2-68 大神の山狩り隊
狼達は一様に、降雪により白い冠を頂いた山頂方面を示し、一斉に見上げている。
どうやらジャニスは上へ行ったようだ。
そしてシリウス12が何かを咥えて持ってきた。
それは鮮やかなオレンジ色の物体だった。
「これは!」
「息子の、ジャニスの帽子ですわ」
こいつはどうにも拉致されたっぽい雰囲気だが、何故ここから山頂に向かう?
金持ちの子供だ。
誘拐したなら普通は下へ向かうはず、というか何故わざわざこのような場所で拉致した。
営利誘拐を目論むのなら平地の方がよいのに決まっている。
もしかしたら犯人は人間じゃないのかもな。
はたして子供は無事でいるだろうか。
俺も自分の眉を次第に寄せる事になった。
「メリーさん、誰かに恨まれる覚えは。
あるいは営利誘拐の線は」
「私達は大きな商会を営んでおりますので、そういう事はないとは限りませんが、そこまで恨まれるほど阿漕な商売はしておらぬつもりですが。
誘拐はよくわかりません。
しかも、こんな場所で」
そうだろうな。
ご夫婦は人柄なども大変良い感じだし、良い商売を営んでいそうだ。
そっちの線は薄いか。
やっぱり、両親も今回の事態を尋常ではないと考えて不審に思っているのか。
だから大金を積んで俺達を雇ったのだろう。
ジャニス、頼むから無事でいてくれよ。
それから俺は眷属達と共に山頂目指して進路をとった。
俺は鼻の利く連中に先を行かせながら進むが、彼らはどんどんと上を目指していく。
何かを確信した、しっかりとした足取りで。
「おいおい、なんかこう洒落にならない感じになってきたな。
ヤバイ匂いが香しく漂ってきたな」
パンフレットによると、一般の人は行ってもせいぜい七合目で引き返すのが普通。
何故なら、この山は標高五千メートルあるからだ。
大概は五合目の茶屋で団子を食って満足する。
七合目が標高三千メートルで、五合目は標高二千メートル、まあ一般人ならそんなところだろう。
この山は形がアレなので道が普通の山より険しいのだ。
昔は修業する人しか登らなかったらしい。
観光客が通常訪れる限界標高よりも、もっと前で引き返す人も珍しくはないくらい険しい。
身体の弱い人で、お金持ちなんかだと途中まで馬で、そこから先は籠か神輿、はては屈強なガイドによる『おんぶ』などで行くほどだ。
「一生に一度は聖山から下界を見たい」
そう願う年寄りは少なくないと言う。
「そんな場所を子供が一人で登るはずがない。
あの夫妻だって、子供連れで七合目はかなり頑張った方だ。
こいつはまたキナ臭い匂いがプンプンするぜ」
「ウォン!」
「シリウス1、やっぱり、お前もそう思うよな」
もうさっきから、こいつの足取りが重いというか、えらく慎重になっているのが体で感じられる。
一歩一歩、何かこう確認するというか、用心して踏みしめるというか。
本能的に敵を索敵しながら警戒モードで進んでいるのだ。
他のシリウス達も同じ挙動を示している。
ここにラスターの本拠地があって数万の大群に出迎えられたとて、俺はむしろ納得するだろう。
「全員、慎重に行動してくれ」
賢いシリウス達は全員言われなくてもわかっていると思うのだが、尻尾をピンっと立てて答えに代えてくれた。
やれやれ、とんだランチデートになったもんだ。
名物ランチが食えた後でまだ幸せだったよ。
俺達は、標高三千五百メートルの八合目を通過後も先を目指し、とうとう九合目と呼ばれる標高四千メートル地点へと到着した。
まだこの北方地方が少し遅めの春を迎えたばかりの、その場所は極寒の雪の世界だった。
この先は完全なる修行の地だ。
通常の山登りの装備で登れるのは七合目までで、ここはこの春を迎え始めた季節でも雪山装備でないと登れない、険しいなんてものではない場所なのだ。
俺は狼の上に乗っていたからいいものの、そうでなかったら体力はともかく寒さが厳しい。
あれこれと手慣れている俺でさえ悲鳴が上がる環境だった。
「ひゃあ、さすがにこいつは堪らんな。
おい、『精霊界のアイドル・グレイテスト・フレイア』様。
ちょっと暖房を頼むわ」
一応、こっちで仕入れた外套は着ているのだが、やっぱり寒い。
寒さに耐える力もレバレッジされているのだが、ここはさすがにな。
「はいはーい。
こりゃあまた凄い事になっているわね。
はい、ヒーティング!」
「ふう、温まる~。
サンキュー」
だが、この環境を本領とする、氷の精霊『氷雪のアイドル・クールビューティ・フリージア』様から通告があった。
「そして、私達フェアリー・ビューティズから勇者リクルにお知らせです」
「う、なんだい」
「そこに……」
『氷雪のアイドル・クールビューティ・フリージア』様が何かを言い終える前に、そいつは雪を派手に撒き散らしながら出現した。
「こいつはまた特大だな」
「ですねー」
他人事のように言う、フリージア。
それは高さが、およそ二十メートルはありそうなほどの、超特大の『扉』であった。




