想いが呼び込む嵐
短くてすいません…
今まで我儘ひとつ言わなかった、サンドラの初めてのお願いは、瞬く間にレプシウス家の中を駆け巡り周知された。
そして、皆の反応はいくつかに別れた。
あのサンドラがお願いをしたという驚き。
お願いするということは、相手を信頼し頼っているとの証となるので喜び。
だけど、内容が「シリウスの妻になりたい」という内容である為の戸惑い。
その中で、私は驚きと戸惑いで何も考えられなくなってしまった。
お願いなんて我儘は、むしろ嬉しい。
だけど、どうして結婚なの?
どうして、シリウスの妻になりたいの?
不思議な胸のモヤモヤが渦巻いて、私は何も考えられなくなった。
そんな気持ちのままでいるうちに、お父さまがサンドラの心情を聞いて、私、お兄さま、お母さまに話してくれた。
サンドラは生死をさ迷う状態から回復してから、色々思う事があったのだという。
物心つく頃から今まで、幾度か生死をさ迷う目にあっている。
それはとても恐ろしく、常に不安で、怒りもあって、でも少し諦めていた。
そして、一つの境を越えたところで、また体調を崩してしまった。
悔しくて、落ち込んで、でもそれでもやはり側にいてくれる家族に喜びを感じていたのだけれど。
ふと、気づいてしまったのだ。自分以外の家族の変化に。
当たり前なのだけれど、サンドラが成長すれば、みんなも年を経て身体的にも変化が見られる。
サンドラが気づいたのはそういうことではなくて、周りの人それぞれがみている世界というものがどんどん変化している事に気づいたのだ。
その中で、一番心が揺れたのは、私とシリウスの事だという。
はっきりとした何かがあったわけではないのだけれど、私とシリウスは将来夫婦になるだろうと思われていた。
それは考えもしていなかったけれど、そう聞かされても特に驚く事でもなく、自然の流れならば、私は受け入れていただろうと思う。
だが、それがサンドラには衝撃だった。
私とシリウスが夫婦になろうとも、サンドラへの思いも接し方も変わらないだろう。
けれど今のような年の近い兄姉妹の関係であったのが、私とシリウスだけが変化して夫婦になる。
取り残され、そしてまたすぐに近寄ってくる「死」に不安を感じる、サンドラだけが変わらないまま続く日々。
そう思ってしまうと、嫌で嫌でたまらなくなってしまったらしい。
なんのための「生」か。
なぜ、私だけが変わらずに生きていかねばならないのか。
自分の体はこのままで、他の人より早い「死」を来てしまうのならば、せめて何か変化を自分で起こしてみたい。
自分の意思で何かを残したい、と思ったそうだ。
そこでお父さまの「欲しいものがあったなら・・・」を思い出した。
そうして、思い浮かんだのは優しいシリウス。
と同時に、彼に対する恋情にも気づいて、溢れだした思いのままお願いをしたということだった。
説明されれば、理解できるところはあるわ。
確かに、サンドラの世界はとても狭い。
常に側に誰かがいるけれど、家族かそれ同然の者たちばかり。
唯一トリント家の人達がちがうけれど、ぐっと近くにいてくれたのはシリウスだけ。
そんな彼が、大切な存在になるのは当然よね。
私たちは話し合った。
できる事なら、サンドラの願いを叶えてあげたい。
しかし、いくら親しくしているといっても、シリウスは子爵家の令息だ。
シリウス本人が承諾しようとも、トリント家として否となる可能性の方が高い。
トリント家に打診するまでもなく、それは叶わぬことと諭した方がサンドラを傷つけないのではないか。
そんな意見も出たけれど、結局はお父さま自らトリント家に足を運び、直接子爵さまに願い出た。
トリント子爵も大変驚かれたようだった。
それでも、これまでの交流もあって、即座に否とはおっしゃらなかった。
だから、もしかしたら サンドラを悲しませる事はないかもしれない、と期待した。
結果から言えば、トリント子爵はサンドラとシリウスの婚姻を認めて下さった。
だが、やはりやはり快諾とはいかなかったらしい。
トリント子爵には溺愛していると有名な妻がいる。その名はハリエットさま。
シリウスの母であるハリエットさまは、即座に反対なさったそうだ。
我がレプシウス家と長い付き合いがあり、家族の人柄等を知っていてもなお、サンドラとの婚姻はトリント家にとっては何のメリットもない。
騎士の家に生まれながら、シリウスがその気性でなくてもトリント家ではとても愛されている。
例え騎士の道を選ばなくても、彼に合った道を行き幸せになってくれる事を、当然ながら家族は願っていた。
しかし、サンドラの身体は日常生活すら普通に過ごせる状態ではなく、居場所は限定されてしまうだろう。
そして、将来シリウスが何らかの職についたとしても、彼の性格上サンドラの側にいるだろう。
それは言い替えれば、シリウスをそこに縛りつける事になる。
それは時として、シリウスの未来に影を指すことになるのではないか。
シリウスの子とて将来望めない、ただ死にゆく娘のワガママに、なぜシリウスが付き合ってやらねばならないのか。
ハリエットさまは、感情高ぶるままにそう言ったのだという。
その事を聞いた時は、家族の誰もが痛みに耐えるような表情になってしまったけれど、ハリエットさまの言うことは間違ってはいない。
私たちがサンドラを想うように、ハリエットさまもシリウスを想っての事なのはわかるわ。
そしてハリエットさまがそう仰るなら、サンドラの婚姻は認められないでしょう。
ところが、トリント子爵は我がレプシウス家の願いを切り捨てはしなかった。
そもそも、子爵自身が当時伯爵家の令嬢であったにハリエットさまに心を奪われ恋い慕い、ハリエットさまもその一途な想いに応えた身分違いの婚姻だったからだった。
まず、シリウスに話を聞きその心の内を確かめた上で、ハリエットさまに対して、男爵家が子爵家に申し込む事の無謀さや、それほどまでのサンドラやレプシウス家の想いの強さを、当時の己の姿に重ねて説得して下さった。
こうして、サンドラとシリウスの婚約がなされようとしたのだけれど。
強引に推し進めれば、それなりの対価は払う羽目になるもの。
我がレプシウス家の思いは、大きな嵐を呼び込んだ。
ハリエットさまの父、シリウスの祖父のカールソン伯爵がトリント家に来襲したのだ。