない。例えそれが森の中でも断崖絶壁でも、或いは町の中でも。沢山集まってただ偶然気が向いた、それだけで精霊と成る。所構わず精霊は生まれる。

 当然、その全てがまともに生きていけるわけもない。


「大体は誰かに保護される前に事故で死んだり、魔物に食べられたりする……が、極まれに保護されず自力で生き残る精霊もいる。だが、あの様子はそうじゃないな。姓もあるし」


「前にそういう子がウチの院に来たこともあるけど、落ち着くまですっごく大変だったもん! 絶対に違うよ。庇護者は不在だったけど姓はあるし、一応妖精? みたいなのが一緒にいたしさ」


「庇護者が姓を与えながら完全に放置してるのも問題だが、最大の謎はその妖精みたいな奴らだ。話を聞く限り明確に自我が、悪意がある。だがセリルにそういう様子はない、つまりギリギリまで悪意を見せることはなかった。むしろ最低限のこと以外は無知のままでいさせた、恐らく意図的に」


 隣の部屋で一足先に寝息を立てている幼い姿の精霊、セリル。不可解な点の多い彼女の出自に関し雷花達は話し合っていた。


「その最低限っていうのもね……だってあの子、食べることも飲むことも知らなかったじゃん」




 時は彼らが夕食を摂る前に遡る。自身の空腹も、食事というものも知らない様子のセリルに対し、二人はひどく驚いていた。

 如何なる生まれの精霊であれ、生きるためには外部から何かを取り込むことが必要である。人間に近い肉体を持つ者は人間と同じ食物を、肉体が希薄だったり無機の体を持つ者だったりは魔力や妖精を……といった具合の違いはあれど、それぞれの体が欲するものを食べるのは共通した本能である。


 だというのに、セリルはそれを知らない。


「セリルは、どのくらいあの森にいたの?」


「え、あ……よくわからないけど、今日ここに歩いて来るよりもずっと、ずーっと長い間……いました。空が明るくなったり、暗くなったり」


 生まれてすぐだったから食事を知らない、という説はこれで否定された。だが長い時を過ごす間、何も飲まず食わずで生きていけるというのか。いくら瘴気の影響を受けないとはいえ。


「……まさか、瘴気を食べていた?」


 あり得るはずのない仮説。いくら精霊の食料事情が千差万別であるとはいえ、生きとし生けるものを呪い蝕む瘴気を活力とする精霊は未だ確認されていない。

 いや、眼前の存在こそがその初となる例なのか。


 思考に没頭しそうになっていたアティスの膝をつつき、雷花は首を振る。今はとにかく、腹を空かせた幼子に食事を与えることこそが先決である。



 戸惑うセリルの手を引き、一行は宿の一階の食堂へと移動した。適当に空いているテーブルを見つけて着席し、卓上に置かれたメニュー表を見る。白木の皮を剥いで平らに伸したものにインクで料理名が書かれているが、セリルには文字が読めない。そもそも料理名なんてものも知らないのだからどうしようもない。


「今頼んだ『黒パン』がこれで、『山彦鳥のシチュー』はこれ。どんな料理かってのは実物を見てのお楽しみで」


 宿屋の少女に食事を注文してから、雷花はセリルにもわかるようメニューを指差して読み上げてやる。それをふんふんと興味深そうに聞く姿を見ながら、今後は言葉と一緒に文字の読み書きも教えていかねば……とアティスが考えていたところ。


「じゃあこれは『白パン』で、こっちは『悲鳴鳥の串焼き』で合ってますか?」


「えっ……すごい、合ってるよ! なんでわかるの!?」


「えへへ、周りの人達の話と、今読んでもらったので、大体の読み方はわかりました! それで、この料理名の隣の……なんとかマナ? っていうのは」


「頭良いんだなぁ……えっと、それは料理の代金で、そのなんとかってのは数字で、これは──」


 耳を疑った。確かに注文する際に、アティスと雷花はメニューを見ながらこれが良い、あれもどうだなどと話してはいた。周囲も注文や雑談をしていたから、色々な情報が耳に入っただろう。

 だが、それと今のほんの少しの読み上げだけで、少し前まで文字というものすら理解していなかった者がメニュー表を数字以外読めるようになるなど。はっきり言って異常な理解速度だった。


 しかもよく聞けば、話し方だってこの短時間で随分流暢になりつつある。戸惑いが強かったとはいえ希薄な様子だった感情表現まで、いつの間にか照れ笑いをするほどになっている。褒められて喜ぶことを理解しているかも怪しかった者が、だ。


 女子二人が和気藹々と話しているのを眺めながら、アティスは内心穏やかでなく、うっすらと冷や汗をかきながら冷水を呷った。


「お待たせしました、黒パンと山彦鳥のシチュー三名様分です! アツアツなのでお気をつけて!」


 そう言って先程の少女がテーブルの上に料理と木製のスプーンを配膳して去っていく。

 素焼きの平皿の上には、薄めにスライスされた丸い黒パンと、その横に添えられたバター。木をくりぬいたボウルの中には、ぶつ切りにされた鶏肉の入ったミルクベースの白いシチューが並々と注がれ湯気を立てている。


 何も知らなくとも食欲をそそる香りに、セリルの腹がもう一度鳴り、再び辺りを見回す。その様子に笑いを溢しながらも、雷花は音の正体を教えてやることにした。


「セリル、それはあなたのお腹が鳴ってるんだよ。人間も精霊も、お腹が空くとぐう~って鳴っちゃうの。」


「お腹が空く、ですか。これが……」


「そう。そういうときにはこうして食事を取るんだよ。ほら見て、スプーンをこう持って、口に運ぶの」


「……! いたっ、けど、なんだか……嬉しい? です!」


「それは『美味しい』だね。……大丈夫? ほら、水も飲んで」


 見よう見まねと言うには慣れたような手付きでスプーンを扱い、シチューを口に運んだセリルは目を輝かせる。ただ熱々のまま口にしたせいで火傷をしたらしい。舌を小さく出して眉を寄せる彼女に、雷花は冷水を飲むように勧める。すると今度は「痛くないです!」と嬉しそうにする。


「このシチューの痛さが『熱い』で、そっちの水は『冷たい』。まあ、温度のことはこれからわかっていくでしょ。熱いものは、口に入れる前にふーってして冷ますと良いよ」


 こくこくと頷くと、セリルは律儀にふぅふぅと冷ましてシチューを口に含み、「美味しいです!」と笑む。それから他の二人がしているように黒パンにバターを付けて食べて、再びニコニコと笑う。


 これまで食事を知らなかった精霊に食事を教えた経験が、雷花には過去に一度だけあった。だが、その時はこんなに簡単に教えられなかった。カトラリーの使い方に苦戦するのは当然のこと、初めての味覚に驚いて吐き出してしまったり、咀嚼や嚥下の仕方もわからなかったりと、はっきり言えば獣に芸を教えるより難しかった。

 だから本当は、初めての食事というのは食堂のような衆目に触れる場所でなく、多少騒いだり折檻したりしても周りに迷惑のかからない地下室のような閉ざされた場所が良い。少なくとも、雷花の育った場所ではそういう扱いだった。


 ただセリルは物覚えが良い様子だから、大丈夫なのではないかと思って食堂に連れてきて教えることにした。その結果は良い意味で想像以上だったのだが……だからこそ、おかしい。あの森で育ったこと、それ以外にも何か特異なことがある。


 そんな確信を抱えながらも、表向きは楽しく談笑しながら食事を終えた。それから体の清め方を教えてやり、目蓋が重くなったセリルを寝かし付けてやってから、雷花はアティスの部屋を訪れた。




 そうして、冒頭のやり取りに戻る。


「精霊は、差はあれど模倣が得意だ。精神年齢と外見年齢、実年齢の解離もありふれている。……ただ、それにしたってセリルは無知で、それなのに理解が異様に速い。まるで習得しているのではなく、元々知っていたことを思い出していっているかのように……記憶の封印? それとも催眠?」


 持っている知識を総動員して、セリルの謎を考察しようとするアティス。顎に指を当ててぶつぶつと呟き思考に没頭し始めたところを、パンと手を叩く音で引き戻された。


「どちらにせよ、あそこまで無知にさせる術を使えるのなんて、それこそ神とか大精霊くらいでしょ」


 それも相当に上位の、と付け加える雷花。その表情は普段の人懐っこい笑みではない。金の星屑が輝く空色の目は冷たく据わり、口を真一文字に結んだその顔は人形のようであった。


「わからないままでいるべきことなんじゃないかな。あたし達がすべきことは、違うでしょう」


「それはそうだ。だが……」


 アティスの反論を、「あたしは」と遮る。その声に感情はなく、その瞳は正面にいる相手ではなく、何処か遠くを見通している。


「身近な人が幸せに暮らせるなら、それ以上はいらないの。……ね?」


 起伏のない声でそう言う幼馴染みに、アティスがかけられる言葉はない。ただ目を伏せ、頷くのみ。

 それを確認すると雷花はいつもの笑顔に戻り、手を振りながら部屋を出ていく。その背を見送りながら、ただ小さな声で「お休み」と呟いた。




 一人きりになったアティスは、赤い石が入った備え付けのランプの底を机にカン、と打ち付け明かりを灯した。それからローブの内側を探り、葉書程度の大きさの白い石板を取り出すと、そこに紐で繋がれた半透明の細い棒を手に取り、筆を走らせる。先端から暗紅色の魔力が流れることで、石板の上に文字を刻んでいく。


「叔父上なら、きっと」


 祈るように呟きながら書き終えると、書き損じがないか軽く確認する。特に何も問題がないことを確認してから石板に手を翳すと、白い光と共に文字が浮かび上がり、手の下でふわふわと漂い始める。

 行け、と呟きながら窓の方へと手を振ると、漂っていた魔力の文字達が猛烈な勢いで窓を透過し、東の空の果てへと飛び去っていく。


「……俺も、早く会いに行きたいな」


 飛び去る文字の群れを眺めながら憂いげに呟いた。それから一息ついて、洗って乾かした後垂らしたままだった髪を、寝ている間に絡まないよう手早く三つ編みにして……ふと、鏡を見る。


 白金の長髪を横で三つ編みにした姿は、普段のそれよりも中性的な印象が一層強い。ふ、と微笑んでみせたその顔は、肖像画の中でしか見たことのないあの人(・・・)の顔によく似ている。


 それを今日も確認できたことに安心と満足を覚えてから、もう一度ランプの底を打ち付けて明かりを消し、彼はベッドに横たわり目を閉じた。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします。

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