2-33 お母さんと一緒
今日も豪勢な聖女様用朝食のお相伴に預かってから、サロンでお茶をいただきながら本日の行動についての作戦会議に入ったはいいが、のっけから姐御にこう言われてしまった。
「さて、そういう訳で本日もパーティとしての活動は休みにする」
「えー、扉を捜しに行くんじゃないの~」
「馬鹿者。
本日は『お前の休養』のためだ。
昨日は死にかけていたのだぞ。
自覚のない奴め。
なまじ回復力が半端でないから余計に性質が悪い」
「うう、すいやせん」
「それに、お前の頭を冷やすクールタイムでもある。
まったく、ここまで分別のない馬鹿だとは思っていなかったぞ。
日頃はいい子にしているからと思って、つい油断していた。
今日は丸一日、私の伴をするがよい」
「へーい」
なんと人生最大のクールタイムをいただいてしまった。
自分のスキルなら、今のところ最大で一時間なのだがなあ。
体の方は回復力が異常なほど大幅に向上したので、もうなんという事はないのだが。
「みんなはどうするの?」
「俺は鍛錬だな」
「マロウス、あんたには訊いてません」
「お前が休養日で非常に残念だ。
バージョンアップしたそうだから、その分はお前もまた鍛えんといかんのだしな」
「御伴に任命してくださってありがとう、姐御!」
あぶねえ、こっちにつけられる可能性もあったのか!
「あたしは買い物に行くわ。
せっかく買った物を無限に持てる衣装箱が手に入ったのだもの」
我が魔法武器捌きの師匠エラヴィス閣下もブレない考えのようだ。
「わしは難儀な仕事が山積みじゃな。
まず、あのとんでもない性能の戦闘ゴーレムの整備を頼まれておるしのう。
次にあの石板なのか箱なのかよくわからんような物の解析をせんといかぬし、後はお前が持ち帰った例のアレじゃ。
アレが一番難物じゃのう」
やっぱり世界一のプロから見ても、あれって戦闘用のスーパーゴーレムなんだね。
なんであれがメイド・オートマタ扱いになっているんだろう。
もしかして、あいつって古代のネタ商品だったのか?
まあ主には大変忠実みたいなので、いいのだけれども。
「すいません。
全部俺のスキルで沸かせました」
「まあ最後の奴は、持ち主であるお前と一緒におるので持ち歩いていてよいのは幸いなのじゃが。
まあ一通り、ここの発掘物の専門家による調査が終了してからだのう」
「お願いしまーす」
「よいか、リクル。
今日はもう妙なスキルを使うでないぞ。
これ以上扱いに困るような珍品が増えても困る」
「へーい」
もうすっかり、この卑屈な返事が板についてしまったな。
どうも、ここの異変に加えて、俺のスキルをプラスすると姐御の頭痛が治まらないものらしい。
それは薬で直るようなものじゃないからな。
そして銘銘が己の目的に沿った行動に移り、姐御も立ち上がった。
「それで姐御、今日はまずどちらに?」
「そうだな、久しぶりに孤児院の慰問にでもゆくか。
それも前回の大祭以来だから、四年ぶりになるはずだ」
「ああ、そういう物もあるのか」
「ここはダンジョン都市だぞ。
孤児院はラビワンにもあったであろう。
あそこは冒険者協会が運営元であるが」
「そういや、そのような物もありましたね。
今まではブライアンのパーティで仕事を覚えるのに精いっぱいで、そんな事に構うような余裕はなかったのですが」
「仮にもお前は聖女が勇者として指名した者なのだから、それくらいの余禄はあってもよかろう。
まずは土産物から物色に行くぞ」
「何がよろしいので?」
「少し良い食べ物に、服に靴、あとは学用品などだな。
せっかく無限収納があるので本日は多めに買い求めるか」
「あ、俺も金は出しますよ」
俺が財布代わりの革袋を取り出すと、姐御は手を振ってそれを制した。
「ああ、よい。
聖女として、私にも聖教国から予算をくれておるのだ。
これが能無しの聖女ならば、それも生活費に回さねばならんのだろうが、私は腕利きの冒険者パーティのマネージャーだ。
お前ではないが、レバレッジ取引さえ超得意なのだぞ」
そりゃあ年季が違うものなあ。
『レバレッジ取引』などが誕生する以前から、別の何かで利殖をしているんだろうからなあ。
あまりにも経験値が違い過ぎて、あの冒険者パーティのマネージャーとしては利殖が優秀な方だったブライアンが霞んでみえるぜ。
あまりそういう事を言うと、また「年寄り扱いするでない」とか言って、最後には怒られるのだが。
そういう訳で、本日は『パーティのお母さん』と一緒に、聖都の孤児院へ慰問に行く事になった。
初めて行った街の商店は、やはり神官服を着たお姉さんが出迎えてくれた。
もしかして、このバルバディア聖教国とは、冒険者以外は全ての職業が神官によって賄われているのではないだろうか。
「おお、これは聖女セラシア様。
本日はどのようなご用命で」
「うむ、今日は孤児院の慰問に行こうと思ってな。
そこの馬鹿勇者も監視しておかねばならんので」
「そうでございましたか。
はて、勇者様関係で何かございましたか?」
何か不穏な空気を感じ取ったものか、もう一人いた神官の女性が訊ねてきた。
「何、ちょっと終末の蜘蛛ラスターが五十匹ほど現れただけだ」
「えーと、今うっすらとした記憶の中から朧気に思い出したところによると、全部で五十二匹だったみたい」
「やかましい」
それを聞いて神官の女性達は顔を引き攣らせていたが、結末が気になるものか、一応続きの確認に来た。
「えーとその、それで奴らは結局どうなりましたので?」
「そこの馬鹿が遊びの最中に、何故か自力で奴らを呼びだした挙句に、全部自分でバラバラにしてしまいおった。
よくぞ本人が生きておったものだ」
「ああ、それはまた……やはり勇者様というのは、決して野放しにしておいてはいけない物だったのですねえ」
「まあそういう事だ。
いくらこいつが妙なスキルを使ったせいだとはいえ、あのラスターがそれだけまとめて湧いてきたのだから碌な物ではないわ。
何がどうなっておるものか、わかったものではない」
「聖女様のご苦労御察しいたします」
「まったくじゃ。
こうなったら邪神の封印重ね掛けが終わるまで安心して帰れぬわ。
じゃが果たして、今の状況で大祭を取り行う事が可能かどうか。
まあ、お前達も心しておくようにな」
「ははっ、他の物にも通達しておきます」
「それでは、子供用の品を見繕ってまいります。
ご予算は」
「食い物は金貨十枚分を頼む。
あまりまとめて持っていっても日持ちせんだろう」
「姐御、中に入れておけば食い物が腐らない無限収納アイテムなら、ここに余っているけど」
「この馬鹿者が!
いくら聖都大神殿といえども、そのような危ない物を孤児院などに置いておけるかっ!
お前達わかるか、こいつの戯け者ぶりが」
「そうか。
勇者様って世間知らずなのか、破天荒な考えをされるのか、大概はそのうちのどちらかですものねえ……」
「姐御、俺は前者の方だよね」
「どうかな、お前の場合はなかなか油断が出来んのでな」
そうかなあ。
まあいいや、破天荒勇者というのも悪くない選択だな。
そんな俺の楽しそうな顔を見て、姐御がまた頭を振っていた。




