アルカディアの誘い 4
男性と女性の使用人が頭を下げて私を待っていた。
「ご案内いたします。」
「お足元に、ご注意ください。お手をお取りしましょう。」
私の体を気遣う言葉に、お礼を言って歩き出した。
「ありがとう。でも大丈夫よ。……大公さまは、どちらに?」
「……二階の書斎にいらっしゃいます。」
「あら。珍しい。」
ジョージオさまに読書をお勧めなのかしら?
暢気なことを考えながら、長い階段を上がってゆく。
「大丈夫ですか?ごゆっくりどうぞ。」
「ええ。ありがとう。大丈夫よ。」
そうは言っても、普通の二階よりはるかに天井の高い建物なので、階段も長い。
上がり切った時には、息が弾んでいた。
「ふぅ……」
と、肩で息をついたその時だった。
ドンッ!!
強い衝撃を右肩と右腕に感じた。
「え……」
一瞬なのに、スローモーションのように身体が大きく左に傾き、倒れた……その先は、廊下ではなく、階段だった!
「……!!!」
恐怖で声は出なかった。
ただ、落下し、足、肘、手、肩、腰……あちこちをガンガンと打ちつけた。
たぶん頭も打ったのだろう。
私は、……意識を失った。
痛みを感じる時間もなかった。
***
たゆとう意識のなか、……大切なものを失った……。
「フィズ!?フィズ!」
愛しいジョージオさまが私を呼んでいる。
力強い腕に抱かれて……ふうっと、目が開いた。
ジョージオさまは、べちゃべちゃに泣いていた。
びっくりした。
「ジョー……ジオさま?……どう、されましたの?」
驚いて、そう尋ねた。
涙を拭いてさしあげたいのに、腕が上がらない。
腕だけじゃない。
体中が酷く重い。
……いたっ。
「痛……い……。」
ズキズキと、お腹が痛い。
お腹だけじゃない。
頭も、腕も、足も、背中も……痛いっ!
「フィズ?フィズ!?」
「……ジョージオさま……痛い……助けて……。」
助けて。
自分のことばに、覚醒した。
そうだわ。
私が落ちても、誰も助けてくれなかった。
……いいえ。
違う。
私は、落ちたんじゃない。
突き落とされたんだ。
「ジョージオさま……帰りましょう……。」
身体が震えている。
ジョージオさまがぎゅっと私を抱きしめてくださった。
「……ええ。帰りましょう。……すまない。あなたを独りにした、私の責任だ。……すまなかった。」
ジョージオさまは、そう言って嗚咽した。
よくわからないけれど、私は、ほっとしていた。
……ここは、嫌だ……。
私を傷つける悪意で満ちている……。
息苦しい。
……お腹……痛い……。
ジョージオさまは私を抱き上げると、ゆっくり歩き出した。
頬を伝った涙が、私に落ちてくる。




