2-77 クリス殿下
「そういや、他のみんなは?」
骨の折れた子供に治療を施して、リナが頑張って調達してきてくれた総菜パンと水を、付き添いの母親に二人分渡してからエラヴィスに訊いた。
水はリナが生活魔法で一生懸命に作っている。
結構得意らしく、水差しなどにじゃんじゃん作っている。
救護所で水はいくらあっても足りない有様だ。
ナタリーにも魔法による給水機能は付いているのだが、やたらとパワーのあるあいつは街の片付けのために貸し出されてしまっていた。
現場では給水機としても見事に機能している事だろう。
「追加の総菜パン、お待ちっ!」
噂をすれば、マロウスが物凄い量のパンを持ってきて、治療待ちの人達に配っている。
そして彼も、拙くとも水作りに参加しだした。
魔法は使わないビースト族も簡単な生活魔法くらいは使えるのだ。
「バニッシュなら、片付けに必要な付与を施した道具を徹夜で作っているわ。
今も作っているんじゃないのかな。
軽量化に加えてインパクトブレイク付きの高性能なシャベルとか、載せたガレキさえ軽量化できる一輪車なんかをね」
「それって、エルの称号を持った世界一の導師がやる仕事じゃないよな」
「あんただって、それは勇者の仕事じゃないわよ。
この万能選手」
「伊達に冒険者パーティで雑用はこなしてないよ。
それを言うなら、聖女や、勇者の師匠達のやる仕事でもないぞ。
あれ、そういや先輩は?
あれから一度も顔を見ていないな」
それを聞いて、思いっきり噴き出すエラヴィス。
「あいつなら、くっくっく、いやあ笑っちゃうわあ」
エラヴィスが笑い過ぎて言葉を切ってしまったので、その言葉は姐御が継いだ。
「あれならば、『国王の名代』として、大司祭達と復興支援について話し合っておるよ。
ずっと大神殿の大司祭の部屋で缶詰だろう。
王都から第二王子が派遣されるそうだが、到着まで二週間はかかるだろうからな。
よいか、リクルよ。
その間は、クリス殿下とお呼びするのだぞ。
ぷふっ」
「うはあっ。
そんな事を言ったって、ぜんぜん説得力がないですね、姐御。
ぷふっ」
殿下かあ。
よかったね、先輩。
ちゃんと王国から顧みられて。
あんなに認められたがっていたものなあ。
今は伯爵になったのだし、それなりに人生は(人間狩りにより)満ち足りているのだから、昔と違ってそれほどでもないのだろうけど。
今頃はあれこれと難問が復興支援対策本部に押し寄せてきていて、あの先輩が茹蛸のように真っ赤になっているのかもしれないが。
畜生、見に行きてえ。
だが、俺の前には優先的に割り振られた、比較的に怪我の度合いの大きい老人や子供が列を成していたのだった。
お、名案。
「なあ、ルミナス。
お前、ちょっくら先輩の様子を見てきてくれよ」
「んー、そいつはお勧めしないね。
あたし達も治療に手を貸しているんだ。
特にあたし達はセラシアとお前の両方に力を貸せる。
戦闘でもないのであれば、こうやって二人揃っていれば治療も強化できるし。
部屋を暖め、水を作り、あれこれと癒しの加護も与えられるのだからね」
「そうだったのか、ありがとうよ。
じゃあ先輩の方は諦めるかな」
「ああ、それなら私が見てまいりましょう。
どうせ、大司祭様のところへ行きますので」
なんとマイアが、またたっぷりと食料や薬、清潔な布に包帯やガーゼにコップその他を、ダンジョンの荷物持ちもかくやという感じに、凄い量を担いでやってきた。
もしかしたら鍛練も兼ねているのかな。
本当に何者だよ、こいつ。
それに夕べは先頭に立って、まるで英雄のように凛々しく戦っていたよな。
大司祭様から無限収納をいただいたはずなのに、こういうのも鍛練か何かだと思って、わざわざ手で運んでいるのだろうか。
「あ、そうなんだ」
そして彼女は、並べたコップにパンパンと水を作り上げ、荷物をあっという間に振り分けた。
それから、すかさず治療に邁進する姐御にお伺いを立てている。
「聖女様、何か御用向きはございますか」
「そうだな。
それでは大司祭に伝言をいくつか。
治療で手が離せんので口述筆記で頼む」
その間も姐御は三人ずつ次々に治療を施している。
ありえねえ、千年物の技量であった。
そして、マイアは凄い早口で喋る姐御の話を、また遅れる事無く余裕で書き止め、最後に姐御のサインをもらうと、また風のように消え失せた。
日頃の鍛練は伊達じゃないな。
昨日の今日で、あの人もそう寝ていないのだろうに。
「すげえ人だな、あの人は」
「まあな。
ここでは一番仕事が出来る人材だと思うぞ。
さあ、リクル。
もう一踏ん張りだ。
そのうちには、アンデッドのようになっていた回復神官達も起き上がってくるだろう」
そう、あの死屍累々となっていた回復デスパレードに参加していた回復神官達は未だに起き上がってこれていない。
さすがに武闘派一本の、うちの連中のようにはいかないのであった。
はっきりと言ってしまって、俺達がこんなに治療の仕事が出来てしまっているのがおかしいのだ。




