第22話 初陣と音楽と
第一王子の初陣があった。隣国が攻めてきたためだ。それなりに規模の大きな戦争で、第一王子の危険も高い戦場だったが、そこは私の力で全ての危険を除去してやった。そもそも第一王子はなかなかに才能にあふれた男だった。剣技も馬術もなかなかのもので、戦場での生死を分ける第六感的なものも先天的にもっているらしく、更には良い戦場を引き当てる運すらも持っていた。天は何物も与えることもあるらしい。私はそれが第一王子に対してで本当に良かったと思った。
けれど、運命と言うのはやっぱりそんなに優しくないらしい。
戦場から帰ると第一王子の母上が亡くなっていた。病弱で、線の細い人だったが、その印象とは異なり中々に根性やパワフルさを持った素敵な女性だった。それに、彼女は私の姿が見えていないにもかかわらず、私がそこにいることが分かると言う不思議な力を持っていた。なぜ見えていない事が分かるかと言えば、三脚のイスがあるとして、一番左のイスに私が座っているにも関わらず、彼女は一番右のイスに向かって「こんにちは、妖精さん?」などと話しかけたりするからである。勘が鋭いのかそうでないのか良く分からない人だったが、とにかく可愛くて愛らしい人だったのは確かだ。彼女がいたからこそ、第一王子には私を見ることができるのかもしれない。私は王子と共に、彼女の死を深く悼んだ。
この日から第一王子は自分のことを僕とは言わなくなった。彼なりの決別だったのかもしれない。何か区切りがなければ置いておけないものもあるだろう。
*
ぼんやりと廊下を歩いていると、中庭の風景が目に入った。誰が忘れたのか分からないが、テーブルの上にはハープが置いてある。そう言えば先ほど国王に許可をとりに来ていた旅芸人の集団がいたな。おそらくそのうちの一人が忘れてしまったのだろう。
そう言えば久しく楽器など弾いていない。もとの世界にいたときはよくピアノを弾いたものだった。こちらに来てからも、暇なときはいくつか楽器を手慰みに弾いていたこともあった。やることもなかったから。
少し、弾いてみたくなった。音をならしていれば楽器を鳴らすプロだ。その耳でハープの在り処くらい理解するだろう。
少しだけ悪戯をしてやりたい気持ちも湧いてきてしまった。迷路の奥にあるなんて面白そうじゃないか。
そう思った私は、薔薇迷路の奥へと踏み込んでいく。どこら辺で弾こうか、と目ぼしい場所を探索していると、突然開けた場所に出た。そこには大きな天使の彫像があり、台座が座るのにちょうどよさそうである。ここにしようか。
私はハープを手に取る。ぽろろろろん、と全ての弦を一度鳴らして、調弦の具合を確かめた。聞く限り、ずれていない。良く手入れもされているようで、弾きやすかった。おそらくこれの持ち主は今頃必死で探しているのではないだろうか。なんだか、悪い気がしてきた。しかし今さらだろう。
私はハープを構えて音楽を奏で始める。
夢中になって弾いていると、がさがさと誰かがこちらに向かってくる音がした。薔薇迷路を渡って来たのだろう。となるとおそらくはハープ奏者の者ではないだろうか。
けれど予想は外れて、そこにやってきたのは第一王子だった。
彼はひとしきり私の演奏を誉めて、何を弾いているのか聞いてきた。
私は絶望を弾いている、と言ってやった。
不思議そうに見つめる彼の眼は、なぜそんなものを弾いているのか、と雄弁に語っていたが、私はそれに応えずにただハープを奏でる。
そうすると彼も聞くべきか聞かざるべきか判断に迷ったようで、結局、聞かないことに決めてしまった。
こういうときは、踏み込んで聞くべきだと思うのだが、彼は少し臆病に過ぎるのではないだろうか? それとも私のことなど女とも思ってないのだろうか。
そんな思いが、ハープの音に少し出てしまったかもしれない。
ただ、悪くない時間ではあった。
余談だが、あとでハープを取りに来た奏者は、不思議な音色を聞いて薔薇迷路を探した。音の出所を探すうち、迷ってどこにいったらいいのか分からなくなったとき、ハープの音色が彼を緩やかに導いた。何度かそんなことを繰り返すと、いつの間にか彼は開けた空間に出ていた。そこには天使の彫像があり、その足元にはハープが置いてあった。
彼はそれを見て、もしかして。
と思ってしまったという。
それ以来彼は、今まで以上にハープの研鑚に励んだ。
天使が奏でたハープを、あの音色に近付けるように。
そう思って奏でたのだ、と彼は晩年語ったそうだ。




