1-3 自己紹介、それから村へ
遅くなりましたが第三話です。
呆けていたのも束の間、あっと一声上げて雷花が口元を手で覆う。
「ごめんね、自己紹介もまだだったよね? 改めて……あたしは雷の精霊、雷花・リオネット。ほら、アティスも」
軽く肘で小突かれ、咳払いをひとつしてから青年も続けて口を開く。
「俺はアティス・ユーミラ。……耳長混じりの人間だ」
耳長混じり。また知らない言葉が出てきた、と思いながらもセリルは小さく頷く。それよりも今は自分も名乗らねば、と。
「わ、私はセリル……セリル・クローチス、風の精霊、です」
森の中の妖精達に教えられた名前。それを口にすると、雷花とアティスはそのまま固まった。何か間違えただろうか、と不安になってきたところで、頭に手を当てながらアティスが呻く。
「あ~……クローチス。なるほどな。クローチス……え、あのクローチスか? 本当に?」
「ん~……あたしが知る限り、例の御方しかいないと思うな。偽称の罰も下ってないし、マジもんだよこれ」
ボソボソと二人で話している内容は全てセリルにも聞こえているが、どういう意味なのかは理解できていない。ただ何やら深刻そうな様子だけが伝わる。
「あの、クローチスって何ですか? 何か、まずいことでも……?」
あの妖精達に訊いてもはぐらかされていたことも、この二人なら教えてくれるかもしれない。そう信じた少女の真っ直ぐな目を見て、アティスが「姓ってわかるか?」と訊ねる。即座に首を振るセリルに対し、彼は顎に指を当て、伝わるように言葉を選びながら説明を始めた。
「まず姓、名字……これは俺なら『ユーミラ』、雷花なら『マリネット』って風に、名前の後ろに付いてるものだな。どこの家の人間か、誰の庇護下……誰がそいつの責任を取る者であるかってのを示すんだ。それがお前の場合『クローチス』ってわけだ。それで──」
「家名持ちはユーミラ家以外大体もう滅んでるけどね~……いたっ」
補足にならない補足を付け加えヘラヘラと笑っていたが、その拍子に脚を動かしてしまったのだろう。より一層血が滲んだ雷花の包帯を見て、アティスは慌てて話を打ち切る。
「すまん、もっと詳しいことは後で説明する。取り敢えず、まずはすぐ近くの村に行って休もう。お前もさっき初めて魔法を使ったんだろう? 疲れてないか」
「『疲れ』……って?」
「そこからか……うん、これから言葉も沢山覚えような、教えるからさ」
結い上げられた長い髪を低い位置で結び直すと、アティスは慣れた様子で雷花を背負い、ローブの裾をセリルに握らせて歩き始めた。
帰らずの森の下草と違い、歩く度にチクチクと足裏が擽られる緑の草原。その感触が物珍しくてセリルは気を取られ、次に我に返ったのは耳慣れぬ喧騒が耳に届いてから。つまるところ、村に着いてからであった。
「──い、おい、聞いてるか? 着いたぞ?」
「……は、え? えっと、これが『村』、ですか」
『村』という言葉自体はセリルも以前から知っていた。帰らずの森の妖精達の会話で何度か聞いたことがあったのだ。『人々』が集まって暮らしていて、そういった場所からたまに『呼ばれていない者』がやって来るのだ、と。だが、目にするのは初めてのことだ。
石を敷き詰め整備された道。その両端に並ぶ数々の露店と、そこで物の売買を行う人々。
日が傾いてきている中、手籠いっぱいに食料を買い込む青年。買ってもらった果実を片手に、母に手を引かれ帰路に着く子供。
それらを表す言葉の大半をセリルは知らない。それでも何故か、心のどこかを引っ張られるような感覚に襲われ目を見張る。ずっとそれを見ていたいような、もう見たくないような、惑っているうちにアティスに手を引かれて村の中心の通りを進む。
「さて、じゃあ宿に行くか。部屋は……二つのままでいいか。雷花はセリルと同室で、面倒見てやってくれ」
「りょうか~い」
そんなやりとりをしてから、一行は村の中を歩く。宿屋は通りの突き当たり、村の入口からも見えていた二階建ての建物だったが、そこに向かうまでの十分間の景色だけでもセリルにとっては全く知らないものばかりである。
あれは何かと問いたいことが山ほどある。それと同時に、それどころでないことは理解する程度の利口さがある。
「む……」
隙あらば開きたくなる口を空いている手で抑え、セリルは黙々と歩いていた。
「……吐きそうなのか? 歩くのつらかったか?」
しかしその様子を見たアティスに体調を心配され、彼女は頭をブンブンと振った。その様子は保護者に余計な心配をかけないように我慢をしようとする子供のようだった。だがふと、それを見たアティスと雷花の脳裏に疑問がよぎる。
──肉親がおらず、保護者らしき保護者もおらず、言葉もろくに教えられなかった精霊が、『余計な心配をかけない』『我慢する』といった感覚を何故持っているのか。
同じことを思ったのを、二人は目を合わせて確信する。だが今はその疑問について考えるより先に、宿屋に入ることにした。
宿屋の入口、村の中でも上等な造りの扉を開くと、灰色のエプロンドレスを纏った少女が一行を出迎えた。
「いらっしゃいませ……あっ、巫女様と守護様! お帰りなさいませ! ……っと、その子がもう一人の巫女様ですか?」
「ああ。この子は巫女同士同じ部屋で頼む。同室で一人追加されるからその分の代金を」
アティスが腰に下げた革袋に手を突っ込むと、宿屋の少女は大袈裟に手と頭を振ってみせる。
「いえいえいえ! 事前にいただいてたお代でもう十二分ですから要りませんよ! ただでさえ巫女様達がお泊まりになるだけでウチも箔が付くのに、しかもユーミラ家の御方がこんな辺鄙な所に……!」
少女は顔を赤らめ興奮気味に捲し立てていたが、『ユーミラ家の御方』という言葉にアティスが僅かに眉根を寄せたことに気付くと、言葉を詰まらせ顔色を青くし、コホンと咳払いをして深々と一礼する。
「──失礼、しました。つ、追加のお代は不要です。それではごゆっくり……!」
早口に断って少女はそそくさと去ってしまった。後に残された一行は微妙な空気に包まれながらも、二階へ続く階段を上がり予め借りていた部屋に入る。
入って早々、アティスは雷花をベッドの縁に座らせ、手早く包帯を解く。血は止まったようだが痛々しい様子の脚。その傷の具合を確認してから、彼はローブの内側から青い液体の入った小瓶を取り出し、折り畳んだ小さな布にそれを染み込ませる。「ちょっと染みるぞ」と声をかけてから、それで脚の傷を軽く叩いていく。ジュウ、という音と共に傷から白い煙が上がるのを見て、セリルはきゃっと声を上げてしまった。
「へ、平気なんですかそれ」
「傷口周辺の血肉をほんのちょっと魔力に還元・再結合させてくっつける、精霊用の傷薬だ。まあ痛みはするが傷は綺麗に早く塞がるし……俺も雷花も、対精霊用の治癒術は使えないんでな」
「ん、あたしは平気だよ。ちょっとどころかまあまあ痛いけど……ほら」
そう言って、雷花は薬を塗られた方の脚を動かしてみせる。傷口周辺にべったりと付いていた乾いた血も消え、白くつるりと治った肌の上には、傷跡に沿って青く光る模様が走っていた。
「この薬を使うと、こんな感じにその精霊の魔力の色でしばらく光るの。綺麗でしょ、ちょっと経ったら消えるよ」
稲妻のように光る脚を指差してにへへと笑う雷花に、セリルは動揺を残しながらもほっと一息ついて微笑む。
そのとき、ぐう、とセリルの腹が鳴った。
「ありゃ、安心したらお腹減ったのかな? それじゃ食堂に……」
しかし本人は不思議そうに音の出所を探り、キョロキョロと辺りを見回している。その様子を見て、雷花の笑みが消える。
「……もしかして空腹が、いや、そもそも『食事』がわからない?」
その問いにセリルは青緑の目を瞬くと、ただ困ったように首を傾げるだけであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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