2-36 勇者の聖剣
「ようし、今後も特殊技能スキルや補助スキルの習得に励もう。
もう戦闘スキルなんて糞くらえだ」
「ほお、勇者のくせに子供の前で、そこまで腰抜けな事を抜かすと言うか」
「当り前だー。
邪神の攻撃を食らっても生き残る、あんたら人外のエルフにだって、その邪神を滅ぼせなくて封印するのが関の山だったんじゃないか」
「あれはもう誰にも滅ぼす事は出来ぬだろう。
それには、あれをもう一度生み出すほどの技術が必要なのだから」
くそ、あっさりと言い切りやがって。
これだから人外っていう奴らは。
「あってたまるか、そんな物騒な物。
そんな技術を人が手にしたが最後、さらに邪神を増員されるのが落ちだろ。
人間なんてそういうもんさ」
「ああ、お前の意見は正しい。
だから太古の時代にも邪神は生み出されてしまったのだから」
「こうなった以上『邪神封印スキル』を自力で入手するため、とことんバージョンアップするまでだ。
もっとダンジョンへ行くぞ、英雄姫様。
扉なんかにビビっていられるか。
畜生、なんかそれっぽい感じのスキルが湧いてきているんで、前から変だとは思っていたんだよ」
おそらく俺の、スキルを刻印された魂が危機を感じとって、そういうスキルを積極的に沸かせているのだろう。
もはや、己の力で邪気・邪神、そういう物を祓うしかない。
死にたくなけりゃあなあ。
この史上最悪な邪神討伐(封印)パーティにお邪魔していなくても、死にたくなければ結局いずれは戦うしかないのだ。
「はっはっは、聞いたか子供達よ。
これが聖女の指名した勇者というものだ。
勇者様は邪神と対決してくださるそうだぞ」
あ、聖女に嵌められた。
これを皆の前で言わせたくて話を誘導していやがったのか。
なんて悪い顔で笑う聖女なんだろう。
「ええい、やってやらあ。
どの道やらないと、この俺だって世界ごと滅ぼされるだけなんだからな」
勢いで言ってしまった。
だが若き勇者なんて、まあこんなものさ。
思慮深くて保身的なおっさんなんかだと、勇者になれと言われたら最初に丁重に断ってくるだろうから。
だから経験の深い、若い勇者よりも有利に戦えそうなくらい力のあるおっさん達は、絶対に物語の主人公にはならないのだ。
「頑張って、勇者様」
「ゆうしゃさま、これあげる。
ぼくのたからものなの」
そう言って、さっきの男の子が俺にプレゼントしてくれた物は、なんと!
紙を折って作った『ゆうしゃのけん』だった!
「ヤッハー、勇者リクルはついに聖剣を手に入れた!」
その聖剣を高々と天に掲げてノリよく叫んだ俺に、小さな子供達だけでなく、もう十分に分別のついている年頃の大きい子達や神官さん達も、微笑ましく拍手に参加してくれたのだった。
そして大勢の子供達に見送られながら笑顔を絶やさなかった英雄姫の聖女様は、孤児院を退出した後で急に真顔になって間髪入れずにこう言った。
「では今から鍛錬に行くとするか。
ついてこい、リクル」
「さっそくですか。
この聖女様、遠慮のえの字もないな。
今日は、この俺の熱々な脳味噌のクールタイムじゃあなかったのかよ」
「そのつもりだったが、お前の憂慮も実にもっともな事だ。
明日からダンジョンに戻るにあたり、本日は貴様に特訓を課す」
「特訓?」
「私の用いる魔法のすべてを、例のお前のスキルに記憶させる。
この先に何が起きてもおかしくないからな。
たとえば、ラスターの数万に及ぶスタンピードとかな」
「姐御、冗談でもそういう事を口にするのは止めにしましょうぜ。
災いというのは口に出すだけでも……」
だが姐御はいい表情で、微妙な微笑みを浮かべていた。
きっと過去に邪神と対峙した時に浮かべていたのではないかと推察されるような凄絶なタイプの。
どうやら、ご本人様は自分が口にした事を冗談だと思っていないらしい。
そういや、ちょっとした余興ですら五十二体も湧いてきたんだった。
あんな物、所詮は前座に過ぎないっていう事なのか。
前回は何体湧いてきたものか訊く勇気がねえや。
やだねー、なんだか急に故郷の田舎に帰りたくなってきたわ。
「どこでやるんです?」
内容が内容だけに、へたな場所ではやれそうもないのだが。
「案ずるな。
大神殿の地下に、私専用の魔法習練場がある」
うわあ……きっとそれは、この世界一物騒な聖女が【邪神との対決前の最終調整】とかをする場所なのだろう。
実に縁起でもない場所だ。
だが、彼女は目でこう言っている。
『つべこべ言わずにさっさと一緒に来い。
このへたれ勇者が』
『へーい』
俺も同じくそう目で返しておいた。
こういう時にニュアンスっていう物は本当によく伝わるものだ。
目は心の窓とはよく言われるものだが、まさに言い得て妙だな。




