「ドングリ池」のお手伝いはどこまで?
ある日、こちら岸に取り残されたアライグマくんが「チェッ」と舌打ちしました。おめかししてロープに巻き付いていたヘビさんはそれを聞き咎めて、何も言わずにぼちゃんと川に飛び込みます。
上流に遡ったかと思ったら、木の板にからだを巻き付けて、川に流されるかのように泳ぎ戻ってきました。
「辛気臭い顔されちゃ、こっちの気分が台無しよ。これをお使いなさい」
アライグマくんは目の前に置かれたこげ茶色の細板に見覚えがある気がしました。
「そうよ、これは『オンボロ橋』の床板。流れてきたのを拾っておいたの。左右両側に吊り橋として繋いでいた縄が残っているでしょう? 足を前後に開いて片足ずつ入れてごらんなさい」
「え、なんだよ、オレに何させたいんだか……」
ロープの下の浅瀬で、アライグマくんはよたよたと橋板に乗っかりました。
「水上スキーをご存知なくて?」
「やったことあるはずがねえ……」
「クマくん、アライグマくんの背中をどんと押してやって下さる? そしてあなたは、板が止まりそうになったらロープを自分で手繰り寄せる。何度も続ければ向こうに行けますから」
つぎの瞬間アライグマくんを乗せて、板は水面を切っていました。
「ヒャッホー!」
アライグマくんの姿は歓声とともに遠ざかっていきます。
こちらの岸に残ったのはクマくんとキツネさんだけになってしまいました。
「キツネさん、あの……、ぼく、ごめんね?」
「何がごめんね?」
「だって一生懸命考えてくれたのに、キツネさん向こうに連れて行ってあげられない」
「私こそ、クマちゃんを渡してあげたかったのに、ロープ張るのに精一杯でこの先どうしたらいいかわからないの。ごめんね」
ふたりで膝を抱えて座り込んでいます。
「もう一度『ドングリ池』にお手伝い頼んでみようか?」
キツネさんは自分のためというわけではなく、クマくんを励ましたくてそう言いました。
「ううん、いいの。ぼく、もう少し大きくなったら木が倒せるようになる。そうしたらきっとこのロープを使って橋が作れる。その時は手伝ってくれる?」
「ええ、もちろんよ、クマちゃん」
その後はふたり黙って虹色にきらめくロープと川の照り返しと、緑の草原を眺めていました。
すると、アライグマくんが「これすげぇ! 向こうもすげぇ!」と言いながら戻ってきました。
「もう少し大きな板があればクマっ子も水上スキーできるだろうに」
「たぶん板が大きいと、川の流れに対抗できないと思うわ」
「そうなのか?」
アライグマくんはキツネさんの指摘に、自分ひとりはしゃぎすぎたかと気にしたようです。
ヘビさんもリスくんもコマドリさんも戻ってきておしゃべりをしていると、後ろにどすんどすんと足音が響きました。
「お、これが『逆さ虹のロープ』か。綺麗に作ったな」
「あ、お父さん!」
クマのお父さんが丸太を抱えて現れました。
「思ったより手間取って時間がかかった」
と独り言をいいながら、丸太をロープの近くの岸に下ろします。
子どもたちはクマのお父さんと丸太の周りで興味津々です。
「え、これ、船ですの?」
ヘビさんが訊きました。
「ああ、丸木舟だ。ほらここ、舷側に命綱をつけたから、輪っかにして虹のロープにひっかける。こうしておけば少々のことで川に流されることはないから。ほら、お手本を見せるぞ、おまえ、乗りなさい」
お父さんはクマくんだけを乗せて漕ぎだしました。
「しっかり覚えなさい。命綱とロープが擦れてどちらかが切れてしまっては困るから、川の底をオールでぐっと押して上流に舟を向け、綱が緩んだ所で前に出す。引き摺ってはいけない。川の真ん中辺りは深くて、オールが底に届かないかもしれない。そしたら一生懸命上流に向けて舟を漕ぐ。そして命綱を動かす。いいね?」
「はい、お父さん」
「じゃあ、やってみなさい。岸に戻る」
「え、戻っちゃうの? 向こうへ行くんじゃないの?」
「ほら、練習しなさい。上手にできたら戻ってお友達を乗せてあげる。そうしたいんじゃないのか?」
「あ、うん、うん、そうしたい!」
クマくんは俄然しっかり川の底を押して流れに逆らい、丸木舟の命綱を前進させました。お父さんより二倍の時間がかかりましたが、だんだん慣れてきて岸に近付いてきます。キツネさんばかりでなく、小さなリスくんやコマドリさんの姿も見えるようになりました。
岸に着くと、みんなが「すごい、舟だ! クマくん、船頭さんだ!」と手を叩いて迎えてくれました。
岸に上がったクマの親子をみんなが取り囲みます。
「川を舟で横切るのは大変なんだ。君たちがロープを完成させなければ、子どもだけで舟を出すなんてことはさせなかったよ。でもこれでみんな、行きたい時に川が渡れるだろう? 楽しくてもちゃんと夕食前にはうちに帰ってくること。船頭はかなり力が要るから、うちの子に任せて欲しい」
「はい、ありがとうございます。クマのおじさん!」
お礼を言う他の子たちに「いいんだよ」と頷いてからクマくんのお父さんは、息子の頭を撫でました。
「おまえはいずれ、川向こうのお嫁さんをもらうことになるのだろうから」
クマくんはぼっと真っ赤になって黙ってしまいました。
「それで川が渡りたかったのかぁ?」
アライグマくんがからかいます。
「ほらほら、早くキツネさんを乗せてあげて。ぼけぼけしてるとお茶の時間になってしまいますわ」
ヘビさんがそう言って、キツネさんばかりでなくみんなで舟に乗り込むと、クマくんはぐっと舟を沖に向かって漕ぎだしました。
珍しい、逆さの虹が出る森の、外れの緑の草原に、逆さの虹色ロープとお舟。
仲良し動物五匹と一羽は、今日も「逆さ虹の渡し」で冒険に出かけます。
読了ありがとうございました。
ヤマなし、オチなしなので、せめて動物の子どもたちが生き生きと描けていればいいのですが……。




