2-64 お使い登山
聖山か。
ダンジョンの力を利用した邪神の封印のために、あそこからもダンジョンへ力を借りているのだっけ。
巷ではダンジョンの浸食を聖山が防いでいるとか言われていたのだが、それは間違った話だった。
だから、あそこの麓までダンジョンが通じているのだ。
本来ならば邪神の封印されている遺跡をダンジョン化するだけで済んでいたろうに。
「へえ、みんな忙しいんだなあ。
そうか、あそこもダンジョンに接していたんだっけね」
「ああ、ここのダンジョンというか聖教国は複雑な成り立ちだからな。
私も一度聖山へ見に行こうとは思っておったのだが、今は聖教国への視察の話が相次いでいて、それどころではない」
「視察?」
「まあその、なんというのか、ここへの支援のお話だ。
相手方にも予算とか財政局とかの話があってなあ。
私がここにいるのなら是非視察したいという事で、こちらからも手紙を山盛り書かねばならんという事だ。
彼らにも一度は来てもらった方がよいしな。
しばらく、机の前から離れられそうにない」
ああ、お金の話は聖女の権威を使った方が、出す方も受け取る方も双方にとって都合がいいから。
今はここに姐御がいるんだから、その方がいいよな。
「ああ、そういう話かあ。
お疲れ様っす。
その場に勇者リクルはいなくても大丈夫?」
「はは、大丈夫だ。
手紙を送ったからといって、すぐに視察に来るわけじゃないさ。
またその時には頼むとしよう」
「また、視察に来た人用の御土産を宝箱から見繕っておきます?」
その言い草には姐御も苦笑していたが、まあすぐに笑顔を向けてくれるレベルだった。
「お前は本当にそういう細かい事に気を回す男だな」
「それが新人レーティング一位の実力ですって。
下積み冒険者の心得ですから」
「わかった。
では、よろしくな。
管理事務所にはルバート司祭がおられるから、彼に確認してから、一応お前が直接聖山の様子を見てくれ。
その旨、書状を用意するから」
「はい、じゃあ確かに」
俺は、しばしの間の後に、赤い蝋で封をして聖女の指輪印を押した書状を受取った。
こういう失くしたら困るような大事な物を受け取った時って、収納アイテムが本当に便利。
「念のため、何か気になる感じだったら、必要なら借り物のスキルを使ってでも見ておいてくれ。
あそこなら、そう問題はないと思うのだが」
「わっかりやしたー。
ちなみに、聖山お勧めのランチとかは?」
「そうだな。
ランチなら七合目の三十食限定の雲海ランチか。
あれは人気だから十一時開始のかなり前から並んでいないと買えないぞ。
あとは五合目の団子屋で売っている、聖山名物の三食団子が絶品だな。
あ、ついでにそいつを土産に頼む。
うちの連中はみんな、結構アレが大好きでな」
「そうかあ、じゃあ買ってきますね」
「いってきまーす」
「ああ、気をつけてな。
慌てずゆっくり行ってこい。
聖山は険しく見えるが、中級冒険者の足ならどうってことないさ。
特にお前達ならばな」
マロウスあたりなら毎日鍛練で登っていそうだな。
俺達は大神殿の裏から外に出て、祈りの塔の向こうにある聖山を眺めた。
「十一時前か、今は九時半だな」
「うちらの足なら余裕じゃない?」
「よし、それじゃ姐御のお使いは後にしよう。
司祭が話の長い人だと限定ランチに間に合わないと困る。
よくあるんだ、そういう悲劇が」
「それはありうるね!」
「もう今日のランチの胃袋は雲海ランチで決まりさ。
帰りに五合目で御土産の三食団子を買ってから管理事務所に行こう」
「走る?」
「ううん、これで」
そして、そこには俺が呼び出した二体の狼がいた。
「あは、乗物付き登山ツアーだったか」
だが、そこにお邪魔虫がやってきた。
というか、最初からいるんだけど。
「ほお、聖山とな」
「あれ、ルミナスは聖山に詳しいの?」
「まあね。
こう見えて、元々は聖女セラシアの契約精霊だったのですが」
「そういや、そうだったね」
「あたし、雲海ランチについてくるデザートシリーズが好きなの。
あれは美味しいよ」
「へえ」
そしてアイドルグリープは勢揃いだった。
「よし、久し振りに『聖山餡蜜』を!」
「うちは聖山サブレ。
あれ、あの山でしか取れない聖山甘胡桃入りなの」
「そこに『聖山名物精霊餅』の名がないとは遺憾という他に言葉なし」
「聖山スープは魔法使いが好んで飲むみたいよ」
何気にこいつら精霊はグルメなので、こういう時には姐御よりも当てになったりするのだ。
「ようし、精霊さんと行く、聖山グルメツアーだ~」
「リクル、一応は聖女様のお使いも忘れないようにね。
グルメに目が眩んで、あたしもちょっと忘れそうだけど」
「おう!」
こうして勇者と精霊の聖山食い倒れツアーは始まったのだった。




