3.『火山の巨人イオスパイデ』part 2.
私の結界の先生といえば、執事悪魔のマーヤークさんである。
この異世界に来たばかりの頃、西の森で散々しごかれ、物理防御結界の使い方と魔法防御結界の展開のタイミングなどを学ばせていただいた。
そのときにセクハラされたおかげで、青髪悪魔や赤髪悪魔にマーヤークさんとの仲を疑われるハメになったりもしたんだけど……まあ、おかげで一目置かれる結果にもなったし、今さら恨み言は言わないでおくぜ。
「そうですね……火山灰を防ぐ結界となると、やはり対風魔法を想定すべきでしょうが……」
町長さんからの依頼をどうにかすべく、大雨の中びしょ濡れで頑張っているであろう勇者様をよそに、私は室内でマーヤークさんと対火山灰結界の開発に取り組んでいた。
「毒霧を防ぐみたいな……?」
「ええ……しかし、完全に密閉してしまうと、生きている方々の呼吸に問題が出るでしょうね」
「そ、そうですか……」
地下遺跡の探検なんかで、私が毒ガスを警戒して張る結界は、ただの結界じゃなくて風魔法や水魔法を常時発動させて気圧や空気の成分を微調整している。
だから密閉状態でも酸欠になったりしないで長時間いられるんだけど、私がいない状態で密閉系の結界を張ってしまうと、中の人たちは徐々に窒息してしまう可能性が高いとのことだった。
ちなみに西の森ホテルに張ってる結界は、魔物の侵入を防ぐだけの効果なので、イメージ的には網みたいな感じで風も通るし雨も降る。
正直、自分ではそこまで綿密な計算でやってるわけじゃないので、細かいことを言われると何をどうしたらイイかわからなくなってしまうのだ。
だって私は、ただ自分が安全で快適に過ごしたいってだけで、その場その場で適当に理想の結界を張っているだけだし。
そんな私のダメさ加減をわかっているマーヤークさんは、何とかいい感じにヒントを与えようと、問題点をひとつずつ指摘してくれる。
でも、さっきからこの試行錯誤な会話を100回ぐらい繰り返していて、ちっとも答えにたどり着けていない……なんかうまく行きそうになると悪魔のツッコミが入って構想が全部崩れ去るみたいな、賽の河原状態なのだ。
「ムー!」
「わ! フワフワちゃん、だめだよ!」
「王子殿下、丁度いいところにいらっしゃいました。せっかくですから、お茶にしましょうか」
おとなしくお昼寝していたフワフワちゃんが、急にテーブルに乗ってきて、煮詰まった空気をリセットするかのように執事さんがお茶の用意をしてくれる。
お茶を飲もうとしてカップを顔に近づけると、いい香りの湯気がふわっと上がって不思議と気分が軽くなった。
お湯……そういえば、今回は温泉に入れなさそうだなぁ……
ベアトゥス様が西の森ホテルの温泉を気に入ってたみたいなので、本物の露天風呂を思う存分堪能していただこう……なんて考えてたんだけど、そんな余裕はなさそうだ。
火山問題が落ち着いたら、またゆっくり旅行に来れるといいけど……
何だかんだで毎日バタバタしてるから、精霊女王様に無理やり過去に飛ばされたりしないと新婚旅行もできないんだよね。
うう……スケジュール調整能力ゼロ……
そもそも、アジュガ族の谷の調査もまだできてないのに、火山灰をどうにかするなんて別件請け負っていいのかよ……
その分、仕事が押しちゃうこと確定なわけだし……
いや、困っている人を見過ごすのは確かにアレだけどさぁ……
わけわかんないことで思考が乱され、私は勝手に追い込まれていく。
ダメだ……1個ずつ片付けよう……
今は火山灰の結界をやる。よし、シンプルに考えないとね!
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「あーダメだ! なんで火山灰ってこんなにドロドロなんですか!?」
お茶休憩の後、試しに外からちょっと雨に濡れた火山灰を持ってきて、風魔法で乾かしたり火魔法で燃やしたりしたところ、火山灰の特性がもの凄く厄介だということがわかっただけだった。
灰とはいっても鉱物なので、燃え尽きるということがない。
安易に焼き切ろうとすると、ガラス質が溶けてベタベタのドロドロになってしまうのだ。
だから、風で吹き飛ばすほうがマシなんだけど、そうするとほかの場所に皺寄せがいく。
たとえば、町を結界で守ったとしても、門を出た途端、街道が地獄の旅路になってしまったりするらしい。
マーヤークさんのシミュレーションによると、風に乗った火山灰が街道の窪みに溜まり、冒険者や商人の往来に障害となる可能性が高いんだって。
んなこと言われましてもねぇ……
やっぱ火山の噴火って、惑星規模の大災害なんだってことを思い知らされますね。
だって、現実世界でも恐竜の滅亡に関わってるだとか、氷河期の引き金になってるだとか、いろいろ言われてたし……
イエローストーンとか、鬼界カルデラとか、直近でもヤバい火山の噴火ネタめっちゃ有ったよなぁ……
今どうなってんだろ?
取り敢えず、火山灰が王都の方向には飛んで来てないからあんま話題になってないけど、ほかの国は困ってるとこあんのかもしんない。
火山の噴火って止められるもんなんだろうか?
元栓閉められたら一番楽っちゃ楽だけど……火山のおじさんは一体どんな権限を持っている巨人なのだろうか?
ん……?
あれ……?
なんかイイこと思いついちゃったかも知んない……
「マーヤークさん!!」
私が急に大声を出したので、膝の上で平和に微睡んでいたフワフワちゃんが、びよんと1mぐらい垂直に飛び上がった。
その王子殿下を空中でキャッチして、執事さんは穏やかに微笑む。
「どういたしました? ミドヴェルト様」
「もしかしたら解決策、思いつきました!!」
私のアイデアを聞きながら、執事悪魔は目を閉じて頷いてくれる。
「さすがです。微力ながら、私もご協力させていただきましょう」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
夕方になると、びしょ濡れで帰ってきた灰かき隊の皆さんを宿屋で迎え入れ、会議兼お食事会がセンターホールで開かれた。
中央に結構デカめのシャンデリアが吊ってあって、天井にはホワホワとした光魔法だか火魔法だかが周囲を飛び交っている。
ちょっと薄暗いけど雰囲気のある大広間で、私たちはそれぞれ長いテーブル席につく。
だいたい皆んなが座ったタイミングで、今回の調査隊のリーダーであるキシュテムさんが挨拶をはじめた。
「灰かき隊の皆さん、及び町のためボランティアに参加してくださった皆さんに感謝の言葉を贈ります。彼らは麓の町を災害から救うため、勇敢にも土砂降りの中、作業に奔走してくれました。おかげで水害の危機はほとんど去り、我々はこうしておいしい夕食にありつくことができます。皆さん拍手を!」
わははは!
そこかしこから野太い笑い声が上がり、すぐ後に盛大な拍手が湧き起こる。
さすが人情にこだわる伝説の悪魔って感じで、作業員の皆さんを喜ばせるリップサービスもお手のものだ。
拍手がパラパラと落ち着いたところで、キシュテムさんはお酒の入ったゴブレットを持ち上げ、乾杯の音頭をとった。
「では、私はこれ以上皆さんの邪魔にはなりません。私の口は今宵、この美酒を流し込むために動かしましょう、乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」」
そこからしばらくは、ご飯の時間となり、参加者は心ゆくまで飲み食いに集中する。
私の隣にはフワフワちゃんと勇者ベアトゥス様が座り、運ばれてくる料理を次々に平らげていた。
「ムー! ムー!」
「ここの料理は香辛料が効いているものばかりだな。俺は好きだが、お前は辛くないか?」
「私はこのくらいなら大丈夫です、激辛ってほどではないので」
見た目が真っ赤な料理が多いのは、この麓の町セルデーグルの特産が唐辛子だからだと思う。
辛いは辛いんだけど、まだ品種改良も進んでないっぽいので、スコビル値が数百万みたいなヤバい品種は生み出されていないらしい。
私はそこまで辛いモノ好きってわけじゃないんだけど、全然ダメってほどでもない、ごく普通のピリ辛好きだ。
そんな私でも楽しめる程度に辛い料理は、結構みんなにウケが良かった。




