2-29 生きてました!
俺が、はっと気がついた時には、大きく腿を開いた格好で膝をついて座り込み、首を項垂れた格好で槍の石突をダンジョンの大地についていた。
その格好のまま、必死に呼びかけてくれている姐御に肩を揺さぶられていた。
彼女は強力に回復魔法をかけてくれていたようだ。
普通なら、絶対に力尽きて死んでいるような格好だよな。
どこの豪傑なんだ、俺は。
手に持った槍を天に向けて持ったまま、杖のようにずっと離さなかったみたいだし。
もう片方の左手は何故か膝の上に置かれており、まるで命懸けの奮戦の後に力尽き、その格好で息を引き取った、どこかの武将か神話に登場する英雄か何かのような有様だ。
「リクル、リクル、おい起きぬか、この大馬鹿者」
まるで、迂闊に揺すったら砕けてしまうような壊れ物を扱うように、優しく誰かが起こす声に反応して、俺はつい言ってしまった。
「は!
あれ、母さん?
おはよう」
「この、たわけが。
寝惚けるな、誰が母さんか。
いいから起きぬか」
なんだ、セラシアの姐御だったのかあ。
パーティのお母さん、おはよう。
「あれ、ここはどこ⁉」
俺はきょときょとと周りを見渡した。
「馬鹿者、ここはまだダンジョンの坑道の中だ。
一体何がどうなっておる。
あのラスターが大量にバラバラになって散らばっておるではないか。
これは、お前の仕業なのか?
お前の狼の一頭がわしらを呼びに来たぞ。
必死に吠えまくって呼んでおって、私の服の裾を咥えて離さぬので、皆で揃って大慌てで駆けつけてみれば、この有様だ」
はあ、忠犬ここにありき。
いやあ、このリクルの英雄史というか伝記というか、ただの日記には、こいつらの活躍の記述が必須だな
「そうかあ、あいつら後で褒めてやらんとなあ。
そうだ!
俺はここで、命懸けで必死に戦った。
あいつらは、ラスターはどうした。
それに、リナ!
ナタリー!」
そういやラスターは大量にバラバラになっていると、さっき姐御がそう言っていたような気が。
駄目だ、頭が混乱しているというか、記憶が混濁しているというか、何も把握できていない。
まだ俺が見た事もない、海なる場所には海綿という生き物がいるという。
お風呂でその成れの果てを見かけたが、元は海の生物だ。
ブライアンにも良くなじられたものだ。
「お前の頭は海綿か、スポンジ頭か、こいつめ」と。
よくわからないが、今の俺の状態は記憶の中のブライアンにさえ、頭が海綿で出来ていると評される状態なのらしい。
「あたしは、ここにいるよー。
リクルー」
なんだかボロボロな様子で、俺と同じく座り込んでエラヴィスの回復魔法を受けているリナが手を振っていた。
尻もちをついて、半ば彼女に抱きかかえられるかのようにしながら治療を受けていた。
そんな感じでも、いつものあいつと同じで何か元気いっぱいの様子なので安心した。
ナタリーはバニッシュが診てくれている。
どうやら、あいつも原型は保てているようだ。
お蔭で、奴の運否天賦で陽気な、年中前向きで年中お日様を向く向日葵のように明るい性格の主様はまだ生きていた。
ナタリーの奴も出現早々に、またえらい主に仕えたものだな。
あいつも俺の覚醒に反応して、ミスリルの槍をギクシャクと振ってくれている。
まだ口が利けない状態のようだった。
この忠義者め、まったくご苦労様なこった。
俺だって人の事は言えんがね。
さすがに俺が貸与したミスリルの槍は勝手に修復していたが、そいつも戦闘中は常時原形など留めてはいなかっただろう。
そこまでの戦いだったと、俺の身体は悲鳴を上げて俺の顔を顰めさせながら主張していた。
「なんだか、凄まじく酷い事になっておるのう」
「リクル、お前この状況でよく生きていられたな」
「やだー、どこから湧いたのよ、この蜘蛛の群れは」
そして先輩はまた一際渋い顔をしていた。
なんでだい。
あんたが殺したがっていた男はしぶとく生き延びたんだから、ちっとくらいは褒めろよな。
「よお、先輩。
よく眠れたかい。
助けに来てくれないから、もう少しで蜘蛛の餌食になっていたところじゃないか。
あんたが俺を食うんじゃなかったのかよ。
ああ、酷い目に遭った」
だが英雄姫は、怒りで顔を朱に染め、俺の耳をぎりぎりと引っ張った。
「この馬鹿めが、一体何をどうやったらこうなる。
こっちなら安全だと思って、お前一人で野放しにしておいた私が馬鹿だった」
「アイタタタタ」
う、怒っていらっしゃる。
この場は何とか無事に切り抜けたいシーンであった。
体は全然動かないから、どう頑張っても上級冒険者達からは逃げられないんだけどね。
「あー、話せば長くなりますが、少々欲の皮を突っ張らかせ過ぎましてですねー、あうう」
姐御は溜息をついて、こう宣告した。
「以後、お前は当分の間、単独行動を禁じる。
そこのクレジネスよ。
しばらく、お前がこの馬鹿を厳重に見張っておけ。
お前がそいつを殺す前に何かに殺されんようにな!」




