4.『カフェ・ショーブランで昼食を』part 12.
結局、ファレリ島の図書塔に残っていた文献をあたって分かったのは、魔国貴族の仕組みとかそんなんだった。
ヴィルジェニー・イレイスを題材にした物語とかもあったけど、なんだか凄く脚色が激しくて、人間族を丸呑みにして冬の寒さから守ったとかいう、魔族好みのトンデモ武勇伝ばっかで鵜呑みにできない感じ。
フワフワちゃんとラハールちゃんはといえば、そんな眉唾物の戯曲でも、楽しい冒険譚として読み耽っているようだった。
わかるわ……
私も現実世界の図書館で、アンドルー・ラングの童話集とか一気読みしてたし、ギリシア神話とか北欧神話とかに夢中になってた気がする。
その流れで世界中の神話に触れたり、地方の民話まで読めたのは良い思い出だ。
学校って、手を伸ばしさえすれば何かに届く、学びの場だよね……
この異世界では、学ぼうとしてもなかなか情報に辿り着けなくて、本を開いては閉じ、開いては閉じ……まず読むべき文献にぶち当たるまでが遠い。
図書塔の司書さんは頑張ってくれてるんだけど、あまりにもヘスダーレン卿の蔵書が多すぎて、背表紙のデザインでざっくりまとめられてたりするから内容が分類されていないのだ。見た目は革っぽいし金文字とか装飾もついてて超良いんだけどね……
こんなとき頼りになるはずの図書館蔵書検索システムのキシュテムさんは、力も体も失ってただの虫……いやむしろオジャマ虫だし、勇者様は女神像制作に失敗してからずっと暗いし、話しかけても心ここに在らずだし……
ちびっ子たちは面白い本に夢中だし、真面目に情報をリサーチしてるのは、もしかしなくても私だけですね!
「とりあえず……どの本を見ても、魔国貴族名鑑はすべての貴族を明記しており間違いはない、としか書いてないですね」
すっかり固まった体を伸ばしながら私が軽く愚痴ると、手伝ってくれていたサンマルカ君が申し訳なさそうに口を開いた。
「お望みの資料を選定することができず、不徳の極みです……」
「いえいえ、分類は順調に進んでいるようですし、こんなにたくさん本があるんですから仕方ないですよ。書架を増やしたいときは、またご連絡くださいね」
「そう言っていただけますと有り難いです」
「魔国貴族年鑑に載っていたはずの名前が消えた場合は、やはり本人が生きていると考えるべきなんでしょうか?」
私の質問に、サンマルカ君は悩ましげに目を閉じる。
「王城の文官様方がおっしゃっていたという事象ですね……私も寡聞にして魔国貴族年鑑から名前が消えた理由まではちょっと……」
「ですよね……」
「一般に、魔国貴族が亡くなった場合は、その死因などが自動的に魔国貴族年鑑に記されて永久にページが保存されます。それがされないのは、生きているうちに貴族の地位を剥奪され、魔国貴族ではなくなった場合ですので……」
「実際そういう例はあるんですね?」
「ええ……こちら、先ほど図書塔の妖精が見つけた本なのですが、『年鑑から消えた貴族たち』というゴシップ本です。歴史的事件に基づいて書かれておりますので、記述には信憑性がありまして……」
「ちょっと待ってください、図書塔の妖精? ここって妖精がいるんですか!?」
「ああ、妖精国から友好の証にエーテル抽出機が送られまして、それを主だった施設に設置しましたところ妖精が生まれました。ガーデンヴィラにも屋敷妖精が住み着いているようです」
「屋敷妖精?」
「エーテルの濃い場所に湧いて出る妖精でして、妖精王族の皆様のように存在が確定しているわけではございません。一晩だけ何やらコソコソと動き回って、明け方には消えることもあるようです」
「えぇ……そ、そうなんですね……」
「図書塔の妖精は、それらとはまた違って、特別本が好きな妖精です。本に執着があるのか存在感も安定しており、契約することもできますので、図書塔で働く限り保護するということになっております」
そう言って、サンマルカ君が軽々と抱き上げた図書塔の妖精は、私の想像とは違って60cmくらいの大きな紙魚だった。
「ひゅっ……!」
もしかすると、紙魚妖精は本を食べようとしているのではないかと思ったけど、サンマルカ君が言うにはキチンと3食支給されているので問題ないということだった。
……本当か?
一応、魔国の契約に縛られてるらしいから、いくら紙魚といえども大事な蔵書は絶対食べないみたいだけど。
その代わり、要らなくなった羊皮紙などをあげると大事に受け取って自分の部屋で食べるのだそうだ。
自室も支給されてたのか……
よく見ると、紙魚みたいな部分は髪の毛で、虫の裏側かと思われた部分には可愛い女児の顔がついていた。
ラハールちゃんといい、この異世界、虫は幼女になるんかい!!
……いや待て、王都の大工さんにゲジゲジのおじさんが居たような気がする。
でも、最初見たときのアイテールちゃんもほぼ虫だったし、謎に虫づいた環境ではある……よね?
私がガン見しすぎていたせいか、紙魚妖精はブルブルと震えながら冷や汗を流しはじめた。
「もう大事なご本を食べるような粗相はやらかしませんです、はい……1日1枚の羊皮紙でお腹いっぱいでございますです、はい」
「え、でもご飯も食べさせてもらってるんですよね?」
もしかして、紙しか食べさせてもらえてないのか? と思った私がご飯の心配をすると、紙魚妖精は大慌てで手を前に動かし、否定をしはじめた。
うーん……アニメ女子の動きといえばそうとも取れるけど……紙魚型のヘアスタイルのせいか、どうにも虫っぽい動き……
司書のサンマルカ君は、魔国民らしく図書塔の妖精には鷹揚に接する。
「おい、そのように忙しなく動いては本を汚すだろう、大人しくしろ」
「は、はい。申し訳ございませんです、はい」
「この妖精は雑食のようで、本のページを1日1枚食べれば、あとはパンでもスープでも何でも食べます」
「そ、そうでございますです、はい。たいへん結構なお食事をいただいておりますです、はい」
「はあ、そうなんですね……」
なら……良いのかな……?
図書塔の妖精は、この姿が成体らしく、私は『児童労働』という文字を脳内から追い出すのに、ほんのちょっと苦労した。
慣れはじめてる自分がコワイ……とにかく、本題に戻ろう。
「ところで、この『年鑑から消えた貴族たち』という本は、ヴィルジェニー・イレイスについては書いてあるんでしょうか?」
「それが……年代としては約1000年前の本なのですが、一読いたしましたところ、大魔法使い様については書かれていないのです……」
サンマルカ君は、ハッキリしない情報を伝えざるを得ない状況に苦痛を感じているのか、顔を歪ませながら俯きがちに説明する。
王城の専門家だってよくわからないんだから、いくら司書さんとはいえ、わからなくて当然だよね。
……って慰めるのも、何だか逆に当てこすりっぽく誤解されそうなので、私は黙って本を開いた。
1000年前に書かれた『年鑑から消えた貴族たち』にヴィルジェニー・イレイスの名前がないってことは、1000年前はまだ貴族だったってこと?
でも、ウィノナ様曰く、ヴィルジェニー・イレイスは歴とした人間だった。
ただ、魔法使いなので、長生きの可能性はあるとのこと。
よくわかんないね……そういや、現実世界の聖書とかでもアダムとかノアとか900歳以上まで生きたらしいし……本当かどうか知らんけど、異世界なら1000年越えはアリ……なのか?




