3.『火山の巨人イオスパイデ』part 1.
「出発の日がいい天気で良かったですねー!」
「ムー!」
アジュガ族の谷&火山合同調査隊は、何とか予定どおりに形を整えることができた。
場所は以前行ったことのある北の火山なんだけど、メガラニカがあった北の山脈とは方向がズレているので、あんまり雪景色は見られなさそう。
どっちかというと南国みたいな雰囲気の道程で、途中の町には温泉があったりする。
植物研究所からはスピロさんとジョシュさんが来てくれて、なんと助手さんだと思ってた人は、本名が『ジョシュ』さんだったことが判明した。
そのことで軽く挙動不審になっていた私を、スピロさんが勘違いして、アウクバ・キューリックさんの無事について懇切丁寧に報告してくださった。
それはそれで知りたかった情報なので助かる。
伝説のプラントハンターであるキューリックさんは、マジックボックスみたいな仕組みの広大なプランターの魔道具を持っており、発見した貴重な植物をストックしているらしい。そこに何やら汚染された松の苗を保管したことで、大変な損害を被るところだったのだとか。
それを精霊女王のベリル様に指摘されて、適切な処置を行なうことができたんだって。
その汚染は、私の元彼にも伝染しちゃってるらしいんだけど、今はベリル様が特殊な結界みたいなもので封印してくれてるから心配ないらしい。
汚染された元彼……なんかこえぇな……まあ、精霊女王様を信じるしかないだろう。
そんなマル秘情報みたいなものを何で私に教えてくれたのか不思議だったけど、スピロさんがキョロキョロと私の周囲を見回していたので、暗にベリル様に聞かせたかったのかもしれない。
とりあえず対策済みらしいから、細かいことは後回し!
今回は急ぎの仕事でもあるため、みんなで魔車に乗ってスピーディな移動だ。
前回、1週間ぐらい歩かされたのは、一体なんだったのか……まあ試練の意味もあったらしいしアレはアレで楽しかったからいいけどね……でもやっぱ、座って移動できたほうが楽だよね……
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「ちょ、窓開けないでくださいよ!!」
「いいじゃねえか、ここまで雨降るなんて珍しいだろ? お前の雷見物と変わらん」
「雷は音と空気の響きが大切なんです! ライブ感を味わうためには窓開けないと……じゃなくて! 雨が部屋に吹き込むじゃないですかぁ! 閉めてくださいってば!」
王城から出る瞬間は、確かに雲ひとつない青空だったはずなんだけど、麓の町に入るとまさかの土砂降りになっていた。
噴火した火山はさらに奥のほうの山で、麓の町は溶岩が流れた谷とは逆方向なので、あまり避難とかはしていないようだ。
ただ火山灰は降ってきたみたいで、お土産屋さんや広場の出店なんかは閉鎖しているところが多かった。
雨に濡れた火山灰は、固まっちゃったり急に土石流になったりして結構ヤバいとのことで、町の有志で結成された灰かき隊が雨の中あちこち走り回っている。
あたふたと宿にチェックインして、割り振られた部屋に入ると、誰の気遣いか私と勇者様は二人で同室にされていた。
雨が止むまで仕事にならないってことで、一旦くつろいで暇になった途端、ベアトゥス様が気まずさに耐えられなくなったのかこの騒ぎである。
いくら暇でもさすがに任務中に変なことするわけにいかないし、いつフワフワちゃんが来るかわかんないし……でもいい機会だからお茶飲んで本読んでまったり過ごそう……と思ったら失敗した。
いっそのこと、休憩時間はナシにして、仕事の資料作りでもすれば良かったのかも知んないね。
それか、灰かき隊に参加するとか……?
宿の建物は、がっしりした木と漆喰でできていて、多少の水害にはビクともしなそう。
でも町にはすぐにも壊れてしまいそうなボロい建物が多くて、洪水はできるだけ事前に防がないとヤバそうなのが私にもわかるレベル。
「わかりました、そんなに雨が見たいってんなら、町の灰かき隊に協力して来ましょう! さあ行きますよ!!」
「は? お前、本気か!?」
私が勇者様の手を引いて宿屋の階段を降りると、ぶっとくて茶色い柱の近くで合同調査隊の皆さんが集まって何やら話し合いをしている。
この宿屋はエントランスが吹き抜けで天井高くて、なんか古民家みたいな梁がいい感じなんだよね。
階段の上り下り中もすごく非日常感があって、ちょっとした冒険気分をアップしてくれる気がする。
なんてことを考えてキョロキョロしていると、キシュテムさんがこっちに気づいて、手をひらひらと振って何か呼んでるみたいなので近づく。
すると、ニッコリ微笑まれ、嫌な予感に身を引く間もなく知らないオジサンに紹介されてしまった。
「ミドヴェルト、こちら町長のサジーコ氏。サジーコ、こちらが先ほど話した、王子殿下の教育係を務める天才魔法使いミドヴェルトだよ」
ん? なんか今、聞いたことない名称がくっつけられてませんでした……?
私が、営業スマイルの張り付いたキシュテムさんに説明を求める視線を送ると、それを遮ってサジーコ町長が視界に斜めから入り込んできた。
「おお! あなたでしたか! 女公爵様に認められた天才魔法使いというのは!!」
「え……? ちょ、キシュ……!?」
「サジーコ、ミドヴェルトは結界魔法が得意なんだ。火山灰の問題にも協力してくれるんじゃないかな?」
最後は私にウインクをしつつ、キシュテムさんは調子良くサジーコ町長に私を売り込む。
まあ、私の結界魔法なんて、この伝説の悪魔からしたら簡単にパリンと砕くことができてしまうのだ。
もはや戦闘に使うより、日常を便利にする魔法として割り切って使ったほうがいいのだろう。
私は、そういうメッセージだと解釈した。
たとえば火山灰から町を守るために結界を展開するとかね……
私の結界では雨や日光みたいな気象現象を防いだりはできないけど、攻撃魔法とか毒ガスは防げるわけだから、火山灰を攻撃みたいなものととらえればできなくはないはず……やったことないからわからんけど。
火山灰はまだしも、飛んでくる岩石だとか怪我に直結しそうなものは物理防御結界で防げるんじゃないかな?
町に死傷者が出るのを放置するわけにはいかないから、私でお役に立てるなら頑張らせていただきましょう。
というわけで、やることができた私たちは、麓の町のために業務外の労働に従事することになった。
「気をつけてくださいね? ベアトゥス様のお力はすごく強いんですから、力任せに思いっきり灰かきをして被害を増大しないでください」
「俺の心配はしてくれねぇのかよ……」
「ちゃんと心配してます! あなたは失敗すると落ち込んでメンタル病むんだから、まず失敗しないように注意してほしいんです!」
「あなたって……」
仕事の前に私が軽く注意をすると、勇者様は何となく顔を赤らめておかしな反応をする。
まあ、たしかに『あなた』って呼び方、出会ってから初めてかもしんないし、ちょっと新婚ぽいかもね……
あれ? ベアトゥス様って、もしかして『あなた』呼びに憧れとかあんのかな……?
私は軽いイタズラ心で、夫の首に腕を回し、軽くジャンプしてほっぺにキスしてみた。
「いってらっしゃい、あ・な・た♡」
きゃー! 現実世界じゃこんなことできないかもぉ〜!
でもでも、恥ずかしいことも思い切ってできちゃうのが異世界のイイトコだよね!
などと照れていると、ベアトゥス様からの反応がない。
あれ……?
調子こき過ぎたか……?
私が不安になって見上げると、勇者様は意外にも目を見開いたまま涙を流していた。
え、何で!? どうして? 大丈夫!?
ベアトゥス様の超レアな泣き顔ゲットは嬉しいけど、それ以上に意味がわからなくて私は慌ててしまう。
なんか失礼なことしちゃった!?
わざとじゃないけど、侮辱の意味とか別れの意味とかだったりした!?
まさか……死の接吻みたいな意味だったり……?
私が焦って勇者様の顔を覗き込むと、ぶっとい腕で不意に抱きしめられて体が持ち上がる。
「おぶっ!?」
後頭部を持たれ、顔を大胸筋に強く押し付けられて、私は息ができず変な声を出してしまった。
そんなことはお構いなしで、夫たる勇者様は感極まっている。
「俺はお前にとって『あなた』でもあるのだな……ありがとう、行ってくる!」
ベアちゃんが何に感動してるのかさっぱりわからんけど、どうやら失礼な意味じゃないっぽくて良かったよ……
土砂降りの中消えていく灰かき隊と、筋肉勇者の背中を見送って、私はやっと冷静に状況判断ができるようになった。
それは、周囲からの生暖かい視線である……
キシュテムさんは町長さんとその部下に囲まれて忙しく打ち合わせしてるけど、マーヤークさんとフワフワちゃん、スピロさんとジョシュさん、ついでに元彼が、それぞれ無言でこっちを見ていた。
「お、お騒がせいたしました……」
「いえいえ、相変わらず仲がよろしいようで」
「ムー!」
「ま、結婚したって話は信じてやるよ……」
くっ……スピロさんとジョシュさんも何か言ってください……!
私は羞恥の極みでお二人に責任転嫁をし、宿屋の入り口で何とか精神を保ったのだった。




