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2.『コリオリちからに逆らうな!』part 16.

「そうじゃな……あのものは……いちど、きょういくがかりどのと、()()があったものである……ということはまちがいない」


「そうか……」



 王城に帰ってからずっと、妖精巫女様の分身体であるちびっこアイテールちゃんと私の夫である勇者ベアトゥス様は、待機させられている客間で何やらコソコソと話し合いながら深刻な顔をしている。


 えっと、聞こえているんですが……


 なんか知りたいことがあるんなら、直接こっちに聞いてくれませんかね……?


 と思いながら、私もまたお二人の会話に割って入る勇気がない。


 だって……まさか、たいして好きでもない元彼が、同じ異世界にやってくるとは思わないじゃん! どういう確率!?


 異世界人といえば、公爵様とメガラニカ公くらいしか知らないけど……どっちも他人だったから、あんま気にならなかったし……


 やっぱ、お互い他人の距離感で、いい感じに気を使い合えるというか……牽制できるというか?


 でも、元彼は距離感がバグってるので、こっちが避けても近寄って来そう……というか実際に来やがった。


 もう別れてて、他人なんだけど、アホはそれが理解できないらしい。


 私としては、こっちの世界での生活は一切揺るがない! ……と言いたいけど、勇者様が気にすることを止めることはできない。


 思いのほか繊細ちゃんなベアトゥス様は、私が異世界人だってことを知ってるんだけど、なぜか現実世界に(おも)(びと)が居ると思い込んでいる。


 そこへ実際に元彼が現れたので、また勝手に変なこと考えてるんじゃないだろうか……?


 勇者様は、私のためを思って私を殺そうとしたりするヤバい奴なので、暴走する前にしっかり釘を刺しとかないといけないのだ。


 ……などと考えていると、客間の外がザワザワと騒がしくなり、赤と黒を基調にした華やかなドレスを(まと)った女公爵様がいらっしゃった。


 相変わらず、トレーンのように長いドレスの裾は、お付きの文官さん達がいちいち整えているようだ。


 チュレア様は、黒い総レースの扇をヒラヒラと動かしながら、顔を半分隠して視線を動かす。



「ミドヴェルトは居るかしら?」


「あ、はい! チュレア様。バジルソースの材料は揃っております!」


「そう、ご苦労様。ところで、お前の夫と少し話がしたいのです。ベアトゥス殿を、ちょっとお借りしてもよろしいかしら?」


「も、もちろんです! ベアトゥス様! チュレア女公爵様がお呼びですよ!」


「ああ、なんだ……?」



 急なチュレア様の登場に、私は慌てて腰の重い勇者様の背中を押す。


 たぶん、バジルソースの料理に関する打ち合わせだろう。


 チュレア様の後ろに控えるのは、監査役のユニオシさんだ。天使さんたちの城の内装を見てもらったりして、私は何かとお世話になっている。


 女公爵様は、信じられないほど優しげな笑顔で、勇者様に穏やかに話しかけた。



「ベアトゥス殿、久しいですわね。今回のことは、逐一報告を受けました。案ずることはありません。わたくしと一緒にいらっしゃいな」


「どういう意味だ。先日会ったばかりだと思うが?」


「チッ、勘の悪い……いえ、何でもございませんわ。貴殿に授ける()()があるのです。黙って顔をお貸しなさい」


「……」



 不機嫌な顔の勇者様は、無言のまままっすぐ前を見ながら客間の外へ出ていく。


 扇で半分顔を隠したチュレア様は、私の顔を見るとニッコリと笑って、流れるようにどこかへ行ってしまった。


 どうしよ……なんか、急に不安なんですけど……


 チュレア様は比較的私に好意的ではあるんだけど、勇者様との婚約を強引に解消してくださったり、いきなり麗人だった頃のポヴェーリアさんと私を結婚させようとしたり、ちょっと迷惑な方向に行動力が凄いのだ。


 だから、勇者様にも変なアドバイスをしそうでコワイ。


 お二人が去って行った王城の廊下を、意味もなく遠くまで眺めながら、私は自分が何をすべきかわからないでいる。


 すると、ヒラヒラと飛んできたアイテールちゃんが、私の肩に止まって髪をつかみながら遠心力を逃しつつ言った。



「だいじょうぶじゃ、きょういくがかりどのとゆうしゃどのは、すえながくへいわにくらすであろう」


「王女様にそう言ってもらえると、有難いんですけど……」


「それより、じょしかいはどうする? きょうは、()()()()どのが、おうじょうにくるよていであろ?」


「あ、やりますやります。公爵夫人と……メガラニカ妃もお呼びしておきますね」


「こんかいは、こうしゃくとめがらにかこうも、およびせよ」


「え……?」



 思わずアイテールちゃんを見ると、無言のまま、まっすぐ私を見てくる。


 また何か『未来視』で……?


 でも、アイテールちゃんの直感には従ったほうがいいだろう。


 これまでも、かなりの確率でいい結果になったような気がする。


 アイテールちゃんとしては、あるシーンが急に「視える」だけで、前後の文脈がわかったり音声が聞こえるわけじゃないらしい。


 だから、人知れず結構悩んでいたりして、視えたものすべてを教えてはくれないのだ。


 その代わり、私たちに伝えてくれることは、ほとんど確実に起きる未来だといえるものばかりで、信頼性が高い。


 私は、近くを歩いている文官さんをとっつかまえて、速攻でライオン公爵様と元メガラニカ王にご招待のお手紙を送る。


 あとは、ベテランメイドさんにお茶とお菓子の増量を頼んで、椅子の準備もしなくちゃね。


 少なくとも今やるべきことがあって、助かる。


 いろいろと細かい計算をしながら、私は少し冷静になることができた。





◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇





 みんなでお茶をしていると、ゴッドヴァシュランズオルム植物研究所からの『配送』が来たという知らせがあり、私はアイテールちゃんの指示どおりに、ジャマナ公爵様と元メガラニカ王で現メガラニカ公であるアストロラーべ様を別室にお連れすることになった。


 このお二人は、お互いに転生者なんだけど、メガラニカ公はイマイチ信用できないので、こっちの事情をあまり詳しく明かしてはいない。


 一方、公爵様の中の人にはなんか懐かれてしまったので、私のことやメガラニカ公のことなど、いろいろと説明済みである。


 そんな微妙な関係の私たちが、文官さんに連れられて別室に入ると、箱の隣にムスッとした顔の勇者様がいらっしゃった。



「……来たか」



 そう言うと、勇者様は箱にかけられた布をバサっと取り去る。



「うわっ! まぶし……!」



 光に敏感な植物系魔物に転生した元彼……名前はまだ思い出せない……が、短く声を上げる。

 

 目をしばだたかせて周囲を見ながら、元彼氏は私に気づくと声を荒げた。



「あ! おいミドリ! どうなってんだよ、これ!!」


「さあ……私に聞かれましても……」


「はあ? ふざけんな! いつまでこんなことしてるつもりだ! いい加減にしろよ!?」



 こいつ案外メンタル強いのか?


 おそらく、今は私にストレスをぶつけることで自我を保っているのだろう。


 現実世界で付き合ってたときも、結構八つ当たりで怒鳴られた記憶があるような……無いような……?



「ミドヴェルトさん、なんスか? こいつ……ヤバ過ぎっスよ……」



 公爵様が、私の耳元で小さく(ささや)く。


 ちょっと近かったかな……?


 その行為を勇者様が見咎(みとが)めて、ギロリと睨んだ。


 だが、鈍感でズレまくっているマイペースな公爵様は、勇者様の殺気の矛先が自分に向けられているとは露ほども思わず、フツーに姿勢を正して公爵としての演技に戻った。


 こっちにもメンタル強いのが()()ね……


 私は、公爵様とメガラニカ公に向き直り、本日の相談について簡単に説明をした。



「このように、この植物系の魔族……おそらくアジュガ族に転生したと思われる彼は、前世の記憶を保持しているようです。この件に関して、皆様のご意見をお伺いしたいと思い、お時間をいただくことになりました。何とぞ、ご指導ご鞭撻(べんたつ)の程をお願いいたします」



 深々と頭を下げる私に、公爵様は急に真面目になって考え込んでしまった。


 メガラニカ公は、礼儀正しい私の態度に気持ち悪さを感じているのか、様子を見ようと一歩引いているようだ。


 植物系の元彼は、私たちの関係性を理解しはじめているのか、少し落ち着いて状況を把握しようとしているみたい。


 まあ、隣に立つ勇者ベアトゥス様の殺気が凄過ぎて萎縮してるだけかもしれないけど……


 王城の一室で、謎のピリッとした緊張感が漂う。


 元彼だろうが誰だろうが、お互いに距離感保って生活できればいいんだけど、無遠慮に昔のテンションで来られてもねぇ……


 個人的には、せっかく異世界の雰囲気を楽しんでたのに、現代日本の空気持ち込まないでほしいと言うか?


 まあ、それを言ったら……私もスマホ魔法なんて発動しちゃって、雰囲気ぶち壊しなんですけどね……


 イザイザ様たちの意見もすごくよくわかる。


 でも、私はワガママだから、昔の不便を楽しむまでのマニアにはなりきれないんだよね。


 外側は古民家でも、中は最新式の便利家電が欲しい。


 そんな二律背反。


 そのうやむやにしていた部分を他人から突きつけられて、私は多少考えを改めるべき局面に立たされていると感じる。


 この元彼は、友達の紹介で3カ月くらいしか付き合ってないはずだから、手を繋いだかどうかってぐらいの関係だ。


 だからと言うワケでも無いけど、私的には「付き合ってない」ぐらいのライトな感覚である。


 なんだろ……? むしろ、お節介な知り合い程度?


 幼馴染ですら無いんだが?


 あ、でも……学生時代に知り合ったから、気安い感じなのかな……?


 などと、自分なりに考えていると、ニヤついたメガラニカ公が言葉を発した。



「この世界は現実なんだ。君は夢の中か何かにいるつもりかも知れないが、まずそこから整理していこうか」



 あ……出た! クズの真骨頂。


 性格の悪い元王様は、まずこの植物系元彼の精神を蹂躙(じゅうりん)するおつもりだ……!






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