夢と現実の狭間-4
「それが現状取れ得る最適解だと思うんだけど」
「なるほど…って、んなわけあるか!?」
至って真面目な顔で言って来たため、一瞬納得しそうになってしまった。
「じゃあ帰れる見込みはあるわけ?」
「今のところはないけど…」
それをこれから見つけるのだろう。目の前の男はどうにも非協力的だが。
「今から手掛かりを探そうとか思ってるんだろうけど…そんなことしている間に、シアが元いた時間軸に追いつくんじゃない?」
た、確かに…
思わず頷いてしまった。ほとんど手掛かりゼロの今、その可能性もなくはない。と言うか、大いに有り得る。
「それに今は、世界を救う旅の途中…調べ物をしている時間なんてシアにはないよ」
「なっ…!」
最もな意見を言われてしまい、もう唖然とした表情をする他ない。
私の体感的にはすでに旅は終わっているのだが、よくよく考えたらこの世界ではまだ続いているのである。しかもこれから色々と大変になる事を、実際に体験した私はよく知っている。もちろん調べ物をする時間なんてあるはずもない。
「納得した?この世界に残る…それが今のシアが取れ得る最適解だよ」
ぐうの音も出ない。確かに客観的に見て、取れ得る選択肢はそれしかないと言っても過言ではないのだ。
いやでも、このままここに残るって言ったって…色々と不都合なことだらけだろう?
未来を知っている異分子が、この世界に一体どう言った影響を及ぼすのかは、はっきり言って未知数である。何より私の行動一つで本来の未来と変わってしまったら…それこそ、取り返しのつかない事態になってしまう。
「シアは今まで通りに過ごせば良いんだよ。みんなには俺が勝手にフォロー入れとくし」
「突然の親切が怖い」
胡散臭い目を向けたが、完全にスルーされてしまった。
そうまでして私をここに引きとどめて置きたいのか?
コイツの意図がいまいち読めない…って、ダメだ。このままじゃ、完全にコイツのペースに飲まれてしまう。
一旦深呼吸をして心を落ち着かせ、警戒心は張り詰めたままウィルと真っ直ぐに向き合う。
「私が元いた時間軸はどうなるのよ」
「さあ、なくなるんじゃない?」
コイツ…
他人事だと思ってとんでもない事を言ってくれる。やはりコイツに相談したのが間違いだった。いや、なし崩し的にそうなってしまっただけで決して本意ではないのだが。
「別にいいでしょ。5年ここで過ごすだけなんだし」
その5年が大変だったんだよ!?
10年間旅に出ていた私だが、間違いなく、後半5年の方がきつかった。正直ここまでの旅は序の口である。そのため、ここから繰り返したいかと問われれば、私は速攻でNOと答えるだろう。あの苦節を二度も味わいたいとは思わない。
故に未来の私たちの苦労を無に帰すような発言に、軽蔑の意味も込めて睨めつければ…
「それに…今の未来に、シアの幸せはないみたいだからね」
「…っ!」
なぜかアイツから今までにないほどの殺気が漏れ出た。もちろん自分に向けられたものではない。だが分かっていても、その余波だけで震えが止まらないのだ。
いや、と言うよりも…
ーーーガタガタ!
この空間自体がウィルの莫大な魔力に反応して震えている。
「ああ、ごめん」
「っ、ハーハー…」
途端に身体が軽くなり荒い息を繰り返すが、自身の手を見ればまだ小刻みに震えているのが分かる。
魔王討伐でもこんなに震えたことないんだけど…
つくづく規格外の奴である。おそらくコイツ1人でも余裕で世界を滅ぼせるはずだ。魔王なんかよりよっぽど恐ろしい。
チラリと前を見れば、殺気はもう感じられないが…まるで行き場のない怒りを、無理矢理自身の内に押し留めているかのように苦悶の表情を浮かべている。
一体何にそんなに怒っているんだ?
ウィルの所為で喉がカラカラになってしまったため、ひとまずサイドテーブルに置いてあった水を飲もうとしたのだが…
「怒っているのは分かるけど、何に対してか分からないってところかな」
「んぐっ…ゴホゴホ」
ドンピシャで心の内を読まれたため、変なところに入った。背中を丸めながら激しく咳き込んでいると、ウィルが甲斐甲斐しくさすってくる。
「シアがこんな事態に巻き込まれているのに、未来の俺が何もしていない上で考えられることは2つ」
「え?」
突然始まった謎の解説に、咳き込みすぎて涙目で顔を上げたのだが…なぜかウィルはどこか遠くを見ていた。
「前者は未来に俺はいないか。まあこれはシアの反応から見て違うだろうね」
視線が交わらない。いや、コイツは…
「後者は…シア自身に拒絶されたか」
自身推察が肯定される事を恐れて、私を見ることが出来ないのだ。
「…っ」
けれども私の張り詰めた空気だけで察してしまったのだろう。
ウィルは苦笑いをしながら「そっか」とだけ言い…その瞬間、背中から温もりが消えた。
「未来の俺は、どうしようもないろくでなしみたいだ」
「なっ、ちが…」
その先の言葉は紡げなかった。なぜなら気が付いてしまったから。
「シアに救われておきながら、何も出来なかった未来の自分が」
ウィルが何に、誰に怒っているのかを。
「旅が終わった後も側にいれるだけの関係を手に入れておきながら、肝心な時には何の役にも立たない未来の自分が」
ウィルは他でもない
「ひどく憎い」
自分自身に怒っていたのだ。
そんな事はないと否定したかった。でも否定したところで、ウィルが受け入れないことも分かっていた。なぜならきっとコイツの中では、この非常時に自身が側にいないことが全てなのだろうから。
あ、いや未来の自分がね?
まあ過去と未来のウィルが同時に存在してもらっても困るんだけど…
何それ怖いと言うやつである。1人でも厄介なのに、2人に増えたらもう私に勝ち目はない。
今でもすでにないだろうって?
…多分、きっと、おそらく?そんな事はないと信じている
確かに一度も勝てた試しはないけれども。まだ可能性はゼロではないはずだ。
手が真っ直ぐに私の頬へと伸びて来て、そこから伝わる熱の高さに大きく目を見開く。
確かにウィルの平熱は高い方だと思うが…それにしても高いすぎやしないか?
部屋の温度が高いかと言われればそうでもない。そりゃあ最上級の炎であるから、勝手に温度調節くらいしてくれるはずである。いや実際にそう言う機能が付いているかは知らないが。
となると…まさか魔力暴走?
最悪の予感が頭をよぎり、咄嗟に頬に当てられたウィルの手を掴んで魔力の流れを変える。
先生に昔聞いたことがあるのだ。ウィルは過去に魔力暴走を起こしたことがあると。感情が昂りやすい幼い頃や、自分の限界値以上の魔力を引き出そうとした時になるものらしいが…今回の場合どうなるんだ?
確かに体感的にウィルの魔力は爆発一歩手前のように感じた。だが実際に目にしたことがないため、これが魔力暴走の前兆だったのかと問われると自信がない。
どうしたものかと考え込んでいると
「ぎゃ…!?」
突然もう片方の手で引き寄せらた。その瞬間、前髪の隙間から隠れ見えたどこか濁ったその瞳は…
「ねえシア…俺は君を守れなかったんだね」
確かに今にも泣き出しそうだったのである。




