3.『火山の巨人イオスパイデ』part 31.
「おー! なかなか深いところまで行ったなぁー!」
ヤーちゃんの姿を追って、穴の中を覗き込んだイオスパイデさんが、感心したように呟く。
たぶん独り言だと思うんだけど、なにせ溶岩がそこかしこで溢れているせいか火山の巨人は体が物凄く大きくなっているので、周囲数キロに轟き渡るような大声だ。
軽く地響きも感じるし、何やら夜空にもゴロゴロと雷の予感がしてきたような……
「安心しろ、雷は俺が弾き返す」
「え……」
私が不安気に上を見たせいか、ベアトゥス様が耳元で囁いた。
か、雷も弾き返せるんですか……?
この勇者、ゴム製か!?
「別に……雷の心配はしてませんけど」
なんて言いながらも、私はドキドキしてベアトゥス様の腕製安全装置をしっかりと掴んだ。
こ、怖いんじゃないもんね。ヤーちゃんが心配なだけだから!
同時多発火山噴火の黒幕と言われても、私はヤーちゃんを邪悪なものとは思えない。
それどころか、むしろもっと純粋な何か尊いもののような気さえする。
何てことを言うと、この場に居る皆様に怒られそうなので黙ってるけど……
とにかく、計画が成功しますように。
目を閉じて、よくわからない神様みたいな存在に祈りを捧げた。
この異世界の神的な存在というと、精霊女王のベリル様になっちゃうっぽいけど。
ていうか、ベリル様……最近見かけないけど、一体どこで何してんだろ?
あ、ダメだ駄目だ。雑念はちゃんと払って、今は計画の成功を祈ることに集中。
ヤーちゃんとマーヤークさんが幸せになりますように……
と、そのとき。
「ムー!!」
フワフワちゃんが急に警告音を発した。
同時に。
「おっと、こりゃあすげー……!」
いつもの調子でのんびりと言いかけたイオスパイデさんの体が、次の瞬間、火口ごと垂直に吹き飛んだ。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「なるほど……これが火山の本当の力か……!」
溶岩の血煙と共に地下から勢いよく飛び出してきたのは、タコみたいな下半身になったヤーちゃんだった。
な、何なの!? 悪魔はみんなタコ化するもんなのか、この異世界は……!?
ていうか、イオスパイデさんは!?
「ム、ムー!! ム、ムー!!」
フワフワちゃんの様子がおかしい。
もしかして……
「吸収され……んぐ!」
不用意な言葉を発しかけた私の口を、勇者様がとっさに手のひらで覆った。
「それ以上言うな。お前は分からなくても、王子殿下のほうは、お前の言葉が分かるのだ……」
「あ……」
王子殿下の教育係という役を仰せつかっておきながら、無責任にも私は不穏な憶測を口走ってしまった。
それを、日頃、王子殿下にあんまり興味を示さないベアトゥス様に指摘されてしまうとは情けない。
教育係、失格ですね……私。
落ち込む私をよそに、ヤーちゃんは上空からゆっくりと地上1mくらいの空中まで降りてきて、両手を下方に広げながら火山のエネルギーをずずず……と足元から吸い上げている。
その背後では、溶岩なのか火魔法なのか正体のわからない赤光が、カルマンラインまで届きそうなほどに噴き上がっていた。
マーヤークさんが出しがちな、あの細長くて黒い霧と同じようなものがウニョウニョと蠢いていて、ヤーちゃんもやっぱり執事悪魔の片割れなのだと思い知らされる。
「美しいな……」
私の後ろから、本当にただの呟きみたいな勇者様の声が聞こえた。
周りに居るみんなも似たような感情なのか、黙って暗い空を真っぷたつに切り裂くような細長く赤い光を見上げている。
いや、本当は山の火口から空に向かってブチ上がっているから、直径100m以上か、もしかしたらもっとある非常にぶっとい光線なのだ。
赤や黄色や黒点のようなものが見えるので、たぶんレーザービームのようなものではなく溶岩なのかと思うけど、この体積が地下から抜け出たとしたら大陥没とか甚大な災害が起こっていそうなので、やっぱり幻視というか魔法なのかなとも思う。
最悪、イオスパイデさんが消えてしまったとしても、こんな凄い墓標を建てられたのなら本望ではないだろうか……いやまた勝手な憶測で火山の巨人を葬り去ってしまった。反省。
王子殿下のフワフワちゃんは、どうやらイオスパイデさんとの繋がりを微かに感じているらしく、辺りをキョロキョロと探し回っては、赤い墓標を見つめて不思議そうにしている。
ロンゲラップさんは、ヤーちゃんに嵌められたことを気にしているのかいないのか、小難しい顔をして何やらカッコ良さげなスチームパンク風の機械を凝視していた。
マーヤーク青年は、たまに青髪悪魔のほうを気にするようにチラッと見ながらも、後はずっと空中に浮かんだまま動かないヤーちゃんを見ている。
ん? マーヤークさん、育ってる……? 魔力が戻って来たんだろうか?
ラハールちゃんは、勇者様の後ろに隠れながら、目の前の光景に息を呑んで「アニメみたい……」と口走っていた。
こんなアニメあったっけ……?
ラハールちゃんの中の人は、たぶん私よりは年下だと思うんだけど、この異世界に渡って来るときの現実世界の年代はどうもバラバラみたいで、時系列どおりってワケでもないっぽいので、場合によっては年上になってしまうこともあるらしい。
よくわからんけど、どうもラハールちゃんはアニオタっぽいな……
何となくだけど、自分の知識を、昔見たアニメから引っ張ってきてることが多いような気がする。
そんでもって、それがどうも私たちの世代では教科書とされているものに載るような古い作品ばかりなのだ。
精神的な年齢はたぶん小中学生くらいだと思うけど、ラハールちゃんて下手すると私のお母さん世代かもしれない……
なんてことを思いながら、私は宇宙に向かって伸びる赤い柱を眺めていた。
単に古典が好きな子なのかもしれないけど。
「そろそろ限界のようだ……やはりドラゴン化までは至らないな」
観測機械をじっと見ていたロンゲラップさんが、事態の収拾が近いことを告げる。
すると、ヤーちゃんの体がゆっくりと後ろに倒れ、それと同時に光の柱もフツッと夜空の真ん中辺で頼りなく消えてしまった。
「ヤーちゃん……!?」
私が勇者様に押さえられたまま声だけ掛けると、青髪悪魔大先生より早くヤーちゃんに駆け寄ったマーヤークさんがその背中をそっと受け止めた。
「大丈夫です。火山の状態は落ち着きました」
「そ、そうですか……」
私はその言葉にホッとしながらも、倒れたままのヤーちゃんが、さっきから全然動かないことに気付いた。
なんなら、火山のエネルギーを吸い上げている時から、ちょっと様子がおかしかったような気もする。
あのヤーちゃんの飄々とした感じがないっていうか……ずっとビックリ顔だったような……?
「まさか……死!?」
「簡単に殺すな」
またしても最悪の想像をしてしまった私を、勇者様が秒で否定する。
だ、だよね……大丈夫だよね。
安心した私が悪魔たちの集まっているところへ様子を見に駆け寄ろうとすると、厳しい表情のマーヤークさんが、こちらに手のひらを見せて制した。
その仕草でベアトゥス様が一瞬で何かを察し、私はすごく遠くまで引き離されてしまう。
「ぐぇ……」
チョークスリーパー再び。
今回は本気で死ぬかと思った……
ベアトゥス様のバックステップがとんでもない距離とスピードなので、急な移動で体にGが掛かり、もう片方の手でお腹を押さえて貰ってなかったら、私は確実に首の骨が折れていただろう。
「大丈夫か?」
「は、はい……取り敢えずは」
夫に殺意が無いのは理解しているつもりだけど、こう何度も首に負荷がかかると、むち打ち症になりそうだ。
でも、良かれと思って助けてくれた人にダメ出しするのも気まずい。
それに、多少怪我したってこの異世界には回復薬や魔法があるので、問題ないっちゃ問題ない。
とはいえ、誰だって怪我はできるだけしたくないものである。
こういう細々としたことを注意するにあたり、何か上手い言い方はないかと考えあぐねていると、勇者様ご本人が反省の弁を語ってくださった。
「すまんな。お前のいう『ホーシャ膿』とやらが発生したようだ」




