4.『カフェ・ショーブランで昼食を』part 13.
「次の本はこれでございますです、はい」
「お嬢様おぼっちゃま方には、この本がよろしいのではと思いますです、はい」
お子様たちがおとなしく本を読んでいるのは、図書妖精がいい感じに次から次へと本を持ってきてくれるからみたいだった。
飲み会で皆んなのグラスが空きそうかどうか気にする幹事みたいに、次々と本を勧めてくれるせいで止め時がわからなくなるから、ラハールちゃん達は自然と読書に夢中になっている。
私も真面目に資料探しするか……
図書妖精が持ってきてくれた『年鑑から消えた貴族たち』を読んでみると、一代で栄光をつかんだ貴族が家族問題で没落したり、長い歴史のある貴族が謀反を起こして没落したりといったエピソードが12章に分けて記されていた。
魔国貴族年鑑は、急に表記が消えることがあるため、専任の文官さんたちが何人かで毎日チェックをしているらしい。
皆んなの話題になるような大スキャンダルならチェックは簡単だけど、人知れず処理される辞令もあるらしくて、手元に届く報告書を参照するだけでは漏れがあるのだとか。
とくに地方の弱小貴族は、領主の権限で毎日のように貴族に取り立てられたり処分されたりするので、記録を取るのが大変らしい。でもこれ、しっかり推移を見てれば、地方情勢も遠隔チェックできてめちゃ便利だよね……
『年鑑から消えた貴族たち』という本を書いたのは、退官した文官さんで、貴族たちの細かい日常や文官さんの裏事情なんかもさりげなく書いてあって面白い。
外部からのアプローチだと、どうしても王城という立地と、ある程度地位を持った貴族しかなれないという文官のステータスに引っ張られて、筆者が気負ってしまって無駄に格調高い神妙な文章になりがちだ。
だけど、これを書いた退役文官さんは、さも当たり前のように身も蓋も無い事実を書いてくれるのでニヤニヤしながら読み進んでしまう。
この本の作者さん、もし今もご存命なら会ってお話を聞きたいくらいだ。何にも根拠はないけど、美味しいお酒が飲めるような気がする……たぶん。
「何か面白いものでもあったのか?」
私の顔がキモかったのか、不審顔のベアトゥス様が不貞腐れながらもツッコミを入れてきた。
ちょっとは精神的に浮上してきたのかな?
「はい、この本なんですけど、色んなパターンの失敗について書かれた本で……」
「失敗か……」
あ、やば……
せっかく浮上した勇者様が、また自分の殻に閉じこもってしまった。
「わ、私がベアトゥス様のお造りになった像に移動できなくても、ベアトゥス様はいつも側にいてくれるじゃないですか! だから全然問題ないですよ、ね?」
「そうか……? だが、また何が起こるかわからんではないか……」
この勇者様は、何でこうすぐしおしおになっちゃうのかなぁ……?
それがまた可愛いんだけど、ナチュラルボーン構ってちゃんなのか?
でも私は、このギャップがたまらなく好き。これが無視できないので、私たちは上手く行ってるのかもね。
現実世界の友達は、構ってちゃんが超嫌いで、それっぽい反応があるとすぐ「出た!」とか言ってスンてなってたし……人それぞれだよね。
とはいえ、相性が良いからって胡座をかいてちゃいけない!
仮面夫婦にならないためにも、ここはキッチリ愛情表現をしておかないと!
私は、落ち込んでいる夫の手をそっと持ち上げ……ようとしたけど、デカいなこの手。小指と薬指しか持てなかった。
でも、そこには、私たちの今の状態を具現化した指輪が嵌ってる。
「ベアトゥス様……この結婚指輪がある限り、私たちは特別な関係です。何があっても離れることはありませんから!」
「お、お前……こんな場所で何を言い出す……!」
「ムー!」
「特別な関係って何? って……王子殿下が言ってるよ……」
目の前で本を読んでいたはずのラハールちゃんが、顔を真っ赤にして本を盾にしながら聞いてきた。
あ……
お子様の前でイチャついてしまった……
「ふふふ、仲がお宜しいことで。私たち夫婦もぜひ見習いたいものです」
「あ、あの……これはその……」
ちょうど本を持ってきてくださったピオナさんが、微笑ましい様子でコメントをくれる。
すみません……二人の世界に入っちゃうと周囲が見えなくなるって、こういうことか……反省。
私がすっかり萎縮してアワアワしていると、積んだ本の上で昼寝してたらしき伝説の悪魔がゴロリと体をこちらに向け、ニヤついた顔で言った。
さっきまでは虫レベルだったのに、本がベッドみたいに見える大きさまで戻っていて、ほとんどビッグアクスタのサイズになってる……いつの間に……
「王子殿下、特別な関係ってのはね〜『お互い大好き!』ってことなんだよ☆」
「ムー! ムー!」
「ふふふ、そうだね〜、ここに居る皆んな『特別な関係』だよ☆」
キシュテムさんの言葉に満足したらしきフワフワちゃんは、大喜びでファサッと音もなく飛び上がった。相変わらずの重力無視っぷりである。
一方、浮上しかけていた勇者様は、赤面しながらもまた不機嫌な顔に戻っている。素直じゃないね……
「と、とにかく! この本に記されているように、ヴィルジェニー・イレイスも何か失敗して魔国貴族年鑑から消えたのかもしれません。魔国貴族年鑑をチェックしていた部署の文官さんにお話を聞いてみましょう!」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
王子殿下の竜車に乗せてもらって王都に戻ると、上空から見ても煤けた黒い街に気分が落ち込む。
でも、フワフワちゃんとすっかり仲良くなったラハールちゃんは、2人でキャッキャと外の景色を見て喜んでいた。
守りたいこの笑顔……
「気になるか……? あの子供らの関係が」
ベアトゥス様には、フワフワちゃんとラハールちゃんが番ったらしい、ということを情報共有していた。
いちおう、私たち夫婦で面倒見てるラハールちゃんの問題だし……それに、お相手が魔国の王子殿下なんて、目眩く王宮婚約破棄物の予感しかしない。
……そういえば、私がフワフワちゃんと初めて出会ったときも、チュレア様との婚約を回避するために家出してたらしいし、フワフワちゃんとの関係は慎重に考えないといけないだろう。
何と言っても、ウェスパシアの祭壇にラハールちゃんを沈めるわけにはいかない。この世界では名もなき虫の魂の集合体である少女だけど、その中身は私と同じ現実世界からの転生者なのだ。
いつの時代の子かわかんないけど、たぶん年下、そんでもってたぶん同じ日本人。素直でいい子。
ラハールちゃんについてはその位しかわかんないけど、それで十分だ。
人間関係は良い誤解か悪い誤解……とか、思い込みの連続っていうしね。
私だって自分のことすらわからないんだから、他人がそうそう理解できるもんでもないと思う。
私は、ラハールちゃんを家族のように心配すると決めたし、ラハールちゃんも頼ってくれる。これでいい。
フワフワちゃんだって、魔国の王子殿下としていろいろと考えながら動いているらしいし、これまでの付き合いから、ラハールちゃんに酷いことはしないと信じてる。
しばらくは様子見……だけど、アオハル的な感じで急展開したらどうしよう!?
いやーん♡ 気になりまくるんですけどー!!
「……そうですね……気になりまくりです」
「期待しすぎるなよ……王位が絡むと面倒が増える」
経験者は語るって感じかな?
今は亡き神国メガラニカで、実際いろいろな面倒に巻き込まれたベアトゥス様ならではの貴重なご意見を聞きながら、私は閉塞感から目を逸らすように頷いた。




