22.理解者としての答え
「では、僕はそろそろ御暇させて貰います。時間も時間ですしね。」
そう言われ、時計を見ればそろそろ午後10時を射す所で、最初に指名したのは2時間だ。
それに佐伯も忙しいであろうから前回のように朝まで付き合わせる訳にもいかない。
「済みません、お勘定お願いします。」
「はい、取り合えず気に入って貰えたかな?」
マスターが笑いながら尋ねると佐伯も気分が良さそうに頷いて
「ええ、勿論。是非とも来週辺りに上司に話しておきます。また機会がありましたら是非。」
「おあいそさん」
「柴田さんも。あまり無茶はしないで下さいね?」
「心配……ありがとうございます」
ただそう言って振り返る事もなく、佐伯は店を後にした。
不気味な程、足音を立てる事もなく。
「……どうすんの?杏癒ちゃん」
残った客である杏癒にマスターは思わず声を掛けた。
勿論先程の話はマスターも聞いている。
返信する事もなくただ携帯を握りしめる杏癒へと向かって。
当の本人は落ち込んだ様子で俯いているのだが、ここで掛けられる気休めなど貴が知れている。
それは杏癒も判っていた。
「どうもこうもないよ、佐伯さんの言う事は正しいもの。」
「そうじゃなくて彼の事だよ」
「え?」
思わず驚いて顔を上げる。
すると深刻そうにマスターは杏癒へ告げる。
「俺の人生予測からだけど、多分あの佐伯さんって人は少なくも杏癒ちゃんに気があると思うよ?どういった経緯で知ったか判らないけど、普通女性相手どころか俺にまで話す事のなかった男がああも言うと思わないけど」
「でも佐伯さんには婚約者がいて……」
「それは現実で?」
「ううん、私と同じ……。」
「だと思った。あのね気の合う者同士だからと言ってこっちの世界に足を突っ込んだ事もない男がああ言うのは何らか関係してるって。それが本当に杏癒ちゃんを気になっているのか同情なのかまでは判らないけど。」
「……」
気があるなんてあり得ない
あんなにも誠実で優しくて、一時でも親身にはなってくれたのは確か。
それでも彼はきっと嘘は吐かない。
「それはあり得ないよ、マスター。」
何故ならば、あの佐伯依人と言う男は。
「私と同じだよ。幻想を捨てきれない可哀そうな人間だから。一度愛したら離れられないよ。」
それが杏癒の答え
同種で同じく諦めたくない人間が見た答え。
どうも、織坂一です。
前回杏癒が殺意を抱く⇒佐伯が宥めるという流れでしたが、この杏癒パートで重要なのは佐伯は杏癒にとってどんな存在なのかです。
このお店のマスターが言うのも一理ありますが、まだ杏癒とその婚約者との関係が書かれていない為、(それは佐伯側も同じですが…)とことん両者が互いをどう思うかをこの第2章では重視しています。
杏癒と佐伯側の恋愛に関しましては、後々にまた展開されます。
ただ私がこのゲッカビジンを書くにあたって、佐伯と杏癒の関係もそうですが、両サイドの恋愛、つまり4つの恋が動く事をテーマに書きましたので、そこに至るまでまだ長いですが、どうかお付き合いください。




