2-17 終末の蜘蛛
「お前、それが何か知らんのだろう」
「姐御は知っているんだね。
解説プリーズ」
「それは終末の蜘蛛、ラスター。
お前のような特別な人間を排除するようなタイプの魔物だ。
かなり厄介なものだぞ。
あの管理魔物並みにな。
まあ倒すのは比較的容易なのだが、あれこれ面倒な奴よ。
以前に邪神が出た時にも、わらわらと湧いてきたもんだ。
そして千年前にもな」
そしてバニッシュが止めとばかりに、こう付け加えた。
「まあ、もしかしたら邪神出現の前触れというか、露払いをするような物に当たるのかもしれんのう。
それは此度の異変の一つなのであろう。
クレジネスは我々を呼べと言わなんだか?」
「うん。
言われたけど間に合わなかったよ。
俺は中に入らずに扉を開けて様子を見ていただけなのに、扉の外のエリアで一歩踏み込んだだけで、いつの間にか中にいたんだ」
「そうであったか。
今度扉を見かけたら気をつけるがよい。
おそらくは中にいる者に勝たねば、外へ出られぬぞ。
ラスターの場合は、相手が大群の可能性もある。
やたらと無闇に扉には触るでない」
「へーい。
今回は先輩が中で捕まっていたからね。
あと、そっちの可愛い子達はどうしよう」
そいつらは自分の事を話しているのがわかるのか、ずいっと前に出て来た。
「それは狼の霊獣シリウスだ。
本来なら害はないのであろうが、蜘蛛に操られておったようだの。
さすがのクレジネスも、ラスターに加えて霊獣の群れが相手をするのは一人では分が悪かろう。
どうだ、リクル。
お主に懐いておるようだし、いっそそれらを使役してみぬか」
「使役ねえ。御飯代は?」
「はは、それらは霊獣だ。
特に御飯はいらぬ。
ラスターによる隷属より救ってくれたので、お前に恩義を感じているようだしなあ」
「それは結構役に立つ事も多いのじゃ。
霊獣など滅多な事では人には懐かぬものよ。
お前は、ほんに面白い奴よのう」
「まあいいや、前から犬とか飼ってみたかったし。
でもいっぱいいるから、他の人が皆びっくりしないかな」
「これらは、普段は人に見えぬよう、人に触れられぬようにしておけるから便利だぞ。
私も大昔は一頭飼っていたものよ。
懐かしい」
「そういや、さっきはこいつらも姐御を見上げていたよね。
さすがはエルフの聖女だけあるなあ。
みんな、いいかい。
お母さんには絶対に逆らっちゃ駄目だよ」
狼達は鼻を鳴らして、姐御の傍に寄っていった。
「これこれ、誰がお母さんか」
「使役って具体的にはどうするの?」
「本来なら、お前のように好かれておれば特に何もする必要はないのじゃが、一度ラスターに操られていたからのう。
またそうなってもいかぬ。
どうだ、お前ら」
すると、そいつらは一斉に軽く吠えた。
人の言う事をよく聞くのだな。
頭はいいようだ。
「では、朝飯前に儀式を済ませてしまうとしようか」
「儀式?」
「うむ、そやつらとお前の契約の儀式だ。
さすれば彼らは、お前の生涯の友となろう」
「へえ、いいな。
じゃ、お願いします」
ワンコは全部で三十匹もいた。
凄い大所帯だ。
動物一座として芝居小屋がやれそう。
「では簡易式にやるぞ。
お前はそやつらに物凄く好かれておるから、それで十分だ。
リクル、こちらへ」
狼達は、食堂の空いた空間に整列して待った。
「汝シリウス達、このリクルを生涯の主として認めるか?」
彼らはお座りをしたまま一斉に吠えて、それに答えた。
「では、リクルよ。
彼らをお前の僕として迎えるか」
「はい。お前達、よろしくね」
狼達は再び吠えて挨拶をした。
なんだか結婚式の誓いみたいだな。
「よし、契約終了」
「え、これだけでいいの」
「はは、エルフの英雄姫が立ち合い人となって契約したのじゃから、これでいいのじゃ」
バニッシュが豪快に笑いながら、そう言ってくれる。
「へえ」
そして俺と、その可愛い子達は家族になったのだった。
この子達って触ると、普通の動物と違ってとっても気持ちがいいな。
俺は、非常にもふもふ成分が豊富な冒険者になった。
いいな、こういうのは。
だが先輩は始終浮かない顔だった。
「あれ、先輩。どうかしたん」
だが他の面子が爆笑していた。
「そら、リクル。
お前にそんなボディガード達がいちゃあ、そう簡単には食えないだろうからな。
さすがに霊獣の相手は面倒だから俺も御免被る」
「え、マロウスがマジでそう言うの」
「そりゃあ、霊獣にはまともに攻撃なんか通らんからの。
お前とクレジネスのコンビは別格じゃが、クレジネス単独で一群れ撃破は辛かろう。
しかも、狼族は霊獣の中でも主人を生涯愛し、絶対に守るので有名だ。
しかも、その数なのだからのう」
「いやあ、悪いけど傑作だわー。
しかもそいつら、よりにもよって彼自身が連れてきたんですって?」
「くっ、なんという屈辱だ。
この俺ともあろう者が」
「まあまあ先輩。
先輩も頭とか撫でてみます?
凄く触り心地がいいですよ」
「今日のところは、やめておこう。
そんな気分じゃない。
まったく、なんて日だ。
ああ、飯だ、飯」




