あるがままに
気づいた時は、ベッドの上だった。左目には包帯が巻かれていて、よく見えなかった。ただ、普段の小屋ではなかった。
僕がまだ男爵家で暮らしていた時に使っていた部屋だ。まだ、そのまま残ってたんだ。僕は上体を起こして、エリカが隣りで寝ているのに、やっと気づいた。
「一晩、寝させないと約束したのにな」
「寝てません」
エリカはぱっちりと目を開いて、笑顔を見せた。この聖女は、僕の前では、一人の女だな。
「どうして、僕はここで寝てるんだ?」
邸宅の魔法を発動させたところまでは覚えている。そこから先は、たぶん、妖精の目の力に負けて、頭が切れたのだろう。倒れたんだろうな。
「ここから、運び出そうとしたのだけど、ロベルトだけ、出られないの」
「後で調べる。誰か、呼んできてくれ。どうなったのか知りたい」
「三日は寝てたのよ」
「誰か呼んできてくれ」
「私じゃダメなの?」
「外のことを知りたい」
元伯爵一族があれからどうなったのか、確認がしたかった。どうやら、邸宅から出られないというので、人の口から聞くしかない。
かといって、エリカの口から聞きたくないし、関わらせたくない。
エリカは離れたくない、と抱きついてくる。僕だって、のんびりしたいが、役割があるので、まずは、進捗を知りたい。
そうしていると、勝手に使用人たちがやってきた。てきぱきと僕に必要そうなものを揃えてくる。
目の前に、僕の目玉が刺さったままの妖精殺しの短剣を置かれた時は、なんともいえない。そうだよな、これ、エリカの力使って、目に戻すんだよな。
「いや、それは後でいい。元伯爵一族がいる領地の外れはどうなった?」
「呪いは全て、領地外に出ていきました。ロベルト様が邸宅の魔法を発動させましたので、この男爵領に呪いが侵入することは出来ません」
「そうか。ということは、僕は元伯爵一族が滅ぶまで、この領地から一歩も出られないな」
こうなるとわかっていたのにで、僕はやりたくなかった。もっと楽な方法は、一族を違う意味で滅ぼすことだ。
しかし、隣りで僕に抱きついて離さない聖女はそれを望まない。まあ、実際、それをやったとしても、受け入れるだろうが、悲しませるだろう。
邸宅の魔法を発動させてしまったので、僕は邸宅に縛られることとなった。時間をかければ、外に出ることも可能となるが、今は邸宅から出られない。元伯爵一族が滅ぶまで、僕は邸宅に縛られる。仕方ない、それが僕の役割だ。
「元伯爵令嬢を隔離した一帯はどうなった?」
「元に戻りました。彼女には、そこに戻ってもらいました」
「そうか。もう二度と、そこから出すな。様子見で、毎日、使用人頭に行かせろ」
どうにか、男爵領に根付いた呪いは除去できたようだ。後は、緩やかに元伯爵一族には滅んでもらおう。
使用人たちは、僕の左目の包帯を外した。エリカは恐る恐ると、僕の左目を覗き込む。
「ロベルト、普通の目なのね、妖精の目って」
「そんなわけがないんだが」
妖精の目の使用感がある。人の目には見えないものが見え、聞こえない音が聞こえる。情報が膨大で、頭が痛くなる。
使用人が鏡を持ってきて、僕の顔を見せる。
「くそっ、やりやがったな」
妖精の悪戯だ。妖精の目を僕の目にしてしまったんだ。酷いな、これ。完全に一体化してしまったので、元の目を戻せそうにない。
「ねえ、どうして、ロベルトの左腕はそのままなの?」
元伯爵一族の呪いを退けたというのに、僕の左腕は穢れが残ったままだ。一緒に吹っ飛んでもいかしくない、なんてエリカは考えたのだろう。
「リリィの願いに、僕の左腕は入っていない。この左腕を切り離して燃やせば、それで終わりなんだ。妖精は持っていってくれないさ」
「そんなぁ!」
「いいか、一年待ってもダメなら、斬り落とすからな!」
「………」
エリカは了承してくれない。だけど、僕としては、この左腕の穢れとはさっさと縁を切りたかった。
「これがある限り、子どもを作らせるわけにはいかない」
「どうして?」
「万が一に、僕と君の間の子に穢れが移ってしまったら、大変だ。だから、この腕は斬り落とす。いいね」
「………わかった」
エリカは泣きそうな顔をして頷いた。
まあ、一年もあれば、何かいい方法が見つかるだろう。
結局、平和な方法なんて見つからなくて、王弟殿下に頼んで、腕のよい元騎士を呼び出してもらったんだが、その前に、エリカの実の父親が来て、僕の腕の穢れを持っていってしまった。
男爵領の外れには、元伯爵令嬢がいることは、王国中に知れ渡った。もちろん、恨みつらみを持つ者は多い。なにせ、彼女のせいで平民に落とされた元貴族は大勢いた。ついでに、生家である貴族だって恨んでいる。中には、優秀な嫡男を失った貴族だっているのだ。そりゃ、恨むだろう。
元伯爵令嬢に恨みを晴らすために、わざわざ妖精男爵領に足を運んでくる。平民の生活は酷いもので、馴れなくて、体を壊した者もいれば、もう、亡くなった者も多い。そんな中で、元伯爵令嬢は、全ての恨みつらみを受け入れ、ただ、頭を下げたという。もう、言い訳も何もしない。石を投げられても、暴力を振るわれても、元伯爵令嬢は、全て、受け止めた。
そうして、元伯爵令嬢は、長い一生を恨みつらみを受け止めて、孤独で終わった。
ここで、一応、男爵家の苦労人の外伝は終了です。この苦労人は、実はすごい子なんだよ、ということが書きたくて、書きました。後付けですけどね。
妖精の目ですが、ロベルトは使いこなせないので、常にエリカが補助してます。
ロベルトの知識は生まれつきです。ようは、生まれ変わりのようなものです。知識を持ったまま、生まれ変わっているので、記録がなくても、最適解をだします。そういう設定です。
外伝をリハビリがてら、ちょくちょく書こう、と書いてみましたが、真面目なのになりました。次は、もっと気楽なものにしたいです。




