2-42 真・ラスター
「じゃあ、後は蜘蛛をぶち殺すだけだな」
だがクレジネスが振り向いても、今しがた会話をしていたリクルは返事をしない。
「ん? あれ、リクルの奴め。
どこへ消えやがった。
返事くらいしろ」
「……ああ、あいつならたった今、また扉に引っ張り込まれていたよ。
くそ、あいつら扉まで速攻で閉めて跡形もなく消えやがったわ。
後を追う事すら無理だ」
セラシアも頭が痛そうにしている。
「もうなんて連中だろうな。
前回の時は、お前を餌にしてわざと扉を見せていたのだろう。
いやまったくもって素早過ぎて、この俺がすぐ隣にいたにも関わらず手も足も出なかった……」
「なんだと!」
餌呼ばわりされて少し顔を朱に染めたクレジネス。
何しろ、このビーストベアーとも、まだ決着がついていないので。
朝の塔での恒例の追いかけっこでは、未だにマロウスを抜けずにいるクレジネスなのだった。
「しかも、今度はよりにもよって蜘蛛の足にな。
背後から五~六匹がかりの足十本以上で引き摺り込んでいたぞ。
お前達も気をつけろ。
まったく、なんということだ。
まだ中に引っ張り込まれたのが、多数の蜘蛛相手の戦闘経験が豊富なリクルだったから、さほど心配はいらんと思うのだがな」
「なんだと!
おのれ、リクル。
人の獲物を横取りするとは不届きな奴」
「クレジネス、お前はまったく」
だが彼の頭の上の精霊はケタケタと笑っている。
「あんた、いい根性しているわいな。
気に入った。
扉なら、また見つけてあげるでありんす」
「うむ、頼むぞ。
出来れば、蜘蛛入りの当たりの奴にしてくれ」
「相変わらずだな、クレイジスよ。
あまり一人で無茶をするでないぞ」
だが他の面子はこの事態に渋い顔だ。
「うわあ、コントンじゃない方の扉も、いきなり現れて一人ずつ中から強制的に引きずり込んで扉に引っ張り込むのねえ。
これは油断も隙もあったものじゃないわ。
そりゃあ行方不明者が大勢出るわけね。
扉を開けないだけじゃ拉致を防げないのか」
「まあそういう事のようだ。
少なくとも、いきなり事情の一端が見えてきたな。
これは一時的なダンジョン封鎖も視野に入れて、協会長や大司祭殿とも相談せねばなるまい。
ダンジョンの上がりの問題があるので、あの国王と話をする必要があるやもしれん」
「そうね。
後でリムルから詳しい話を聞かないといけないわ。
さすがに、いきなり狭いところで、あのラスター数百匹に囲まれたりしたら洒落にならないもの」
「今、まさに洒落になっていない奴が約一名いたわけなのだが。
朝方の散歩の時間にスキルを授与しておいてよかったな」
「あはは、うちは暇を見てスキルは仕込んでおいたけどねえ」
「いつの間に……」
「あら、魔法剣ですもの。
食事の合間にナイフやフォークでも目立たない感じに発動できるのよ」
「そういやエラヴィスって、最近いつも食事の時はリクルと隣同士の席だったな」
「お前ら、せめて飯の時くらいはのんびりしろ。
まあ今日はそれが役に立っているようなので、良いのだが」
◆◇◆◇◆
「よっこらしょっと。
この扉の中では、後から追加の魔物は湧いてこないらしいな。
扉も独立していて、他と繋がっていないらしいな。
しかも、やはり褒美のアイテムはないし。
まあバラバラの蜘蛛素材は手に入るし、俺の場合は、お陰様でバージョンアップが可能なのだからいいか」
そして、バラバラになった九匹のラスターのパーツを回収すると、そこにいた文字通りラスターとなった蜘蛛を見下ろしていた。
エラヴィスから習った彼女のスキルをブースト無しで試してみたら、槍の威力も相まって御覧の通りの一方的な虐殺劇のような有様であった。
スキルのバージョンは見事に13.8へ上がった。
倒した蜘蛛の数は前回よりも少ないのだが、技巧を駆使した圧倒的に強い勝ち方をしたからなのだろうか。
あるいは多数の敵による不意討ちで、自分に不利な空間へと仲間から引き離されて一人で引き摺り込まれた事が影響しているものなのか。
敵の数が少ない割にはバージョンが上昇している。
前の経験値が13.6に限りなく近いところで止まっていた可能性もあるのだが。
狼達もチームワークで上手に立ち回って蜘蛛達の動きをかく乱してくれたし、今回は精霊のルミナスを連れているため蜘蛛達も警戒しており、前回ほどうまく立ち回れなかったようだ。
そいつは、痛めつけて弱らせてから、しかし他の奴のように手足はバラバラにせず、胴体を槍で串刺しにして身動きできないようにしてある。
ついでに、ミスリル剣による魔法剣の近接を試したら大当たりだった。
特にルミナスの光属性が奴らは苦手らしかったし、狼チームに一体ずつ俺に有利なバトルポジションへ追い込ませてから、丁寧に一体ずつ順に刻んでみせたのだ。
どこかでコントンのオリハルコン剣が欲しいよな。
そいつをバニッシュに改造してもらった奴がさ。
そいつが十匹の指揮官だったような動きをしていたので、そうして標本のように串刺しのまま殺さずに最後に残しておいたのだ。
そして奴に話しかける。
「なあ、俺達はもう十分に戦った。
なんていうかさあ、『拳を交えたらマブダチ』とかいう展開はないの?」
だが、そいつは最強クラスの槍に縫い留められたまま、ピクピクしているだけだった。
「さすがに無理があるんじゃない?
これって『あっち側』の住人だよね。
やっぱり、あんたって馬鹿だわー。
まあ馬鹿でもなければ勇者なんてやっていないんだけど」
「ルミナス。
お前、何気に毒舌だな。
うーん、やっぱりこれを飼い慣らすのは、さすがに無理があったのかなあ。
狼みたいな霊獣じゃないからな。
あ、でも待てよ。
今朝習ったばっかりのアレを試してみるか。
所詮は駄目元なんだしな」
「え、あれをー?」
「まあ、何かが減るもんじゃなし。
なあ、ルミナス。
お前も一緒に踊ろうよ」
「う! ま、まあ付き合うくらいはいいけどね~」




