39 今回の犠牲者
筆記試験の点数は95点。
80点以上が合格なので余裕なのだが、1問間違えたのが悔しい。
実技は攻撃魔法、剣術どちらも合格と書いてある。
そして入学時にもあった昇級証明書も入っている。
今度はC級だ。
「嘘だ」
誰かと思えばラーダだ。
まさかあれで合格したのだろうか。
目だけ動かして様子を伺う。
「俺の実技がこんな筈はねえ。筆記試験ももっと出来た筈だ」
おいおいそっちかよ。
何だかな。
「残念ながらそれが今のラーダの実力だ。それだけだな」
フン、という感じでレリアス教官はラーダを見る。
「以上だ。ラーダ以外は事務室へ行くように」
つまり落ちたのはラーダだけという訳か。
教官が去った後、ラーダが叫ぶ。
「嘘だ。こんな奴らより俺の方が絶対強い筈だ」
「うるさいわね、負け犬の癖に」
ミリアの堪忍袋が切れたようだ。
「負け犬だと」
「貴方の試験結果は実力相応よ。筆記試験はともかくあの情けない剣術の試験の後でそんな事言えるなんて、貴方の脳味噌の出来と面の皮の厚さにうんざりするわ」
ミリアの口調はこういう時こそ本領を発揮する。
なお誰もミリアを止めない。
多分ラーダ以外はミリアの強さをよく知っているのだろう。
同じクラスの俺とルドルフはもとよりシーラやオルソンも。
「くそ女、俺より弱い癖に」
「そう思うならかかってらっしゃい。特別に魔法を使わずに相手してあげるわ」
「強化魔法も使わないで大丈夫か」
ルドルフがそう尋ねる。
「心配ないわ。こんなの相手なら」
実際心配はいらないだろう。
ミリアはこう見えても進化種だ。
多少魔法を使える程度の人間が身体強化を使ったところで勝ち目は無い。
「このくそ女!」
立ち上がって殴りかかってきたラーダを座ったままミリアは両手でさばく。
右手で殴りかかってきた手の手首を引っ張り、左手をラーダの腰に当ててそのまま後方へ。
結果、ラーダは後ろの机に頭から叩きつけられる。
「これが貴方の実力よ」
「くそ、妙な魔法を使いやがって」
ここは俺が証言しておこう。
「ミリアは魔法を使っていない。それくらい魔力感知でわかるだろう」
「それすらわからない程度だって事ね」
ミリア、厳しい。
「さ、事務室へ行きましょ。この馬鹿にかかわっているのは時間の無駄だわ」
俺も同感なので立ち上がる。
残り2人もどうやら同意のようだ。
歩きかけた処でさらにラーダがもう一度ミリアに殴りかかってきた。
「このくそ女!」
ミリアはそっちを見さえもせず、右手1本ですっとさばく。
ドン!
ラーダが壁に激突した。
「本当に駄目な奴ね」
「これでも入学時には少しは期待されたのだけれどね」
この場にいなかった筈の声がした。
俺の背筋に冷たい汗が流れる。
どうやらヤバい人が来てしまったようだ。
「アルストム先輩」
「彼は僕が反省させておくよ。僕は試験が無くて暇だからね。君達は事務室に向かい給え。早く行かないと混むからね」
「すみません、お願いします」
俺は頭を下げた後、早足になりそうになるのを抑え、つとめていつも通りの速度で歩き出す。
「どうしたのハンス。手と足、同じ方を出して歩いているけれど」
ミリアに言われてあわててなおす。
「いや何でも無い。ラーダも気の毒だなと思っただけだ」
「自業自得よ、あんなの。心配する価値もないわ」
いやミリア、そうとは言い切れない事もあるのだ。
ラーダは丸刈り、いや全身脱毛で済むだろうか。
それとも前に聞いたもっと恐ろしい魔法の実験台になるのだろうか。
三日三晩痒みに襲われる魔法とか、一昼夜全身の震えが止まらない魔法とか。
だが俺にはもう彼を救う手立てはない。
彼の冥福を祈ることしか……って、死んでいないか。
事務室へ行ったらモリさん達と出会った。
どうやら俺達を待っていてくれたようだ。
「どうだった、結果は」
「私もハンスもC級になったわ。そっちは?」
「俺達も3人ともD級だ。あとフィンも。フィンは臨時のバイトでもう出て行ったけれど」
つまりこのパーティは全員昇級できたと。
なら話すべき事があるな。
俺とミリアの視線が合う。
◇◇◇
少し遡って試験前日の夜。
2人で魔物討伐をした際、話したのだ。
「順調にいけばアンジェ達も明日にはD級になるわよね。それでどうするの?」
ミリアの質問の意味はすぐにわかった。
だからこう答える。
「別に行動したかったら止める事は出来ないだろう」
「そうよね、やっぱり」
ミリアは頷いて、そして続ける。
「元々はレベルが足りないからまともな任務を受けられない。それだけだったのよね、うちのパーティ。今は当たり前のように毎日一緒に出ているけれど」
「ああ」
確かにそうだよな。
「でもアンジェ達も一緒にやりたいと思ってくれるかはわからないわよね。だから明日以降、聞いてみる必要があるわ」
「同意だな」
「私としては本音は今のままでいいんだけれどね」
「そっちも同意だ」
それが日常というか当たり前になってしまった。
これが普人的な生ぬるさなのだろうか。
それを心地よいと感じる俺は堕落してしまったのだろうか。
そんな事を思いながら街へと帰る道を歩いていく……
◇◇◇
そんな訳でいつも通り食堂で昼食の際、ミリアは口を開く。
「これで全員D級、各自単独でも外へ出る依頼を受ける事が出来るようになったわ。だからその上で皆に質問よ。もしこれから別行動をしたいと思うのなら正直に言って。止めないから」
「それってこのパーティから俺、いや私達が追い出されるって事じゃないよな」
モリさんはいまでも時々俺という言い方が出てしまう。
「そうじゃないわ。このパーティは元々E級依頼の報酬が安すぎるから出来たパーティでしょ。だからその理由が無くなった今、改めてどうしたいか聞いてみたの。だから残りたかったらそれはそれで問題無いわ」
残って欲しいと自分から言えないところがミリアだなと思う。
「ハンスもそうなのか?」
「ああ。ここで一応聞いておくべきだと判断した。これで慣れたしこれからも一緒に行ければいいとは思っているけれどな」
俺も大分普人の流儀に慣れた。
だからこれくらいの事は言えるのだ。
ミリアとは違って。
「なら私は一緒がいいわ。まだまだ実力が足りないのはわかっているし。勿論ミリアやハンスが良ければだけれど」
アンジェが真っ先にそう宣言。
「お、私もだな。正直D級といってもまだまだ実力が足りないのはわかってる」
「俺もだ。力押し以外は自信無いしさ」
ちょっと間が空いた後。
「なら今後もガンガンやるから覚悟しなさいよ」
台詞はそんな感じだがミリアが喜んでいる事はパーティの全員がわかっている。
彼女の表情は大変読みやすいのだ。
少なくともこのパーティ内の面々には。
「まずは魔小猪を単独で倒せるようにならないとね。あと途中ゴブリンに出会っても5匹程度は瞬殺できるようにならないと」
「お手柔らかに頼みます」
モリさんがひくっとしたのを俺は見逃さなかった。
一方でミリアの台詞はまだ続く。
「戦鹿も雄が角をむけて向かってくるのを一撃で仕留めるとかね」
「いやミリア、それはまだ早い」
流石に俺もここでミリアにストップをかける。
D級にはまだ早い。
運が悪ければ角が突き刺さって死んでしまう。
でもミリアは止まらない。
「あと迷宮も最初のモンスターハウス、1人でクリア出来るように特訓よね。あれが出来れば雨の日でも3日分くらいの稼ぎにはなるわ」
「ミリア、それはC級でもかなり辛いぞ」
ミリアや俺のように魔法で範囲攻撃や高速攻撃が出来なければ無理だから。
「なんか私、早まったかなあ」
モリさんがそんな事を言っている。
「もう遅いわよ。一緒にやると聞いたからね」
その声がかなり機嫌よさそうな感じで思わず俺達は苦笑した。
◇◇◇
数日後。
ふと思い出したのでモリさんに聞いてみる。
「そう言えばラーダ、あの後どうだった?」
アルストム先輩による被害確認だ。
髪が無事かとか、そもそも存在そのものが無事かとまでは流石に言わないけれど。
「そう言えばかなり雰囲気が変わったな。とにかく静かになった。髪も全部剃ったし。授業も静かに真面目にうけるようになったし、まるで別人だ。1人だけC級に落ちたり大勢がD級になったりしたのがショックだったんだろうな」
なんて話だ。
いやモリさん、きっと試験のせいじゃない。
怖い怖い先輩の御指導の賜だ。
なんて事は俺は言わない。
俺だって怖いものはあるのだ。
脅威に対して正しく恐れる事は獣人であっても恥ではない。
多分、きっと。




