第1章
すべては雨の夜から始まった。
大学最後の課題を提出した後、僕、タク、ショウとカズは、約束通り車旅に出た。
彼らとはこの四年間ずっと一緒に過ごしてきた仲だ。学生として最後の2か月、存分に遊ぼうという感じで、誰だか覚えてないが、こんなアイデアを出した、「行くあてもない旅に出よう」と。カーナビを外してずっと道路に沿って車で気ままにどこまでも行く、交差点や分けれ道があったら、多数決を取る、意見がバラバラで決まらない場合はその時の運転手に任せよう。僕だけ免許持ってないけど、道はあの三人に任せても問題はないだろう。どの道、3月下旬の卒業式に間に合えればいいから、この間の日数の半分を超えたら帰るかどうか、いつ帰るかを決める。
とても僕ららしいというか、皆これに頷いた。どうせ今の時代はスマホもネットもなるし、帰る時は道に迷うことはないだろう。道路に沿って行けば、標識もある、休憩する施設も必ず見つかるし、最悪の場合男4人で車中泊するだけだから、特に心配はなかった。
楽しかった。本当に楽しかった。
急に雨が降ってきたあの日までは。
旅が始まって10日くらい経つが、冬の高気圧の影響かな、その間はずっと晴れだった。3月4日、僕らは中国地方で山道をぐるぐる回ってた。具体的にどの県なのかははっきりわからなくて、ただひたすらに民家、田んぼ、トンネル、木と木が通り過ぎて行くのを車窓から眺めてた。朝はスーパーで2食分の飯とおやつを買ったから、例えこれからずっと山道でも、当面とうめん食には困らなさそうだった。
そんな午後になると突然空が暗くなって、大雨が降ってきた。雨も旅行の楽しみの一つだと思ってたから、特に誰も気が滅入ることはなかった。このまま進んで、人気ひとけのある場所についたら、休憩する場所を探そうという結論に至る。
だが、約2時間進んでも、全然山から出られ気配はなかった。店どころか、民家ですら1時間程見当たらない。いつの間にか対向車線からは車が来なくなって、道もどんどん狭く、自動車一台分しか通れない幅になってた。もうすぐ5時になる。冬は暗くなるのが早いせいで今更引き返せないし、できたとしても2時間の道を延々と行くだけだから、いっそうこのまま進んで、出れたら何より、出れなかったら平坦な場所を見つけてこのまま泊まろうと、当時運転してるカズは主張した。全員一致したということで、もう30分くらいは進んでみようという結論に至った。
だが、そんなことも、許されなかった。
5分くらい進んだところ、前方の道が塞がれてしまったことに気付く。土砂と倒れた木に埋もれて、既に壊滅状態だと言える。雨の勢いが減ることもないから、皆諦めて車の停められそう場所を探す。それについてショウは反対した。雨のせいで土砂が崩れたなら、ネットも電波もないここにいるのは危険すぎると。けどカズは「もう暗くなったし、電灯も標識もない山道を進むのはもっと危険だよ。道を逸れてどっかの崖から落っこちたらそれこそたまったもんじゃない。」と主張する。両方とも一理あるだと思って、意見を折衷し車を停める場所を探すことにした。だがそのためにも、10分くらい来た道を引き返した。
結果として、夜がこの山を覆いつくす前に平坦なところ見つかってよかったとも言える。全く見開いた場所ではないが、さっきの道と比べればまだマシ。こういうのは山間部というかな?よくわからないけど。
「ここさっき通った?何か記憶と違うなぁ。」タクのさり気ない一言が、皆をビビらせた。
「うわやめろ、怖えぇ。なんかあったら俺の責任になっちゃうじゃん!」カズが半笑いで言った。「すっかり暗くなったし、周りもよく見えない。でもずっと一本道だから、間違えるわけないよ。今何時?」
「5時45。」ショウはすぐ答えた。
多分皆も腹減ってるだろう。「よし、飯だ!」
夕食を済ませた後、僕ら四人はだらだらと過ごした。事前にこういう状況に備えるため、ゲーム機を持って来させたのは我ながら名案だと思う。ネットがなくてもローカル通信で一緒にゲームをやって時間を潰せる。
そして、雨の勢いは弱まることなく降り続けていた。
「タク遅ぇなぁ…」シートにもたれかかってるカズがそう呟く。
夕食から2時間、僕らはずっとゲームしていた。今は休憩中だが、用を足しに行ったタクが30分経っても一向に戻ってくる様子がない。
ついさっきから、外はゴロゴロと雷もし始めた。
「さすがにちょっと心配だ…見てく…」
「あっ、戻ってきた。」カズがレインコート取り出そうとした時に、外に懐中電灯を持ってる人影が見えて、車に向かって走ってきた。
タクだ。
カズがドアを開く。「ったく遅ぇよ!」
「それかけて言ってるのか、さむっ!」タクが笑いながら入ってきて、畳んだレインポンチョを足元にパシャっと置いた。
「お前、大の方は30分もするのか、初めて知った。」ショウが言う。
「違ぇよ。発見があんだよ。あそこに屋敷があんだ。」
「屋敷?!」
「うわ、こっわっ!」
タクは続く。
「さっきすっごい雷あっただろ?あそこのガラスがあれの光を反射してたんだ。そんで俺あそこに屋敷があるって気づいたんだ、あの林の向こう。」
「そんで確認しに行こうと思ったんだけど、林に入った途端怖くなって戻ってきた。」
「チキンじゃん!」僕が笑う。
「まぁ確かに怖ぇわ…」ショウも頷く。
「んで、一緒に行こうって?」カズが嫌そうな表情で鼻ほじり始める。
「ちょっと様子見に行くだけでいいよ。人がいんなら泊めてもらえるか聞いてみようぜ。車の中よりはマシだろ。」
「進んで2時間標識の一つもない山奥に屋敷って、いや、どう考えても怪しすぎるだろ。」
「だ~から~ちょっと様子見だけだって。人がいなかったら戻ってくればいいし。4人なら何とかなるさ。大体、お前ら今やることないだろ?寝るにしても今の時間は早いし。」
そうだった。現代人に対して一番の敵は恐怖やホラーではなく、ネットのない環境だった。結局反対してたショウも説得され、4人で探検しに行く羽目になった。
確かに林の向こうに、屋敷はあった。
結構立派な洋館がポツンと空き地の上に聳えている。懐中電灯の照明を当てて外部から様子を調べてみたが、窓の並びから見ると、せめて三階はあるだろう。どの窓も閉まっていて、外からは何も見えない。もっとも、照明を当てたら窓際に人影が見えた方がよっぽど恐ろしいけど。
まぁこんな屋敷でも、この暗さであれば山の中では見つかり難いものだ。現に人の気配もない。それに、この光景を見ると、どうしても心の中に違和感が拭えない。なんていうか、原生林の中に置かれたベビーカーの様な不調和感。山奥なのにここまでの地形があまりにも平たいこともなんかひっかかる。認めたくはないが、どうやらまだ足を踏み入れてないのに、僕はもう「怖い」と直感した。違和感が背筋に取り付いて、体がこの場所を拒んでいるようだ。
怖気づいてここを離れようと提案したいが、
「コッコ」。木製のドアを叩く音。カズがノックをした。
「……」
応答なし。
続いてもう一回、今度は力強めに叩いた。
……
が、やはり返事はない。
多分本当に廃屋なんだ。
「もう帰ろ。何か嫌な感じがする。」僕は提言する。
「おおもう怖いのか?まぁちょっと待ってよ」ショウが逆にノリノリでドアノブを回す。
すると、
「トカン!」って、鍵ごとドアノブが解体して落ちた。
「なんだ、ただのボロ屋敷じゃん。」カズが呟く。
「そ、そうだな、ホラーだったらここは…ドアが自分で開くパターンなんだがな。」タクが補足。お前、なんか声が震えてねぇ?
「入ってみよう。」カズとショウが玄関周りに照明を宛てて確認した後、一緒に入って行った。
「…」僕とタクはちょっと躊躇したが、ここは一緒に行動した方がいいという結論で、後を追う。
こうして4人一緒に屋敷を軽く探索してみた。
内部の床も壁も階段も全部石造で、木造が基本の日本の建物とは思えないものだった。
部屋の配置は割とシンプル。一階には一室の大きい広間しかなく、その中に家具なども置いてなかった。入口から入って右手の廊下の突き当りに階段はある。どうやら階段は一か所にしかないみたい。二階には部屋いくつかあるが、広間と同じ空だった。三階には部屋3つある、階段から1番目の部屋は空だが、2番目にはベッド3つあって、3番目の部屋にはベッドが2つ置いてあった。更に奥はトイレと思われる場所だが、便器などが設置されてなく、排水溝みたいな構造と穴しか残ってない。三階左の突き当りには浴室と思われる所もある。湯船と蛇口はあるが、やはり水は出ない。
1階と3階の構造は同じ、廊下を歩いて左側が窓、広間も部屋も全部右手側にある。2階だけは違って、八方に部屋がある。階段から進むと、本来なら細長いと思われる廊下はなんか短く感じ、部屋に囲まれている窮屈な感覚も拭えなかった。この建物の部屋全てドアは付いてないのに、なぜかそう思わずにはいられない。僕らは土木や建築の学科じゃないので、こういうのは詳しくないが、見たことのない内部構造だった。
それに、屋敷に入る前から僕に取り憑く不安と違和感が探索中にどんどん広がってく。
一応探索を終え、1階に戻ってここからどうしようと話し合うつもりだったが…階段を下りてすぐ、僕らは気づいた、
カズがいない。
……恐怖が僕らの間で蔓延する。
とは言いたいものの、流石に二十年は男として無駄に過ごしてきたわけでもない。すぐに「一緒に探しに行く」ことを決めた。ここで手分けするとか馬鹿な真似やったら餌食になるというホラー映画の経験に基づく正しい行動だと、僕は思う。
1階と2階とも部屋が空なので、一番有り得るのは3階の部屋に隠れていると、ショウは判断した。よって1階の広間と2階の部屋にはぱっと照明を当てて確認をした後、僕らはすぐに3階へ向かい、ベッド一つ一つ調べてみたが、やはりいない。
困惑と焦りに苛まれながら、もう一度1階から調べ直そうと、降りる僕ら。
二階まで行った時、突然物音がした。
緊張で頭皮がムズムズしてきたが、ゆっくり照明を回りに当てる。
すると突然、
「ガァッ!」
って飛び出すカズだった。
一瞬で筋肉が固まって動けない僕らを見て、カズが涙が出るくらい爆笑した。
一体何が面白いのだろう。
男三人がお互いを引っ掴んでビビってる場面がそんなに笑えるのか?
僕らはカズに説教と文句をしながら、この屋敷を出た。カズが笑いを堪えながら口にする謝りの言葉が林にも響き渡る。
外はまだ、大雨。




