2.『コリオリちからに逆らうな!』part 15.
「ミドヴェルト……どういうことだ?」
やべえ……ベアトゥス様が冷静だ……これはかなり重症の予感。
たぶん内心の怒りを抑えるために、過剰に事務的になっている。心のコアに刻まれた契約紋とかも、何か鎮静効果のある魔法をオートで掛けてるっぽい。つまり、対処が必要なほどに感情が荒ぶっているということだ。
いつもみたいに雑に怒鳴ってくれたほうが、まだ冗談が通じるってのに。
こんな室内で勇者様に暴れられたら、植物研究所が全壊してしまうかもしれない。
私は一言一句、間違えないように慎重に答える。
「いや、ちょっと……記憶にございませんが……」
思わず国会質疑応答みたいなフレーズを口走ってしまったけど、本気でわからない。
元彼……?
誰……?
っていうか、本当にアジュガ族なの……?
ぐったりとしていたアジュガ族に見える人物は、意識を取り戻して薄く目を開けると、すぐに私に向かって話しかけてきた。
「ミドリ……? お前、ミドリだよな? 俺だよ、俺!!」
オレオレ詐欺のような台詞を繰り返すアジュガ族らしき人物に、私は本気で思い当たる節がない。
「え……? 誰……」
「はぁ!? 俺のこと忘れてんじゃねぇよ、馬鹿か? お前……!」
あ、なんかこの詰められ方、記憶にあるかも……でも、最後の彼氏じゃ無い気がする……誰だっけ??
私がチンプンカンプンで困っていると、勇者様が割って入ってきた。
うっかりタメ語で喋ってしまったので、仲良しみたいに見えたのだろうか……?
私が目をつぶって萎縮していると、おっきな手で肩を抱かれて重心がズレる。
「貴様……我が妻を愚弄するつもりか!!」
「え、何? ……やば! お前ら、コスプレ仲間なの? なんで変な喋り方してんの? 怖!」
あ……なんか思い出してきたかも……確かコイツ、友達の紹介で大学んときに付き合ってたんじゃないかな?
漫画とか全否定してくるスポーツ&アウトドア好き男で、謎のセミナーの人数が足りないとかで強引に誘ってきて、喧嘩して別れた奴だ。
私の趣味にダメ出ししまくってたのも、本当は漫画とか好きなのにマイルールで読めなくて悔しいからという、謎過ぎる理由だった。
まあ、簡単に言うとアホだ。
友達の手前、すぐに別れられなくて3カ月くらい付き合っちゃってたけど、毎日ストレスで気が狂いそうだったんだよね……
めんどくせぇから、このまま忘れた振りでもするか……
「えーと……あなたのことを思い出せなくて済みません。こちらは勇者ベアトゥス様で、私の夫です」
「はぁ? そういう設定ってこと? 何でもいいけど、いい加減、普通に喋ってくんない? 頭痛くなってきたよ俺……」
それはベリル様にヘッショされたからではないだろうか……?
その前に、キューリックさんにもハンマーで叩かれてたしね。
アホはどうやら状況の判断ができないようで、この期に及んでも現実世界のコスプレイベントに参加している意識でいるらしい。
そもそもアンタは そういうの嫌いなんだから、たとえここが現実世界でも参加してるワケなかろう……
だが、そこら辺が、頭の固い彼がギリギリ耐えられる都合のいい解釈というやつなのだろう。
私が困惑している様子を見て、精霊女王のベリル様はニヤニヤしている。
アイテールちゃんは、師匠が何を意図しているのか理解しようと、様子見に徹している。未来視の能力は、この場合、役に立たないのだろうか?
「えーと……大変申し訳ございませんが、ここは魔国で、あなたはアジュガ族のようです……ご自分のお姿を見たことがお有りでしょうか……?」
「だから、コスプレだろ? 知らない間に……ったく、取れないんだけどさぁ、これ……どうしてくれんの?」
知らんがな……なんや、コイツ……理解力、永遠の0か?
「あなたはどうやら、前世で命を失って、この世界に転生してしまったようです。前世の記憶を持ったままというケースは珍しいので、植物研究所で精密検査を受けていただくことになるでしょう。幸い、ここの特別研究員さんと知り合いですので、私からスピロ・ラリティー教授に話を通しておきます」
「スピ……え? 転生?? マジで? どういうこと? 説明しろよ!」
してんだろうがよ、今、説明をよ!!
マジ、コイツ嫌いだわ……
私は内心イライラしながらも、記憶のない体でキョトン顔を維持しながら話を進める。
ベリル様が、一体どういうつもりでコイツを連れてきたのか知らないけど、いい加減我慢の限界だ。
「私はこの研究所の職員ではありませんので、これ以降は別の者が説明することになりますね」
「は? 何でだよ? お前でいいよ、さっさと説明しろって言ってんの! わかる?」
「だから……!」
イラつきMAXになった私が、本格的に反論しようとすると、目の前にいつの間にかパート家次男のリヴァル君が立ちはだかっていた。
「貴様、王城の使者殿に無礼だぞ!」
「は? 誰だテメェ? またコスプレ仲間か? お前、オタサーの姫気取りなの? いい加減にしろよ?」
アホ過ぎて話になんないけど……
でも、異世界転生モノって、確かにみんな特殊な運命を受け入れるのスムーズ過ぎだよね。
まあコイツの場合、痩せ我慢して漫画とか読んでなかったらしいから、素養が無くて理解するのに時間かかってんのかも知んない。
そういうことにしといてやるか……
上下関係に厳しいリヴァル君のおかげで、私は少し冷静になって肩の力を抜くことができた。
「ごめんごめ〜ん☆ マーヤークが起きたから、いつでも王城に出発できるよ〜! ……あれ? なんか揉めてる?」
客間にキシュテムさんがやって来て、私たちの様子を見て目を丸くした。
マーヤークさんはキシュテムさんの後について来て、自力で歩けているようだ。
元彼らしきアホは、尋常じゃないイケメン2人の登場に、少し引いていた。
ま、確かにこの悪魔さんたちは、現実世界基準でもかなり整っているほうだろう。
着てる服とかもキラキラしてるし、トップアイドルと言われたら素直に納得してしまうかもしれない。
コイツの思い込みでここがコスイベ会場だとすると、この二人はプロの公式ゲストみたいなもんかな。
「キシュテム卿、精霊女王様が、ミドヴェルト殿の『モトカレ』とやらを連れて来たようです。この者は訳のわからない言葉を発しておりますが、いかがいたしましょう?」
リヴァル君が、上司であるキシュテムさんに手短な報告をする。
まあ、わけわからん奴であることと、精霊女王様が絡んでることは重要事項だよね……
キシュテムさんは面倒くさそうにベリル様を見ると、場を仕切るように「パン!」と手を叩いた。
「はいはい、そこまで! パート君、その草を研究室に連れてって。ベリル様、ミドヴェルトに嫌がらせすると嫌われますよ。ベアトゥス君は、一緒に王都に帰る? それともなんか魔道具で来たの?」
結構テキパキとカオス状態だった客間の空気を整理して、キシュテム警視は有能ぶりを発揮した。
マーヤークさんのほうに振り向いて、ウィンクするのも忘れていない。
対するマーヤークさんは、少し俯いて珍しく照れている……何があった?
まあ、ここは深く突っ込まないようにしよう……
私は、流れに身を任せて空気になることにした。




